表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/33

19.ロジンカの笑み

 床についている部分が痛い、とても固く冷たいところにティロルは転がされていた。

 黒カビと埃がまじる匂いも、空気の動きがない場所特有のものだ。

 しっかりと目を開けても、薄暗く圧倒的に明かりが足りない。


「……っ? ここは」


 頭の側面が少し痛んだ。倒れた時に打ったのだろう、他よりもわずかに腫れていた。


「その声は……ティロル様?」


 ティロルもまた、その声に聞き覚えがある。該当者は一人だけだ。


「ジャスパー!? あなたね? 無事なの? エル様が貴方を地下牢に入れたと……ここがそうなのね」


 身を起こすと一面を覆っている格子がある。

 そこまで近寄れば、隣の房の廊下側が見えた。


「ジャスパー、その姿……! 私を逃したせいで……っ」


 ジャスパーは捕まるときに痛めつけられたのだろう。

 頬にはアザがつき、衣服も乱れて擦り切れている。


「自分の意志でやったことの結果。つまり自分のせいですよ。それよりも、あんなに大口を叩いておきながら、こうなってしまい申し訳ありません。貴女までこんなところに入れられて」


「ううん、ごめんなさい。私、逃してもらったのに捕まってしまって。エル様は……貴方にまでこんな、いえ、ほかのみんなにだって。死した魂をあんなに揃えて恐ろしいことをしていた。……あの方は狂ってしまわれていた」


 気を失う前のことを思い出し、ティロルは顔を覆う。

 エルバイトの変化が、胸を苛む。


「ティロル様、聖堂を見たのですか。さぞ衝撃を受けたことでしょう……そしてご理解されましたね? 

 エルバイト様の愛は、最初から最後まで、ただただ聖女ロジンカにしか向いていないのです」


「ロジンカに……」


「ティロル様?」


 エルバイトが狂ってしまったことも、ロジンカだけをあんなにも愛し続け求めていることも、ティロルにとっては衝撃だった。

 手で覆った目から涙が溢れていておかしくない、というのに今のティロルは。


 ティロルは微笑んでいた。


 口元は勝手に笑みを形つくっている。悲しいはずのここで、なぜか笑ってしまう、それが、ティロルを困惑させた。


「私……どうしちゃったの? どうして、一体」


(こんなに痛ましいのに、嬉しい。私……、ちがう、ロジンカだ。だってエル様がロジンカを愛していると言うから)


 歪んだ笑顔を見せながら困惑するティロル、それを観察していたジャスパーが、驚嘆の声を上げる。


「ティロル様!? ……貴方はやはり、ロジンカ様なのではないですか。ロジンカ様としてエルバイト様を覚えているのではないですか?」


 もはやジャスパーに隠す必要はない。ティロルはうなずく。


「ごめんなさい。恐ろしくて、振り返って語ることすら辛いので、秘めてしまったのです。私には記憶があります。ロジンカとしての人生の。でも、それが? エル様がロジンカに似るよう、私の覚えている記憶も造られたのでは?」


 尊いものを見る目で、ジャスパーは首を横に振った。


「まさか!! 肉体は擬似的に造れても、エルバイト様はロジンカ様の記憶を知らない。造りようがない。そうか……ならば貴女は、やはりロジンカ様! エルバイト様は成功していたのだ!! ロジンカ様を喚べたのだ……」


 ジャスパーはそう言うが、ティロルの認識にはロジンカとの乖離がある。

 自分が、あんなにもエルバイトに愛されているロジンカだとしても。


「つくられたのではないとしても……目覚めてからロジンカであるという自覚は、遠ざかっていくばかりなのです。ロジンカにはあまりに多くの悲しみが降りかかりすぎたから。今はもう記憶を抱えているだけの、別の自分を見るような感覚なの」


 ジャスパーは痛ましいとティロルを憐れむ様子を見せ、それでも必死で問う。


「ティロル様、一つでいいから教えてください。ロジンカ様は、エルバイト様にどういう思いを抱いて命を失ったのですか? 人柱に追いやったと、恨んでいたのですか?」


 ロジンカとしての自覚が足りなくても、これだけは断言できる。


「いいえ! ……愛していました。どんなに追いやられようと、命を要求されようと、ロジンカは『エル様に一目会いたい』と、想いを抱えながら死んだんですから」


 ジャスパーが地下牢の床に手をつく。


「エルバイト様……それさえ、彼女の気持ちさえ、あなたに伝わっていたのなら!!」 


 ぱたっと落ちたジャスパーの涙が、乾いた牢獄の床に吸われていった。


「ジャスパー、貴方はエル様のそばにずっといたのでしょう? 教えて、エル様は……なぜあんなに愛しているロジンカとの婚約を破棄して、人柱にするため命を捨てさせたの? そんなことをしなければ、狂うほどロジンカを求めなくても、あんな非道を行わなくても一緒にいられたのに」


 ジャスパーは顔を上げてティロルを見つめ、目を伏せた。


「……ロジンカ様の記憶からすれば、そうお思いになって当然でしたね。わかりました。私からお話ししましょう。どこから話せば……ああ、あそこからかな。エルバイト様がロジンカ様との婚約を破棄する前夜から」



 ◇◇



 エルバイトは壮麗な王宮の自室から王都を見下ろしていた。

 こうしているとき、よくそばに仕えたジャスパーも、最近エルバイトの心をふやけさせたティロルも、今や地下牢だ。

 独りになって肌寒い感覚に、エルバイトは自嘲した。


(全部、自分で選び取り行ったこと。なにを寂しく思う必要がある。僕にはロジンカさえいれば、ロジンカさえ戻れば。それでいい……はずなのに)


 窓硝子に優れた統治をする、でもとても残酷で、独裁的で、狂った君主が映っていた。

 エルバイトは映り込む己に手を添えて、回想する。


 ロジンカから手を離した時のことを。

 あの時は、それこそ真っ当な判断だと思ったのに。今では後悔しかない。

 彼女と共に堕ちようと、離すべきでなかったのだ、大切ならば。


 何処までも彼女にしがみつくべきだったのだと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【同作者の悪役令嬢&ざまあスッキリ短編 一万字程度】
✿⠜『悪役令嬢ざまあのために純潔を散らされましたが、当て馬宰相を私のものにしました』✿⠜

⭐︎参加させていただいたアンソロジー同人誌です⭐︎
5vi74nvl3fw62zog62digk4tkhek_j2a_zk_ck_czuc.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ