二重の存在
「はあ~」
街から少し離れた平原でちまちまとクエストのアイテム狙いで狩りをしてる僕。大きな月が綺麗に出てて、その灯りで十分な程に周囲を見渡せる。この辺りになら僕を脅かす様な敵も居ないし気が楽に狩りが出来る。
水と緑に囲まれた街の周囲だから、爽やか空気に気持ちの良い風が吹いている。まだ結構寒い訳だけど、体を動かしてるとそんなのは気にならない。
「ぼちぼち集まって来たかな?」
ウインドウを開いて集めたアイテムを確認する。それなりの数があるし、きっと大丈夫だろう。
「そろそろ切り上げるかな、明日も学校あるし」
イベントの進展が無いから、最近はちまちまとした作業ばかりだ。まあ僕は圧倒的にキャラの成長度合いが足りないから丁度良いと言えば良いんだけどね。けど、そう簡単に成長と言ってもね……そんな直ぐに強く成れる訳は無いわけで……
「はあ~」
これからの戦闘を考えるといやでも溜息がでる。これからの戦闘を今の僕で乗り越えられるのか……多分厳しいだろうな。LROはレベル制じゃないから、技術と戦略さえあれば理論上はどんな敵とも渡り合える。
今までそうやって来たわけだしね。でもそれを支えてたのは『シルフィング』と『イクシード』だ。そのどちらも今は無い。厳密に言えば搾りかす程度はある。でもそれもおかしな事だと思うんだ。
世界はリセットされた筈。それなのに僕の中にはまだ残ってる物がある。これはLROからの贈り物なのか、それとも……この力は鎖の様な気がしなくもない。
ガサ――
そんな音が聞こえて顔を上げる。周囲の敵はあらかた片付けた筈だけども、油断は禁物だ。特別に強い敵は一体位はどこにでも用意してある。だから結構気を張って見据えた訳だけど……あれはどう見ても人だろう。
暗いからよく分からないけど、僕と変わらない位の背丈の奴に見える。
(こっち向いてる……よな?)
そういう風に見えるけど、動きがない。なに? こっちから話しかけた方がいいの? そう思ってると徐ろに肩幅にだらんと垂らしてた腕を両側に広げだす。すると周囲の風がその腕の辺りに流れだした。
風の勢いが増したせいか肌寒さが一層増した気がする。風は黒い色を纏、腕の先へと収束していく。奴の身にまとっている黒いコートが風の影響を受けて激しく靡いてる。あと少しで顔を隠してるフードも取れそうだ。
けど、奴の顔に注視してた視線はその腕の先に現れだした武器に奪われた。だって……あの武器は――
「セラ・シルフィング?」
あの深い青黒い刀身に流星の輝き……僕が見間違える筈が無い。あれは僕が何度も助けられた相棒なんだから。それをどうして……
(いや、武器なんだし同じのがあっても別におかしくはない……のか?)
バランサ崩しとかでも無い限り、二つ以上存在するのはおかしくはない。
(でも……あの武器にあのスキルは……)
刀身を包み込む風の渦。あれはイクシードじゃないか? セラ・シルフィングは特殊ではあるけど、絶対に他に存在しないって訳でも無いだろうけど……イクシードはどうなんだ? いやあれも元はシルフィング自身の乱舞と言うスキルが元だし、そっちかも知れない。
けど形状はセラ・シルフィングだったし、風に色が付いてるのも気になる。あれは風帝武装時にしか成らなかった様な? いや、今はそんな細々とした事よりも重要な事が目の前で起きてるんだ。
それは当然、あの黒いコートの奴が武器を手にしたって事。そしてスキルを発動してる。これはつまり、やる気満々としかとりようがない。
(――――来る!)
広げた腕を交差する。それは別段早いわけじゃなかった。寧ろ遅いくらい……けどそれでも僕には脅威だ。刀身から巻き上がる風の渦。そのうねりが両側から迫る。触れても居ない段階から肌にビリビリと風の風圧がかかって来る。
こんな感じ何だったんだな――と初めてしった。小さな竜巻をぶつけてる様なものなんだよな。改めて実感したよ。けど感心してる場合でもない。このままじゃ細切れにされてしまう。
僕は自分の剣を握り締め、前方に駆ける。受け止めたって力負けするのは目に見えてるんだ。それならどうすればいいかを考えた結果、こうなった。セラ・シルフィングから渦巻いている風は真っ直ぐにピーンとなってるわけじゃない。
風はうねってるんだ。奴の手元付近は既に交差されてるけど先の方はまだ……だからギリギリまで近づいて風に触れる前にジャンプ。そのまま攻撃だ。それが最良。今までこのスキルと付き合ってた僕が言うんだから間違いない。
風の対流に耐え、できるだけ近づいて地面を蹴る。そして両手の剣にスキルの光を宿し斬りかかる。僅かだけどこちらも風を味方に付け対抗するよ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
力一杯振りかぶった。奴は反応もせずに突っ立ってるだけだった。確実に奴の体に刀身はめり込んだ筈……けど、その感触がない。刀身がまるで奴の体をすり抜けたかのよう……これはまさか……
「つっ――まっだだ!!」
もしもあれだとしてもその効力は一度切り。次はない! 僕は体を捻って地面に付く前にもう一方の剣をぶつけ――
「くっ!?」
体をひねった後、そこに奴の姿はなかった。一体どこに……なんて野暮な考え。なぜなら、背後から殺気と風圧が溢れてるからだ。振り返ると月に重なる奴がこっちに二つのうねりを向けてくる。
凶悪な風だ。全てを切り刻む……そんな意志が溢れてるみたい。向かって来る風のうねりを剣の腹で受け止める。ぶつかり合った瞬間、気を抜くと一瞬で持っていかれる――と分かった。
それだけイクシードのうねりは凄まじい。
「うあっあああああああああ!」
剣で受け止めるだけで精一杯で他なんか気に出来ない。うねりに押された僕は地面を抉る様に吹き飛ばされる。
「ぐっそ……このままじゃ……」
なんとか耐えてるけどこのままじゃ剣も体も精神も持たない。しかもまだうねりは片一方だけだ。もう一方が来たら間違いなく耐えられない。そしてそのもう一方はすぐそこまで迫ってる。
(どうにかしないと――どうにか!)
イクシードに対抗出来るスキルは今の僕にはない。けど、僅かだけど育てたスキルはある。基本的に初期のスキルなんてショボイのがあたり前。でもなんとかしないと!
「くっそ……があぁぁ!!」
スキルの光を剣に宿し、その光が炎に変わる。なんで様々な物語で炎が一番最初の力なのか……象徴的なものだからだろうか? いや、そんなこと考えてる場合じゃない。僕は風を感じる。そして隙を探すんだ。
風を読むことだけは、僕自身の力であり、特技。だからやれる! イクシードとは比べ物にならないくらい弱い炎だったはず。だけどその炎はイクシードのうねりに飲み込まれてるのに消えること無く昇ってく。
なぜ初期のスキルがイクシードに打ち消されないのか……そんな疑問がきっと奴の中にはあるだろう。普通は打ち消される。幾ら相性がよくても、力に開きがあると片一方は押しつぶされてしまう物だ。
蝋燭の火は風で簡単に消えてしまう。だから奴だって消える物だと思っただろう。蝋燭の火並の僕のスキルなんて簡単に消せる――と。けど残念。それは一体何の……誰のスキルだったものだ?
イクシードは僕が慣れ親しんできたスキルだ。僕が使ってた時とは毛色が違うけど、あれは間違いなくイクシード。だからそれで生み出される風を僕は一番良く知っている。そして加えて、エアリーロによって鍛えられた風を読む感覚。
それらのおかげで僕の弱々しい炎は凶悪な風に消される事無く、昇っていけてるんだ。炎はうねりから腕へと伝った。けど奴は微動だにしない。でも一瞬の衝動を僕は見逃さない。
(風が揺れた。今だ!)
僕は体を捻って一つ目のうねりから抜け出す。でも、もう一つが軌道を変えて迫ってくる。僕は足に力を込めて地面を蹴って無理矢理にそれをかわす。
「はあはあ……」
たったあれだけのやりとり……それなのに既にピンチ。HPも疲労もレッドゾーンに一気に突入してる。いつくるか、もうくるか――神経を研ぎ澄ませてるとアッサリと奴は地面に降り立った。炎は消えてる。けどどこにもダメージの後は無い。焦げ一つ見えないなんて……炎耐性でも付いてるのかよ。
いや、僕が弱いだけなんだろう。僕は周囲に視線を向ける。月明かりの下、不気味に吹く風の音。それなりに寒い筈なんだけど、それを感じる事は今の自分には出来ない。
(誰も居ない……か)
淡い期待を込めてたけど、助けを求められそうな人は居ない。いや、居ないほうが良かったのかも。半端な助けなんて意味無いだろう。伝わる空気でわかる。アイツは並なんて物じゃない。
きっと僕を狙ってるんだろう。わざわざイクシードを使って僕を襲ってる辺り、そう感じる。それにしても――だ。
(アレは一体どんな存在だ?)
集中して見ても、奴のステータスは見えない。スキルでステータスを見えない様にしてるのか……それともそういう存在なのか? なんとなくだけど……プレイヤーって気がしないんだよな。
けど僕の所にばかり特殊な存在が来るなんて思いたくない。イクシードだってスキル、セラ・シルフィングだって武器……バランス崩しとかとは違う。絶対に手に入れられない物じゃない。
僕は厳しい視線を奴に向けて問う。
「お前は何者だ?」
「……」
返事は無い。まあ期待はしてなかったけど……
「ん?」
言葉はなかったけど、行動で示す気はあるようだ。饒舌に語るよりはその身で示そうと……男らしいやり方だな。うねりが霧散して消えたように思ったけど、そうじゃない。あれは第二段階に進んだんだ。
風がさっきまでよりも鋭い。それも断然に。刀身を覆うというよりまとった感じの風。吐く息、吸う息……それらが全て突き刺さって来る。
(うご――っ!?)
気配だけで察知できた――と思った。だけどその認識は甘かった様だ。気付いた瞬間、僕の右足がひざ下から切断されてた。バランスが崩れて体が斜めに落ちていく。でも倒れるのを待つなんて事はせず、続けざまに奴は動く。
軽く振り上げ、振り下げ、横に凪ぐ。それと同時に放たれるのは風の刃。その最初の一つが右足から反対に伸びてた左手側の剣の刀身を何の抵抗もなく切り裂いた。あまりにも抵抗がなかった物だから最初斬られたことにも気づけなかった。
(こんなの防ぎようが……)
僕は首を捻って続けざまの一つをかわす。けど今度は左耳が飛んでいった。でもまだまだ来てる。このままじゃダメだ!! 僕は残った剣を振り上げて地面に叩きつける。それと同時にスキルを発動させて爆発を起こした。
片足も無くて、バランスも崩して……だからこれしか選択肢が無いじゃないか。どんな無茶でもしないとダメ。それなら自分自身を攻撃することも厭わない。
自分自身の焦げる匂い……無茶な態勢での無茶な行動でなんとか風の刃はかわせた。だけど盛大に吹き飛んで、地面を転がる。
(早く立たないと――)
いつ次の攻撃が来るか……だから早く。
「ん?」
地面に描かれる青い模様。それから暖かな光が僕自身を包む。これは僕を回復してる。僕の技じゃないし、まわりには他に誰も居ない。となるとこれは……奴が? でも何で……こんなことを?
けどそんな疑問は簡単に解決された。なぜなら回復させた僕をわざわざ再び蹴りに来たからだ。肩口にめり込む靴先……骨の砕かれる音が体中に響いた。ただの蹴りとは思えない衝撃で再び僕は吹き飛んだ。
そして更に追撃は続く。斬って叩いて蹴られて――危なくなると回復させられる。こいつなぶることだけが目的か?
「がっ! あっ……ぐっ」
回復と攻撃の連鎖が続く。時折隙を見ては攻撃を出すけど、それが当たる事は無い。簡単にかわされて強烈な一撃を食らうだけ……絶え間ない攻撃と回復の応酬で視界がおかしくなっていく。
自分は一体何を見てるのか……何が見えてるのか……分からない。衝撃と痛み。それが全身を支配していく。それだけならまだいい。けど今は、回復の暖かさまで気持ち悪い。生温い感じが体に入ってきて自分を侵食していく様な……その感じがなんだか気持ち悪いんだ。
いつの間にか僕は空を見上げてた。ただ空を呆然と……「ああ、綺麗だな」って感じにどこか現実逃避してる。何がどうひっくり返ったって今の僕では勝てやしない。それが嫌というほどわかってるから……だから動く事が出来なくなってしまったんだ。
回復の光の向こう、クレーター状に凹んだ中心に居る僕の視界の端に、奴がゆっくりとその姿をあらわす。奴ももう気付いてるだろう。僕が抵抗しなくなったことに。奴は斜面を滑り降り、僕の前まで来た。
向けられる切っ先……空からの月明かりと地面から沸き立つ回復の光が混ぜ合わさって、幻想的に思えた。まあ実際はそこら中、バキバキのボロボロだから幻想的というよりも惨状 何だけど……でも僕は妙に落ち着いてるよ。
それも多分、諦めたから。僕は今の状況を何処かで見下ろしてる気分何だ。だからこんなに落ち着いてるんだと思う。だってそう思わないと自分でも不思議なんだ。こんな絶体絶命の状況なのにこんなに落ち着いてるってさ。
おかしいだろ?
「生きてない奴に成り下がったか」
初めて聞いた奴の声。それは声が重なりあう様に聞こえてた。男の声と女の声。重なってるからわかり辛いけど、どちらも聞き覚えある気がしないでもない。今まで男だとばかり思ってたけど、実は女なのか? いや、そう言う括りでは計れない奴……ってことかも知れない。
「生きてない?」
それは引っかかる言葉だ。普通は「終わりにしてやろう」とかじゃないか? 自分から殺しに来といて生きてないとはこれいかに? もしかして、抵抗しなくなったことを言ってるのか? 生きることを止めた……的な? そんな風に推測してると再び重なった声が響く。
「死ねないから、生きれない。お前はこの世界に生きてはいない」
「何のこと……だよ?」
意味が分からない。それに死ねないから生きてないとか、そんな理屈でいうと大体のプレイヤーは生きてないじゃないか。死ねることが生きてる事なんて暴論だろ。確かに人は極限状態で生を感じる……ってのはよく聞くし実感もある。でも普通は常に生の実感を求めてる訳でもないし、だからって死んでる訳でも無いだろう。
だからこいつの言ってる事に賛同なんて……
「この世界に生きてない奴に、この世界で何かを成すなど出来はしない――そう言う事だ。貴様はその資格を失った」
「……はっ、何の事か知らないけど……元からそんなの望んだことなんて一度もない」
僕の言葉に僅かに刀身が揺れる。動揺でも少しはしたか? そう思ったけど、怒りみたいな感情の方が見てとれるかもしれない。収束した風が青白いスパークを放ち始める。雷撃……そう言えばイクシードにはそっちの力もあった。
「その力は……」
「求めるのなら、奪ってみせろ。生きてない奴には無理だろうがな」
奴は剣を振り上げる。そして青い雷光の光とともに僕の体は消し炭と化した。
第七百六十話です。
物凄く遅れてしまいました。ごめんなさい。けどエタッたりしませんよ。最後までいきます。
取り敢えず次回は一週間後にしときます。頑張ります。