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24.それでも、私は

 ティロルはしゃくりあげながら、手で涙を必死に拭う。

 流れ落ちるのにきりがなく、答えを求めるジャスパーに、なかなか気持ちを表明できない。

 けれど泣いてばかりは許せない。ぐっと顔をあげて心に支柱を立てる。


(しっかり言って。どうすればいいか考えて動くのよ。だって、エル様はずっと苦しんでた、私を守ろうとしてしたことが裏目に出て。悔やんで自分を責め続けてる。あの人を、このままにしておけない)


「私、エル様にロジンカはエル様を恨んでなんかない、愛していたって……私はエル様が愛しいって伝えたい。あんなにもロジンカに囚われて苦しんでいるエル様を助けたいです」


「あの方を助けることができるのは、ロジンカ様だけですよ? ティロル様は……ご自身がロジンカ様であるとエルバイト様に訴えることができますか?」


 己の無力さに、ティロルはぐっと歯噛みする。

 ロジンカの悲しみ、その一部は誤解だった。

 エルバイトはロジンカを死に追いやったりしていなかった。


 ずっと、愛して守ろうとしてくれた。


 しかし、インティローゼンで悪意に晒された傷が癒えないからだろうか。

 捨て去り剥離したロジンカとしての自意識がどうにも戻らない。


「でも、言いたい……エル様に、ロジンカは貴方を恨まず愛を胸に死んだのだと、今、愛していると伝えます」


「お覚悟は理解しますが。ティロル様がそう言ったところで、エルバイト様が素直に真実を受け取ってくださるとは思えません。貴女をロジンカ様だと信じず、悪ければ我が命惜しさの虚偽だと、お怒りになることでしょう」


 『ティロル様がそう言ったところで』という一言が刺さる。

 説得力の備わらなさは明らかだ。

 悔しさに、床に押し付けていた手に力がこもる。


「そうだティロル様! 炎翼輝石については? 一度エルバイト様に炎翼輝石を知らないとお答えになったそうですが、ロジンカ様の記憶はどうですか!? あれを持ってきて見せることができたら、エルバイト様は貴女をロジンカ様と認めるかもしれない」


  ティロルは力なく首を振る。


「わからないのです。ロジンカはあの石を大切にしていた。死に際してすら身から離さず、最期は共にあろうと木枠のペンダントに収め、しっかり胸元に入れていた。だから、ロジンカの亡骸と一緒にあったはずなんです」


「エルバイト様は……持っていた痕跡がありながら、聖遺骸になったロジンカ様はもう炎翼輝石を持っていなかったと言っておりました……いったい、この食い違いはなぜ? 炎翼輝石はどこへ……あれさえあれば、活路が開けるというのに」


 言葉もない。炎翼輝石の不審な喪失を残念がる二人に、牢の階段を降りてくる足音が届く。


 コツーン、コツーン、と間延びするように響くのは、音の主が楽しむようにゆっくりと、やってきたからだ。


「エル様」


「やあ、ティロルにジャスパー。ご機嫌いかがだい? 二人してなんだかピーチクパーチク(さえず)ってたみたいじゃないか。仲良さげに」


「エル様、私ジャスパーと重要な話をしていたのです。そして知りました、貴方はロジンカを死に追いやったりなんかしてなかったって」


「……同じだよ。知りもせず、ぶち込まれた牢で不貞腐れてたんだから。そんなことせず早くに立ち上がっていたら、きっと今、僕の隣にはロジンカがいたはずなのにね」


「エル様!」


 ロジンカの想いを伝えようとしたティロルだが、急なエルバイトの訪れに、何から伝えれば信じてもらえるかまとまらない。

 言い淀んでいると、ため息を吐いたエルバイトが両手を広げた。


「ティロル、君にはロジンカに還ってもらう。まだ用意を進めているから。君は放っとくと逃げ出しかねないお転婆さんだし? ロジンカの一部とは思えないくらいだ。居心地は悪いだろうけど、堅牢なここで待っていてもらうよ」


「エルバイト様、聞いてください! 彼女は、ティロル様はロジンカ様です! 情動だけでなく、ロジンカ様の記憶を備えております!」


 ジャスパーの訴えに、ティロルも続く。


「エル様! 私覚えています。ロジンカとして──」


「ロジンカを騙るなああああ!!」


 二人の必死の語りかけはエルバイトの怒号で拒まれた。


「わかっている。ジャスパーの入れ知恵だろう? 君をこんな目に遭う覚悟で逃したんだもんね。聞きたくもない」


 エルバイトの冷えた手が、ティロルの手首を掴む。


「行くよ。……ジャスパーはここに居残りだ。どうするか、ゆっくり考えておくよ。いまはティロル、君だ」


「エル様、まって」


「来るんだ、すぐだから」


 エルバイトが左手で虚空を掻き切れば、どろりと空気が崩れた。

 泥を塗りたくった形の枠ができて、その向こうに聖堂の上階の景色が見える。


 膨大な魔力をぶつけて、空間を繋げているらしい。

 腕を引かれてそこに入れられれば、牢屋ではなくなっていた。

 聖堂の上階。

 取り囲むすべては移り変わり、ティロルを援護してくれたジャスパーもいなかった。


 ただ、エルバイトと二人きり。


「始めるよ。こっちへ」


 エルバイトはロジンカが横たえられた祭壇へ歩く。

 その周囲を縁取る紋様を嬉々として書き足し、ティロルに向き直った。


「さあ、最後の準備も済んだ。君は魔法円へ入ってもらえばいい」


「入って……って、そこでなにを」


「ロジンカの命を聖魔力に変えた魔導を反転する方法を見つけて組み込んだ。反転してロジンカの体に生命力を戻したら、君をロジンカに吸収させる術が展開される……ここまで、長かった」


「……教えてください。ロジンカに還るって、今の私の心がそのままロジンカに入れるのですか?」


 それならば、ロジンカに戻って、ティロルとして動けるのならそのほうがいいのか? 

 ロジンカなら、愛を訴えれば、エルバイトは聞き入れてくれるはず。


「まさか、君は自我が強すぎだ。過去の擬似人間はろくな人格も記憶もなかったから入れたけれど『ロジンカ』にとって君の記憶は余分だ。僕はロジンカの記憶を深淵から探して彼女に戻す。君の記憶は、消して純粋な状態にするよ」


「そんな!!」


 ティロルとして過ごした時間はたしかに、ロジンカらしさを損なうばかりの日々だったかもしれない。

 でも、ジャスパーや、マラカイト、ヘミモル……関わった人々との時間も大切なのだ。


 そして、歪んでいようとエルバイトに愛でられていた時間と、求められぬティロルとしても、ここまでされてもエルバイトを愛していて救いたいという気持ちも、大事。


 なにより、消す記憶といえば、ティロルが抱えるロジンカの記憶は? 

 ティロルが持っていると認めもしないのだ。

 エルバイトはティロルの記憶ごと、ロジンカの記憶も消してしまうのだろう。


 それで生命活動の止まっていた、ティロルとしては自分でないと違和感で引き裂かれそうなロジンカに還されるなんて……ありえない。


「いやです、エル様。私そんなの嫌……!」


「嫌がられるのは当然だと思っているよ。逃げられたくらいだし」


「エル様、私はロジンカを覚えていますよ。ロジンカの死の間際も覚えています! ロジンカは、エル様を恨みなんかしてなかった! 見捨てられたって悲しかったけど、でもっ! 最期までエル様が愛しかった。遺体だけでもいいから、エル様のそばに行けるなら、とすら思ってたんです!!」


 エルバイトは鼻筋から眉間まで引き()らせ、グシャリと歪んだ顔で言い返す。


「嘘だ嘘だ! 君もロジンカじゃない!!」


 胸の上で拳を握って、エルバイトは叫んだ。


「だってロジンカは僕を恨んでいるはずだ、憎んでいるはずだ。愛してなんか、いないっ!!」


「愛して、います!!」


「なら炎翼輝石はどうした!? 息絶えたばかりのロジンカを抱きしめたよ。首に下げていた木枠に炎翼輝石はなかった。ロジンカは僕を憎んでいたから、僕からの贈り物なんて捨ててしまったんだ!!」


「ちがうっ! 違います。最期まで、身につけていたんです! ……ロジンカが死んでから、なぜなくなってしまったか、わからないですが……」


 尻すぼみになったティロルの言葉に、エルバイトはため息をついた。


「炎翼輝石の在処を……せめて捨てた場所でもわかるなら、君にロジンカの記憶がカケラなりとあるって、思えたかもしれないのに」


 額を鷲掴むようにしたエルバイトは、血走った目で声を絞り出す。


「……はやく炎翼輝石を見つけなきゃいけないんだ。君を還したらロジンカの記憶を探して喚んで、目覚めさせた彼女に場所を聞いてとりにいくんだ。あれは僕とロジンカの結婚指輪になるんだから。みつけなきゃ、結婚する時、ロジンカが悲しむから」


 ティロルはエルバイトの取り乱しように愕然とした。


 この人は。

 この人が求めるロジンカとは。


 空回りしている。


 ティロルの抱えるロジンカではわかってもらえない。

 どころか、このままではティロルと共に消されてしまう。


 そんなことをすれば今度こそ、彼を救って癒せるロジンカなど、どこにもいなくなるのに。


 たしかに、エルバイトは狂ったのだ。


 求めているロジンカの判別がつかない。


 強く求めるうち、彼の中のロジンカはどんどん逸れていったに違いない。

 エルバイトが口にするロジンカは、もはや彼の理想と誤解で歪んでいる。


「エル様。在りもしないものを追いかけているのですね。これではいつまで経ってだって……。私いやです! こんなエル様を置いて消されるわけにいかない! その死んでいた体には戻りたく、ないっ! いやっ!!!」


「ティロル……? 君…………いいや! 僕は、目的を達成しないと」


 エルバイトは高々と魔法円を纏わせた手を掲げ、ティロルの頭に添えようとした。

 ティロルの記憶を消す魔法なのだろう、しかし、宙に留めたきり指先を痙攣したように震わせる。


 逡巡ののち、彼は静かに手を下げた。


「……もう少しで、悲願がかなうのに。くそ! 部品に愛着を持って進めないなんて……本末転倒だ」


「エル様……」


「……っ。やめろ、そんな眼差しで見られるのは困るんだ。ロジンカが僕を待っている!! ロジンカに会いたい、会いたいのに!!」


「エル様、私は……今ここにいる私は貴方を愛しております」


「やめてくれっ!! 違うっ、だめだ。君じゃない……君じゃないはずなんだ!!」

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【同作者の悪役令嬢&ざまあスッキリ短編 一万字程度】
✿⠜『悪役令嬢ざまあのために純潔を散らされましたが、当て馬宰相を私のものにしました』✿⠜

⭐︎参加させていただいたアンソロジー同人誌です⭐︎
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