Chat 1. 異世界マッチングサービス『アモール』
「いや、本当にそろそろ結婚を考えなくちゃ…。」
ここは街の外れにある小さな酒場。薄暗いランプの光が揺れる中、いつもは賑やかな女たちの声が、今日はどこか沈んでいる。丸い木製テーブルに三人の女性が座り、並々と注がれたビールジョッキを手にビーフジャーキーをつまんでいた。
「いや、マジでそれな。聞いた?学園時代の同級生、ライラちゃんの話。」
白髪の女が口火を切る。
「え?なにそれ。」
「結婚して、今じゃ三歳児がいるらしいよ。」
「え?ちょっと待って……?」
ショートヘアの女が上を見上げ、指折り数える。
「え、待って、それってアカデミー卒業してすぐ出産したってこと?デキ婚じゃん!」
「だよね!私もそう思った!」
白髪の耳が尖った女がジョッキを置いて身を乗り出す。
ライラにしてみれば、余計なお世話である。
「二人とも、そういう下品なことで盛り上がらないの〜」
猫のようにしなやかな手つきでジョッキを傾けながら、癖っ毛の女が嗜める。彼女の頭には細かに動く可愛らしい猫耳が生えている。獣人だ。
「でもさ、ナターシャだってイケメンのエルフの彼氏がいるじゃん!ナターシャって本当に男が途切れないよね!」
ショートヘアの女が羨ましそうにジョッキを揺らしながら天を仰ぐ。
「うふふ……。」
ナターシャは否定も肯定もしない。
「いや、あいつは彼氏じゃないよ、多分。」
白髪の女がため息混じりに言った。
「え?」
ショートヘアの女が思わず聞き返す。
「セから始まるお友達でしょ。」
「うわ。」
「私、何も言ってないからね?」
ナターシャがコテンと首を傾げる。今日も相変わらず可愛い。長いまつ毛に縁取られた丸い瞳が、どこか小悪魔的だ。
「でもさ、エルフのどこがいいんだか。あいつらプライド高いし、普通に考えてみろよ。年の差!ひどい場合、600歳差とかあるんだぞ!」
「待てや。私もエルフだぞ。二人と同い年だけどな。」
白髪の女が軽くツッコむ。
「顔がいい。それで十分でしょ。リサちゃんも面食いなんだし、エルフも視野に入れてみなよ。」
ナターシャが涼しげに言うと、ショートヘアの女――リサは図星を突かれたようにビールをぐいっと飲み干した。まだ4分の3ほど残っていたジョッキが一瞬で空になる。
「いい男との出会いがないのよ!出会いが!」
リサがジョッキをテーブルに叩きつける。
確かに、出会いが空から降ってくるわけでもない。22歳でアカデミーを卒業して以来、魔女として冒険者育成アカデミーの呪物学講師になったものの、普段接するのは生徒ばかりだ。
「でも、確かに私もないわ……。」
白髪の女――メイが水とワインを人数分追加で注文しながら、ぽつりと漏らす。
「え?リサちゃんもメイちゃんも、『アモール』やってないの?私、お遊びの相手くらいなら結構そこで見つけてるよ?」
ナターシャが聞く。「アモール」というのは最近流行している出会い系の魔法サービスだ。
「『アモール』って、あの新しいやつでしょ?どうなのあれ?私、結構抵抗あるんだけど。」
リサが眉をひそめる。もちろん、耳にはしている。アモールで出会った相手と最近付き合い始めた友達もいるらしい。
「しかも『アモール』で結婚したら、『最新の魔法の力を駆使してお二人は結ばれました』って式場で言われるって聞いた。」
式場で働いている同級生が言っていたからおそらく本当だ。
「何それ。絶対嘘だよぉ。冗談はおいといて、結構いいよ。家に魔道鏡あるでしょ?」
「うん。」
ナターシャの問いかけに頷く。
魔道鏡とは、魔法がかかった万能な鏡だ。ただの鏡として使えるのはもちろん、帽子や洋服、メイクの試着ができたり、遠隔で誰かと会話をしたりもできる優れものだ。
「それに、『アモール魔法』の呪文を唱えれば、すぐ登録できるよ。」
「さすが、国家直属で作られただけあるわね。そんな高度そうな魔法を、気軽に登録用なんかに使うなんて。」
『アモール』。その名を知らない人は、今やこの国にはいない。年々減少する出生率に危機感を抱いた国王が、国家直属の魔法使いたちを総動員して作り上げた恋愛支援サービス。まさに、古の言葉で言う「産めよ増やせよ地に」とやらだ。
「で、呪文ってどんなの?」
リサが、興味を悟られないように声色を抑えつつ、わざと素っ気なく聞いた。とはいえ、その芝居が下手なのは明らかだが、ここでそれを指摘する無粋な友人はいない。
「鏡よ鏡よ鏡さん。世界で一番、私にお似合いな人はだーれ。」
「……うわ。」
メイとリサの声が重なる。
「誰だ、そんな呪文考えたやつ。首にしろ、首に。」
さっきまでの敬意はどこへやら。リサは肩を震わせると、今度はワインを煽る。いつもよりペースが早い。
「こら、またジュールに迎えに来てもらうことになるよ。」
「大丈夫です〜。」
メイの静止も、今日のリサには効果が薄いようだ。
「ていうかさ、ジュールくんじゃダメなの?」
ナターシャが猫のような丸い目を細めて尋ねる。猫っ毛の髪が揺れる。
「ジュールだぁ?ないない。あいつはない。」
リサはぶっきらぼうに答えつつ、新しいお酒を頼もうと手元のメニューを引き寄せた。
「えー?顔いいし、国家アカデミー在学中でしょ?完全に有料物件じゃん。」
国家アカデミー――この国で最も優秀な人材が集まる学校。卒業生の将来がほぼ約束されているとされる、エリート中のエリート養成所だ。
「ないないない。あいつ、私にとっては弟みたいなもんだし。オムツ替えたんだよ、私が。」
「ふーん?まあ、それならいいけど。じゃあ『アモール』始めてみたら?」
ナターシャが目を細めたまま、軽くビールを飲む。
「うーん……考えとく。」
リサは今度、ウィスキーのロックを飲み始めた。グラスを口元に傾ける手つきは、だいぶ危なっかしい。琥珀色の目もとろんとしてきた。
「本当にやめときなって。ほら、また酒場の魔道鏡でジュールを呼ぶことになるから。」
「だいじょーぶだよ〜。」
だが、その予感は的中する。
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「リサ、行くぞ。だから何度も飲みすぎるなって言っただろ!」
酒場の外には、案の定、真っ直ぐ立てなくなったリサを支えるジュールの姿があった。魔道鏡を通じて慌てて呼び出された彼は、箒に乗って駆けつけたのだ。これで何度目だろうか。
「ありがとうね、ジュール。一応止めたんだけどさ。」
メイがため息をつきつつ言う。メイとジュールはリサを介して既に顔見知りなのだろう、受け渡しはスムーズだ。
「手を出しちゃだめだよぉ〜?」
ナターシャが、リサがジュールに抱きつくような形で眠りかけているのを見て、いたずらっぽく耳打ちする。
ジュールの顔がボンッと赤くなった。
「そ、そんなことしませんよ!」
「そう?」
ナターシャはますます目を細める。
「でもね、さっき『アモール』の話をしたら、ちょっと興味がありそうだったよ?リサちゃん。手を出しといたほうがいいかもよ〜。ウブなのはいいけど・ね。」
ジュールが硬直した。
「そんなの、リサの自由です。僕に口出しする権利なんてありません。」
明らかに強がりだ。
「しかも、それで男の人と…。」
ジュールの呟きが風でかき消された。
「なぁに?」
「いや、なんでもないです。じゃあ、このバカを連れて帰るので。お二人も気をつけて帰ってくださいね。箒の飲酒運転は禁止ですから。でも夜道は暗いので、ユニコーン馬車かオーガ人力車を使ってください。」
最後まできっちりと礼儀正しいジュールは、リサを背負って箒に跨がり、夜空に消えていった。
遠ざかる箒の影を見上げながら、メイとナターシャが顔を見合わせる。
「先は長いわね……。」
メイが呆れたように言うと、ナターシャはゴロゴロと笑った。
脳死で書いてる。