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Chat 11. 愛と情欲の狭間

ルイとの会話は、強めのお酒の影響もあってか、思いのほか弾んでいた。


ルイは現在24歳。思ったよりも年下だった。

職業は、大手広告会社のクリエイティブディレクター――らしい。


「コバトっていうブランドの最新作、知ってる?」


「うん。」


化粧にあまり関心のないリサでも知っているほどの有名ブランドだ。


「あそこの広告、俺が手掛けたんだよね。」


「へー!すごいね!」


リサは素直に感心した。


確か、コバトの最新キャンペーンは社会問題にも切り込む内容で、高い評価を受けていた。

街のオーガ車の待合所にも大々的にポスターが貼られていたのを覚えている。


――なるほど、こういうタイプの人にしては、ちゃんと仕事してるんだ。


少し見直した矢先、ルイはグラスを軽く揺らしながら、さらりと言い放った。


「ま、僕だけの功績じゃないけどね。バーで知り合った女の子たちからの口コミとか、意外と参考になるんだよね。」


……こいつ。


リサの目が半分閉じる。


――少しでも見直した私の気持ち、返してほしい。


心の中でそう呟きながら、ホワイトルシアンのグラスを乱暴に傾けた。


◇◇◆◇◇◆


「ルイ〜!」


店内に響く、弾むような声。おそらく知り合いなのだろう。リサは声の主に視線を向けた。


現れたのは、一人の女性。

普段は低めのハスキーボイスを持っていそうな彼女だが、テンションが上がったのか、その声はひときわ高かった。


そして、思わず目を見張る。


――お腹まで大胆に切れ込みの入ったドレス。


視線の先には、否応なく目に飛び込んでくる、二つのご立派なもの。慌てて目を逸らしたものの、彼女の特徴がリサの視界に入る。


ピンク色の瞳に、優美なカーブを描く角――


ほう、サキュバスか。


リサは思わず心の中で呟く。インキュバスと違い、サキュバスはこの世界では比較的よく見かける。リサの受け持つ生徒にも一人、サキュバスがいる。


その生徒を思い出しながら見ていると、ルイと彼女がごく自然に頬にキスを交わした。


「!?」


思わずリサは驚き、硬直する。


それに気づいたのか、ルイが軽く肩をすくめて口を開いた。


「紹介するよ、こちらがモルガン。」


「よろしくね。」


モルガンは艶やかに微笑み、リサの顔をじっと覗き込む。


「初めて見る顔ね、ルイ。」


興味津々といった様子で、顔を覗き込んでくる彼女に、リサは戸惑いを隠せない。


「ルイ、こういう子好きそうよね。男慣れしてないタイプ。」


モルガンは悪戯っぽく笑いながら、ルイの肩に手を置く。


「ごめんね〜。ルイって、自分色に染めたいタイプの変態さんなの。」


リサは思わず半目になった。


――なんとなく予想はしてたけど、やっぱりね。


軽くため息をつきながら、手元のカクテルに目を落とす。


「もしルイに飽きたら、私のところに来てもいいわよ。」


艶やかなウィンクを残し、美女モルガンはしなやかに去っていった。


「彼女とは、お友達以上?」


リサはグラスを回しながら、軽く問いかける。


「うーん、まあ……定義にもよるけどね。」


ルイは肩をすくめ、グラスを傾けた。


「インキュバスとサキュバス同士って、不毛なんだよね。感情を糧にできないし、どちらかというとビジネスライクな関係かな。」


「そうなの?」


リサは驚きつつ、興味を引かれて身を乗り出す。


「うん。僕たちって、他人から向けられる“感情”を食べて生きてるから、本来は食事も必要ないんだ。」


ルイはカウンターを指でトントンと叩きながら、軽い口調で続ける。


「サキュバスもインキュバスも、お互いに“食料”にならないからね。だから、純粋に楽しむための関係ってだけさ。まあ、効率のいい補給方法は別にあるけど。」


「……補給方法?」


リサが首を傾げると、ルイは薄く笑って言った。


「やっぱり、性欲とか情欲が一番お腹に溜まるんだよね。」


さらりとした言い回しに、リサはなんとも言えない気分になった。


「実はさ、“愛”っていう、情欲を超えた感情が一番美味しいらしいんだけど……」


ルイはふと視線を落とし、そこで言葉を切った。


「……愛は時間をかけなくちゃいけないから、面倒くさいんだよね。手っ取り早く満たせる方が楽でしょ?」


ルイのあっけらかんとした言葉に、リサは思わず考え込む。


なるほど、サキュバスやインキュバスの多くがパートナーを頻繁に変えるのは、こうした性質のせいなのかもしれない。


「でも、愛って……」


そう言いかけて、リサははっと口を閉じた。


(……私、愛されたことなんてないくせに。)


自嘲のような苦笑が浮かぶ。何を偉そうに語ろうとしていたのか。


それでも、自然と口が動いていた。


「でも、愛って……時間をかけて熟成する価値があると思うんだ。」


そう言った瞬間、不意にジュールの顔が脳裏に浮かぶ。あの不器用で、一途すぎる幼馴染の顔が。


「……そう?」


ルイは訝しげに眉を寄せ、じっとリサを見つめた。どこか探るような視線に、リサは曖昧に笑ってグラスを傾ける。


「じゃあさ――」


リサがこれ以上何も言わないと察したのだろう。ルイが微笑みながら身を寄せてきた。


「俺と一緒に、“愛”を築いてみない?」


「え?」


突然の提案に、リサは思わず素っ頓狂な声を出した。


ルイの手がそっとリサの腰に回された。思ったより不快ではないことに、リサ自身が驚く。


「……ちょっと臭かったな、今のセリフ。」


ルイが照れくさそうに笑う。その瞬間、年下らしい無邪気さが垣間見えた。


「でも――」


耳元に熱を感じるほどの距離で、彼は囁く。


「お姉さんのこと、気になり始めちゃったかもしれない。」


リサの心臓が、大きく跳ねた。


――こんなの、ダメだ。


「他の女にちょっかいかけてる男は嫌です!」


自分でも驚くほど強い声が出た。リサは咄嗟にルイの手を振り払うと、勢いよく立ち上がった。肩に鞄をかけ、テーブルにお金を置いてバーを出ようとする。


しかし、その瞬間、ルイが余裕の笑みを浮かべながら言った。


「お姉さん、ここは俺が持つから。「アモール」での連絡、待ってるよ。」


気づけば、マスターがルイの手招きに応じ、すでに会計を済ませていた。


「お姉さん、年下に奢られっぱなしは嫌でしょ?」


悪戯っぽくウィンクするルイに、リサは思わず歯噛みする。


――嵌められた。


悔しさを抱えながら、リサはそそくさとバーを後にした。


◇◇◆◇◇◆


リサが立ち去った後のバーで、ルイは一人ウイスキーグラスを傾けた。


「僕の魅了が効かない女の子、初めてだったな。」


グラスの縁を指でなぞりながら、ルイはゆっくりと呟く。


悔しさよりも、むしろ新鮮な驚きに心が躍る。浮かんだのは、先ほどまでのリサの凛とした表情。


「彼女となら……確かに、“愛”ってやつを見つけられるかもね。」


唇の端に愉快そうな笑みを浮かべ、ルイは静かに氷を揺らす。


夜は、まだ始まったばかりだった。

ルイのモデルにしてる知り合いにバレて

「ふーん、俺ってこんななんだ」

と朗読されました。

✳︎DEATH✳︎

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