17. 台座に讃えられた銀
「エル様っ……! こんな所まで私を探しにきたのですか!?」
「当然だろう? 君は僕の大切な存在なんだ。逃しはしない。さあ王宮へ帰ろう」
促すエルバイトにティロルは抵抗する。
「エル様、私のことはどうかお見逃しください! 私が王宮でできることなんてありません!! 私は自立して生きていけるようになりたいのです」
自分の意志を示して前を見据え、ティロルは息を呑んだ。
エルバイトの寄せられた眉間とすがめられた翠の目。苛立ちをあらわにしたエルバイトを初めて見た。
「馬鹿なことを言うんじゃない、君の役割なら王宮にこそある」
「……私、ここに居続けて待ちたい人もいるんです」
侮蔑するようにエルバイトが吐き捨てる。
「ジャスパーか? 奴が君をここへ送り込んだと、もうネタは上がってるんだ。待たずに王宮地下牢で会うがいい」
「地下牢っ!?」
「僕のものを盗んで隠したんだ、あんなにも信頼した僕を裏切ってだよ? ジャスパーを信用してさえいなければ、僕はもっと早く君に行き着けた。許せるわけないだろ」
「そんな……ジャスパー……」
ずいっと、エルバイトはティロルに迫る。
「何がジャスパーだ。君の心は、僕だけが占めているべきだ……」
エルバイトの手がティロルの腰に伸びる。
彼は、またティロルを恋人ごっこで誤魔化せると思っているのか。
「嫌です! そんなエル様には、私は心を許しません!」
バチッ!
ティロルに触れる寸前だったエルバイトの指先は、紅く弾けた焔に阻まれた。
「……なんだこれは!? 僕の知らない現象だと? その擬似人間の肉体には魔力は宿らないはずなのに。ティロル、君はつくづくイレギュラーな存在だな」
触れられないから、エルバイトはティロルの両脇に腕を突き壁際に留め、凄む。
「僕の見せる夢に溺れていた方が幸せだったろうに。ついてくるんだティロル、仕立て屋の住民がどうなってもいいのか?」
「そんな、エル様! マラカイトさんはあなたの知り合いでしょう」
「君に言う事を聞かせるためなら、冷徹に権力や魔力をふるうよ。どうするんだい?」
マラカイトとヘミモル。穏やかにティロルを受け入れてくれた大切な二人。
唇を噛み締めて、ティロルは意を決する。
「戻ります、王宮に。だから誰も傷つけないで」
「よし、あちらに停めている馬車に乗って。仕立て屋には伝言をたてる。君は僕と王宮に戻るんだ」
揺れる馬車でティロルは車窓ばかり見ていた。
エルバイトと向き合うことを避けたのだ。
「ジャスパーは君に色々吹き込んだようだね。なにを言われた?」
「……」
「君の肉体が魔法で擬似的に作られたこと、ほかは死体をいじくる狂人とか? 僕が君を恋人ごっこで誤魔化していた、とかいったところかな」
ティロルは手を強く握り込んだ。
「そうです。貴方は私を愛してくださっているわけではない、と」
「そうか……、いくらか語弊のある言い方だな。いいだろう。そこまで知ったのなら、すべて知るといい」
「エル様……?」
「でも、後から知らなかったほうが幸せだったとは言わせないよ。分不相応な真実ほど身を蝕む毒はない。僕はそれで狂った」
一体どういう意味だろうか。ティロルが聞き返す前に、馬車が停止した。
「見ながら聞かせたほうがよくわかるだろう。おいでティロル、聖堂だ」
王宮の裏門付近で止まった馬車を降り、すぐ右手の、聖堂とエルバイトが呼んだ建物に入る。
そこは礼拝堂と同じ様式で建てられており、内部も王国各地にある礼拝堂に準じた荘厳な作りだった。
祭壇奥に目立たない階段が設置されていて、上がれるようになっている。
上階にある部屋は小さくささやかで、しかし光に満たされた場所だった。
中央にある台座は柔らかそうな褥になっている。
そしてそこに、うっすら白く発光する銀髪の女性が横たえられていた。
あれは──
聖女ロジンカ。
見間違えるはずがない、ティロルが記憶を抱える前身。
エルバイトは慎重な手つきで、彼女の上体を抱き起こした。
聖女の決して開かない瞼へ、それはそれは愛おしそうに唇を落とす。
「紹介しよう、彼女はロジンカ。僕が唯一愛する聖女、そして君が還る先。ティロル、僕は君を愛するよ、ここに還ったら僕の愛は君のものだ」
身を震わせる感情は何なのだろう、ティロルの恐怖か? ロジンカの歓喜か。