4.弔いの鐘の理由
インティローゼン領でのロジンカの冷遇は日ごとに増していった。
食事はたびたび忘れられ、せいぜい日に一回。
内容も薄いスープと硬いパン半分、使用人たちのまかないから余ったものになった。
使用人との会話を禁じられたまま。
敷地内でのドブさらいや、ゴミ処理などの仕事で人手がいる時は部屋から出されたが、あとは外出を許されない。
日々狭い階段下の部屋に押し込められていた。
そして、子爵家はロジンカから搾取をはじめるようになった。
「……今日も、血を抜くのですか?」
ロジンカは何の表情も浮かべない医師風の使用人に問うた。
答えも、応じてもらうこともないと分かっているのに、声をかけずにいられない。
もはや誰かに話しかける機会すらこの時しかなくなったからだ。
使用人は淡々とロジンカの腕を取り、突き刺す痛みに配慮せず注射器でその血を抜いた。
毎回、傷つけて出させるのではなく丁寧に抜いていくのは、混じりもののない聖女の血に利用価値があるからなのだろう。
(私の持ち物と同じで、きっと切り売りされている……)
食事が足りていないせいで、栄養不足の体はすぐ眩暈に襲われる。
周囲の音が聞こえなくなる感覚に、ロジンカは為す術もなく、ベッドへ倒れる。
眩暈が落ち着いて、やっと目を開けたロジンカ。
その真横にコーラルが立っていた。
「せっかく姿を見せにきてあげたのに寝そべっているなんて、失礼な方ね。血を抜かれたくらいでこのザマとは虚弱すぎますわ」
「コーラル……久しぶりね」
「ええ、お姉さまの周囲は辛気臭いですからね、でも今日は特別ですわ。わたくし、第二王子主催の舞踏会に呼ばれたのです。お姉様にも晴れ姿を見せてあげようと思って」
(あれは……私の首飾り。エル様から贈られた……)
着飾ったコーラルはロジンカのものだった首飾りを下げていた。
王宮へ行くのなら、向こうでそれを首につけている彼女を、エルバイトも目にするのではないか。
ロジンカに贈った品である事を、彼は覚えているだろうか。
「コーラル、オーレン様主催の舞踏会ならエル様はお出になられるかしら?」
コーラルは、ロジンカから話しかけたことが気に食わなかったらしい。
バシンと頬をはたいた後、冷たい言葉を吐き捨てる。
「お姉様、まだ第一王子を気にかけておりますの? 捨てられたのだからもう諦めなさいな。最後は第二王子の婚約者だったくせに。なんて気の多い方!」
(コーラルもこう言う、やはり私は捨てられていた)
だるくて吐きそうで体が動かないのに、まだ涙を流す機能は損なわれず、流れ落ちる。
もう涙も血も出なくていいのに。
ぬぐうことも億劫で滲んだ視界の中、コーラルは舞踏会へと向かっていった。
眼裏に煌びやかなパライバトル王宮を思い浮かべる。
コーラルはそこで、夢のような華やかさと賑わいに満ちた夜を過ごすのだろう。
◇◇
王宮から出され、一年以上が経った。
ロジンカは自分が現状の生活で一年以上命を繋いでいることが不思議なほどだった。
乏しい食事と容赦のない採血はロジンカの身を細くした。
体調も異常が増え、常にくぐもった咳が出る。
起き上がると、咳がとまらない。
息を吸うのすら刺激になってまた咳が出る繰り返し。
発作的な苦痛に、涙目になって身を折り曲げ、呼吸を耐えて込み上げる咳をこらえた。
ふと、耳慣れない重低音が聞こえ怯える。
それが何なのか、理解するのに時間がかかった。
インティローゼン領で最大の教会が鐘を打ち鳴らしている。
小さな教会も追従して鳴らすから、あたりに重奏のように響くのだ。
この重苦しい鳴らし方は国で不幸があった時のもの。
ロジンカは監禁に近い状態なので、もはや国の情勢すら知らない。
王家とのこれまでの関係を思えば、誰かあの王宮で知っている者が亡くなったと思われ不安になった。
(王宮は、どうなっているの。エル様は、あのあと他の方を婚約者に迎えたのかしら? この鐘は、誰か亡くなったの?)
確かめたい、なぜ鐘が鳴るのか。
ロジンカは胸の潰れる思いで部屋の戸に手をかけた。
(鍵が、かかっていない!?)
今日はいつもとなにか違う、それで扉のかんぬきも忘れられたのかもしれない。
勇気を振り絞り、ロジンカは脱出を決意した。
すっかり体力を失っていたロジンカの歩みは遅い。
それでも慎重にインティローゼン子爵家の敷地を抜け出し、領内の通りまでやってきた。
通りにある交換所で、炎翼輝石の入った木枠を下げていた金の鎖を幾ばくかの硬貨に換える。
ついでに、店主に鐘がなる理由を尋ねてみた。
「鐘? ああ、朝からうるせえな。王が、亡くなったんだよ。いや? もっと早くに死んでたかもな、とにかく今日そう発表されたってこったさ」
「王……パライバトル国王が……!?」