星恋
今宵はクリスマス、特別な夜ということで
キャバクラFlowerはクリスマスイベントを開催する。
クリスマスは特別な日ということで男からのお金はとてもでやすくなる。
ちなみにクリスマスは元々パティシエだったので仕事が忙しいイメージがどうしても拭いきれず俺はこの日が果てしなく嫌いだった。
ちなみにクリスマスに女の子と一緒にいるイベントなんて俺の人生にはなお存在しなかった。
まあ、前置きはさておき、クリスマスイベントということで女の子はサンタ衣装で来ている子が大多数だった。
ちなみにだが……
「ぶえっくし!ふぅー……なんでミニスカってこんな寒いんだよ。」
例に漏れず俺もサンタガールの服を着ていた。
理由としては前回女装で売上を少しだがあげてしまったのでこの格好をしなくてはいけなかった。
相変わらず赤いカラコンで黒髪のウィッグを被っていたので赤ずきんとほぼ同じスタイルだった。
周りはサンタのおじさんのキャッチばかりなのに俺はサンタガールでキャッチをしているので他のお店とは異彩を放っていた。
「おす。」
「めす。」
「お、お前今日めす?」
「服装だけめす。性別はオス。」
こんなくだらないやり取りをするのはいつもピンチの時に助けてくれるナオキさんである。
顔を合わせるとおす。と言い合うのだがたまにめす。とか違う返しをするのも日課であった。
「しかしなんだ、後ろ姿だけみたらマジで女と間違えるな。」
「やめてくださいよ。それヤクザにも言われました。」
「どれどれ……」
「カメラ向けないでくださいよ。」
俺は知っている。この男はキャッチが暇な時はインスタのストーリーをつかって道端の変な男やエッチな服装の女を隠し撮りしてストーリーに上げるのだ。
ちなみに俺もインスタをフォローしてるので大体の投稿はみている。
俺は顔を合わせる度にこの男のストーリーのネタにされていた。
「なんだよ、なんか面白いこと言ってよ。」
「ナオキさん、代表とインスタ繋がってますよね。嫌なんすよそれでふざけてたら勤務中にサボってるって勘違いされて詰められるんですから。」
正直言って代表は金は持っているが知能は極めて低い。
少しの癇癪で大きな勘違いを何度されたか、そして説明をしても理解できないので罵倒をされたりアルハラを受ける。
なんか思い出すだけでもムシャクシャしてくる。
そろそろこの業界縮小するかコンプライアンスを導入されるべきだと思うが、代表はグループなどはせず個人で経営をしているので何もかも代表基準になってしまうのだ。忌々しい。
「まあいいや、今日も気合い入れろよ。」
「何言ってんすか。既に3組は入れてますよ。」
「俺は今は0組だ。おおおす!」
「めえええす!」
「ふはは、お前ほんとおもしれえな。」
ナオキさんは大きく笑った。
そしてこの様子は代表に見られることになるであろう。
とはいえ12時を過ぎると女の子の呼べる時間のピークが迫るのでキャッチの時間は終わりを告げることになる。
ある程度お客さんがいると俺はホール業に従事することになる。
そして今日は、ちょっとした約束をしていた。
「こんばんは、ディオールさん。」
「やあ、西出くん!今日も元気にやってるね!」
この人はディオールさん、あいさんの指名客の常連である。
年齢は40くらいで仕事は何してるか分からないがいつもこの時間には必ずあいさんを指名してくるのだ。
髪が首まで伸びていてピースの又吉のような印象を受けた。
ちなみにあいさんとは前働いていたキャバでも指名していたらしい。
ディオールとはあるブランド名なのだが、初めて会った時に全身ディオールだったのでそっからずっとその名称でいる。
本名は俺は一切知らない。
そんな一般の年収ちょっと高めのサラリーマンである。
「確かいつもジャスミン茶のピッチャーでしたね。」
「よく覚えてるよね。それでお願い。」
俺は1回見た人の飲み物や傾向などを覚えるのは少し得意だった。
そしていつも美味しいスイーツをもってきたりする。
「おつかれ〜。」
あいさんが少し気だるげに卓についた。
今更気を使う相手でもないのでいつもより気楽な雰囲気だった。
「てか西出サンタガールじゃん!はは」
「ちょっと、笑わないでくださいよ。恥ずかしいんだから。」
あいさんは相変わらず俺と話す時は楽しそうである。
実際女装するボーイなんて結構レアなのかもしれない。
「この前ね〜面白いことがあったの。らんっているじゃん?」
「あー、黒髪の若いクロミちゃんのような子ですよね。」
「そーそー!なんかね、その子女装した西出と服装の雰囲気とか髪型とかメイクが似てるから間違えて西出ーってよんじゃったの。そしたらめっちゃキレられた。」
「いやそりゃあ見た目を売ってるような仕事ですから女装した男と同レベルだと傷つきますよ。」
俺は実の所中の下位のレベルだと自負してるし、世間はそれ以下の評価を摂る。
普通に失礼だと思う。
「でもさ、らんみてみ?」
向かい側の席のらんさんを一同が見る。
「まあ、確かに似てるかもしれないね。」
「でしょー、ディオールもそーいってんじゃん。事実なんだよ事実。」
なんか今日のあいさんは酒が入ってるのか結構ストレートである。
「ま、まあ確かに……あ、そうそう!実は今日はサプライズがあるんでした!」
これ以上は人間関係の悪化を招きそうなので無理やり話題を変える。
そう、今日は俺はディオールさんにプレゼントに来たんだった。
「どうしたの?西出。」
「いや……ね?以前ディオールさん達と話して僕のスイーツ食べたいって話してたので実は今日……ガトーショコラ作ってきました!」
「おおおおー!覚えてくれてたんだ!」
ディオールさんは嬉しそうだった。
なんだかんだ人の喜ぶ顔は好きなのかもしれない。
俺はそういったキッカケになりそうなことはメモをして覚えていた。
「ちなみにバニラアイス付きです!あいさんもどうぞ!」
「え、めっちゃうれしい!インスタにあげよ!」
俺はテーブルにバニラアイスとガトーショコラを綺麗に盛り付けて、表面に粉糖とミントを飾り付けた。
「メリークリスマス!ディオールさん、あいさん!」
「もー!西出大好きだわ!」
「これはシャンパン入れるよ。」
特に見返りは欲しいとは思わなかったがディオールさんもお返しをせずにはいられなかったみたいだ。
ホストの時は煽ればシャンパンなんて入ると思ったがこの業界は違う、満足するとシャンパンが入るのだ。
そして満足は女の子だけじゃなくボーイの役割と非常に重要なのだ。
俺のやり方はこれしかないのだがね。
お店はクリスマスソングが流れているとても華やかな雰囲気である。
「西出くん、君のうたが聞きたいな。」
突如ディオールさんがそんなことをいった。
ディオールさんはいつも優しい、だからこそこっちも報いるのがとても楽しいのだ。
少しマイクを持って考える。
例えばbacknumberのクリスマスソングとかメジャーな曲は沢山あるが俺はこの曲が好きだった。
「お!この曲はB’zか!わかってるねぇ!」
そう、世界的に人気のロックバンド……B’zである。
基本的に僕は父親のせいで母親の子宮にいた頃からB’zを聴いていたのでほとんど歌えない曲はないくらいだった。
趣向も父親とは似てしまうものである。
クリスマスは華やかな曲が多いのだがこの曲は異彩を放つバラード曲だった。
ギターの弦が儚げに雪道を綴るかのような雰囲気がとても好きだった。
特に歌詞がメッセージが籠っていて……そこがなんとも言えない儚さを演出しているのだ。
特にこの歌詞が好きだ。
「いつまで手を繋いでいられるような気がしていた。
何もかもが煌めいて、がむしゃらに夢を追いかけた。
君が居なくなることを、初めて怖いと思った。人を愛するということに気がついたいつかのメリークリスマス。」
なにか目の前のことが楽しいけど、終わりを告げるようなその歌詞が今の自分にリンクする。
俺はこの日常があと何日続くのだろうか。
つらいけど幸せもある。これに終わりが来るんじゃないかと恐怖する。
きっとそれはひとつの愛情なんだと感じながら歌うと、周りの人達もそれに惹かれて盛大な拍手をくれた。
クリスマスは酒と共にボルテージは最高潮に終わった。
☆☆
クリスマスが終わったら、年末である。
それは人間の文化に生きてる以上与えられるルーティンなのだ。
わがキャバクラはブラック企業なので年末も仕事である。
そして俺は年末のくせに今日のスケジュールはダブルワークで埋まっていた。
しかし、この日常も悪くない。
なんだかんだ最近本業はいやいや働いているがこっちの仕事も楽しくなってきたのだ。
Flowerに向かう時にインスタのチャットが流れてきた。
差出人はあいさんだった。
「今日は出勤?」
「出勤っすよ、今本業を終えて電車で向かってます。」
「そう、それならよかった。」
「今日も盛り上げますね!」
「それはそうと実は」
「はい?」
「今日、Flower最終日なんだ。」
最後のチャットが流れた時、電車の音がいつもよりも甲高く感じて、ほんのちょっぴり足の力が抜けるのを感じた。