10:ティトスの心
最初にリディアの『計画』を聞いた日、僕はとても無理だと思った。
だって僕らはまだ十歳の子ども。スキルを鑑定してもらったばかりで、使いこなせてすらいない。
そんな僕らにできることなんて何もないと思っていたんだ。
リディアにお金を貸してほしいと言われて、僕はすぐにうなずいた。
金貨三枚は僕の全財産だけど、リディアにあげるのなら惜しくない。
リディアは小さい頃からの大事な友だち。
引っ込み思案の僕をいつも引っ張ってくれる、明るく素敵な女の子だから。
お金を返してくれるとは思わなかった。
子どものリディアに返す当てなんてないと考えたからだ。
このお金でリディアがやりたいことに挑戦するなら、それだけでいいと思っていた。
けれどリディアは父さんに話を通すと言い出した。
とんでもない。そんなことをしたら、お金を渡せなくなる。
それにお小遣いを友だちにあげようとした僕も叱られるだろう。父さんがお金に厳しいのはよく知っている。
父さんに話をしたリディアだったが、返ってきたのは冷たい答えだった。
「子どもの思いつきに簡単に金を貸してやるほど、我が家はお人好しではない。金貨三枚は私にとってははした金だが、だからといってドブに捨てるのはもったいない。金は貸せない。以上だ」
あの時の父さんの目。リディアはもちろん、僕まで価値のないゴミを見るような目をしていた。
僕は怖くて悲しくて震えてしまった。情けないけど止められなかった。
けど。
ぎゅっと手を握ったリディアもまた、恐怖と戦っていたんだ。
いつも元気な彼女の怯えたような顔は意外だった。でも彼女は負けないでさらに一歩を踏み出した。
「特別な時間を過ごせる店を作ります」
父さんの冷たい態度に負けず、彼女はとうとう交渉の席に立った。
そうして話し始めた計画は面白くて、突拍子もない。
なのに妙に具体的で、本当に『メイド喫茶』なるお店が目の前にあるような感覚になってしまった。
「メイドというのはものの例えなので、そのお店に合わせて変えていくつもりです。そこでしか味わえない時間、特別な空間を演出してお客さんを引き付ける。ただ飲み食いするだけじゃなく、そのお店で過ごす時間そのものを価値に変える。私の考えはここにあります」
話し続けるリディアは急に大人になってしまったようで、びっくりしてしまう。
最初は話半分に聞いていた父さんは、徐々に真剣になっていた。
「ふぅむ、なるほど……。いささか奇抜ではあるが、筋は通っている」
最後にはそう言って腕を組んだ。
「……いいだろう。金貨三枚、貸してやろう」
「やった! ありがとうございます!」
リディアが喜んで飛び跳ねている。
けれどその後に言われたお金の対価は、リディアの奉公一年。
一年は長すぎると抗議しても、父さんは正論を返してきて言い返せなかった。
リディアは条件を飲んで、契約書にサインしてしまった。
セウェラさんと一緒に帰っていくリディアを見ながら、僕は悩む。
(僕が金貨三枚を貸すなんて言い出したから、リディアを大変な目にあわせてしまうのでは?)
でも同時にこんな思いもあった。
(リディアの計画は、聞いていたらすごくワクワクした。ファッション革命とかいうものは、よく分からないけど。リディアならやりとげるかもしれない。メイド喫茶の話も面白かった。どうやって作り上げるのか、見てみたい)
夜になるまで考え続けて、僕は父さんの書斎に行く。
普段なら怖くて自分から父さんに近づきたくなかったけど、今は恐怖よりもっと強い気持ちがあった。
「父さん」
「何だ」
声をかけても父さんは振り返りもしない。
いつだってそうだった。
人見知りをする僕は父さんに叱られてばかりで、スキルも商売とは無縁の魔力系。しかも光属性という使い道のないものだ。
僕はいらない子なんだと、小さい頃から思っていた。
「リディアの話。僕も一緒に働きたいんだ」
父さんは答えない。足がすくみそうになるのを我慢して、僕は続けた。
「リディアの話はすごくて、僕には分からないこともあったけど。あの子が作る特別なお店を、作り上げる最中を、見てみたい。ううん、見るだけじゃない。一緒に働いて僕もできることをしたい。もしリディアが失敗してしまったら、一年も奉公をしないといけないから。そうならないように、僕の力も使いたい」
「……順序が逆だろう」
ようやく答えた父さんの声にぎくりとする。
「え?」
「リディアが奉公をしないように、ではなく、お前が貸し付けた金貨が貸し倒れにならないように力を尽くす、だ。まったくお前はいつもそうだ。人が良すぎる」
また叱られてしまった。しぼむ心を必死に励まして、僕は続ける。
リディアは負けないで交渉し続けた。だったら僕だって。
「お金は大事、それは分かるよ。でも僕は、それ以上にリディアの力になりたいんだ。そしてあの子の仕事を一番近くで見届けたい。それじゃいけないの?」
父さんはようやく振り返った。
僕は怒鳴られるのを覚悟で見上げて……、意外にも穏やかな表情にぶつかった。
「いいや。出資者であるお前がリディアの力になる。それはいいだろう。我々商人は物だけではなく人にも投資をする。人が動かす事業に金を注いで、さらなる儲けを得るのだ。そのためには人とその事業とを見定める目が必要になる。
少なくとも私は今回、リディアの事業に価値を見出した。十歳の子どもの戯言と切って捨てるには、惜しいものがあるとな。お前もそう感じたのであれば、見る目がある」
父さんは静かに続けた。
「そしてお前は出資者だ。出資者は必ずしも事業者のために汗を流す必要はないが、お前がやりたいと言うのであれば構わない。
お前が感じた可能性を証明するため、結果を出してみせろ。私は結果しか信じない。努力しただとか、途中までは上手くいったなどは言い訳にすぎん。
ティトス、リディアにはお前が出資した金貨三枚を上回る価値があると証明をするんだ」
まっすぐに見つめられた。こんな風に父さんと視線を合わせたのはいつぶりだろう。
僕も少しは父さんに認められたのだろうか。そう思ったら嬉しくて、背筋が伸びた。
「はい! 頑張ります……いいえ、必ずやり遂げます!」
「うむ」
そうして僕を見る父さんは――にっこりと笑った。
いつも厳しいばかりの父さんが笑ったのが信じられなくて、僕は目を丸くしてしまう。
そんな僕に笑みを苦笑に変えながら、父さんは続けた。
「お前はまだ子どもで、勉学の途中でもある。私がつけた家庭教師が無駄にならないよう、勉学をおろそかにしないこと。また当面の資金は金貨三枚と決めて、それ以上に資金を注がないこと。その範囲内で結果を出すこと。この条件さえ守れば、あとはお前の自由だ」
「分かった」
もともと勉強をサボるつもりはなかったし、僕が動かせるお金は金貨三枚しかない。
だから父さんの条件は何も間違っていない。むしろ僕への気遣いを感じた。
「僕、やるよ。リディアと一緒に新しいお店を成功させてみせる」
「……商人は金を動かして儲けを得るが、金だけを見ていると視野が狭くなる。金が動く向こうに何があるのか、しっかり学んできなさい」
お金の動く向こう側?
父さんの言うことは難しくて、よく分からなかったけど。
僕はリディアと一緒に働くと心に決めた。
だから早速、明日の朝になったら。リディアの家を訪ねようと思った。
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