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1.聖女と王子

 晴れ渡って胸がすくような昼下がり。

 匂い立つ白薔薇に囲まれた王宮の庭園に、あどけなさの残る王子と、聖女の力を宿す少女がいた。


「ねえ、ロジンカ、君はさっきからほっぺにばっかキスしすぎじゃない?」


 金髪に翠色の瞳。整った顔は王子よりお姫様が似合いなくらいの、麗質に恵まれた王子が言った。

 くりっとした大きな目で見つめられ、ロジンカは桜花色の唇を尖らせる。


「王子さまは、わたしの夫になる人なので。ならキスするのはわたしのお役目です」


「……婚約はしてるけど、まだ結婚してないんだ。お役目ならしなくて結構だ」


 そんなことを言わないでほしかった。

 ロジンカは二つ年上の、読書好きで大人から生意気扱いされる王子が大好きなのだ。


「君さ、そんなにいっぱいしてくるくせに唇にはしないの?」


 ちらりと横目で見てくる王子に、ロジンカは首を傾ける。

 その動きで、陽に当たると紫銀の色を宿す前髪が、視界の端に入った。

 はて? キスとは頬にするものでは? 

 もう亡くなったが優しかった両親も、乳母もロジンカの頬にキスをした。


「くちびるですか? なんでですか?」


「……僕だってなんで唇かはしらない。大人になったらわかるだろ」


「そうなのですか」


 二人して釈然としないまま、しかし答えも思いつかず黙り込む。

 沈黙に退屈したらしい王子は、本から顔を上げ、伸びをした。


「あー、飽きてきたな。ロジンカ、君は僕のことおままごとの旦那さん役くらいにしか思ってないんだろ」


「似たようなものではないのですか?」


 王子は少し、頬を膨らませる。


「もうちょっと特別なんだぞ、……そうだ、君に僕の特別を渡してやろう」


 特別を連呼され、ロジンカは胸を高鳴らせた。

 楽しそうな予感がする。

 ズボンのポケットからなにかを取り出した王子は、握った手をゆっくり開いていった。


「わあ、これはなんですか? 炎みたい」


 王子の手のひらには親指ほどの大きさの石があった。

 燃える炎をそのまま固めてしまったような、犬牙状に尖った赤の宝石だ。


「どうだ、炎翼輝石(えんよくきせき)だぞ。まだ未解明だけど、魔力も感じる。先日の戦勝祝いでもらったんだ」


「綺麗ですねえ」


「これを君にやろう」


 ロジンカは話向きが変わって驚いた。

 相手は王子とはいえ、みだりにものを貰うのはよくないことだ。


「いいえ、結構です。王子さまからは季節折々で、ドレスやアクセサリーをいただいています」


「それは家臣が形式のため用意したものだ。僕が選んだものじゃない。君は僕の妃になるんだろう? ちゃんと特別にしておきたいんだ」


「とくべつ……」


「特別なものを渡しておけば、いつだってわかってくれるだろう?」


 炎翼輝石が、王子の手のひらで陽光を受けていた。

 陽に当たる部分はますます炎に似た紅に煌めく。


「いいのですか?」


「失くさないで持っていてくれよ。今はまだ原石だけど磨けば上等な玉になる。結婚する時が来たら指輪にしよう」


 まだまだ少年らしい屈託のない王子の笑みが、ロジンカの幼い胸に赤い花を咲かせた。


 この時から十年の後。


 ロジンカの王子であるパライバトル王国第一王子エルバイト・ラウ・パライバトル、彼は幼少期に片鱗のあった華麗さを成長により開花させた。


 金糸のような柔らかな髪、緑柱石(エメラルド)緑柘榴石(グリーンガーネット)も敵わないほど、内側から輝く翠色の瞳は誰もが見ればため息をつく。

 さらには、知識量と聡明さで周辺国に名が轟いていた。


 王太子として申し分ない。


 即位がいつになるかはともかく、ロジンカとの婚儀は近く行われると誰もが思っていた。


 約束された未来は、希望に満ちていた。



 ◇◇



 ロジンカが物心ついたばかりの頃に両親は事故死した。

 なので叔父の子爵がロジンカの後見だ。

 聖女として未来の王妃に定められていたロジンカは、叔父の元ではなく王家預かりとなり、王宮で育ってきた。


 回廊を歩きながら、壁にかかった肖像画を見る。

 ここに描かれた王妃は、ロジンカを除けば唯一の聖女だった。


 王妃は自分と同じように聖魔力を見出され、義理の娘になるため王宮に連れてこられたロジンカに、己を重ねていたのだろう。

 ロジンカを我が子同様によく可愛がってくれていた。


 だが、彼女は四年前に病没した。


 その後は側妃であった第二王子の母が王妃の座についている。

 王妃が代わって以来、王宮の雰囲気にはいくらか翳りが差していた。


 それでも聖女としての聖魔力を持つロジンカは尊重されて過ごしてきた。

 しかし──


「聖女ロジンカ・ティロル・インティローゼン参りました。本日はどのようなご用でしょうか」


 謁見の間で形式的な礼と挨拶を終え、ロジンカは不安に押しつぶされそうになりながら、王の言葉を待った。

 先触れが匂わせたとおりなら、これからロジンカに告げられるのは、これまでの全人生をひっくり返す重大事だ。


「聖女ロジンカよ、そなたと我が第一王子エルバイトの婚約を破棄することとなった。急な事で申し訳ないが、納得されよ」


 やはり、用件は婚約破棄だった。


 王はこう言うが、思い当たる非もなく婚約を解消されることに納得いくわけがない。


「国王様! エル様……エルバイト様はお出にならないのですか!? 突然婚約破棄だなんて! 直接会ってお話ししたい。それがだめなら……せめて理由をうかがいたいのです」


 王は首を横に振った。

 エルバイトは「ロジンカと会う必要はないし、婚約破棄の理由もロジンカに明かす気はない」と語ったそうだ。


「聖女よ、本日は下がるのだ。おぬしのこれからについては、追って沙汰する」


 空虚でなにも考えられない……それでも、臣下の礼を取り、下がることができたのは、さすが長年王妃予定者として生きてきたからだった。


 自室に戻り、ロジンカは胸元から厚みのある額縁に似た木枠のペンダント取り出す。

 ここに、幼い日にエルバイトがくれた炎翼輝石を入れていた。


 結婚する時、結婚指輪になるはずだった赤く煌めく石。


 その予定は砂上の楼閣のごとく崩れ去った。

 これからどうなるのか、王宮からも出されるのでは? 不安は尽きない。


 しかし何よりも、幼い頃から気持ちの行き来があると思っていたエルバイトが、理由すら告げず関係を断ち切ったことが辛い。

 ロジンカの頬は涙で濡れ、エルバイトのことばかり考える心が、血を搾り出しているように締めつけられて痛んだ。


ひとつ長編投稿を本日完結させるので

入れ替わりでの投稿開始です。


こちらは前の連載より、投稿ペースゆっくりかな?

お付き合いいただけるとうれしいです。よろしくお願いします。

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【同作者の悪役令嬢&ざまあスッキリ短編 一万字程度】
✿⠜『悪役令嬢ざまあのために純潔を散らされましたが、当て馬宰相を私のものにしました』✿⠜

⭐︎参加させていただいたアンソロジー同人誌です⭐︎
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