奇妙な夜ふかし
「ここで合ってるよな?」
指定されたキャバクラはクラブFlower。
求人情報での内装の雰囲気だとエレガントかつダークな印象を受けたのだが……
外装はと言うとそんな雰囲気と反してとても素朴かつ繁華街のノスタルジックさが漂っていて
今にもヤクザでも出てきそうである。
一言で言うと胡散臭い。
ま……まぁキャバクラなんて夜職も知らないとそんなもんなのだろう。
本職の人にそんなこと言ったら怒られそうであるが。
すると店の前には小さく無気力なおじさんが傘をさして立っていた。服装はしわくちゃのスーツを着ていて
タバコを吸っていた。
「こんばんは、君がぁ……西出くんかな?代表より話を聞いてるよ。」
「は、はい!西出と申します!よろしくお願いします!」
いつもより少し喉が乾き自身でも緊張していたのに気が付いた。
「じゃあまずは体入前に面接するから入って」
「はい、失礼します。」
そういって僕は扉をあけたその日から僕はフリーターからボーイになったのだ。
☆☆
内装は写真通りの雰囲気で
赤と黒を基調とした絨毯。
こじんまりとしてるがシャンデリアがあった。
匂いは少し酒とタバコがまじっていて……そこを香水が香るなんとも言えない匂いがしていた。
内装に見とれるうちに面接もおわった。
面接と言っても簡単に経歴を店長に見られて5分位で終わったくらいだった。
さて、これからどうなるかね。
「じゃあ面接はこれで終わりです。今日はホール業をやってもらうよ。
とりあえず、下げ物をしてタバコの灰皿を綺麗に下げてもらったり、水とか氷を補充してもらうよ。
その際はダウンサービスお願いね。」
と、端的な説明で俺はホールにたつことになった。
え、それだけ?というツッコミもあるが居酒屋経験もあるし何するかはわかったので俺は最初はそれだけで済むのかな……って思ったのだが現実はそんなに甘くなかった。
「おい!ヴーヴ持ってこいやぁ!」
「え、なんですか?」
「うるせぇよてめえ。ヴーヴ・クリコだよ!」
「は、はい!」
なんというか……さすがキャバ嬢と言うべきか
女の子が渋谷の子は猫だとするとここは虎のような覇気があって腰が引ける。
服装はドレスと下着の中間のような露出が多い大胆な服装をしていて
普通の男なら喜んで目で撫で回したくなるような感じだが、そんなの気にならなくなるくらいの圧を感じる。
そして、聞きなれない単語と注文のラッシュ、店長とママからの無茶振りについていけない。
この場合の負担って本当に向いてないか、まだ体が順応してないかのどちらかだと思うが、これ前者が濃厚じゃないか?
というか、店の規模に対しての黒服が少人数すぎて業務量が多い。
「はぁ……はぁ……ここ、他にボーイさんいないんですか?」
「ああ、3日前に飛んだよ。」
帰りたい。
これ、店に問題あるっぽくない?
理由は聞けたら聞きたいけど……なんか聞けそうな雰囲気ではなさそう。
うん、今日限りで終わるようにするか。
時刻は2時くらいにになっていた。
ぶっちゃけクソねむい。
朝9時から仕事をしていたので身体が限界みたいである。
黄色と黒は勇気のしるし、令和の世には24時間戦えないみたいだ。
「あの、ちょっといいですか?」
そう言うと、25くらいのお姉さんが俺に話しかけてきた。
おいおい……怒られるかな?
まあいいだろう。時給が発生してるから真摯に対応をしよう。仕事だしね。
「さくらさんに色々言われましたけど、誰に対してもああいう人なので気にしないでくださいね。あなた初日でしょ?気にしちゃダメですよ。」
「え、あ、ありがとうございます。頑張ります!」
なんというか、呆気にとられた。
これは好きになっちゃいそうなさり気ない優しさである。
それはそうである。夜職とはいえ偏見を持つのはあまりに失礼であった。
十人十色、そのなかでも個性はあってこのように優しいキャストの子もいるのだ。
人見知りの俺にとっては砂漠のオアシスのような優しさであった。
と、駆け足になったが俺の体入は情報量が多すぎて脳の処理が追いつかなかった。
しばらくすると営業は終わりに近づいていてお客様も皆朝に向け帰る人も増えていた。
これで終わりか……というタイミングの時だ。
「おつかれー!」
低くテンションの高い声が店内を響き渡った。
そういえばエントリーしたあと電話で場所と時間を指定する際にやり取りした声だったので聞き覚えを感じた。
男は背が170後半と大柄でパーマの髪型と、少し高めのスーツを着ていた。
目は見開いていて圧がすごい。蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものである。顔は笑顔なのに目が笑ってなくてこわい。
「君が体入の西出くんだね!どうだった?うちに本入する?」
「ちょっと合うかわからなくて……ちょっと見送ろうとおもいます。」
君子危うきに近寄らず、リスクに対して無闇に入らなくていいこともある。なんというか、一見フレンドリーだけど打算を感じるコミュニケーションである。
そして店の雰囲気的にも無理に働くよりかは普通の仕事で稼ぐ方向が良いのかもしれない。
「そうなんだぁ。また明日体入にきてもいいよ?お金渡すし。今日は忙しかったし、色々分からないこともあるからもっかい考えてみよ?」
ここ人いないのかな……
まあでもマルチ商法による借金で支払いにおわれてるし、お金はあるに越したことはない。
「わかりました。ではまた明日また伺います。」
こうして体入費用の1万円を持って俺は朝日に向かって歩いた。
なんだろう、なんて清々しい朝なんだ。
ストレスフルからの解放された時のあの感覚……何事にも変え難い雰囲気である。
明日もここに来るのは少し嫌だけど、
単発バイトだと思えば耐えられる。
そう考えるとラッキーなのではないだろうか。
☆☆
次の日
「おはようございます、店長。今日も体入お願いします。」
「え、体入?なにいってんの?君は今日から本入だよ?無断欠勤したらペナルティーも発生するからね。」
俺は何を信じればいいのだろうか、まあ収入源が増えたしまあいいだろう。
優柔不断の自分はきっとキープしたまま動かないのでちょっと働くことにしよう。
でもこれだけは言わしてくれ。
なんやねん!それ