31.再会、最愛の人よ
(──エル様、ダメだった? ここまでちゃんとロジンカに戻っても……迷いは晴れないんだ……)
ロジンカとして、エルバイトの心を救うことはできないか。
落胆にティロルは下唇を巻き込む。
そこで、二人の間に幼い声が割って入った。
「なっさけない。君、ほんとに僕の本体? こんな情けないとは、考えたくもない」
エルバイトははっと顔を上げ、幼い分け身を睨んだ。
「なんだと……! ティロルにばかり立ち向かえと言い出した、たかが石のくせに」
「彼女は、僕が守り通したロジンカなのに。ここまで説明してやっても『自分は確信できません、愛する自信がありません』って言うんだよ!? 情けないでしょ」
「……っ! お前に何がわかる! 失っていなければ、僕だって……」
膝に拳を落とし震わすエルバイトに、炎翼輝石は手を差し伸べた。
「あげる」
「え……?」
「君にロジンカの指針を、僕の覚えているロジンカをあげる。僕はずっとそばにいて、見て、感じていた。見間違えようもない最愛の人の指針を、君に──」
「あ……あ……」
砂漠で水を求める迷い人のように、エルバイトは紅く幼い手を取る。
瞬間、世界は真紅に包まれた。
「──う、っ……」
「エル様!? 大丈夫ですか!? エル様!! きゃ!」
突然、エルバイトがティロルの両肩を掴んだ。
ティロルをしげしげと見つめ、時が止まったように動かない。
「あの、エル様? エル様……?」
「もっと、君の顔をよく見たい」
ティロルに顔を近づけて、エルバイトは泣き出す寸前の表情をしている。
なんとか場を取り持ちたい。
ティロルは肩を片方すくめ、彼へ微笑みかけた。
「……ああ……君だ。わかる」
夕焼けの世界が、音を失う。
エルバイトの眼が熱っぽく、恋情を含んでティロルを捉えている。
「エル……様」
「やっと君に追いつけた気分だよ」
頬を、カサついた親指が優しく滑った。
「そういうふうに微笑う君を、僕は誰よりも愛しく、尊く思っていたんだった」
緑の瞳を潤ませて、エルバイトが万感の想いに目を細める。
「やっと、会えた……。会えた!! 会えたんだ……取り戻せた」
ティロルは、すがりつくエルバイトの頭をぎゅっと抱えた。
「……はい。還ってきましたよ、エル様」
幼い頃から育んできた愛情は、これだ。
やっと、抱きしめることができた。
エルバイトの金髪越しに、二人を眺めていた炎翼輝石の少年が目に入る。
満足そうな微笑を浮かべ、ティロルに気がついて軽く会釈した。
「そろそろ、時間だ。お別れだよ。僕の守りの力も指針と一緒にぜんぶエルバイトに渡したからね」
炎翼輝石はしかとエルバイトを見定めて言う。
「これからは、君が彼女を守るんだ」
「……わかっている」
「じゃあね、ティロル。僕はこれでお役御免で、はぜ割れちゃうからね」
「えっ……!」
「ああ、できたら僕は君たちの結婚指輪になりたかったな……それだけが残念だ」
「炎翼輝石さん……!」
紅の少年は、紛れもなくかつてのエルバイトを写しとっていた。
その性格まで──愛した少女を守り切るためなら、全てを投げ打てる。
エルバイトと同じ笑い方の姿は、薄れて夕方の景色に同化し、消えていった。
静けさの中にあったのに、急に猛烈な空気の流れに放り込まれたようだった。
周辺の緑や、風塵の匂い、混乱する人々のざわめきや上空からなる禍々しい唸り。
受け取る五感の雑多さに、ティロルは現実への帰還を知覚する。
ティロルを後ろから抱き抱えるエルバイトの体温。
右手の中には、ずっとティロルを守ってくれて、魔力を果たしきって割れた炎翼輝石。
手を握りしめて、ティロルは対峙すべき巨大な幽鬼を見上げる。
「エル様、現実です。やりましょう」
「……ティロル」
立ち上がって腕を振る。動作に合わせて、虹色の真珠がいくつも現れて周辺に浮かび上がった。
これこそ、聖女が生まれ持った力。聖魔力の結晶である虹真珠。
「私は聖女、ロジンカ・ティロル・インティローゼン!! 天より聖魔力を授かった運命としてこれより邪なるものを祓います!!」





