杞憂
「やれやれだぜ。」
どごぞの苗字と名前がじょで始まりそうな3部の高校生のごとく俺はそんなセリフを吐いた。
俺は仕事を終えるとスマホを眺めた。
じゅんこさんからのLINEが来た。
「終わったら連絡してね。」
とても単調な連絡だった。
むぅ…、断りきれずにバーに行くことになってしまった。
俺とじゅんこさんは一日違いの誕生日だった。
これから彼女の祝いをするためにバーに行くのだ。
ちなみにこれが終わるとすぐ仕事である。
そろそろこの読者も感じてきてるだろう。
なんでこいつこんなに働いてるのかと。
いや、わかる。すごくわかるのだ、しかし聞いて欲しい。
俺は最初にも言ったが借金の返済におわれている。
そして俺はかつてのビジネスの拠点としてこの街に住むことになったのだが、ここは土地価が比較的高く家賃だけで7万近くするのだ。
きっと人生でもっとも非効率なのは今なのかもしれない。
話が脱線した。
まあ端的に状況を伝えると、家賃の滞納があり、なおかつ返済に終われ、携帯も来週までに1万近くのお金を払わないと取り返しがつかなくなるので働くしかないのだ。
そのため余儀なく働かなきゃ行けない。
しかし……だ。
じゅんこさんは最近入った人だがヤクザや代表からも助けてくれるのでお世話になっている。
恩返しをせざるにはいられないのだ。
LINEを打つ。
「仕事終わりました。」
「お!おつかれー!じゃあこのバーにきてね!」
「分かりました。次の日仕事ですので少ししか居られないですがご容赦ください。」
「いいよー!」
そんなやり取りを終え、俺はバーに向かった。
気分は落ち込んでいるものの、仕事終わりの爽快感が足を早めてくれた。
そして、じゅんこさんは最初は何考えてるかわかんないし、声がハスキーだし男勝りな性格だから怖かったのだが、正直この人との時間は嫌いじゃなかった。
比較的好いてくれてるので自分も心を開くのはさほど時間がかからず、バックヤードでよく喋るほどには仲良くなっていたのだ。
「こんばんはー、やってますか。」
勢いよくドアを開ける。
「おーー!待ってた!」
「おつかれ!西出!」
2人座っていた。じゅんこさんとみやびさんだ。
じゅんこさんは基本みやびさんとセットで絡んでくる。なので特に違和感はなかった。
「何飲む?もうとことん飲もー!」
みやびさんがメニュー表をもってきた。
みやびさんは黒髪と金のインナーをしていて、優しめの愛嬌のある顔をしている。
だがさすがキャバ嬢。足もすらっとしていて胸も何も考えないと視野に入ってしまうほど大きなものだった。
「じゃあハイボールでお願いします。」
「ハイボールね!私も飲むよ!」
「私もー!」
みんなでハイボールの祝杯をする。
するとホールの人が花火の散らした皿を持ってきた。
「おー!初めてのお客さんだね!Flowerのボーイさんだっけ?よろしくね!」
「よろしくお願いします。西出です。」
「しょうたってよんでくれ。さて、じゅんこさん誕生日おめでとう!」
しょうたさんはお皿をテーブルに乗せた。
その皿は誕生日よろしくメッセージが書いてあった。
なになに……
これをみたらグイ。→ショットのテキーラも丁寧に添えてある。
「うおおおおい!しょうたぁ!」
じゅんこさんが騒ぐ。
すごい……本物のパリピはこんな冗談もやるんだな。
じゅんこさんはテキーラをグイッと飲み干した。
「ぷはー!不味い……」
「そりゃそうよ、見るだけで気持ち悪い。」
経験上、キャバ嬢でテキーラ好きなのはいない。
パリピなイメージがあり、単価がワンドリンクよりは高いから好きと勘違いするものも多いが、毎日酒を飲む仕事なので彼女らにとっては罰ゲームでしか無かった。飲みたいと言っても客に飲ませるチキンレースをするのだ。
中にはテキーラが無理でジャスミン茶を注ぐように言われるほどだ。
ボーイはバレないようにこっそりすり替える。
男は酔わしてお持ち帰りしたいもんだからな、そんなの知れたらブチ切れもんだろう。
そうしてる間にハイボールが3杯届いた。
「ねぇ、あれやってよ。」
「あれって……」
「あのジーニーのやつ。」
あれとはディズニーのアラジンと魔法のランプに出てくる劇中歌のフレンドライクミーである。
以前、じゅんこさんの隣で歌ってからたまにリクエストが来るようになった。
「いいですよ。」
「ありがとう!西出は会話も拾ってくれるし、二つ返事でうごいてくれるから好きよ。お客さんもこの前褒めてくれたし。」
こうして感謝を伝えることはとても素晴らしいと思う。
それまではこの仕事での評価は底辺で惰性で続けていたので少しこの仕事が好きになったのだ。
「お褒めに預かり、光栄です。」
「いいってことよ!」
ポンっと肩に手を当てる。
仕事じゃないといつもより距離が近いなぁ。
少し酒が入っていた。きっとここに来る前も何件かでハシゴをしていたのだろう。
だがここに来て小さな違和感にやっと気がついた。
「そういえばさっき3人でいませんでしたか?」
「あー、あいちゃんだそれ。」
「あいさんですか!?」
あいさん久しぶりやなぁ。
あいさんは出勤が不定期である。最近は卓についたあとは少し顔色が悪い日が続いたから心配していたのだ。
「今どちらに……」
「え、Flowerにいるって聞いたけどいなかった?」
いたか!?店に出る前の情景を思い出す。
バックヤード、俺だけだ。
テーブル、いや居なかった。
事務所……あ、いたかも。
出る前に事務所に何かに包まれてる人がいたような……?あれあいさんか!?
この街は治安が良くない。
未成年が警察に追いかけられてたり、ヤクザが通ったり道端にタバコが何本も捨てられてるほどだ。
俺は無意識にそれを見ると深追いせず防衛に走るので気にしないようにしていた。
「え、大丈夫なんすか?」
「あー、今向かってるって!」
「向かってるって……」
1人で来られる状態に見られなかったので何故が嫌な予感がしたが、的中だった。
「おー!おつかれー!」
「どもー!」
「……」
3人ほどお店に来た。
体から無意識に警戒心が出る。
それは代表とボーイさんと……あいさん?
あいさんと思わしき女性は酒で顔がむくんでいて、スッピンだったので認識するのに少し時間がかかった。
「なんだ!西出もきてたのか!お前今日はフリー捕まえたのかよ。」
代表もさっきのスーツとは打って変わって髪もセットしてないし、服装もフリースをきていて普通の目付きが悪いおじさんへと変貌していた。
帰ったあと……?なんだこれ、組み合わせも変わってるがメンツの装いが崩れすぎている。
「え……ええ、あの後1組はいれましたよ。」
「ああ!?なんだてめぇ、俺なんか3組いれられるわ。」
「失礼しました、努力不足です。」
嘘つけ、この前そういきがって1人もいれられなかったじゃん。
「まあいいや、じゃあビール6本な!」
そう言って注文をする。
うわぁ、いきなり居心地が悪いな。
そう思ったのもつかの間、代表はすぐ酔っ払って別の卓に行ってしまったのだ。
なぜかあいさんと2人きりになる。
「あの……あいさん……ですか?」
「え、どうしたの西出。」
「あ、いつもと雰囲気違うなぁって……。」
やっぱりあいさんだった。
ふだんの細くて化粧の濃いエレガントな雰囲気からすこし落ち着いているのでギャップを感じる。
「なーにー!ブスだって言いたいの!?」
あいさんはむーっとする。
「え!いえいえ、いつも通りお綺麗ですよ。それより体調は大丈夫ですか?気が付かなかったですけど店で潰れてましたよね。」
「あ、それは大丈夫。ちょっとゲロまみれになったから顔とか洗ってたんだ。」
ちゃんと末期じゃねぇか……。
「西出〜。気持ち悪い。」
あいさんは隣に座り体重をかける。
これ男にとってはご褒美以外の何物でもないけど仕事モードなので俺は冷静に対処する。
代表もいるし殺されるかもしれない。
「おーまえーものーめよー。ひよってるやついる?」
「いねぇよなぁ!」
「のーめー!!」
喉にビールが押し込まれる。
しまった、俺のマイキーが無意識に号令しちまった。
俺も若干はキャパシティ内のため無事飲み干したが、そろそろやばみ……。
「西出は私の事好きだもんなぁ。1番好きでしょ。」
といい、あいさんは背中をバンバン叩く。
それを聞いた2人が声を荒らげる。
「なにぃ?私が一番好きだよなぁ。」
と、じゅんこさん。
「えー!?私でしょ?」
と、みやびさん。
「誰が一番好きか言ってみろよぉ!」
3人が耳を立てる。
なんだろう、ハーレム展開の漫画に聞こえなくもないけどこれ発言しだいではバッドエンドありのギャルゲーな気がする。
「え、えーっと……。みんな大好きですよ〜。なんて」
「は?つまらな」
「西出、これはグイだ。」
「そこを言ってこその男でしょう。」
なんてことだ、1番ダメな選択肢だった。
テキーラがまた体に波紋を揺らす。
俺の意識はだいぶ揺らいでいて、過去に保健体育のアルコールによる酔い具合の指標の酩酊という単語が脳裏を過ぎっていた。
言葉が流暢になる、感情的になる、大脳が麻痺をして判断力の低下……そんなんだったな。
「ぷは〜、やばい結構飲んだ気が……。」
結構酔った。体と心の言動が一致しないのを感じる。
周りを見るとみんなは思ったより優しそうな笑顔でこっちをみた。
「でも西出がいてくれてたのしいよ。誕生日はあんたにいて欲しかった。」
「また代表にいじめられたら私からも言っとくわ。」
そんな風にじゅんこさんとあいさんが言ってくれる。
なんか……きついけど、いいなこれ。
人に嫌われるのが当たり前だったからな。
こうして毎日頑張ってるけど、それを理解してこうして支えてくれる人たちがいる。
夜職もやってみるもんだ。
酔いもあるけど心も温かくなった。
そうだ、じゅんこさん誕生日だし楽しませてあげないと。お客さんみたいにDiorとかのブランドはプレゼント出来ないけど、思い出とかは提供出来るはずだ。
「よっしゃー!まだ行けますよ!」
「なんか急にめっちゃ元気になったな。」
「気にしない気にしない!ダーツでゼロワンでもやりましょ!」
「おおー!じゃあ負けたらテキーラね!」
「ちょっとそれはきついです〜!」
こうしてダーツを初めてこの日は大盛り上がりだった。
そこからの記憶は、どうしても思い出せなかった。
ただ、楽しかったことと、代表に無理やりお酒を飲まされたことと、トイレにこもったこと、断片的な記憶だけが残り俺の意識は消えていった。
次の日目が覚めたのは17時に無断欠勤をしてしまい、両親の鬼電と会社からの鬼電にきづいたときだった。
どうしておれが家に帰ってこれたか……
はたまたどうして家の中がゲロまみれだったのか……、
それを知るのは先のお話だった。
☆☆
「西出〜大丈夫か。」
西出はいつものコートを身にまとい、上を向いてとても気持ち悪そうだった。
「うう〜なんとか……」
私もじゅんこのお祝いで飲みすぎてしまったので少し頭がガンガンする。
あいつは結局帰らずに麻雀しに行った。
他の子も飲みたいっていってたから私はタクシーに西出を乗せていた。それにしても顔が悪いし唸ってばかりだ。大丈夫か、こいつ。
「住所どこよ?」
「○○市○○町○丁目61-34です。」
そこは鮮明に言えるのね。西出はポンコツだけど難しい言葉も知ってるし、計算も早い。頭はいいほうなのかもしれない。
「わかったわ、こちらの住所でお願いします。」
タクシーを走らせる。
ここから10分くらいのところだなぁ……。
そういえば、1つこいつに対して不満があるんだった。
「ねぇ、西出?」
「はいい?」
「なんでじゅんことみやびのインスタは交換して私とは交換しないのよ。」
「ふえ?」
西出が間抜けな返事をする。そりゃそうだ、きっかけがなかったのだから。
「私の事好きなら交換しなさいよ。」
「え、いいんですか?」
もちろん風紀などのルールは熟知している。
もうこの店も2年近くいるんだからね。
でもこんなに絡んでるのに、私だけ連絡先交換してないのはなんか不平等だしムカつく。
代表からは何度もクビにすることを庇ってあげたんだし、もっと感謝して欲しいし、もっと仲良くしたい。
「携帯ある?」
「え、あ……どうぞ。」
西出からインスタのIDを確認し追加しておく。
鍵垢だったので承認させた。
「はい、ありがとう。」
「どうも…。」
「連絡しろよ〜。」
「うす。」
ちょっと西出は困惑していた。
そんなこんなしてるうちに西出の家に着いた。
3階建てのオートロックのついた、こじんまりとしている税理士事務所と併設のマンションだった。
「あとは歩ける?」
「ありがとーございます!感謝感激雨あられです!」
「あはは、うるさいわよ。気をつけてねー!」
「あいさんも!お気を付けて!」
そう言ってタクシーは自宅に向かった。
すると、携帯から電話の着信があった。
またあいつか、今日は潰れたから急いで迎えにきたしもしかしたら怒ってるのかもしれない。
帰るの……嫌だな……。