10.王宮深部の舞踏会
翌日の夕暮れに、マラカイトの仕立て屋からドレスが届いた。
侍女に着せられたドレスは、淡いブルーグリーンを基調としており、ティロルの個性的な赤系の髪を映えさせてくれる。
上半身は淡水パールが縫い付けられ、スカートはふわふわしたシフォンと、その内側の涼やかなブルーのレースに分かれている。スパンコールが散りばめられており、まるで波打ち際をドレスに仕立てたようだった。
マラカイトの仕事ぶりは丁寧だった。
サイズだけではなく細かくティロルに合わせ調節されている。
腰をくびれさせるため巻かれたリボンは、店で見た時は濃いブルーだった、が、今はかわいらしい薄葡萄色に変えられていた。
リボンの色を見て、懐かしさと切なさに胸が痛む。
瞳は、薄葡萄から馴染みのない赤橙に変わってしまった。
もうティロルの持たない色だが、マラカイトはティロルの容姿にこの色が似合うと、無意識に感じとったのかもしれない。
真珠の髪飾りをのせられて、お姫様のティロルが完成した。
王宮を追い出されてから、体感で二年ぶりのおしゃれに、ティロルは浮いた気持ちを抑える。
(キレイに装えた……エル様には、この姿はどう見えるかしら)
彼に感想を聞くのが楽しみで、気がせく。
衣装部屋の扉が開き、入ってきたエルバイトは目を細めてティロルを眺め、微笑んだ。
「よく似合う! 昨日の変装もよかったけど、やっぱり君に合わせて用意した衣装が一番似合うよ。とっても、かわいい! 綺麗だ……君はまさに朝焼けの世界の女神だ」
「褒めすぎですよ! エル様」
容赦がない褒めちぎりに、ティロルは慌てふためいた。
「そんなことない。君は自分の魅力がわかってないだけだよ」
さっとエルバイトから手が差し出され、ティロルは自分の手をその上に乗せた。
エスコートしてもらえるのだ。
手を引かれて、広いホールに出る。
天井にかかるシャンデリアはクリスタルを大量に使ったもので、濁りのない錐の形をした硝子が無数にシャラシャラと光を反射していた。
(ここが王宮のホール? 全然知らないところみたい……、ううん、知らないところなんだわ。テラスの出入り口も窓の形も全然違う)
いくら改装してもそればかりは変えられない。
こんなに豪勢な場所を新設するなんて、ロジンカの知る王宮はどうなってしまったのだろうか?
死を境に、似ているけれど非なる世界に来てしまったと言われたほうが納得できる変化ぶりだ。
七、八年の時は大きい、王宮もエルバイトも自身の色合いもみな一変してしまった。
(なのに私の『時間』だけ経過がない)
そのことに改めて気持ちを冷やしていると、エルバイトが体を添わせて背を支えてくれた。
「ほら、今夜は楽しんで。ごらん、侍女や侍従たちにも今夜は衣装を貸し出し着飾らせた。舞踏会の雰囲気を出してるんだ。みんな夜会を楽しんでいる」
くるりと、腕を回されて、ティロルも体を綺麗にターンさせる。
(覚えている、エル様と本当の舞踏会で踊ったことがあるから)
楽師たちの鳴らす音楽にのって、ティロルとエルバイトは何曲も踊った。
(こんなにたくさん、エル様と一緒に踊れるなんて。楽しい!)
これもロジンカ時代になかったことだ。いつも舞踏会でエルバイトと踊れたのは始めの一曲きり。
エルバイトは貴族令嬢や他国の王女とも社交で踊り、それすら順番争いが起きていたのだ。
今日ティロルはエルバイトを独占している。
嬉しくて、足の感覚が変わるまで踊り続けてしまった。
「君が楽しそうで、僕も楽しいよ。胸の奥があたたかいんだ。こんな心が浮くのは久しぶりだ……」
「こんなに楽しい事があるなんて。私、今とても幸せです。ありがとうエル様!」
ティロルとエルバイトはクルクルと回って踊り舞踏会の主役を務めた。
しかし、やがて足の限界がやってきた。ティロルは休憩を申し出て、テラス近くのテーブルに置かれた飲み物に手を伸ばす。
グラスの縁にさくらんぼが乗る青い飲み物を片手に、涼やかな風が吹くテラスへ出る。
楽師の交代要員が数人、テラスで休憩していた。
「全く、急なお呼びに驚いた。奥の王宮で舞踏会もどきとは、お気楽なものだ」
「まあそういきり立つな、おかげで臨時収入になるんだから」
「予定変更でこちとら迷惑だ。思いつきでこんな会を開いちまうなんて酔狂な……いや、かえってらしいか、『発狂王』のすることだからな」





