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Chat 3. ベッドと筋肉と「エレクトロ・スパーク」

「で?なんなのさ。一応買ってきたけど、ポマトジュース。」

メイは、少々不機嫌そうに水袋をベッドサイドテーブルに置いた。


「だからペース落とせって言ったでしょ?まったく。」


文句を言いながらも、わざわざ買ってきてくれるあたり、メイがいい人なのは間違いない。いや、今はなんなら聖女にすら見える。


昨日、一緒に飲み明かしてから24時間以内にまたリサと顔を合わせることになるとは、さすがのメイも予想外だったのだろう。


「いや、ちょっと……本当にやらかした。」

リサは、心の中で「神様、教皇様、メイ様」と同列に祈りながら、横になったまま水袋に手を伸ばす。蓋を開けて飲むと、爽やかなポマトの甘さが口いっぱいに広がった。少しだけ、二日酔いの怠さが和らいだ気がする。


「ポマト、季節外れだから高かったんだからね?反省してよ、全く。」

メイはため息をつきながら、ベッドサイドに置いてあった椅子を引き、座る。リサの顔色をじっと伺うその表情は、半分呆れていて、半分心配しているようだった。


「で、相談事って何よ?看病して欲しいならジュールにでも頼みなさいよ。」


――その名前を聞くのは、今一番嫌だった。


リサは反射的に視線を逸らす。その一瞬の動きに、メイは小さく目を細めた。メイはエルフの研究者夫婦に生まれた娘で、アカデミー主席で卒業した才女だ。そして「察しの良さ」も、彼女の抜きんでた才能のひとつだった。


「……うわお。」


メイの目が、リサの首元に浮かぶ痕を捉える。なんなら軽い噛み跡まである。さすが狼の獣人と言うべきか。


「たくさんつけたわね。独占欲が強そうなだけあるわ…。」


メイは心の中で「お気の毒に」とだけリサに同情しつつも、冷静に観察を続ける。


当のリサは、腰を痛そうに手でさすりながら、なんとかベッドの上で体を起こした。気が動転しすぎて、自分の首周りに痕が残っていることにすら気づいていないらしい。


「いや、私の友達の話なんだけどさ。」


リサは斜め上を見ながら話し始める。その仕草だけで嘘だとバレバレだ。相変わらず、嘘をつくのが下手すぎる。


「友達の相談で呼び出されたなら、帰るね。私。」

メイがすっと立ち上がる。


「待って!重要な話なの!」

リサが慌ててメイの手首を掴む。その力が強すぎて、メイが一瞬バランスを崩してよろける。


「見捨てないで!今度『アトリエ・シュラクレーム』の新作、シトリン・パフケーキ奢るから!」


『アトリエ・シュラクレーム』。美形のエルフと人間のハーフの店長が営む、王国中で大人気のパティシエールだ。並んだお菓子はどれも目を引くほど鮮やかで、絶品だと評判。それに惹かれて通う客のほとんどが若い女性なのだが、店長を目当てにしている者も少なくない。


そして、新作を手に入れるには、朝6時には店に並ばなければならないという。


「うっ……。」

メイは一瞬だけ渋い顔をしたが、ため息をついてリサを見た。


「……わかった。新作、買うの約束よ?」


「絶対奢る!」


メイは仕方がない、といった様子で椅子を引き直し、リサの隣に座り直した。


「で、友達の話なんでしょ?」


リサは少し言葉を詰まらせた。


「……そう、友達の話なんだけど。」


そう切り出しながら、リサは今朝の出来事を回想したー-


******


二日酔いでぼんやりとする頭。だが、その状況を理解したときには一気に覚醒した。


リサはジュールの部屋で裸のまま目を覚ましていた。


――自分がワンナイト?しかもジュールと?……犯罪じゃないか?


ジュールは今20歳。幼馴染ではあるが、まだ学生。そして、自分は教員。成人しているとはいえ、学生に手を出した教員……。完全に詰んだ。終わった。


リサは頭を抱え、混乱しながらベッドの端で縮こまる。だがそのとき、隣にいたジュールがのそりと目をこすりながら上半身を起こした。


「うーん……リサ?」


寝起きの低い声。いつもより落ち着いたトーンが、なぜかリサの心臓を早鐘のように打たせる。


「まだ寝てようぜ……。」


寝ぼけたジュールが、リサの腕を掴んで引き寄せる。


「わっ!」


ベッドに押し戻されるように倒れ込んだリサは、そのままジュールの胸に抱きしめられる形になった。


「ちょっと……!寝てる場合じゃないんだってば!」


リサがもがき、声を上げても、ジュールは寝息を立ててそのまま再び眠りに落ちてしまった。

ベッドに押し戻されるように倒れ込んだリサは、そのままジュールの胸に抱きしめられる形になってしまった。


腕をどうにか振り解こうと試みたが、びくともしない。筋肉がしっかりと張り詰めたその腕は、以前の細っこい少年のイメージとはかけ離れていた。


「……前見た時より筋肉ついた?」


ジュールの腕を眺めながら、リサの頭はなぜか冷静に分析モードに入る。浮き出る血管、しなやかに盛り上がった筋肉。「男性」の腕だ。


「前はひょろひょろで腕相撲でも余裕で勝てたのに……。」


ジュールの心臓の音がトクトクとリズムよく耳に響いてくる。その音に気を取られ、モゾモゾと体勢を変えようと動いた結果、今度は完全にジュールに抱きつくような形になってしまった。


「胸筋……!」


服を着ていると気づかなかったが、ジュールの胸板は驚くほど引き締まっていた。柔らかいどころか、しっかりとした弾力がある。


「そういえば、クワトロ・アスロンの選抜選手だって言ってたっけ……。」


遠泳、マラソン、魔法二輪車、障害箒走――ハードな種目ばかりをこなすスポーツだ。こんな体になるのも納得だ。


リサはついジュールの変化に目を奪われてしまったが――次の瞬間、我に返った。


「これはジュールよ!おねしょをして私に乾燥魔法をかけてって泣きついてきた、あのジュールよ!」


転んで杖を折ってギャン泣きしていた幼馴染だ。あの時は尻尾を股に挟んで萎れている姿がキュートだった。そう言い聞かせることで、リサは一瞬暴走しそうな思考を必死に理性で押さえ込む。


「冷静になれ、私!とりあえず、ジュールを起こしてここから脱出だ……!」


リサが体を暴れさせるたびに、ジュールは眉をひそめ、寝苦しそうな顔をする。


「リサ……いい子だから……。」


ジュールが低い寝ぼけ声で囁く。その声と同時に、彼の指がリサの髪を軽く漉きながら耳元を撫でた。


――リサの頭が真っ白になった。


「もう……限界!」


リサは手を挙げて叫ぶ。


「エレクトロ・スパーク!」


リサの呪文が発動し、パチパチとした電流がジュールの背中を駆け上がる。


「痛ってぇ!!!!!」


ジュールが跳ね上がるように起き上がった。その瞬間、リサは力の緩んだ腕から素早く抜け出し、部屋の隅に散漫した自分の服へと駆け寄った。


「リサ!?何すんだよ…!」


焦りで威力が強すぎたのか、ジュールはまたそのままベッドに倒れ込んでしまった。白目を向いている。


「ごめん!許して!」


リサは、大慌てで書き置きにメッセージを書き殴り、振り返る暇もなくジュールの部屋を半分転がるように飛び出した。


******


外に出て、冬の冷たい空気がリサの髪の毛を撫でる。心臓がバクバクとうるさい。


「……何やってんの、私……。」


顔を両手で覆ったリサは、そのまま道端に座り込んだ。

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