夢灯
最悪だ……。
俺は酷く戦慄と絶望を感じていた。
体が偉くだるく気持ち悪く吐き気がする。
じゅんこさんの誕生日だったので飲むつもりが飲まされ過ぎたのだ。
目が覚めた頃にはもはや手遅れであった。
両親からの着信が20を超えて、本業の仕事からも同じくらいの着信があった。
俺は人生で初めての無断欠勤をしてしまったのだ。
自慢じゃないが俺は至って真面目な性格なのである。
特に危険なことがなければどれだけ遅くとも定時10分前には始業をしているのだ。
両親にも心配をかけてしまった。
職場にはなんとか着いたのだが仕事中に吐いてしまった。
使い物にならないので俺は帰らされて、長い長い電車の帰り道だった。
職場には前職の飲み会に参加して飲みすぎました、
以後ないように気をつける旨を伝えたら案外許して貰えた。
人が少ない過酷な職場なので辞められると困るのと、普段の真面目な素振りだったのでびっくりもされた。
ただ、この状況に甘えず明日から真面目に働こう。
と、言うわけで少し酔いも冷めてきたので今日はあのラーメンを食べに行こう。
え、どんなラーメンかって?そんなの決まってるだろう。
かの有名な二郎ラーメンだ。
あのラーメンはホストをしていた10代の頃から定期的に食べていた。
知らない人向けにお話すると二郎とはスープは豚骨醤油ベースで麺は太め、そして何より沢山の野菜とニンニクが聞いたボリューミーなラーメンなのである。
正直最初は不味いと思ってしまった、二度と食うまいと思ってしまった。
しかし何故だろう、何度もホストの先輩と行くたびにお酒を飲んだ空きっ腹にはあのジャンキーな味が愛おしく感じ、食べたあとの満足度が他のラーメンよりも桁違いで元気が出るのだ。
都会の人はこれに癒しを求めてくるものさえいる。
俺は帰り道の途中の駅で降りて、二郎ラーメンを探しに行く。
この街も東京?の中では人気の飲み屋街なのである。
いくつものキャッチを超えて俺は大きい道路沿いの二郎ラーメンをやってる店に着いた。
普段は新宿の歌舞伎町のお店に行くが、こちらのお店もなかなかの腕前だと感じてるので近場だとここだと決めている。
店前に着くと、店前から客が4組ほど待っていた。
まあ想定内である。時間で言うと15分ほどで食べれるのだ。
店に着くと、鼻をつんと刺すようなチャーシューとニンニクとボイルされたモヤシのにおいがした。
これがまた食欲をそそるのだ。
そして、カウンターテーブルには沢山の猛者たちがラーメンと格闘をしていた。
そう、これは戦いなのだ。
そうしてる間に列は前は消えて自分の後ろに出来ていて、目の前が券売機になった。
俺は普通のラーメンを選択して、テーブルに座り、作業をしている年配の店員に話しかけられる。
「トッピングは?」
「もちろん……野菜ニンニク背脂マシマシで。」
「あいよ。少々お待ちください。」
何言ってるかわかんない人向けに話すと。
野菜はもやしとキャベツをボイルしたもの、ニンニクは刻みニンニク、背脂は背脂を煮たもの、マシマシはめっちゃ大盛りと言う意味だ。
俺は全てのトッピングをマシマシにするのが店に対する礼儀だと思っている、全力で格闘して残さず食べ切る。これは自分に対する試練であり、二郎に対する宣戦布告なのだ。
「お待たせしました。野菜ニンニク背脂マシマシね。」
素っ気ない店員はポンっとラーメンをカウンターに置いた。
圧倒的存在感がする、俺のゴングは既に鳴っていてまずはチャーシューと戦った。
攻略のコツとしては15分以内に食べ切るのだ。
15分とは満腹中枢が働く前の時間であると言われている。
実際食べ切るものは共通して食べるのが早い、喋る前に食べ切るのだ。
ちなみに麺やチャーシューなどの重いものは後から食べるのが億劫になってしまうため先に食べる。
ちなみに二郎のチャーシューはデカく、味が染みていて1口目としては感動の一言だ。
「うめえええ!」
そういい、直ぐに麺に手をつける。
麺も昔は苦手だったがモチモチしていて癖になる食感である。
ただ、量もあるので飽きが出てしまう。
そうならない為に、ニンニクも口に野菜と一緒に放り込む。
ニンニクはとても辛い、しかし体にぐんと力をくれるのを感じる。
その辛さが食欲を刺激し、食べるスピードを上げてくれるのだ。
ラーメンは既に7割ほど攻略されて野菜の山は消えていた。
やばい、俺も少し食うのが辛くなってきた。
ちなみに水はあまり飲まない方が良い、腹が膨れるのと胃液が中和されて消化が遅くなるのだ。
しかしこの時に思い出す。
そう、今日は食事ではなく戦いに来たのだ。
俺は体にムチを入れ一気に野菜とニンニクを食べ切る。
あとは麺だけだがほとんどない。
無理やり胃に詰め込んで俺はラーメンを食い切った。
ちなみにスープは残す。
塩分過多になり心筋梗塞を招くかも知れないからだ。
全て食べ切り、体全身には食べきった達成感と食欲を満たされた快感が全身を通る。
体は火照っているが11月の寒さが爽快感を出してくれた。
ああ、素晴らしい。
生きているってなんて素敵な事なんだろう。
これだから二郎が好きなのだ。
俺は帰り道に薬局が目に入った。
そういえばじゅんこさん、誕生日なのにプレゼント上げられなかったかな。
入浴剤でも買って渡しに行こうか。
そう決意し、俺は薬局の中に入った。
店内は人が少々見える程度だった。
その中では俺は適当に入浴剤を見つけ、レジに直行しようとしたら足が止まった。
「なんか、誕生日プレゼントとはいえ贔屓してるみたいにならないかな。」
正直、考えすぎである。
とはいえ……だ。みやびさんもあいさんも普段からお世話になってるし、なんか駄々こねそうだからついでに買いに行こうか。
ものはそうだな……正直借金まみれのボーイにはブランドを買う資本もないため、俺はまずはみやびさん向けに美容パックを購入した。顔乾燥するっていってたし、たまにはこういうのもいいだろう。
次は……あいさんだな。
あいさんの表情を思い出す。
最近とても辛そうな顔をしている気がする。
俺の前では笑ってるし、いえーい!という声が店内に響くほど元気な気もするが、ふとした時……体の胃のあたりが苦しそうな感じがするのだ。
まあでも薬は正直人の体質によって処方されるべきだと思うので、俺は申し訳程度だがソルビックを購入した。
こうして急遽できてしまった休日は無事回復の日に出来たので俺は次の日は無事に出勤することが出来た。
☆☆
「おはようございます!」
俺は大きな声で挨拶をした。
「おー!西出じゃん!この前はありがとうね!」
「あんた、また代表に無理やり飲まされてたね。」
と、じゅんこさんとみやびさんがバックヤードでスマホを片手にドリンクを飲んでいた。
今日もふたりは仲良さそうにドレスを着ている。
2人とも今日は胸を強調した服をしていて実にセクシーだった。
代表……やっぱりあいつだったか、自分のキャパにしては大きく超えていたと感じた。
「そうなんすね、でも何とか無事に帰れましたよ。」
「そう、それなら良かった。」
「あ、そうだじゅんこさん。お誕生日おめでとうございます。ささやかですが普段のお礼も兼ねてどうぞ。」
俺は入浴剤を渡す。
「えー!あんがと!めっちゃ嬉しいんだけど。」
じゅんこさんは大喜びだった。ハスキーな声がいつもより甲高くかんじた。
するとみやびさんは目を細めた。
「えー!いいなぁ。」
まあ想定内の反応だよな。俺はこの後の展開が待ち遠しくニヤついていた。
「そういうと思いまして……実はみやびさんにもこれ。」
「ええー!マジ?めっちゃうれしい!」
みやびさんも満面の笑みだった。
なんか喜んで貰えて嬉しいな。
「もー!西出あんがと!ほんと、やめるなよ?私らあんたのこと好きなんだから。」
ありがたい言葉を頂く。
最近色んな子からも辞めるなよと言われることも増えてきた。今後の励みにしていこう。
「おはよう〜。」
少し気だるけにあいさんの声も聞こえた。
よしよし、順調にプレゼント渡せてるぞ。
「あいさん!おはようございます!」
「お!今日西出いる日なんだ!おはよ!」
「そうなんですよ!ちなみにあいさんこれ……どうぞ。」
あいさんは……きょとんと目を見開いていた。
しまった、微妙だったかな?他の子に比べて薬品だからたしかに質素に感じなくもない。
「これ……。」
「あ、すみません。なんか最近くるしそうかなと思って、あいさんには胃が休まるようなものにしました。ちょっと余計なお世話でしたかね?」
するとあいさんは満面の笑みだった。
「ありがとう、これ大事に部屋に飾っとくね。」
意外な返答……寧ろ重めの返答だった。
「え?いやいや……普通の瓶ですしサッと飲んで普通に捨てちゃっても大丈夫ですよ!」
あいさんはDiorの似合う美人だ。
こんなもの飾ったらとても勿体なくかんじる。
もっとこう……花とかオシャレなインテリアとかが似合うからねぇ。
「何言ってんの。この前客に貰ったプレゼントより嬉しいんだってさ。これは絶対部屋に持ち帰るからね。」
あいさんは少し表情をムッとさせた。
最近の女の子はブランドとか高い肉よりもこういうものが好きなのか……やはり女性というのはわかるようでよく分からない。
「今日西出私の卓着いてよ。一緒に飲も?」
「えー!良いんですか?」
「今日は沢山飲めよ〜。」
そう言って俺らは今日も営業を始めた。