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「はあはあ……」
暗闇の中で僕は荒い息を吐く。どうやら向こうはこっちを見失ってくれたようだ。けど、逃げ切れたわけじゃない。僕は脇に銃を抱えて手首を見る。
「よくうまく行ったよな……」
実際あれは奇跡だった。だって撃たれた弾に飛び込んでいったんだよ? 後ろ手なんて見えないし……じっさいこんなうまく行くとはおもってなかった。片腕は使えなくなるくらいは覚悟してた。でも運よく……本当に運よく腕は無傷だ。ちょうど腕と腕の間を弾丸が通って行ったらしい。
「いま思い出してもぞっとする」
あれは二度とやりたくない。けどまだ安心はできない。そんなことを思ってると、銃撃が再び激しくなってきた。さっきまではひと段落したように落ち着いてたんだが……あの紳士のふりした奴が切れてるのかもしれない。こんど捕まったら、きっとマジで足を撃ち抜かれるだろう。
「これ……使えるか?」
僕は銃を両手で持ってみる。さっきは無我夢中だったし、当てる気なんてなくぶっ放した。けど、きっと次はそうはいかない。この引き金を引くって事……それは人を殺すって事だ。LROでプレイヤーを倒すのとは違う。LROはどれだけリアルでもゲームだ。
今はもうゲームに戻ってる。本当に死ぬわけじゃない。けど……ここはリアルで、銃で撃たれて生きてられる人間なんて……ラオウさんくらいしか思い浮かばない。いや、流石にあの人も銃で撃たれれば死ぬかもしれない。銃は簡単に人を殺せる。そういう武器だ。
この引き金を引くだけで……人は死ぬ。そんな物を僕自身が使えるかわからない。どう考えても正当防衛を訴えることは出来ると思うけど……そういう事じゃないよな。まあきっと、僕は多分大丈夫だと思う。結局あいつらは他人だし……いうなれば敵だ。自分が危険にさらされるくらいなら殺しても構わないと思う。けどそれは……
「つっ」
僕は壁に同化するようにはりつく。暗いから大丈夫、大丈夫――と念じる。けどそんな願いはライトによって絶たれた。完全に照らされたよ。
あの似非紳士の仲間なのか、それとも別の組織かはわからないが、何か叫んでる。僕は咄嗟に逃げる。銃口向けられたが、そんな簡単に撃てないだろうと踏んで走る。どの組織も僕を手にしたいのであって殺したい訳じゃないみたいだからな。
後ろをちらりと見ると、一人が耳の所に手をやって何か喋ってる。通信機で仲間に位置を知らせてるのかもしれない。どのくらいの人数がいるかわからないが、囲まれる前に振り切らないと――
「おいおい、厄介な状況にしてんじゃねーよ」
そんな声が頭に響く。僕は咄嗟に銃の腹でそれを受け止める。ぶつかり合ったそれは甲高い音を立てた。
(こいつ!)
その手に持ってるのナイフじゃねーか。しかも頭に向かって振り下ろすとか、殺す気満々だったとしか――
「づ!?」
「さあおとなしくなれ」
こいつ……頭を狙ったのは囮か。僕の右太ももに小さめのナイフが刺さってた。じわじわと血が服にしみていく。すると僕が走ってきた方から銃を構えてさっきであった外人達がきた。けど、この似非紳士の仲間たちも銃をそちらに向けてる。どうやらここに僕を狙ってる組織の奴らが集結しつつあるみたいだ。これ……どうなるんだ僕? どさくさに紛れて逃げられ――痛みで僕の膝は折れる。
(これじゃあ、走れないな)
僕はもう一方のナイフを受け止めてる銃を見る。まだ弾丸はある……そう……全員を殺せば、まだ希望はある。