表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救魂物語  作者: 良月 心白
第0章-夢をみる赤子-
5/28

間話 -追憶1-

ネタバレを避けるため、後書にこの話への気持ちを書いています。

 注意

 この話は、どうか[この作品の楽しみ方]をご一読の上で読んでいただけましたら、嬉しく思います。






 読んでほしい時が来たら前書きにでも書きましょう。



 ――――――――――――――――――――――


 ここは夢の中だ。その自覚にも関わらず、覚醒の兆しを感じない。むしろ、目覚めを妨げを感じ取れる。知能が未成熟の赤子は、夢に身を委ねる他なかった。


 地面に描かれた白い線で精密に区画分けされた広い場所。ところどころに大きな鉄箱が置かれている。この体もその鉄箱から身を下ろしている。視界のさらに奥、城のような白い建物が闇を掛けている。向こうが明瞭に見えるほど透明度の高い壁材には、赤の逆三角が精密に描かれていた。

 あまりに壮大な建造物に驚嘆していると、背中に声をかけられ、肩を跳ねる。


「この後は1人で帰るんだったな。」


 自分に声をかけていることはわかる。そもそも言語の概念を知らない赤子はしかし、伝えんとする意味を理解した。


「はい、わざわざありがとうございます先生。」


 勝手に口が動いた。その後も赤子の意思によらず会話を重ねていく。


「こちらこそ、遅くなって悪かったな。挨拶はいいから早く行ってやれ。」

「はい、それでは。」

「ああ。」


 曖昧に、この人に憑依していることを悟った。


 簡単に別れを済ませ、建物へ向かう。当然、体が勝手にだ。

 1人でに開く、これまた透明な壁の間を通ると、多くの平人族が集まっていた。皆一様に顔を白い布で覆っており不気味だ。

 机越しの女性と手慣れた様子で数度のやり取りを行った。女性への用が済んだのか彼女の前から去り、壁に向かって歩き出す。


 三角形と逆三角形が縦に並んでいる。前者に触れると模様が壁に沈む。少々の待ち時間を経て目の前の壁が開く。

 部屋の奥の壁には男性平人族の顔が反射していた。上下黒一色に身を包んでおり、上着は硬そうな襟が立っている。小さくて丸い金色の装飾が、服の真ん中縦一直線に並んでいるのが目立つ。右手には見たことのない種々の花をまとめた、色彩豊かな花束を持っている。


 すぐさま反射壁に背中を向けてしまう。赤子には見覚えのない顔だった。父でも母でもない、たまに様子を観にくる耳の長い男とも違う男。


 扉が閉まり、閉塞感の増した部屋には何一つ置かれていない。少しの揺れと、体が一瞬重たくなる感覚に襲われたが気のせいだろうか。

 何もしないで直立したままの男に困惑していると、目の前の扉が開いた。先と同様の扉だというのに見覚えのない場所にでる。


 薬草のような香りが充満する長い廊下を進む。左右の壁には扉が整列していた。男は迷いなくそのうちの一つに入った。清潔感のある部屋だ。部屋左奥には純白の寝具が配置され、透明な板から差し込む天の恵みが爽やかさを強調する。

 その上に寝ていた女性がこちらに気がつき、上体をおこす。支えにした腕は骨張っていて、今にも折れてしまいそうだ。


 その女性の顔には見覚えがあった。狭い部屋で目にした男の顔に似ているのだ。

 こちらに申し訳なさそうに微笑み掛けた女性に右手の花束を渡した。これをまた申し訳なさそうに、しかし綻んだ笑顔で受けとってくれる。


 この女性を見てから妙に落ち着かない。喜びと悲しみの混ざった感情。この男とは視覚、聴覚のみならず心をも共有していたのだ。彼の記憶が赤子の記憶に結びつく。


 赤子でありながら、状況を細かく理解できていたのはそのおかげだった。


――――――――――――――――――――


 互いの近況報告から、女性は体が弱いことがわかった。


「私に構ってないで、自分のことを優先して欲しいのだけど?」

「明日も来るよ。」


 この憑依した男は目の前の女性、母を大切に思っているのだ。今も心の皮を破ろうとする雨の気配を、奥深くへと押し込んだ。

 赤子は、男がなぜ堪えたのか理解できなかった。



「そろそろ戻るよ。父さんが帰るまでにご飯作らないと。」

 太陽が沈みすっかり暗くなる頃、男がそういった。


()()()()、、、大きくなったね。そのまま、強く丈夫な大人になってね。」


 去り際の背中に、そう投げかけた母の言葉に男が大きく動揺する。

()()()、何回も聞いた。それじゃ。」

 とだけ言い残し部屋を出た。


 何度も聞いたらしい母の願い。焦りを吐き出せない男の苦しみを赤子にも伝染する。



 母が安心してこの世を去れるように



 ーーー


「ーーー、起こしちゃったかな、()()()()。」


 緩やかに浮上する意識。

 寝起きでぼやける視界を上げると、赤子を抱き上げる女性、空いた手で子の頬をつついていたテリスは申し訳なさを含んだ笑顔を浮かべていた。

 穏やかな日常の1頁。ありふれた一日の1場面。


 未成熟の赤子は先ほど見てた夢のことなど忘れている。だが、その魂に確かに刻み込まれた誰かの記憶。赤子自身にその記憶はなくとも、夢の男と感覚を全て共有した経験が赤子の精神発達を異常に早める。


「、、、、()()()


 この日を境に赤子の様子が一変した。



(早く大人にならなければ―――)



転生という話を聞いて、思っていたことがあります。

なんて空々しいのか

今しかない命を、精一杯の上に立つ後悔の墓標を汚すのか、と。


しかし、私はこうも考えます。

成熟した今の魂のまま、あの時をやり直せたら。

あの時、この時、ああしていれば。

今になって後ろを振り返れば、取り残してきた大切なものが一層輝いて見えるのです。


相反する気持ち。

その矛盾を超えて、納得したいのです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ