遊宴
今宵も男がやってくる。
仕事の疲れを酒と女で癒しを求め続けた男たちがやってくる。
ここはキャバクラFlower。
辺境の町の小さな箱である。
俺は今日も今日とてボーイのバイトをしていた。
相変わらず俺は副業でやっているのでとても気だるけにやっている。
かれこれ5月から始めて今は11月、俺は半年間いやいやとやりつつもキャッチも慣れてきたのもあるがホール業もなかなか手馴れてきた感じがする。
「お客様ご来店でーす!」
「いらっしゃいませー!」
丁度今お客様が来店された。
俺は曜日や時間帯、女の子とお客さんの情報がある程度覚えてきた気がする。
「いらっしゃいませ。確かさらちゃんは柚子こまちのソーダ割りでお客様はボトルキープされてましたね。確か…こちらの白州でしたか?」
知らない向けの人に話すと白州とはウイスキーの名称である。
今めっちゃ高いから気になる方は検索してみてね。
「おー!西出くん!今日も頑張ってるね!」
「いつもありがとうございます。西出さん。」
このように前よりもコミュニケーションが円滑になった気がする。
俺は成長を続けてるんだ、そんな気持ちで最近は仕事に望んでいた。
「どうだい?君も一杯好きなののみなよ。」
このようにボーイさんにもお酒を出すお客様もいる。
「ありがとうございます。では生ビールでいただきますね。」
「おおー!いいねぇ!じゃあ今日はバンバン飲むわ!」
「是非!楽しんでいってください!」
接客も多少はできるようになり、お客様とも信頼関係のようなものが出てきた。とはいえなんの仕事をしてるかなどは深くは聞かないのも1つのコツだと言える。
彼らにとって最も大事なのはちゃんと話を聞く。
そして、共感を第一に考えることだ。
薄っぺらいのはわかるがこれを主軸にすると相手は不思議と信頼を寄せてくるものだ。
また、別の卓だとこんなこともある。
「西出くん!今日はローストビーフを持ってきたんだ。食べてってくれよ。」
「え!?いいんすか?しかもA5の和牛って書いてますよ!?」
「ああ、お店への差し入れだよ。なに、稼いでるから気にしないでくれ。」
「ありがとうございます!美味しくいただきます!」
このように差し入れをくださるお客様も少なくない。
借金まみれの冷蔵庫もない俺にとっては貴重な栄養源でもあった。
それにしても、流石A5の和牛だ。
脂と肉の割合がいつもの肉に対してかなり均一に混ざっていてやわらかいのが一目でわかる。
噛めば噛むほど脂の旨味が広がっていくのも感じる。
これに先程のビールを飲んでいくと…
「ぶはぁっ!なんだこれ!旨味とビールのシュワシュワのマリアージュ!生きてるとはこういう事だったのか!」
と、バックヤードで3流の食レポをしながら今日も社会に感謝する。
自殺願望をもってるとなおさら生きてく素晴らしさというものにも気付かされるものだ。
「西出くん!そしたらB-1卓にとうかちゃんレモンサワーとじゅんこちゃんウーロンハイお願い!」
「はい!ただいま!」
おっと危ない…仕事の途中だった。
自分はお客様の差し入れで酔ってしまうこともある。
キャッチで鬼ころしも入れてるからこれ以上は危険だ。
こうして仕事をこなしてる時だった。
「西出ー!」
俺を呼ぶ声が聞こえる。この声はあいさんだ。
相変わらずのすらっとした160以上はあるであろう身長。限られた女性に与えられる長く綺麗な足。
そして切れ長の少しエレガントさをかんじる顔立ちをしていてモデルのような雰囲気は見慣れていようが男として圧倒されるものがあった。
「はい!どうかされましたか?」
あいさんは顔をニカっと笑って手招きしていた。
ソルビックをプレゼントであげてから今日は異様に上機嫌である。
「ね!西出飲もーよ。」
あ〜なるほどね。ヘルプだ。
ちなみに知らない人向けにヘルプについて説明すると、
女の子も飲むキャパが決まっている。
しかしお客さんとしては酒を出してお金を払って貰ってる商売なので誰かに飲んでもらうこともある。
その際、代わりの女の子が接客をしたりボーイが飲んだりする。
それらを簡潔にヘルプと呼ぶのだ。
べ…別にただ飲みたくて飲んでるだけの怠け者じゃ無いんだからね?
「承知しました。ママに一声かけてから参加させていただきます。」
「待ってるね!」
こうして俺はママにその旨を伝え、別のボーイさんにホールの仕事をお願いし卓に着いたのだ。
「お待たせしました。」
「西出何飲む?」
「好きなのじゃんじゃん飲んじゃって!」
お客様は50~60のグラサンを掛けた男性で、ファンキーながら懐の深さを感じる優しさを感じる喋り方だった。
ひと目でわかる。この人は優しい人だと。
「そうですね、それではハイボールを1杯。」
「えー?西出〜?ほんとに飲みたいのあるだろー?」
本当に飲みたいの?
あいさんの問に対し少し考える。
確かにこれ以上は酔っちゃうのでチェイサーの気分なんだよな。
あと酒より普通にコーラが好きなんだよな。
「ではコーラで(にっこり)」
「ズコーっ!」→突如ズッコケる2人。
あ…あれ?選択ミスったか?
「おいおい!そこはシャンパンでしょーが!」
ああ、やばい。
つい飲みたいのを選んでしまった。
今日は売上をあげたい日なのかな?
「す、すみません!間違えました。」
どうにも人と感覚がズレているので意図を汲み取るのは本質的には苦手の部類に入ってしまう。
飲みたいのと言われたらシャンパン…覚えておこう。
女の子も生活がかかってるんだから。
しかし、そんな失態に対して2人は笑っていた。
「西出くん!おもしろいね!初めて見たよこんな子。」
「ね!面白いっしょ?でもこいつ良い奴なんだよ。」
「じゃあそんな君にシャンパンだ!」
ええええええ!?どうやら、俺の奇行も想定内だったのか?
まさかの売上一気に急上昇。
少しテンパりながら俺はシャンパンを持って来ることにした。
卓に戻るとあいさんはスマホのカメラを構えている。
「西出!あんた元ホスだからシャンパンおもしろくあけてね!」
「う…うす。ごほん…」
一度咳払いをして準備をする。、
「なんとなんと!本日は素敵なお客様とあいさんにぃ!シャンパン一発いただきました!あーりがとうございます!今日も素敵な夜にしていきましょう。それではシャンパンあけていきたいとおもいます!さんさん、にぃにぃ、いちいち!」
掛け声と一緒にコルクを持ち上げる。
ポンっと!甲高い音がした。
「はいはい!素敵なシャンパンあけました!あーりがとーう、あーりがとうごっつぁん!」
「おー!こりゃ盛り上がるな。」
「さすが元ホス!シャンパンコールとかそんな感じなん?」
「まあそうっすね。はい、ではシャンパンです。」
と、俺はすぐにシャンパンを注いで2人に差し出した。
「西出も飲みな。」
ちなみに基本的にボーイさんはこのように言われるまでは飲まないがキャストかお客様にそう言われた際は飲むようにしてます。
「えー!いいんすか?おれは元ホスなんで飲みますよー!いえー!」
「言ったなこの野郎。」
もちろんハッタリです。
乾杯を交わして俺はシャンパンを飲んだ。
シャンパンは内容はピンキリではあるのだが美味しいやつはとことん美味しい。
ドンペリのように強いアルコールがあるものよりかはロゼシャンパンのような少し酸味を感じる甘めのワインが好きなのだ。
ちなみにこのシャンパンは当たりで俺の好きな味だった。
「ねね、なんで西出ってボーイはじめたの?」
突如あいさんがそんなこときいてきた。
んー、どこまで話そうか。
マルチ商法は日本でのイメージが最悪なビジネスである。
関わっただけ軽蔑の目を向けられることもあるくらいだ。
ここは少しぼかしておこう。
「んー、投資に失敗して借金おっちゃったんですよ。それで…ホストはもうやりたくなかったから最初はゲイバーで働いてましたね。」
「ゲイバー!?」
「そうなのか?え、いけるのか?」
食いつく2人。
まあそうだよな。ゲイバーなんて話のネタの宝庫でしかないのだ。
「まあ、やっても一週間程度でした。」
「まあまあ、続いてたらここにいないですもんね。どんな感じだったの?」
アルコールで思考力の鈍った脳で考える。
金…男…おしりの開通。
「な…なんというか、枕営業多めのとこでした。」
たった一週間なのにトラウマレベルの濃い経験が走馬灯のように駆け巡った。
「そ…そうなのね。」
あいさんが目をそらす。
やめて、そんな目をしないで惨めになるから。
「まあ、人生色々あるよ。場所は新宿かい?」
「あ、はい。2丁目でしたね。」
ちなみに新宿二丁目とはゲイバーの聖地だったりする。おれは普通におかまバーみたいなとこかなと思ったらほぼ風俗みたいなコンセプトでバックは多くはいるのですがオプションにお持ち帰りがあるくらいです。
あいさんは恐る恐る話しかける。
「その…使ったの?おしりとか。」
「あー、うん。えー…」
「とりあえず飲め!」
シャンパンを卓上越しにあいさんに飲まされる。
あ、なんだろうすごく飲みたくなってきた気がする。
「そうか!でも西出くんはめげずに頑張り続けてるんだね!僕は君のメンタルの強さ好きだよ。」
お客様も喜んでいらっしゃる。
ダメージはあったがこんなことで喜んでくれる人がいるなら何よりです。
「ありがとうございます、とても励みになります。」
「だが1つ、気に入らないところがある。」
お客様は顔をしかめている。
しまった、やらかしたか?
「なにか至らぬ点がございましたか?あればできる限り対応させていただきます。」
「髪を切りなさい。」
髪?自分の髪型を思い返す。
確かに自分は髪が長い。これはラッパーのR-指定様の髪型を少し真似てるのもある。
髪は長くワックスで片方に寄せて、ツーブロックでパーマをかけている。
まあ、最近は切る金もないのもあって、ツーブロックは自分で切っていた。
「髪ですか。そうですね、できる限り直させて頂きます。」
「なに、言ってるのは僕だ。これで切るといい。」
お客様は福沢諭吉の描かれた紙、いわゆる1万円を僕に差し出した。
「そんな、受け取れません。」
本当は喉から手が出るほど欲しいがその分1万円の価値をよく知っている自分からするととても重いのだ。
しかしお客様は至って笑顔である。
「なに、受け取って損は無い。それに僕は君に髪を切るための大義名分を与えた。受け取らない方が失礼なんだよ。受け取ってくれ、僕は君にお金をあげたい。」
そう言い切り、お客様は1万円を僕に押し付けた。
少し間が空いた。いつもの道化が働くのに時間がかかった。人にそんなに優しくされるのが久しぶりだからである。こんな名前も素性もわからない男にお金を渡す男の器のデカさに打ちのめされていた。
いつかこの男のように人に無償で何かを与えられる男になろう。そうならなくては、失礼極まりない。
「ありがとうございます。必ずお切り致します。」
「ああ、そうしてくれ。君は端正な顔立ちをしてるからもっと普通でいい。」
「絶対切れよ〜?じゃあ西出!次はカラオケで盛り上げてな!」
感謝に浸る間もなく、俺はデンモクを持ってきた。
カラオケで天城越えを流す。
客層とお店の雰囲気が演歌が一番映えるのだ。
酒に酔い、皆でマイクを回しながら楽しむ天城越え。
山焼きで燃える伊豆の大室山を思いながら店内に声が響き渡る。
「天城〜越〜え〜!」
時刻は夜の2時だった。
体にはお酒が周りその場しのぎの快感が全身を巡る。
天城越えを歌ったあとは…意識の糸がプツンと切れてしまった。
でも寝ていた感じはしない。残りの時間もこの卓にわずかだが費やしていた。
☆☆
「はっ!俺は何を?」
「おはよ、西出くん。」
店長がゆっくりとお金を数えていた。
「え、俺もしかして寝ちゃってましたか?」
「少しだけどね、でも片付けとか頑張れ俺ー!って叫びながらグラス洗ってたよ。」
え…俺一人だとそんなこと言ってんの?ドン引き。
「すみません、寝てた分は減給で大丈夫です。」
「いや、ヘルプ頑張ったから減給はしないよ。それにまだ仕事は残ってる?」
「仕事…ですか?」
辺りを見渡す。テーブルも吹いてあるし、グラスも片付いて灰皿もない。ゴミも片してあるのでいつもならこれで帰ってるんだが…
「にーしーでー!おーきーろぉー!」
あいさんがバックヤードのグラスおきに体重をかけながら酒に酔っていた。
「あ…あれは」
「ずっとこうなんだ。君が対応をしてくれ。」
「う…うす。」
俺は恐る恐るあいさんに近づく。
「お…おはようございます。」
「西出〜!そこかぁ!」
「はい、西出です。」
「わらしはうごけない!抱っこしろ。」
え、抱っこ?酒に酔ってるとはいえキャラが崩壊してるよ。
「あ、いやぁ…肩をかすのでソファーにいきますか?」
「いやぁ!抱っこがいい!」
店長にアイコンタクトをすると店長は目を逸らした。
おいいい!ちょっと助けてよ店長!
いつもそうやってめんどくさい時は逃げすぎっすよ。
もういい、とりあえず俺一人で対応をしよう。
「えっと…お姫様抱っこでいいですか?」
「うん、いいよ。」
俺はあいさんに距離を詰め、脚を腕に乗せて持ち上げる。
あいさんはグラマラスと言うよりかはスレンダーでバレリーナのような体型をしている。足も長く細いので抱き上げると強気な性格とは裏腹に繊細な身体をしていた。
おー、俺もまだ酔ってるな…フラフラする。
「西出〜!おうちまだ?おえええ」
叫びすぎて愛さんがグロッキーになってる。
まって!ゲロはいや。ゲロはいやああ。
「と…とりあえずソファーに着きましたよ。降ろしますね。」
あいさんをゆっくりとソファーに降ろす。
「西出〜、西出〜。」
特に要件も無い呼び出しが店内を駆け巡った。
「味噌汁買ってきますか?少しは良くなりますよ。」
「…うん。ほしい。」
俺はすぐコンビニでしじみの味噌汁とあいさんがいつも吸ってるiQOSのテリアのメンソールを買ってきて、あいさんに渡した。
「…どうです?食べられますか?」
「おいしい、西出いつもありがとう。」
あいさんがまだ意識はもうろうとしているが喋る元気は出てきた。何言ってんだ、いつも世話になってるのは俺の方だ。
「こちらこそいつもありがとうございます。」
「やめんなよ、守ってあげるから。」
あいさんの顔はいつになく真剣だった。
ただその守るの意味を理解するのはしばらくあとだった。
「まあでも最近は、あいさんやみんなもいるから楽しくて来てるのもあります。」
「えー!ついでかよー!ショックなんだけど。本当は?」
こういう時のあいさんはちょっと試してるような気がする。
たまにそう言う本当は?というコミュニケーションがあったりするのだ。
「あいさんに会いに働いてます!」
「いえーい!」
ちょっと言わされた感はあるがまあいいだろう。
あいさんを介抱して、だいぶ体調が治ってきた。
「よし、終わった。」
店長も売上の計算と日報を書きあげが終わったようだ。
もうこの店舗に業務は無い。
「店長、あとはお願いできますか?」
「そのつもりだよ。送りもあるし。」
うちのキャバクラには送りという有料のシステムがある。
俺はバイトなのでその業務が振られることは無いので店長が行っているのだ。
きっとあいさんはこの後帰って帰りを待つ彼氏と幸せに過ごすのだろう。
これだけ綺麗な人だ。きっと素敵な彼氏がいるはずだ。
「じゃあ、俺も今日はあがります。お疲れ様でした。」
「ああ、お疲れ。」
俺はお店を出た。
「西出!ちょっと待って!」
あいさんが俺を止める。
なんだ?なにか忘れ物でもしたのかな?
「あんたインスタ交換したのに全然絡んでこないじゃん。」
「あ…いや…その…」
前に話した、ボーイとキャスト間の風紀が怖くて無理に絡まないようにしてる…だなんてどう説明しようか。
「もっと絡んでこいよ!約束!」
あいさんは小指をだした。きっと指切りげんまんがしたいのだろう。
俺も小指を差し出し、後の祭りの繁華街で小さな約束を交わした。