順応
その日から俺は副業として夜職をはじめた。
嫌々ではあったが店側としては人がいないので猫の手も借りたいほどだった。
ボーイと言われてどんなイメージがつく?
多分キラキラしてるか怖そうなイメージだろう。
俺もそう思ってた。
だが意外と地味かつ業務内容はいくつかあるホール業がメインという感じである。
・キャッチ(地域と時間によっては違法なのでこっそりやる)
・ドリンク作り
・ホール業としてバッシングや洗い物
・フリー(指名無し)の卓の場合は一時間ごと女の子の交代
と慣れてくるとこのように誰でもできることが多い。
なので自分は3日あたりである程度の業務をこなすことが出来るようになっていた。
たまに指名もフリーも入らなくて店内がガラガラの際はキャッチに行かされることがある。
ちなみにこの業務は俺は嫌いだ。
何故かと言うとコロナ禍のこの日本だぜ?
この街は多少の繁華街とはいえ郊外なので1時間人が通らないのはざらである。
そしてこのキャッチ業は前述した通り違法に近い行動なので警察に見つかったら指導が入り一定回数指導が入ると営業停止なのである。
じゃあ、このように素晴らしい治安維持でどうやってお客さんを捕まえるかって?
簡単である。
彼等は22時以降はパトロールをしないのだ。
おいおいと初見の人はツッコミもんだろう。
しかしこの街はこのキャッチで生活してる人も多い。
きっと暗黙のルールもあるのだろう。
ワンピースの海軍の某赤い大将がきいたらブチ切れて取り締まりたくなる世の中だがどうやらそんなもんらしい。
一概に治安維持を徹底出来ないのにも理由があるわけだ。
そして、もうひとつ難易度をあげる要因が2つある。
1つ目は同業者パターン、コレマジで分かりづらい。
2つ目は反社会勢力パターン、コレは分かりやすい。
多少上級のヤクザさんは店前に車を停めて最短距離で来店をすることが多い。
また、店の近くを歩いてたら店長から電話が来て隠れろと指示があるので特に分かりやすくなるわけだ。
というのがざっくりとしたボーイのお仕事だ。
バイトは大体1500円も貰えるので少々キツい程度だが案外悪いものでは無かった。
ちなみにバックヤードでドリンクを作るのだが…
ここは女の子たちの溜まり場にもなっている。
アイコスと香水の香りが漂っている。
俺はジャスミンハイを作っていた。
って言っても適当に焼酎とジャスミンハイを混ぜるだけなのでこれもサッと出来るものである。
「ねえ」
「はい。どうかされましたか?」
「最近金髪の子みないけど辞めたの?」
と、唐突に女の子が絡んできた。
えーっとこの人は確か…
「すみません、あいさん。僕が体入してからすぐ辞めたと聞きましたよ。」
「あ、そうなんだ!ありがとうね!」
この人はあいさん。年は見た感じ俺より少し上に感じる。背は高くて髪がオレンジかかった茶髪をしていて、それをまとめているので綺麗なうなじが見える。
背も高くすらっとしているのでキャバ嬢というよりかはフィギュアスケートの選手に近いような印象を受ける。
スクールカースト上位に居そうな印象があって陰キャの自分にとっては少し怖いな、っていう感じだ。
「てか、普段何してんの?毎日はいないよね。」
「普段は営業関連の仕事してますよ。」
「あ、そうなんだ。」
このように何かと質問が多い。
女性というのは好奇心旺盛なところが多い。
男性の自分だと基本的に他人に無関心なので素っ気ないような返答をしてしまうが結構色んな質問をしてくる。
営業をしている身としてはヒアリングというか、探ってる?のかな……。
「まあいいわ。あ、指名来たから行くね!飲み物ジャスミンハイでよろしく!」
「う…うす。」
そうして彼女は小さなバッグを左腕に提げバックヤードを出たのだ。
☆☆
私はあい。
もちろん本名ではなく源氏名である。
ここ、キャバクラFlowerのキャバ嬢の1人である。
この業界は大学の頃から入ってたので早5年近くは働いている。
ここは1、2年くらい働いてるのかな。
ここの店はボーイが定着していない。
なのでドリンクを作るのは待機の女の子が作るようになっていたのだが
最近ボーイが1人この店で働き始めた。
正直猫の手も借りたいような状況だったのでこちらとしても嬉しいのだが。
「西出くん。麦焼酎の水割りレモン入れるのをA1卓にお願い。」
「はい!…えっと…麦…麦…はにゃ?」
ちょっと変わった子である。
言動がズレていてちょっと女の子に嫌われている。
本人はそこまで気にしてなさそうだけど。
空気が読めなくて一部の女の子が目の敵にするくらいだ。
代表からもポンコツとレッテルを貼られている。
私はというと別に嫌いという訳では無い。
実はクラシックバレエの先生もやっているので人を多方面から見るように心がけているのだ。
実際、こいつは無愛想でポンコツなんだけど…
「こんばんわ!お兄さん!どうですかキャバクラなんですけど、可愛い子いますよ〜」
「………。」
「次だ次!最低100人には声かけよう!あ、お兄さん!今日は暑いですねぇ〜どうです?キャバクラなんですけど飲み物サービスするように交渉しますよ!」
「お、まじ?どこの店よ。」
このように実は仕事を惰性でやっているようで実は一生懸命にやるやつなのだ。
1週間で飛ぶヤツもいるし、声かけようとしないボーイがいた中でこいつは頑張っている。
ホール業もこんな感じである。
「西出〜。」
「あ、グラスが空いている。ジャスミンハイですね!」
と、女の子のドリンクの好きな物を把握してるし。
「西出〜。タバコ…」
「確かテリアのメンソールですね!すぐ買ってきます。」
という感じでタバコを覚えてくれている。
「ねぇ、あいちゃん。あの子いいねー。僕好きだよ。」
「ね!」
私のお客さんからも好評なのだ。
嫌いになる理由がない。
だから私は話しかけ続ける。
ちょっと目が泳いでるから人見知りなのかな。
でも西出は優しい。ちょっと楽しみですらある。
そんなことを思って帰り道を歩いていたら電話が鳴りだした。
あーあ、またあいつから電話か。最悪…。