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救魂物語  作者: 良月 心白
プロローグ
2/28

救世物語1 -夜明け-

これは、母に呪われた子供達のおはなし。

 最初に、誰かが願った。

「どうか、我々の仇をとってください」


 踏み付けにされた血肉の痕跡。

 無惨に、残酷に散らされた、命の叫び。

 死に際に放った呪いの言葉。

 その願いは()に向けた言葉なのだろうか。


 また、誰かが願った。

「どうか、我々の故郷を取り戻してほしい」


 故郷を蹂躙され、行き場を失った命の嘆き。

 しかし、決して願いは届かない。

 数えきれない、たくさんの憎しみを()も聴いてはくれなかった。


 獄炎のように燃ゆる願いが、溶岩のように煮え滾る憎悪が。

 誰にも救われないまま熱を失い、燃え尽きて、灰となって降り積もる。


 願いを叶える()()は存在しなかった。


 誰かが願った。

「死にたくない。まだ、死にたくない」


 志半ばに蹴散らされた、悲痛な涙。

 滴る涙は、飛散した血肉と混じり、血痕となって傷跡を遺す。


 それでも、誰かが願った。

「どうか奴を、奴らを滅ぼしてほしい」


 また一つ、灰が積もった。憎悪の残骸が積もっていった。

 夥しい屍の一つ一つが、命燃え尽きてなお悲願を宿し、微かな呪いを世界に蓄える。

 灰は、怨念となって世界に呪念を残したのだ。

 

 最後に、誰かが願う。

「奴らは理不尽だ。世界が滅びてしまう前に、誰かが不遜を正さねばならない」


 どうか、


「裁きの神雷を。世界の救世を。不屈の英雄を。

我らを救う、勇者の誕生を」


 ありふれた祈り。

 取るに足らなかった断末魔。

 しかし、膨大に蓄積された怨念が、死屍累々の絶望が、願いに力を与え、形を与えて現界させる。


 この日、世界が胎動に揺れた。




――――――――




「――――()()()()


 小さな呟きは、轟轟と空気を揺らす蒼炎にかき消され、周囲の誰にも届かなかった。

 神秘の中心、青白光に照らされ一層美しい若葉色の長髪を靡かせ、両手を固くつないでいる女性は、神と見紛う幻想の炎を纏っていた。


 この場を囲う木々の影が、光の心臓である彼女を中心にして長く伸びる。

 地上に現れた恒星の如き眩しさに、影は暗く、深く伸長していく。


「ソ…………ィア……こく……みつけ、て……!」


 女性は、誰かに声が届くよう、内臓が口からでようかというほど力をこめて叫ぶ。 


 蛍のごとき光の粒子が収斂し地上に降臨した星々の如く大樹を照らす。

 それら数多の輝きは徐々に大きさを膨らませ、互いに接触することでより大きく成長する。。

 さながら、森に住む光の妖精による祝福の舞のようだ。



「…………はやく」



 人智を超えた神秘。幻想の魔法。

 人に許されざる力の代償。

 その魔法は、彼女には分不相応な代物だった。

 彼女の宿願は、彼女の身の丈に合っていない。人の分際では、その大願には釣り合わない。



 それでも成し遂げたい、叶えなければならない。

 あの日の後悔を、あの日喪ったすべてを、彼らを救わねばならない。

 この身、この魂を捧げることになっても。



 自らの体をさえ魔力に変えて成し遂げたい悲願。

 その命の輝き。


「頼みます」


 その幻想的な光景とは裏腹に、現実は逼迫していた。

 その言葉を最後に青白光が女性の全身を飲み込む。

 同時、彼女によって見事に統制された膨大な量の魔力が、主と行き場を失い、天を貫く光線となった。

地に立つ女性の光に照らされた大樹の、地を這う長い影。天高く世界を照らす光柱が、それら全ての闇を祓う。




 その場に集まったすべての魔力が発散し、光柱が消滅した時、儀式の中心へと1人の若い女性が駆け出した。

 若葉色の長髪を揺らし、その隙間からはとがった耳を覗かせる。


 走り疲れで大量の空気を欲するはずの、今も荒い呼吸が止まる。

 芸術の神様が利き手で描いたように整った美顔の女性は顔を大きく歪ませる。元から大きかった瞳が、眼球が飛び出んばかりに開かれた。


 光に飲まれた彼女の姿はどこにもない。ただ、光に焼かれた服と、熱に拉げた首飾りのみがその場に残されている。

 まるで持ち主が、あの光に質量を奪われたかのように。


 その惨状にしかし、彼女を惜しむのは許されない。

 今も広がり続けるこの動揺の声を、今も震えで伸ばせない手を、今も喉に詰まるこの叫び声を、今も溢れるこの涙を、今も止まらないこの魂の慟哭を。

 今も髪を打つこの風が、今も体から熱を奪うこの雪が、今もゆったりと流れるあの雲が、顔を出す陽光が突きつける朝の訪れが。


 私たちを残して日常へと帰る世界が、無感動に、時間は止まらないことを告げている。


 消滅した女性の顔をそのまま若くしたようなその若い女性は、特徴的に発達した耳が捉えた言葉を頭の中で反芻する。

 途絶えがちの声、穴埋めの結論を口にして。


「ソフィア連合国」


 途方もない広さに、冷や汗が伝う。手がかりも殆どない。全てを知る者は今消えてしまったのだ。

 それでも、一刻も早く探さなければならない。

 亡き彼女の大願のために。



 広場のさらに奥、儀式用の台座の上には、赤毛の赤子が眠っていた。





 突如世界が光を放つ。

 遥か遠き天の彼方、神々の住まう神界さえ貫かんという光柱が、夜の静寂を滅却する。


 神聖に満ちた青白い魔力光。御伽話に登場する大黒柱にも似た超常現象が世界に予感させる。

 終末の象徴。かつて世界を滅ぼし、勇者に封印された魔王。その目覚めが迫っていることを。




 とある王国の辺境、鋭い葉を纏う木に囲まれたとある村。疎な雪が引き締まった静寂を醸し出す真夜中に炎が揺れる部屋の中から産声があがった。



「――――――――()()()()

 その声は誰にも聞こえない。今生まれたばかりの赤子を除いて。

 突如、赤子が青白い光に包まれる。

 慈悲深き、神聖な光だ。


 偶然か、同時に東が青白く輝き、村には瞬間の朝が降る。



 世界には、昨日と変わらない朝が来る。

 それでも、昨日と僅かに違う朝が来る。

 次の朝は、昨日と全く異なる朝かもしれない。


 確実に言えることは

 昨日を失った者

 今を生きる者に

 昨日と同じ朝は来ない。

自分1人では何一つ解決できない鬱屈としたこの世界で、誰かに頼るしかなくて。その悔しさを超えて、誰かに頼れたならば。

それはきっと素敵なことで、世界が輝いて見えるのだろう。

ならば、全てに見捨てられた者の見る世界にきっと夜明けは訪れない。

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