Chat 7. ◇ジュール視点 イヌ科男子の嫉妬と執着
いつものようにリサを家まで送り届ける予定だった。毎回忠犬のように酔っ払ったリサを迎えに行く自分のベタ惚れっぷりに関しては、自分でも呆れるほどだ。だが、イヌ科の獣人としての定めだと思えば諦めもつく。
それが――リサのバカが家の鍵を落としたと家の前で言い出した瞬間、全てが狂い始めた。
仕方がない。家に入れないなら俺の下宿先に連れていくしかない。酒でふらついているリサを放っておけるわけがないだろう。ふと、社会人になったばかりのリサが、やけに自慢げな顔をして合鍵を渡してきたときのことを思い出す。
「君も来年からはアカデミー入学だろう?いつでもリサ姉のところに来ていいぞ。」
あのときのリサの笑顔を思い出し、胸が少しだけ痛んだ。
もうずっと前から、姉としては扱えなくなった。
幸い、俺の下宿先はリサの家からそれほど離れていない。と、いうか親が「支え合って乗り越えろ」と言わんばかりに近場で下宿先を決めたのだ。
箒で10分。その短い時間が、今の俺には果てしなく長く感じられた。リサが落ちないように背中を支えながら、背中に当たる柔らかい感触を平常心で無視するのに全力を尽くす。
「大丈夫だ、リサをちゃんと送るだけだ。」
そう何度も自分と自分のはやる鼓動に言い聞かせながら、下宿先の扉を開けた。
寒さで体が冷えている俺とは違い、リサの体は酒でぽかぽかしていたのか、少し震えながらも目が覚めたようだった。俺の部屋の明かりが照らす中で、琥珀色の目が少しとろりと開かれる。瞳が溢れてしまいそうだ。可愛い――そんな感情が湧き上がるのは、惚れた弱みだ。
「ここでちょっと待ってろ。」
リサを部屋に押し込んで、合鍵を探し始める。昨晩アカデミーの同級生を呼んで飲んだから、部屋が少々散らかっているのは目を瞑ってほしい。がさごそと机の引き出しを漁っていると――
「なあにこれ?」
嫌な予感がして振り返ると、リサが魔法火酒の瓶を手に揺らしている。くそ、罰ゲーム用の酒を出しっぱなしにしていたのを忘れていた。これを今のリサが飲んだら卒倒する。
「おい!」
慌てて取り上げようとする俺を、リサは笑いながらひらりと避ける。
「えへへ~。私も飲むけど、飲まないと勿体ないよ?」
「お前も俺も飲まない!」
必死に止める俺を無視して、リサは悪びれもせず瓶の口を開けようとする。
「じゃあ私、飲んじゃお~。」
――まずい。
咄嗟に酒瓶を奪い取り、残りを飲み干す。喉が焼けるようだ。視界がぐにゃりと歪む。冷静じゃいられない――でも、リサに飲ませるわけにはいかなかった。
「えらーい!」
ケラケラと笑うリサの顔が、いつもより近く感じた。
「でもまだ残ってるよ?」
リサが口に酒を含んだ瞬間、嫌な予感が一気に確信に変わった。彼女はそのまま俺の顔に近づけてきて――
「――!」
理解するより先に、口移しで酒を飲まされた。
いや、それよりも――俺は、リサとキスをしてしまった。
呆然と立ち尽くす。酒のせいで頭が回らない。キス自体は初めてじゃない。過去に他の女と付き合ったこともある。でも、いつもここで止まってしまった。リサを忘れるための相手には、どうしてもその先に進めなかったのだ。
だからこそ、リサの存在が俺を縛っているのは分かっている。分かっているのに――。
「ジュリアン……。」
リサが朦朧とした声で呟いたその名前に、頭に血が上る。憎たらしいあの男の名前。リサを傷つけたくせに、今でもリサを縛っている。
「5年経った今でも思い続けているのか、クソ兄貴を――。」
頭が沸騰したみたいに熱い。怒り、嫉妬、そして、衝動。全てがぐちゃぐちゃになって、もう抑えられない。どんな理性も吹き飛んだ。俺はリサに夢中でキスをした。
今は兄貴の代わりでもいい。
最後には、俺を見てくれ。
リサが異性として俺を意識してくれるなら、それだけで本望だ。
どんな形であれ、今この瞬間だけでも、リサの中に俺を刻みたかった。
********
正直、最中のことはほとんど記憶にない。ただ、自分の衝動をリサに押し付けたことだけは分かっている。
くそ兄貴となんなら変わらないじゃないか――。
頭の中で声が囁くたびに、頭の中を掻き回すような罪悪感が押し寄せる。
朝、気絶してしまったリサにそっと布団をかけながら、ようやく戻ってきた理性が俺を責め立てる。
誕生日に箱でブツを送ってきた悪友に、心の中で感謝しておく。ありがとう…一晩で全部なくなったよ。だけど、これが幸せだったのかはまだ分からない。
*********
夢を見た。懐かしい夢だ。
泣きじゃくる俺を、リサが拙い花火魔法でなんとか喜ばせようとする夢だった。まだ幼かったリサは俺のために頑張ってくれて、笑顔を見せてくれた。それがただ嬉しくて、俺もようやく泣き止むことができた。
その夢から覚めた瞬間、リサが隣にいないことに気づいて血の気が引いた。いや、なんか電気で攻撃された気もするが、それどころではない。
もしかしたら――嫌われたのかもしれない。
異性として意識してしまったが最後、もう会えないかもしれない。
リサは明るく振る舞っているけれど、たまに人と一線を引いているところがある。自己防衛のように、いつでも消えられる腹積もりをしているのを、俺は知っている。そういう彼女だからこそ、今朝の俺の行動が決定的だったのではないかと考えてしまう。
ベッドサイドに一枚の書き置きがあった。
「色々ごめんなさい。家に帰ります。」
書き殴ったような字だ。慌ててたんだろう。鍵、結局あったのかよ!
と心の中でツッコミを入れながらも、慌ててシャワーを浴びて服を着る。濡れた頭のまま、俺はリサの家に向かって飛び出した。
そして――リサの家でのドタバタにつながる。
『アモール』を始めるだぁ?
頭の中の冷静な声が呟く。
「次に進むいいきっかけじゃないか。」
でも、そんなポッと出の男にリサを取られてたまるか。
もう一つの声がそれを否定する。
一度は兄貴に奪われた。今度は絶対、そうさせない。
俺はイヌ科だ。バカリサ、知ってるか?イヌ科の執着は怖いんだぞーー
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