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命改変プログラム  作者: 上松
第二章 世界に愛された娘
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ありがとうの使い方

「ありがとう」


 そういうのがだんだんと煩わしく思えてきたのはちょっと前から。皆良い人達で、私は自分の居場所が出来たと……今は思える。ずっとすごした病院からスオウに連れ出して貰ったあの日。世界はどんな光に包まれてるか……私には夢と希望がいっぱいだった。けどそれは大きな……大きすぎる憧れだったのかもしれない。

 楽しくない訳じゃないし、夢も希望も今の私にはそれなりに見える。けど……まだまだ私にはそれが届くように感じない。

 どうしてだろう……どうして。笑顔も感情も、今の私はあの場所に居た時よりも増えた筈。動き出した時計はこれから少しずつ積み上がっていって、いろんな物が溜まってく筈だ。それは楽しみでもあるんだけど……自分の中のどこかに諦めが早くもある気がする。


『私には、ずっと一緒に居たい人が居ます』


 それは私に光をくれた人。居場所を与えてくれた人。支えてくれた人で、怒ったくれた人。私がこうやって生きていられるのはその人のおかげ。女の子なら、一度は誰もが憧れる、その人は王子様その物。

 だから私はその人の側に居たい。誰よりも、近くで……けど、物語のヒロインには障害が付き物なのです。



【1月とある日。 曇り。今日はちょっと気だるい日】


 その日は寒くて……ううん、いつも寒いんだけどこの日は特に寒くて、布団の中で猫の様に包まってた。目覚ましの時計はけたたましく鳴ってたけど、布団から外に手を伸ばすのも面倒で、放っておいた。

 だってそうしておくと、その内スオウが止めに来てくれるもん。夜々は軽くスルーするだけだけど、それはそれでありがたい。私とスオウ––二人だけの空間になってくれるからね。そんな事を期待しつつ、布団の中でスマホをいじる。

 SMSで他愛もない事を呟いて、適当に他人の反応を見て楽しむ。薄い繋がりだけど、こういうのは私的には気楽でいい。罵詈雑言、ストレスだって吐き出せる。勿論アカウント名は自分とは分からない様にしておくのがポイントだよ。

 自分自身が繋がりたいって思ってるけど、ネット上では怖いもんね。安易に自分の名前でやってて、下手に否定とかされたら凹むし、だから別の誰かに成ってるほうが気楽でいい。密な繋がりはスオウがいるから、それでいい。

 だからネット上では自分勝手に振る舞うのだ。


『さっきのリツイートしない人は今日の運勢最悪』


 と脅迫めいたツイートを書き込んだ。すると一斉に「また始まったよ」とか辟易としたツイートが舞い込んでくる。うんうん、ネット上はこうじゃないといけないよね。そうこういみのないやりとりをネット上に延々と書き込んでると、階段を降りてくる音が聞こえてきた。


(いよいよだな〜)


 と思い、スマホをミラーがわりにして最低限の身だしなみは整える。大丈夫、私は今日もとびっきり可愛い。ここで化粧とかもってのほかだよ。自然が大事。寝起きの女の子は無防備だよ大作戦で行っちゃうぞ。

 取り敢えず、ちょっとははだけさせておいた方がいいかな? 肩くらいサービスしてもいいよね? でも寒いしな……ううん、私は私以外で頼れる物なんてなんにもない。だからもっとアピールしないと!


「おい摂理? 起きてるか? お〜い」

「ううん〜ん」


 起きてないですアピールです。さあ、早く中に! けど何度か私自身で起きる様に促すスオウ。まああたり前だよね。女の子の部屋だし、そうやすやすと足を踏み入れる事は出来ないのは道理。そこら辺スオウはウブだから。

 だけど私は延々とごねて、スオウを促す。するとスオウもようやく襖を開ける。チラッと布団の隙間から確認するとスオウは既に制服だった。自分の準備は済ましてるようだ。思ってたよりもスオウは案外キッチリしてるんだよね。

ズボラな方とか言ってたけど、私から見ると全然そんな事はない。きっと基準があの子なんだろう。だから……そう考えるとちょっと意地悪したくなる。第一ボタンしか外してなかったけど、こうなったら前全部開けて……って流石にそれはやり過ぎか。


「おい、いつまで寝てるんだよ? 遅刻するぞ」

「ちょっ、ちょっと待って!」


 目覚ましを止めて布団を捲ろうとするスオウに抵抗して布団をがっしりと掴む。だって……だってまだ前面開放状態だもん。寝起きだからよく考えたらブラもしてないし……このままじゃ私のピンク色の部分まで見られちゃう! それは流石にまだダメだよ。

 ううん、スオウにはいいけど、いつかはいいけど、いまはまだ心の準備が……


「おい、いい加減にしろよ」

「今はダメなの〜今はああああああ!」


 ああ、このままだと女の子の私じゃ力でスオウに勝てないから、布団を剥ぎ取られてプルルンって胸が顕になってそれを目撃したスオウが赤面しちゃう展開が読める。漫画のラブコメでは定番だったもん。

 それで私はどういう反応をするのが正解なんだろう? 一番キュンってきちゃう反応をしたいよね。抗えない未来の対応策を考えてる。けどそれは無駄に終わった。


「全く、取り敢えず暖房つけといてやるからさっさと出てこいよ」

「あれ?」


 おかしい、スオウは私の布団をはぎ取らずにリビングの方に行ってしまった。あと少しで……あと少しで私の美乳が拝めたんだよ! スオウは今日最大の幸運を不意にしたよ!! 


「うう……折角『責任とってもらうからね』ってイタズラ気味に言おうと思ってたのに……無性に恥ずかしくなってきちゃったじゃん」


 取り敢えず布団を投げ捨てて着替えることにした。



 一口––口にふくむとわかる。ご飯の粒の立ち、味噌汁の安心感を与える絶妙な濃度。それに卵焼きの形の良さにフワフワ感。ウインナーは私のだけ可愛らしくタコさんになってた。


「これは日鞠だね」

「普段の飯が不味いような言い方だな」

「別にそうじゃないけど、なんだか違いが分かる程度にはあるよねって事だよ」


 別段スオウが作ったのが悪い訳じゃないのは本当だ。普通に食べれるし、男の子なんだから十分だと思える。けどやっぱり日鞠のはこうレベルが違う。同じ食材の筈なのに、なんだか分かっちゃうんだよね。悔しいけど……

 日鞠のやることってなんでもかんでもお手本に出来る事ばかり。それが凄く……ね。


「まあ今日はアイツが作ったおかげで楽させて貰ったけど。ホントなにやってるんだか。なんでも巻でもやり過ぎなんだよな。アイツは昔から––」

「あっ、ほら今日の運勢。私は微妙だな〜」

「占いなんてどうでもいいけど……げっ、日鞠の方がいいじゃん。なんかムカツクな」

「あっ、そういえば宿題あったよね? やった?」

「一応な。でも見せないから」

「ええ〜そんな事言わないでよ。ねっね」

「自分で解くことに意味があるんだってよ」

「自分だって日鞠に泣きついたりしてるくせに」

「アイツは、答えその物は教えないっての。解き方を教えるだけだ。てか、瞬時に別のもっと分かりやすい問題とか用意できるのがアイツ。そういえば去年の夏休みの宿題とか––」


 全く……スオウは全然意識してない様だけど、スオウの話の大半には日鞠が絡んでくるよ。搦手でくるよ。今のは私が振った部分もあるけど、スオウは周りが日鞠日鞠いうのにうんざりしてるようだけど、こっちもうんざりしちゃうよ。嫉妬しちゃうよ。

 二人は幼馴染だし、しょうがない部分はあるとわかる。でもその場に居なくても繋がってるのを見せつけられるのは正直辛い物がある。



「はぁ〜」


 学校ではトイレが一人に成れる場所だ。皆優しいし、気さくだし、便利だし、良いんだけど私はもっとスオウと一緒にいたいよ。私が日鞠との距離を縮めるには、こういう場所での日々の積み重ねが大事だと思う。

 最近はあんまり会えてないみたいだし、私的にはチャンスの筈。だけどまだまだ皆解放してくれないんだよね。友達……とかいっぱい居ると居るほどいいとか思ってたけど、案外そうじゃないのかも。


 コンコン––


 ––とトイレのドアをノックすると音の後にか細い声が聞こえてきた。


「摂理、そろそろ授業始まる……から」

「うん、わかったよズカちゃん」


 彼女は私のお世話係の鈴鹿ちゃん。私が口説き落とした友達一号の子だよ。親しみを込めて私はズカちゃんと呼んでます。私にもアダ名を付けて欲しいけど、彼女はそんなタイプじゃないよう。いっつも本を持ち歩いて読んでるんだよね。

 それはまさに他人を遮断する本ブロック。確かに今まではそうだったのかもしれないけど、私はそんな彼女のブロックを突破したのだ。だからお互いにとって初めて同士だと思う。ズカちゃんは静かに、だけどそっと手を差し伸べて欲しい時だけ手伝ってくれる。

 そういう所にキュンキュンしちゃうよ。親友ってこんなのかなって……ちょっと思ったり。まあまだ一ヶ月も経ってないんだけど。


「おまたせ」


 そう言う私に、薄く微笑むズカちゃん。そして横に付いて歩いてくれる。彼女は車椅子を押したりしない。電動だからね。大抵は押さなくても楽ちんである。けど……


「桜矢さん、大変そうだね。教室まで押してあげるよ」

「わあ〜凄いキレー」

「なんでも言ってね。手伝うから」


 トイレから出ると瞬く間に人に囲まれる。なんでも言っていいのなら……とジワリと心に染みが出来る感覚が湧く。でも私はにっこり笑う。


「ありがとう。助かります」




【今日は晴れ。LROでは不穏な動き?】


 なんだか大変な事になってきた。スオウも無事私達のチームに合流して、イベント的な物を進める事に。イベントって言うか、直面してる問題なんだけど……早速私達は全滅しちゃったわけで……考えてたよりも事態は結構重いものだったのかもしれない。

 前のLROでもイベントにはちょっとは参加したけど、何かやれるって事は無かったから、ワクワクしてたけど、流石LRO……そんな甘くはない。でもスオウがこっちに来てくれた事は嬉しい。単純に向こう側に……日鞠の方に行くのかなって思ってたから。それだけでも収穫はあったよ。

 死んじゃうのはやっぱり嫌だけどね。もっともっと私も強く成らないと……



「ねぇズカちゃん。女の子の強さってなんだと思う?」

「どうしたの徐ろに」


 昼休み、ズカちゃん秘密の本の貯蔵室にて昼ごはん中に聞いてみた。ここはズカちゃんと司書の先生と生徒会くらいしか鍵を持ってない場所で、静かに食べれるらしい。確かに昼休みも毎回毎回、詰め寄られるとね。

 ホント昼休みになると一斉に皆動き出すんだもん。取り敢えず何故か買ってきてくれるお菓子やジュースは頂いて、皆をかわしてズカちゃんとお昼を静かに食べるのが日課になってた。勿論ありがとう––は忘れてないよ。


「女の強さね……根性––とか?」

「ズカちゃんからそんな意見が出てくるなんて意外。根性って」

「似合ってないって言いたいの? 失礼」


 ペチッとおでこを小突かれた。最近はズカちゃんともグッと距離が縮まってきた感じがして嬉しいよ。


「それにしても強くなってどうするの? か弱い方がアイツには構ってもらえるでしょう?」

「こっちではね。でもLROではやっぱり強さもないと一緒に居られないよ」

「ふ〜ん、それで強さね。でもアイツも弱くなってるんじゃないの?」

「そうだけど……そうだけど、弱い気がしないっていうか。そもそも私とは経験の差が……」


 剣とか上手く使えない。それに勝手にライバル視してる日鞠が、遥か先に行ってるのもね。彼女も以前のLROはやってないんだよ。それなのになんで、トップ集団に居るわけ? 何でも出来るに限度がある。


「なんで……こんなに違うのかな?」

「男と女だから愛せるんだよ」

「スオウじゃなくて……日鞠だよ」

「ああ……敵には回したくないよね。勝てる気しないし。私の場合は戦おうなんて思わないけど」


 確かにズカちゃんの言うとおり、普通はそうだと思う。凄いな〜って見てるだけでいいのなら、羨望できたよ。けどそうも行かないよ。だって私達は、同じ人を……


「私的にはアイツのどこがそんなにいいのかわかんないけど……」

「わかんない?」

「ちょっとはわかるかもだけど、摂理ならそこまでこだわる必要もないでしょ。可愛いんだし」

「可愛いなんて言われすぎてて響かないよ」

「アンタも相当いい性格してると思うわ……やれるんじゃない会長と?」


 私のどこをそう評価したのかは分からないけど、ズカちゃんがそう言うのなら、やれる気がしないでもないような、そうでもないような。


「こっち側に付いてくれるよね? 途中でやっぱり私もスオウが好きなの! とか無しだよ。良くあるんだから少女漫画で!」

「まず協力するなんて言ってないし、そんなの万に一つもない」

「じゃあ約束だね」

「なにをよ……」

「ねっね」


 私は満面の笑みを向ける。すると大きくため息をついて、本のページを捲った。何も言わないけど、これは落ちた反応だなと解釈した。だから上機嫌にジュースをすする。




【今日は気分的に雨】


 LROでいろんな事があった。私はあんまりというか全然参加できなかったけど、その間……なんと日鞠が大活躍してたそうだ。自身のチーム『テア・レス・テレス』を引き連れてスオウ達のピンチをすくったとか。

 いつもいつも良いところ……ヒロインは私じゃないのかな? 私は、薄々気付いてる。私はきっと特別––なんかじゃないって。私が特別で……ヒロインで要られたのはお兄ちゃんのおかげだ。

 お兄ちゃんのくれた世界で私はヒロインを演じてたにすぎない。だから、本当のヒロインに成れない。私はまだ、見た目がいいだけの一般人だ。皆と同じ世界に来た私は、どうしようもなくただの人に成ってる。

 特別なんてこれっぽっちもない一女子高生。一体何を得ればヒロイン足りえるのか……襖の向こう側で久方ぶりに二人で食事する二人の声が、私の胸に刺さる。楽しげな声が、雰囲気が逃げた私を苦しめる。

 やっぱり私も入るべきだったかもしれない。でもこうなったらもう遅い。二人だけの空間があそこには形成されてる。暖かい部屋と冷たい部屋……このままじゃ、また私はこっちに追いやられるかもしれない。どうにかしないと。スオウが奪われると私はまた一人……だから私は並ばないと。彼女に……



【今日からは】


 朝起きるといい匂いがした。かなり早い時間帯だ。まだスオウが起きてるとも思えない。となると日鞠かな? そう思ったけど、何か違う? なんだか賑やかな声が聴こえる気がする。少しだけ襖を開けてリビングの向こうの台所を伺うと、三人ほどの人影が見えた。

 日鞠と、お年寄りと、そしてクリスちゃん? どういうメンバーなのか分からない。そう思ってるとチョロチョロしてただけのクリスちゃんがこっちに気付いて近づいてきた。


「オ〜お久しぶりデス。今日からお手伝いすることになりましたデス」

「お手伝い?」

「家政婦だよ。まあ彼女じゃなく、お婆ちゃんの方に頼んだんだけど……」

「外国ではベビーシッター普通デス。私出来ます!」


 困った顔の日鞠にクリスちゃんがグイグイ迫ってる。流石外国人。押しが強い。家政婦……か。


「私もあんまり来れないし、色々と大変でしょ? だから……迷惑だったかな?」

「……ううん。助かる……とは思う」


 スオウも大変そうだったしね。


「フフ、よろしくデ〜ス」


 そう言って手を出してくるクリスちゃん。その手を取るとガバっと抱きつかれた。流石外国人!?


「良かったらお手伝いしますデス。恋の事とか」


 ボソッとそう耳元で囁くクリスちゃん。驚いて顔を見るとニコッと屈託の無い笑みをくれた。これは、心強い味方が出来たかもしれない。私は日鞠の様に沢山の人を束ねたり動かしたりするカリスマはない。けど、確実に日鞠より可愛いとは思う。

 私は私のやり方で、日鞠に対向するものを作れるかもしれない。ありがとうをありがとうで終わらせない使い方をしようと思う。


「私がいっぱい恋のこと教えるデス。ふふ」


 聞こえる声に頷いて、私は覚悟を決める。ヒロインに成る覚悟をだ。

 第七百五十七話です。


 スローライフはちょっと間に合いませんでした。グタグダやってたけど、新年から気持ち入れ替えて頑張ります。

 次回も一週間後にあげますね。

 来年もよろしくです。良いお年を。

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