影夢
うう…寒い。
都市から電車で1時間ほど離れたこの街は、俺の地元とは比べ物にならないほど大きな建物に溢れていた。
ただ郊外ということもあり、駅のみが栄えてるのはあるあるだと思っている。
俺のバイト先は駅から歩いて10分ほどの場所にあった。
なのでビルのすきま風が容赦なく俺の足を凍てついていた。
今日は友達が俺にわざわざ会いに来てくれる日だった。
ちなみに友達の地元からこっちまでは高速で2時間半程度のところにあるのだが、来るのも大変だと思う。
それなのにわざわざキャバクラのデビューをこっちに来てもらうとは実に物好きなものだと感じた。
「ついた?」
「もーちょいでつくわ!この街意外とごちゃごちゃしてるな。」
LINEで友達からの連絡が来る。
もうすぐ来るのか。よく電話はするが実際に会うのは久しぶりなのでとても緊張感を覚える。
なんせ3年振りかな?俺は上京をして6年程度経つが地元の友達とは連絡を取らないタチだった。
寒い中マフラーに手を触れると声が聞こえたー。
「おー!西出!久しぶりだなぁ!」
「ほんと…久しぶりだな。」
懐かしい顔を見ると過去を思い出して安堵するのを感じる。
きっと大多数の人間が過去が好きなのはこの感覚が好きなのだろうと思う。
そして、背丈が同じくらいの青年が笑顔で立っていた。
「彼が例の?」
「そう!かっちゃんだよ!」
俺はたくとは高校来の友人だが、このかっちゃんという男とはなんと小学生からの仲だという。
彼は地元の中でも偏差値が高い高校に行き、今は公務員をしてるのだと。
そんなような経緯をきいた。
「ちなみに…どうして今日彼はここに?」
たくはへへん!と、得意げにニヤついた。
「今日はかっちゃんは誕生日なんだ!そして、お前に会わしたらどうなるのか、そこが今日の俺の楽しみなんだ。」
「そっか、改めてよろしくねかっちゃん…っていうのは馴れ馴れしいかな。」
「いや、かっちゃんで大丈夫だよ!よろしくね!」
とても人当たりが良かった。
まだ警戒はお互いしてる状況だがお互い信用がないと紹介はされない、それにふざけたエピソードを沢山持っていてきっと親友になるのだろうと確信した。
しかし、それよりも今日は2人はキャバクラに来たのだ、何よりも楽しませるのが最優先だろう。
「じゃあとりあえずキャバクラの説明をするね。まず初回入店ということで指名はないから1時間4000円の飲み放題で対応をさせていただくね。」
「おおー、安いな。とはいえ、地元だともう少し相場は安いか。」
「まあ、これでも地域の最安値にしてあるんだ。勘弁してくれ。」
実際事前にママに決済の交渉はしてある。
キャッチだと6000円の飲み放題サービスなしなので破格は破格ではあった。
まあ、友人だから金銭感覚もきっと同じくらいだ。
払わせるのも心が痛む。
「ちなみに20分事に女の子を入れ替えるよ。固定したい場合は場内指名をすること、ちなみこれは金かかるで。」
女の子の入れ替えは店舗によるのでなんとも言えないがこちらも商売でやってるので女の子が好感度を上げてそっから指名をよばなきゃいけないので基本は2.3人と初回は喋ることになる。
「ちなみにドリンクは女の子は1杯1000円とする。テキーラとかはものによって金額が変動するから不安になったら教えて、両者の同意がないとぼったくりとかになるからね。」
「りょーかい!まあ任せろ!看護師は今はコロナバブルでめっちゃ金貰えるんだ!手当が30万程着くからな!」
彼はクレジットカードをみせる。
まあでも本気出すと100万も単価あげれちゃうので大目に見ておこう。
「まあ、ほどほどにな。じゃあ女の子付けるね。」
「おう!可愛い子頼むな!」
ママが女の子二人をつける、1人はハーフの女の子、もう1人は年上の安っぽい雰囲気のする子。
2人ともまだ指名を呼べてない子達だった。
むぅ……ママめ、俺と仲いい子とかなら良かったけど
新人にお客さん着けるように必死だな。
いや、俺もボーイとして居なきゃなのだが。
一旦バックヤードに俺は戻るとあいさんが不思議そうな顔をしていた。
「あれ、西出の友達?」
「そうですよ。」
「えー!それならわたしも話したかったなぁ。」
実際、あいさんは比較的俺への理解があるので紹介してみんなでどんちゃんしたい感じだった。
まあ、きっと次はあいさんかじゅんこさんあたりが着くだろう。
初回は付け回し(女の子をつける役割)にもよるのだが最初はお客さんがいない子、次に盛り上げたりするのが上手い子、売れてる子の順でつけたりする。
あとはギャル好きとかそういう好みをヒアリングしたりその日いる女の子で変動したりする。
ちなみにあいさん今月はナンバー2キャバ嬢なので実力も折り紙付きなのだ。俺だったらリピーターにするためにも是非つけてみたい。
そんな期待も愚か、インカムから音が流れた。
「西出くん!8.9卓場内指名。」
たくの卓が場内指名をあげたのだ。
え、早くない?まだ5分もたってないぜ?
俺は急いで卓にもどる。
「え、早くね?」
「かっちゃんがえりかちゃん可愛いなって喜んで場内したんよ。」
「はえ〜、それはそれは……。」
「えー、私はダメですか?」
もう1人のさくらさんというキャバ嬢も打診をする。
なんというか……この子テーブルマナーもガサツだし営業もそんなにしないからこちらとしても変わらない限りは売れないと思うんだけどな。
「あー……うん。」
おいおい!たくも微妙そうな顔してるじゃねえか!
あれ、絶対チェンジって言えない顔じゃねえか!
流石の友人もそこまで言えるほどの経験は重ねてなかったようだった。
いや、いいんだぞ?
勝手に女の子変わるしもっと面白い子なんているんだからな。
まあ、ボーイとして思っても口にはしないけどね。
「じゃあ、場内指名で。」
「やったー!ありがとう!」
「そのかわり西出!お前も座りな!飲め!」
ちょっとたくは不服そうにお酒を出した。
ママにアイコンタクトを送る。
するとママはルロイ修道士よろしくのグーサインだったので卓に着くことにした。
「はいはい!ご指名ありがとうございます!いただきます。」
「なあ、かっちゃんが一気飲みしたいって言うからコールしてよ!頼むよ元ホスト!」
「しゃあないな!もったぁ!グラスはぁ?はぁなさぁないっ!ぜったぁい!嫌とは?言わせない!ラララライ!ラララライ!ラララ、ライ麦畑でぇかくれてオナニーらぁい?ラララライ!」
オナニーの所で周辺のキャバ嬢がむせるか吹き出していた。しらない、しらない。
かっちゃんは楽しく焼酎を一気飲みしてた。
「いやぁ!こんなに美味い酒は久しぶりだよ!西出もテキーラ飲んでくれ!」
ここに来てテキーラの注文がある。
おいおい……1杯2000円だぞ?
「え、たく?」
アイコンタクトを送ったらたくは頷いたのでバックヤードからテキーラが送られた。
おいおい……この前テキーラで潰れたからシャットでも気持ち悪いなぁ。
まあでもここは楽しませないと!
「はい!なんとなんと!今日は誕生日のかっちゃんより!バースデーでテキーラいただきました!ありがとうございます!
では皆さん!かっちゃんにバースデーソング捧げますので手拍子、手拍子!」
ホストで培ったアナウンス力とアドリブ力で乗り越える。
キャバ嬢たちもつられて手拍子をしてくれた。
「はい!ハッピーバースデートゥーユー!バースデートゥーユー!バースデーディアかっちゃ〜ん!ハッピーバースデートゥーユー!(ごくごく)」
一気にアルコールが回る。
「いいぞ!西出!」
「飲め飲め!」
あいさんたちが野次を飛ばす。他のお客さんもかっちゃんに祝福の拍手をしていた。
かっちゃんはこれでもかという笑顔だった。
まあ確かに初めてのキャバクラでこんな対応したら最高の一言に尽きる。
「俺延長するわ!もっとえりかちゃんといたいし!」
かっちゃんがママのところに駆け寄り延長をした。
え、延長だけで1万は追加するべ?
もしかしてこの子お酒飲んだらお金バンバン使うタイプか?
たくをみる。流石にキツイよな?
表情をみると笑顔ながら引きつっていた。
「ちょ、たく!一旦トイレきて!」
「お、おう?」
たくをトイレに連れていく。こうでも言わないと無理しそうだ。
「延長きついだろ?」
「いいんだよ、かっちゃん誕生日だからさ。」
「本音は?」
「あのブスに金使うの忍びねぇ。」
正直でよろしい。
「無理なら帰ってもだいじょうだよ、一応その程度の権限はあるからさ。」
「いや、でもお前の喜ばせたいって気持ちとパフォーマンスにはお金辛うじて払えるから延長でいいよ。」
そんなことを言う、お互い罵倒しあってるがたまにこういうところで認めあってるんだと強く感じる。
「わかった。キツかったら言えよ?」
「おうよ。」
と、から返事をしてお互い卓に戻って行った。
それからは、色んな話をした。
彼の学生時代のコンプレックス、親父さんが厳しくとても真面目に育てられて大人になってタガが外れたように遊ぶようになったこと、俺はと言うとマルチ商法やらホストやら色んな苦労などを酒を交わして語り合いかなり打ち明けたような感じがした。
気がついたらもう営業も終わりの時間まで近づいていた。
もうお互いそこまで気にする気力はなくなっていた。
「もうそろそろ帰ろうかな?」
「ああ、それがいい。すぐ帰るのか?」
「そうだね、どっか近くのネカフェで泊まってから帰るとするよ。」
「そうか、久しぶりに会えた分寂しくなるな。」
「男がそんなこと言うな、気持ち悪い。」
「うるせえよ。」
「でもあれだな、女の子はそんなに話さなかったからお前とはなして時間使っちまったわ。普段の電話と対して変わらないことに金を使っちまったよ。」
「途中女の子フル無視だったもんな。」
「もう俺はこの店来ねぇ!」
「それがいいよ。」
実際、そんなことに友達に高い金は使って欲しくない。
「かっちゃんはえりかちゃんにハマってるからまた来るかもしれんけどその時は頼むわ。」
かっちゃんは顧客になってしまった。
まあでも一友人としてしっかり接するようにしよう。
「まあでも、なんか俺友達いなくなったような感じしたから正直すごく嬉しかったよ。彼は今日から親友として接するよ。」
「そうしてくれ。西出、ほれ。」
友人は右手の握手を差し出した。
「なんだよ、らしくねえな。」
俺は容易に握手に応えた。
その時は特に意図はよめなかった。
「んだよ、酒があるのに手が冷てえな。」
「冷たいとなんかあるのか?」
たくは首を横に振った。
「また会おうぜ。親友よ。」
「おうよ。」
俺の親友2人は店を後にした。
いつの間にかキャバクラにはほとんどお客さんも女の子もいなくなっていた。
さて、片付けを始めようか。
そんな行動を声がさえぎった。
「西出!」
あれ、あいさんまだ居たんだ。
服は露出の多いドレスから私服に切り替わっていた。
「あいさん、まだ居たんですね。」
「まあね、それはそうとこれあげるよ。」
あいさんが紙袋を俺に差し出した。
「これは……GODIVA?1個500円するあの高いやつですか?」
「これ、この前のお礼よ。」
お礼と言う単語に間抜けな返事をしつつ、なんだっけかと思い出す。
「え、まさかソルビック?」
あいさんはにししっと子供のようにわらった。
「あの瓶、未だに捨てられないんだよね。家に飾ってる。」
「えー、めっちゃ恥ずかしい!てかGODIVA食ったこと無くて一回でもいいから食べたかったんですよね!ありがとうございます!」
元パティシエなので美味しいお菓子は好きだ。
気になるし勉強になるからだ。
「もうひとつあるよ。西出。」
あいさんは顔を近づけた。なんかしたっけ?
「わたしもお前の親友だからな。」
子どものような笑顔をする様子はまるで真夏に咲くひまわりのようだった。