虚憂
俺は誕生日を迎えた。
多分人生で最も空虚な誕生日だった。
果たして誕生日を好きになる大人はいるのだろうか。
結論、人にもよると思う。
例えば誕生日にはケーキがあってプレゼントがあって祝ってくれる人がいたらさぞ幸せだろう。
友達とも離れ、家族とも疎遠になると誕生日は普通に仕事をするものだ。
中にはそこも配慮してくれる企業もあるのかもしれないけどここは日本、世界の中でも真面目すぎる国なのだ。
もちろん俺は働いていた。
夜の人気のないところだった。
夜が辛い…孤独を感じる。
寒さが全身を蝕んでいて鼻水が止まらなかった。
俺は缶コーヒーて体を温める。
コートを着ていても寒さは残酷なまでに自分の活力さえ奪っていく。
着信が鳴る。店長からだ。
「はい、西出です。」
「西出くん。テンカラ(お店にお客様がいないこと)だから頼むよ。代表に詰められてるんだ。」
「う、うす……できる限り頑張ります。」
店長は時々フリーを捕まえてくるので少々期待をしてるのか最近の対応は優しい……というか媚びてるが近いような機嫌を伺うような態度だった。
やめて欲しくないのか……それともフリーをどうしても捕まえて欲しいのか。
両方が正しいのだろう。
寒さで弱りきった体を気合いが活力を引き出す。
今日誕生日なのに何やってるんだろ。
おっと……まだ病むには早い。
病むと声をかける気すらなくなるからな。
声をかけなくなると代表から鬼詰めかアルコールハラスメントが待っている。
あの男は会話は通じないので結果を残さないのサボるというレッテルを貼ってくるのだ。
だが俺は週3のバイト。
毎日いる他店のボーイに比べたら知識も少ないしノウハウもない。
お客様に顔を覚えてもらえることもないので非常に不利なのだ。
お客さんゼロだと嬉しいのだが俺は最低でも3組は捕まえておきたいと思った。
俺は正義感が強い。
自分の信念を貫かないと気が済まない。
いわゆる自閉症スペクトラムの弊害だ。
このこだわりすら持てなくなると自分はそこに甘んじるクズになってしまう。
クズの自覚はあるのだが自分にせめて厳しくはいるようにしたかった。
きっと在り方さえ崩れた人は二度と成長できなくなる。
それが何よりも怖かった。
ちなみに不利を乗り越える手段はこうである。
「お疲れ様です!」
「おす!西出か。今日はどうだ?」
「まだ1組だけです!」
この男はナオキさん。コンビニの前でキャッチをしている。
ベテランでお客さんを捕まえるのが上手いのだ。
俺はこの男を軽く尊敬していた。
「どうやってお客さん捕まえてるんですか?」
「そりゃあお前。とにかく数をこなすのと端的にメリットを伝えてやるんだ。そして俺はキャバクラときっちりと名乗る。勿体ぶりすぎると飽きられるから端的に伝えながら仲良くなれよ。」
「めちゃくちゃ勉強になります!頑張ります!」
まあこの男に鼓舞してもらうのだがそれだけでは無い。
「おうよ、もし困ってたらそっちの店にも振るからな。」
「是非!!」
これはキャッチあるあるなのだが…
他のキャッチとある程度仲良くなった方がいい。
お客さんにできなかったりしたら他のところ案内できるし案件によっては実績になるからな。
俺も困った時はこの男に降ったりしてる。
そうするとこっちのお店にも行こうかと行ってくれるからだ。
このようにポンコツと罵られながらもノウハウを身につけていった。
「さて!頑張れ俺!きっと夜に終わりが来るようにやな事にも終わりがある。そこにめざして頑張れ!」
鬱を経験した俺は治療ではなく行動が手段だった。
きっと今日もいいことがある。
☆☆
「お客様ご来店です!」
「西出くーん!ありがとうね、なにか飲むかい?」
「店長!そしたら……コーヒー頂きます。」
あっという間だった。
俺はナオキさんと協力し、気がついたら4組を入れる事にできた。
「おい西出。」
「代表、なにかございましたか?」
うわ、代表が来てる。
関わらないようにしよう。
「お前今日何組?」
「4組です。」
「そうか、毎回それくらいやれよお前。ポンコツだな。」
俺は何も思わなかった。
こいつは人の心がないものだと思っている。
期待はしていない。
「失礼しました!あと1組取れるように頑張りますのでご容赦ください。」
まあ俺もムカつくが散々な目に合えば生き方が変わるものだ。
大人の対応をとってまた外に出る。
そしてまた極寒の夜道に戻る。
もう時刻は丑三つ時だ。
2時ならまだわかるのだが3時はもう人通りが少ないので最早もう1組は夢のまた夢に近いものだった。
あーあ、俺はもうこれで24か。
歳をとった。
俺は何やっているんだろう。
どこは向かっているのだろう。
急に苦しくなってくる。
今の歳だと……俺は100年生きる。
人生の4分の1がおわった。
死ぬ時の俺はどう思うのだろうか。
こんなに仕事して…後悔に苛まれるのだろうか。
その先は……無の世界。
時間を感じることも無く、暑いのか寒いのかも分からない暗闇なのだろうか。それすらも認知出来ない。
そんな世界に後悔したまま眠りにつく。
考えるとゾワッとする感じがした。
恐怖……いやこの感じはどう表現したものが良いだろうか。
まあ、難しいことを考えても仕方がない死ぬ時は死ぬ時だ。
今は生きることを考えよう。
せめてこの寒さを乗り切るのだ。
俺は辺りを見渡した。
女性が3人歩いている。見覚えがあった。
「じゅんこさん。」
「おー!西出じゃん!代表に散々言われてるけど頑張ってるね!あんた。」
「い…いえ」
目を逸らす。人見知りがここに来て出てきた。
「てかさ、あんた連絡先教えてよ。」
「え!?それはちょっと……」
普通なら喜ぶのかもしれないがキャバクラには風紀というルールがあった。
ボーイとキャストは恋愛をしては行けない。
発覚したらお金を払わされる。
もちろん連絡先も交換しては行けない。
そんな戒律だった。
冷や汗がする。
「良いでしょ。私がいいって言ってるんだから。
もしバレても私が勝手に交換させたっていっとくからか。」
「お断りします。」
相手は降りなかった。
「じゃあインスタならどう?」
「んー、まあフォローならいいのかな?」
「決まりね。」
俺は小さな戒律を破った。
「じゃあ後で連絡するから指定のバーにきてね!」
「え……あ、いやその……」
「良いでしょ。わたし今日誕生日なんだ。」
「え、そうなんですか?僕と一緒ですね」
「あんたも誕生日?」
「そうですね。」
「じゃあ、なおさら来なよ。」
「んー……わかりました。」
そういってじゅんこさんは夜道に消えた。
あとは分からなかったが恐らく店の女の子2人と歩いていった。
もう一度言う。
俺は小さな戒律を破った。
後々にそれは運命を大きく変えるということを理解するのはもう少し先の出来事であった。