表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/16

煌涙

「私、今日でFlower最終日なんだ。」


そのインスタのチャットを見てから俺は急いで会社を出た。

「お先に失礼します。お疲れ様です。」

時刻は夜の22時……ほとんど終電の時間だ。

いつもは気だるけに電車から最寄り駅にいってキャバクラにいくのだが、今日は焦燥に駆られながら新宿駅に向かった。


駅に行くと人混みが溢れていた。

邪魔……邪魔だ……。


俺は急いで最寄りの駅に突っ込んでいく、

それにしても俺はなんでこんなに気が動転してるのだろう。

たった一人のキャバ嬢が辞めるなんて日常茶飯事である。


うちのキャバクラは言っちゃあなんだがクオリティがそこまで高くないので客が少ないので稼ぎたいキャバ嬢にとっては新規がなかなか取れないので月に大体3人やめて3人入る。

あいさんがやめるのも基本的に感情が動く必要がほとんどない。


きがついたら……俺は電車に着いていた。

人がとても多い…、こっから1時間程で到着する。

「はぁ……なんてこった。あいさんがやめちまうのか。」


ショック、そう……自分の感情を言語化するとショックだった。

今までの光景が目に浮かぶ……

酒を飲んで、酒を飲んで……あと酒を飲んで、あれなんか酒しか飲んだ思い出は無い。

冗談はさておき、俺はあの人に色んなものを貰った気がする。

時には庇ってもらったり助けて貰ったこともあった。

なんか貰ってばっかりなのに俺は何も返すことが出来なかった。


俺には美学がある。

人に与えられたら必ず自分が与え返さないと気が済まない。

ひとの無償の愛には感謝をしなくては行けないのだ。

俺はあの人に何を返すことが出来たのだろうか。


1駅……また1駅と最寄り駅に近づく。

快速急行なので泊まるとなると数駅程度だが距離としては1時間というのはとても長い。

一先ずインスタを開く。

「ひとまず状況は理解しました。23時に到着します。」

「了解。待ってるね。今までありがとう。」

「こちらこそ……楽しい日にしましょうね。」

やり取りは淡々としているがどうにもチャットの文章と自分の気持ちがシンクロしてないのを感じる。


多摩川を越えて東京を出ると、俺は少し冷静になっていた。

ひとまずネットを見て落ち着く。

電車というのは不思議と心が落ち着く気がする。

エフ分のいちの揺らぎというものだろう。

同じような感覚で音や振動、視覚によるものを見ても感じるものがあるという。


俺はADHDだ。

すぐに注意散漫で他のことに意識が言ってしまう。

だけど今はその特性がありがたいとさえ感じていた。

今はまた別のことを考えている。


しばらくすると俺はいつもの最寄りの駅に着いていた。

いつもは23時の電車に乗り、0時45分に到着するのだが今日は仕事が早く終わったのでまだ人が賑わっていた。

今日は風が強い。

少しポツポツと雨も降っているほどだ。


駅からバイト先はすぐだ。

俺はいつものファミリーマートを右に曲がり、道を目指す。そこにいつものキャッチのナオキがいた。


ナオキは俺を見るなりインスタのストーリーのカメラをこちらを向ける

「おす。今日は年末だな。」

「あけましておめでとうございます!めす!」

「はえーよ、今日も頑張ろうな。」

「うす。」


端的に会話を終わらしてバイト先に駆け寄る。

ここを曲がったらキャバクラだ。

いつもより1.5倍くらいの早さで到着をして上着も脱ぐ。

「おはようございます。」

「あれ、西出くんはやいね。じゃあ早速だけどホール業をしてもらおうか。」

「はい!」


俺は急いで店内の客席を見渡す。

さすがにもう帰っちゃったかな?

キャバ嬢はお店が5時で終わってもお客さんの入り具合では2時とかに早上がりするのだ。


彼女らには高い時給がある。

大体入りたてと売れてる子は3000円ほどだ。

お店としては呼べない子は早めにあがらせて人件費は削減していくのもお店の戦略である。


さて……あいさん、あいさんは……。

だが客席には誰もいない。

もちろんトイレもいない。

せめてお礼だけでも言いたかったな。


そんな気持ちでバックヤードを戻ると彼女はいた。

「おつかれ、遅かったね。」

「あいさん……。」

今日の彼女は感傷に浸っていたかのような、楽しさと寂しさが合わさった様な顔をしていた。


「今日、最後なんすね。ちょっとビックリしちゃいました。」

「なーに?寂しいの?えー私は何も思わないよ。」

「え、ちょっと……まじすか!」

「うそうそ!冗談よ!」


彼女はいつも通りの明るい笑顔を見せてくれた。

なんか、この人といると不思議な安心感がある、

でもそれが尚更寂しさってのが出るな。


「さーて!今日もお仕事頑張りますか!ほら、本業で疲れてるでしょう!鬼ころし飲んだ飲んだ!」

彼女は鬼ころしを差し出す。

確かに12時間くらい働いたので体は既にクタクタだ。

お酒で誤魔化さないと気が沈んでしまいそうだった。


鬼ころしをストローで体に入れていくと、すぐに胸焼けをするような強いアルコールを感じむせ返りそうだった。

だが、ストローなのでごくごくと飲めてしまう。

惰性で飲んでたけどこの酒も慣れてきたなぁ。

少し体が火照るのをかんじる。

「それと、今日私はオールまでいるから気にしないで集中しなさいよ!最後お別れ会もみんなでするんだから。」

「あいさん……うす。」


それからは無我夢中で仕事に集中するのだった。


☆☆


何度か店外のキャッチと店内のホール業をこなすと、

もう既に女の子も減り、お客さんもあいさんのお客さんだけだった……それも。

「ディオールさん。今日もいらしてたんですね。」

「ああ、西出くん。最後に君に会えて僕は嬉しいよ。僕はあいさんに会いに行くのもあるけど君と何度か話をする時間はとても好きだった。」


そんなことを言ってくれる。

なんというか、鼻の上が少し痒くなるのを感じる。

自分ではこういうのを少し照れくさい感情が出る時に出てしまうのだ。

「そんな、ありがとうございます。」

「君のガトーショコラ……本当に美味しかったよ。嬉しかった……だからこれ食べてくれ。」


ディオールさんはホールのケーキを箱から取り出す。

そのケーキは表面が黒いのでチョコかゼラチンでグラサージュという手法を使っていて、周りにはナッツが粉砕されたものが散りばめられていた。


昔製菓学校で作ったことはある……これは。

「ザッハトルテ……でしたかね。」

「お!やっぱひと目でわかるんだ!」

「さすが西出くんだ、みんなで食べよう。」


そういい、俺はバックヤードから包丁を取りだし、8カットをして取り皿に移した。

そのザッハトルテは驚愕するほど美味しかった。

酒で味覚は少し鈍くなっていたけどこれは分かる。

ビターチョコとスイートチョコのブレンドが見事である。

そして、グラサージュチョコも舌触りが滑らかなのだ。クリームも甘すぎずミルクの旨みを強く感じる。

「これは……とても良い奴ですね。」

「ね!ディオールどうしてもあんたにお礼がしたかったんだって言ってたよ。」

「僕はもう……ここには来ないさ。」


きっと俺とディオールさんは二度と顔を合わせることは無い。

彼はあいさんがくる理由だからだ。

指名を変えて来ることは決してないだろう。


「今までありがとうございました。」

「こちらこそ、僕はきみの接客の素晴らしさにいつも元気をもらってたよ。」

「えー!ディオール〜またお店来なよ。」

「君じゃないと行かないさ、それよりも……最後に僕に歌わしてくれないか。つまらない曲なんだけど。」


俺は咄嗟にデンモクを取り出し、ディオールさんに速やかに差し出す。

ディオールさんは迷わず曲を選び出した。

昭和後期のよく知らない、ドラムとエレキギターが素朴に鳴り響く昔のロックバンドの曲だった。

「なんだろう。」

「ディオールね!昔バンドマンだったんだ〜。」

「へ〜そうなんですね!少し雰囲気が普通の人と違う感じがしたんですけど昔はそうやって夢おってたんですね!」

「昔ね、つまらないバンドをやっていたよ。僭越ながら……聞いて頂きたいね。」

ディオールさんの声は美しく綺麗な曲だった。

俺みたいに雑な歌声ではなく洗練されたビブラートだった。


どれくらい聞いたのだろうか、きがついたらディオールさんの曲は終わっていて俺たちは一斉に拍手をした。


「ありがとう……クラブFlower。もう来ないよ。」

「ディオール!ありがとうね!」

「うん。さようなら。」


もう、閉店の時間だった。

部屋は一斉に明るくなる。

USENの曲も一斉に終わる。


「お客様お帰りでーす!」


バタン


さーて、片付けをするか。

国家らがひと仕事だぞ……と思ったらバックヤードはほとんど片付けていた。

「店長……あとやることは。」

「グラスくらいかな?お金の整理をするからあとは任せたよ。」

「うす。」


まあこれなら10分しないで終わるだろう。

給湯器に負担をかけない程度に頑張るか!


「西出……。」

「(ガチャガチャ)……。」

「西出!」

「はい!?」

後ろから聞きなれた声が聞こえる。

後ろを見ると満面の笑みのあいさんがいた。


「ねぇ……西出……。」

手をバッと広げる。どうしたんだろ?

恐る恐る様子を観察するが意図を察することが出来なかった。

「えっと……これは……?」

「ハグに決まってるでしょ!」

「え……でも。」

なんというか、あいさんは仕事の女性ってところが認識として強いので女を抱くと言うことには普段は抵抗がないのだが俺はたじたじと近づいた。


「え、大丈夫なんですか?」

「いいから!ハグ!」

俺は言われるがままあいさんを抱きしめた。

強く抱きしめられるが愛さんの華奢な体はこちらが力を入れると折れてしまいそうだった。

ち……ちかい。

いやそりゃそうだ、ハグをしてるのだからな。


……。お互いの心拍数がわかるようだった。

離れる頃には彼女の対応が恋しくなってる自分がいたが名残惜しみながら離れる事にした。


「え、えーっと……その。」

相変わらずこういう時に動揺してしまう、自分はなんてプレッシャーに弱いのだろうか。

しばらく下を見てから真っ直ぐあいさんの顔を見るとあいさんは満面の笑みだった。


「また会おうな!西出!インスタあるし絡めよ、もう一度私と約束な!」


なんか俺の心は混乱していたが、きっとこれはお別れでは無いのかもしれないとおもった。

「ほら!目利きの銀次でみんなで予約してるから。

今日はみやびとじゅんこもこれが来るのよ!」

「え!そっすか!じゃあ盛り上げますよ!」

「うん!飲みいくか!」



俺たちは最後に飲み屋に向かうことにした。

それからはみんなで集まって食べ物を食い、酒に酔って大盛り上がりだった。


大変だった今年ももう終わりだ。

来年はもっと良い年になるといいな。


すると、俺のLINEから連絡があった。

「今年は帰るの?」

年末は家族と過ごすので毎年この連絡が来る。

親と顔を合わせるのはなんか歳を食えば食うほど複雑になるな……。


「まあ、いいや。今年は色々ありすぎたよ。帰るか。」


そういい、俺は母親に帰るよと返信をして部屋を出た。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ