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始まるライプ。熱気は一気に最高潮に達してた。彼女がその声をマイクで響かせる度に身体が打ち震えるかの様な感覚に陥る。ステージ上の彼女は輝き浮いてる様に見える。歌に犯されてるのか照明だけでは説明できない煌めき。不味い……ステージの彼女から目が離せない。これはもう麻薬みたいな物では無いのか? 周りの人達もステージしか見てないし……いや、そういうものか。
必死に僕は理性を保つ事に神経を割いてた。けどそれでも足はリズムを刻んでしまうし、身体も段々と抗えなくなってきてる。そんな時だ。彼女はチラッとこっちを見てウインクを決めてきた。その瞬間何かが弾けた様な……切れたような……そんな感覚。それはきっと僕の周りの人達もそうだったろう。ウインクに当てられた人達は魂が抜けたかの様にその場に倒れだす。
僕も意識が有ったのはここまでだった。次に気付いた時、僕は城の庭園の様な所に居て、肩で息をしてた。身体中汗塗れ。なにやらいい運動をした後の様な感覚。気持ちも良い。
(なんだか夢を見てたかの様な……あれ? なにしに来たんだっけ?)
目的を見失ってる気がする。確かライブを楽しみに来たわけでは無かった気がする。周りを見るとさっきまで一緒にライブ会場に居た奴等がいる。皆さん満足気な表情。更に中庭には幾つかの店がある。それらはさっきの子の物販コーナーだった。あざとい商売してるぜ。早速皆さん群がってるし。団扇とかライトとかトランプとかそこで気になる文字を発見した。
団扇にデカデカと書かれたさっきの彼女の名前……
(クリエって読めるんですが?)
そういえばレスティアが最初にLROに繋がった時、ライブがあったな。その時日鞠の奴があれはクリエだって……でもアレだよね? 名前がかぶる事なんてままある事だ。僕が知ってるクリエでは多分無い。多分……それにしては最初からやけに馴れ馴れしかった気がするが。でも……そんな事……
(けどここはLROだからな。あり得ないなんてあり得ない……)
それは身をもって体験してる。でもアレがクリエだとは……ありえなくないかもだけど、認めたくない。とりあえず物販してるお姉さんに聞いてみる。
「あの、この人って……」
「凄いですよね! もう新商品が出る度に履けていってウハウハですよ! クリエ様さまさま! 足向けて寝れませんね!」
なんか、結構凄い子だった。売り子なのにそういうこと言っちゃう? 客は鴨です言ってませんかね? けど彼女もクリエ自身の事についてはそんなに知らないよう。そもそも謎のアーティストって事で売り出してる所もあるみたい? なんか押し売りで団扇買わされた。それをくるくるしてたら、裏に書いてある文字に気付いた。
うお……あの売り子の人やるね。ごく自然にこんな事やるとは。とりあえず僕は書かれた文字を読んで、LROから出る。
いつもの天井。リーフィアを外して部屋の外へ。静かな家の中、僕は軽く羽織って玄関を開けて外に出た。するとそこには日鞠の奴が待ち構えてたと言わんばかりに居た。しかもその後ろにはいつか見た高級車に年上で出来る男風なイケメンが……またこんな時間までこいつと居たのか? なんかイラつくな。
「スオウ、話があるんだよね? 私もだよ。だからちょっと付き合って」
「ええ? こい――この人も?」
思わずこいつと言いかけたが、ぐっとこらえて言い直した。流石にいきなりこいつとか失礼じゃん。それにそんな程度の低い連中と日鞠がつきあってるとも思われたくないしな。てかまさか、車にのることになるとは。僕と日鞠は揃って後部座席に座る。拒否権は無いみたいで、もうしょうがないから日鞠に従った。そしてゆっくりと車は夜の街を進み出す。
一体どこへ向かうと言うのか。てか日鞠の奴、どこまで僕の行動を読んでるんだよ。今日訪ねて来ることわかってたよな? そしてこんな仕込みして……まじで末恐ろしいやつである。