装飾
俺は震えていた。
季節ははや10月。夏に地上に降り注いだ地熱はまだ雲や気圧で反射していたからジメジメしてるような暑さが続いたがこの季節になると熱はすっと空へと飛んでいくような…そんな寒さであった。
クールビズから既にスーツとコートという服装に季節は早変わりしていた。
夜職の季節は早い。
ちなみに俺が震えてるのはもっと別にあった。
10月と言えど今日は31日。
いわゆる月末と言うやつだ。
ちなみにこの日は何の日かと言うと…ハロウィンというイベントがやっている
なに、ハロウィンなんて常識だって?
まあ知名度で言ったら知らない人なんて居ないだろう。
本当はアイルランドだかその国の夏を終えるお祭りなんだそうだ。まあそんな常識は日本には根付いていない。
その代わりにこの街はコスプレで溢れかえっていた。
キャッチのおじさんで水戸黄門の服装をしている。
恐竜のコスプレをするボーイもいるほどである。
これを見ると渋谷のハロウィンなんてさぞカオスなのだろう。
今は梅毒が巷で流行り始めているので絶対に行きたくは無いがね。
ちなみに俺はどうだって?
「お兄さん!お飲みの方はどうですか?」
「うわぁ!可愛い赤ずきんかとおもったら男かよ!」
女装に興じでいた。
服装は赤ずきん、メイクは赤と白を強調とした黒髪の似合う地雷メイクと言われているものだった。
ハロウィンということでカラコンは真っ赤にしている。パッと見で男だとわかる人はほぼほぼいなかった。
俺は身長が162の若干痩せ型をしている。
顔も男よりかと言うと中性的と言われることも多かったので尚更そう思われるのだろう。
どうしてこんな格好をすることになったかと言うと遡ること1週間前…
☆☆
「もうすぐでハロウィンイベントだね。」
店長がそういった。
「え、イベントあるんすか?」
俺は何も聞かされてなかった。
バイトという境遇もあるが代表は基本的に報告連絡相談ができない人間なので予定などが急遽伝えられることはざらだ。普通はそういったアンテナが違和感を覚えて後々に辞める人が普通なのだろうがそういったアンテナはとうに麻痺をしていた。
まあ副業のくせに15万も稼げてるから満足してるのもあるのだが。
「その日はボーイも仮装をするからよろしくね。」
「ええ…」
俺は非常に困惑した。
そりゃそうだ。何着てこりゃいいんだこれ。
とりあえずなんかドン・キホーテでも行ってから考えるか。
そう考え、このコスプレとホスト時代の化粧品を合わせ、俺はキャバクラFlowerに向かったところ…
「おはよう西出くん。」←店長。普通のスーツ。
「あら、おはよう西出。随分気合入ってるわね。」←ママ。カボチャのTシャツ着てるだけ。
「お前気持ち悪いな。」←代表。スーツを着ている。
「い…いいとおもうよ。」ボーイさん。スーツを着ている。
おいいいいいいいいいいいいい!!
なんでや!ボーイも仮装する言うとったやろ!
そんな感じで俺は文字通り紅一点のような感じになっていた。
紅=赤=赤ずきんだけにね。
ひとまずやって行けないので寒さ対策とキャッチの勇気を与えるために鬼ころしを1口飲む。
先日鬼ころし好きという噂が拡がって冷蔵庫に俺の鬼ころしが2本はいるようになった。
あ、いや本当は鬼ころし好きじゃないんですよ?
厨二病が急にコーヒーを飲み出したかその類です。
だがこの鬼ころし、味はむせ返るほど酷いものだがアルコールは程よく回ってくれる。毎日飲んでるうちに少し好きになっていた自分がいた。
でもこれ公園とかでホームレスの人とか飲んでるからワンコインで酔えるというこの世の終わりを体現したような代物なので控えるようにしよう。
そしたら女の子も出勤をしてきた。
メイド服やセーラー服などのコスプレが出てきている。
仕事のときだから気づかないがやはりお店の女の子は可愛い子が多い。服装が普段と違うので日頃感じることの出来ない可愛い女の子が多いという状況を再確認させられた。
「おはようございます!あれ、新しい体入の子かな?」
「えー!赤ずきんかわいい!私もやればよかった!」
どうしよう。複数の女の子に話しかけられるけどみんな苦手な子である。
「あの…」
「ん?」
「西出です。」
「え…え…」
一気に雰囲気が不穏になった。
やめて!そんな目で見ないで!
「めっちゃかわいい!ポテンシャルありますね!」
「確かに!私今日負けたかも!お客さん来たら接客してくださいよ!」
想定外の言葉だった。あれ、悲鳴が上がるかと思った。
どうやらクオリティはそこまで酷くは無いみたい。
「じゃあキャストとして行ってみますか。」
と、突然ママが無茶ぶりをしてくる。
い…いやぁ…流石にキャバクラにお金払って女装は可哀想じゃ…
「え、ホントに行くんすか?」
「あの客女の子が面白くないって言ってるんだよ。インパクト与えてきてよ。」
重くないか?その役割。
言われるがまま俺は卓につかされた。
「お待たせしました〜きょうちゃん!きょうちゃんです!」
「あー…おー!かわいいねぇ!」
隣に座ったのはガテン系の短髪の男性だった。
年齢は40~50程度で少し筋肉質をしている。
「よ、よろしくお願いしマース(裏声)」
「ハスキーボイスか!いいねぇ、ここの子は普通の子ばかりで退屈してたんだよ。今日は赤ずきんか!」
思いの外ノリノリだった。大丈夫?気付いてないか?
「何飲む?好きなの飲みなよ。」
急にお酒を頂いた。ちなみに1杯1000円と関東の郊外らしい料金だ。都内はその倍、地方は半分くらいが相場である。
えっと…女の子はこの時は確か…
「えー!ありがとうございます!じゃあ鬼ころしで!」
自分をぶん殴りたい。
「おー!いいじゃん!キャラも立ってるなぁ!ボーイさん!鬼ころし1杯!」
やばい大ウケだ。赤ずきんのマントフードが暑く感じる。汗が止まらないよ。
そうしている間にグラスに鬼ころしがすり切り1杯まで入っていた。ちょっと悪意を感じる。
「ありがとうございます!カンパーイ!」
「おう!乾杯!」
乾杯にグラスをあてると普通に鬼ころしが零れていた。というか鬼ころしはグラスで飲まんやろ。
「ところでそれ本当に鬼ころしかい?軽く飲むね。一口飲ませてみてよ。」
と、お客さんが疑いの目をかける。しまった、いつも通りのペースで飲んでるから違和感があるんだな。
静かに鬼ころしを差し出すと、男はグラスを上げて飲んだ。
「ゲボっ!酒強いしまずい…お嬢ちゃん、かなりの酒飲みだねぇ。」
案の定男はむせ返り驚愕の表情をだしていた。
まあ確かに強いお酒だけど…案外弱い方なのかもしれないな。
「まあいいや、ちなみに、お嬢ちゃんは趣味とかあるのかね?」
「そうですねぇ、強いていうなら料理とか得意かもです!」
「おおー料理か!家庭的だねぇ。何作るの?」
「んー、牡蠣をペースト状にしてほうれん草を加えたオイスターパエリアとか白身魚とスパイスを使ったエスカベッシュ。鴨肉をラードで煮込んだコンフィとかですかね?」
「いやプロかいな。」
しまった前職の得意メニューを言ってしまった。
相手は驚きを隠せずにいる。
「もしかしてお嬢ちゃん…元々コックだったけどコロナで仕事をやめて今の仕事にいるのか?」
「まあそんなところです。時代は厳しいですからねぇ。今は営業をしながらこの仕事をしています。」
おっとしゃべりすぎたか…?ハッと口を抑えるようにお酒を飲む。
「そっか…きっとお嬢ちゃん売れてるだろうに、きっとお嬢ちゃんは自分に厳しく頑張ってるんだろうな。」
男は頭を抱える。え、いや確かに借金は返してるんだけどそこまでは…
「俺さ、毎日同じ仕事をしていて…家に帰っても家族と関わる時間が無いから溝を感じていてな、関わろうとしても俺は現場の仕事してるからどうにもキツく感じられちまうのよ。女房にも子供にも嫌われてる感じがしてな、でも自分も仕事抱えてストレスがハマってこんなところに来ちまったんだよ。」
男が急に自分のことを語り出した。
でもちょっとわかるなぁ。この人ちょっとそういう所は父親に似ているかもしれない。
もう4年近く会ってないな。
親父元気にしてるかな。
僕の親父もたまに頑固なところを出して母親と兄弟に距離を置かれてる時があるのだ。
その度に声をかけてあげたのだ。
今頃親父はこの男のように誰かに聞いてもらいたいんじゃないんだろうか。
「お兄さん、大丈夫ですよ。きっとお兄さんは仕事や家庭でも大きな責任があるんでしょうね。妻子持ちなら尚更でしょう。
中にはそれを悩まない方さえいます。悩んでるってことはきっと家族を愛してるからでしょう。
その気持ちがあるなら、まずは奥さんに素直に頼ってもいいかもしれないですよ。
大丈夫です。お兄さんがお父さんとして頑張ってるのはみんな見ているはずですから。僕が保証します。」
そう、人とは毎日小さな誤解をする生き物だ。
本当はお互いが好きなのにいざこざが起きてしまう悲しい生き物なのだ。
この男は最初つまらない顔をしていた。
なぜなら自分を戒めて欲しかったのだ。
自分の誤解を解いてほしかったのだ。
何となくだがそう確信している。
だって男は目を見開いて目が潤んでるから。
「ありがとう…今日はお嬢ちゃん使命だな。俺家族に向き合ってみるよ。」
「そうしてください。」
「これは1000円以上の価値があるな。ボーイさん。エンジェルのピンクを頼む。」
え、エンジェル?ちなみにエンジェルのピンクとは当店で18万する代物だ。
「い…いやあ。大丈夫ですよ僕は。」
流石に俺の1ヶ月分の給料を使わせるのは心苦しい。
「いや大丈夫だよ。というかお嬢ちゃん…いや兄ちゃんと言うべきか。」
男の目が鋭くなった。やべぇ、バレてる。
「途中で一人称が僕になってたからどうかと思ったがやはりか。そういえば今日はハロウィンだったな。
なに、俺は兄ちゃんの接客に対する対価だ。ほかの女は表面の話だけだったが兄ちゃんだけは本気で接してくれた。俺を少し変えてくれたからな。」
そう言って男はシャンパンをあけた。
それからは覚えていない。
ただ男が楽しそうに笑っていたのを覚えている。
俺は酒に酔ってしまっていた。
意識が朦朧としていた。眠気とカラコンから来る目のストレスがやばい。
「よく頑張ったね、西出。」
あいさんかな?身体が温かい。
きっと自分を介抱してくれてるのだろう。
安心して今は身を委ねよう。
☆☆
次に目が覚めた時、俺は自分の部屋のマンションの布団の中だった。
きっと誰かタクシーだか呼んでくれたのだろう。
時には何かに頑張ったり本音で話してもいいのかも知らないな。
鳥のさえずりが聞こえ、若干の雨と曇天が空を覆っていた。若干の二日酔いで吐き気もする。
今日は何もする気が起きないな。
「さて、もう一眠りとしますか。」
そう言って俺はまた夢の中へと飛び込んで行った。