敗北を刻む
暗く湿った空気が肌にまとわり付く。中庭はこじんまりとしてて、そこには小さな灯籠が一つあった。それに火を灯すと、地下への道が現れて、今は意を決してそこに踏み入ってる。セラを先頭に、残りのメンバーは手をつなぎ合ってる。
何があるか分からないからね。いや、シルクちゃんとセツリのおかげで見えてた物は一杯ある。けどやっぱりそれらを全部理解する事は出来てない。シルクちゃんが言うには、見たこと無い魔法があるとか。
僕からしたら魔法の区別とかあんまり付かないからよくわかんないんだけどね。でもシルクちゃん程になると、発動前に展開される魔法陣で少しはどんな魔法が来るかわかるらしい。僕には色くらいでしか区別付かないんだけど、あれはただの演出では無いらしい。
シルクちゃんが言うには魔法陣の中身は魔法毎に違うらしい。そして上の屋敷にもこの地下にも魔法は張り巡らせてある。けど、シルクちゃんが言うには屋敷に張り巡らせてある魔法と地下の奴は趣が違うということだ。
趣って……侘び寂び的な何かだろうか? 難しい。近づいてバッタバッタなぎ倒してくのが性に合ってる僕にはなかなか理解し難い。
「あれ?」
「どうしたっすかセラ様?」
先に階段の先まで行ってたセラが自身の体を見回してる。ようやくメイド服が恥ずかしいと気付いたのだろうか? そう思ってたら、いきなりこっちに向かって手を向けてこういった。
「待ちなさいノウイ! そこでストップ!」
「え? なにっすか?」
制止の言葉は間に合わなかった。ノウイはその足を地下の床へとつけた。その瞬間、薄まってた僕達の姿がハッキリと現れる。何かが剥がれる感覚……そんなのが一瞬あった気がする。これは……
「魔法の強制解除?」
「シルク様、それだけじゃありません。スキルもどうやら発動しないようです」
「そんな……」
二人のそんなやりとりに、不味いかな? とか思ってると、外から僅かに差し込んでた灯籠の光が消えてく事に気付いた。
「おい、出入口が!」
「あっ……」
僕のそんな言葉に真っ先にセツリが反応したけど、一言漏らすと同時に、出入口が閉じられた。これは……いよいよ不味い感じになってきたかもしれないな。
「気づかれてるんすかね?」
「そういう仕掛けってだけじゃない? まあこれをやったのが領主なら、この時点で気付かれてもおかしくないけど」
「私達は袋の鼠って事?」
暗くなった地下でビクビクするセツリ。するとシルクちゃんがこういう時の為に常備してるのか、ランプを灯してこういってくれる。
「確かに閉じ込められましたけど、これで領主に気づかれたかは微妙です。この地下と屋敷の魔法陣は別物と言いましたよね? この地下の魔法は領主が掛けたものというか、もっと古くからあるような物の気がします。
だからこの地下を完全に掌握でもしてないと、そういう把握は出来ないと……希望ですけど」
「つまりはこの仕掛は元々仕掛けられてたもので、領主の仕業じゃないと?」
「多分ですけど」
なるほど……けどそれはあるかもしれない。だって今の領主が就任したのはつい最近だと聞いてる。それなのに、こんな街全体に広がる地下空間を作れる筈がない。つまりはこの地下空間は元々あったということだ。
こんな空間を昔の人が何の目的で作ったのか……多分この一件の核心はそこにあると思う。今の領主はそれを知ったから動いてるのか……それとも元々それ目的で領主にまでなったのか。後者ならその執念は凄まじいな。そして厄介そうでもある。
出来心程度なら、改心の余地はあるだろう。けど、明確な野望と目的、そして人をそれだけ魅了する何かがあるのだとすれば、心を動かす事は難しい。何かに夢中になるほどに、周りが見えなくなるなんてよくあるからね。
「出口がなくなった今、うだうだ考えてても始まりませんよ。取り敢えず全員戦闘態勢で前へ進みましょう」
「そうだねセラちゃん。でもこうなっちゃうと私は役立たずになっちゃうね」
「そんな事ありません。シルク様のお陰で視界も確保出来てるんです。ランプは私が持ちますから、シルク様は後方に控えててください」
頷いてシルクちゃんはランプをセラに託す。シルクちゃんは今日は人一倍頑張ってくれてたんだ。これからは肉体派の出番だろう。てな訳で、僕は前へ。セラと視線を交錯させる。
「スキルも使えないのに大丈夫なの?」
「寧ろ今こそ僕の出番だろう。スキルが無かったら純粋に技術の勝負だ。腕がなるぜ」
「アンタの剣技なんて我流じゃない」
「うるせえ、それでもかなり扱えるようになってきたって自負してるんだよ」
「それを世間では慢心っていうのよね」
こいつの口はホント僕相手には減らないな。ちょっとは褒めて伸ばそうとは思わないの? 飴くれ飴。鞭ばっかじゃ、ほんとに嫌いになるぞ。そんな感じで言い合いしながら僕達は足を進めていく。
思ったけど地面は舗装されてる? それにそれなりに広いのか、五人でも余裕がある。けど幾らランプがあるといっても照らせるのは足元らへんまで……目の前は完全な闇。こういう中で罠とかもしかしたらモンスターとか出てきたら不味い。
スキルも魔法も使えないのも痛いからね。けどまあ腐っても街に広がる地下だし、こんな場所にモンスターなんて……
「ん?」
何か暗闇に蠢く物が見えるような? それに何か擦るような音が……
「何か居るわね」
「人間か? それとも……」
闇が濃すぎて判別なんて出来ない。全員に緊張が走るよ。
(けど、人間なら火ぐらい持ってるような……)
こんな暗闇の中、何か引きずって移動するなんて有り無いだろう。それならやっぱりこの音を発してる者は……暗闇の向こうに僕達は意識を集中する。するとその時、隣に居た筈のセラが突如消えた。一気に僕達は闇へと包まれる。
「セラ!!」
「ま、真っ黒だよ〜〜」
「こ、これは不味くないっすか!?」
「スオウくん、明りはまだ健在です。きっとあそこに!」
誰がどこに居るか全く判別不能の中、皆混乱しつつある。闇の中で明りは道標と共に、支えでもある。それを持ったやつを真っ先に狙うのはとても効果的。それを分かっててセラが狙われたのなら……敵にはある程度の知能があることに……
(いや、色々と考えてる場合じゃないか!)
明りは僅かだけどその光を発してる。きっとあそこにセラも居るはずだ。なんかちょっと高いような気がするけど……明りが壊されない内に奪還した方がいいに決まってる。アレがなくなると、ホントもうどうしようもない。
「僕が行きます。皆はここで固まってて––」
そういいつつ、それでいいのか? と僅かに思案した。誰がどこに居るかも、自分がどこに立ってるのかも分からない闇だ。あの明りを奪還すれば、なんとかまた皆と合流は出来るだろう。けど、もしもそれが出来なかった場合、僕達は誰がどこにいるか完全に分からなくなるんじゃ? そう思った。
僕は言い直す事にしたよ。
「皆、全員で行こう。この闇で離れるのは不味い。それに光に近づけば多少なりとも、互いを確認できるよ。敵を見定めるチャンスだしね」
「ええ〜〜!」
「この闇で戦闘っすか? 敵味方の区別も付かないっすよ。下手すれば同士討ちっす」
「確かにその危険はあるかもですね」
皆あんまり乗り気じゃない。まあこの闇だ。どうあっても気分を盛り上げるのは難しい。こういう闇では全てが慎重に成らざる得ない。前に進むのだって……ハッキリ言えば怖いんだ。だけどこういう闇で一番まずいのは逸れる事だろう。
それに一人になれば、もっともっと心が闇に当てられる。まだ、なんとかやってられるのは、仲間が居るからだ。こんな中、明りもなくなって一人ぼっちになってしまったら、歩くことすらままならなくなるかもしれない。
「危険はしょうがない。声だして行きましょう。それでも多少なりとも同士討ちは避けれる筈で––」
視界が揺らぐ。そして突然の浮遊感––の後に肩から強打する感覚。一瞬何が起こったか分からなかった。
「スオウ?」
皆姿が見えないから、気付いてない。これは不味いな。こんな闇の中にこのままいたら、誰も知らずに仲間を失ってくんじゃないか? 別にそれほど強力な攻撃ってわけじゃなかったけど、見えないと防ぎようが無いからな。
「大丈夫……攻撃されたってだけだ。悠長にやってる場合じゃない。皆光に向かって走れ!!」
多分見えないだけで、敵の魔の手はそこら中にあるんだろう。それにどうやってか、向こうは僕達の位置がわかるようだし、立ち止まってると良い的だ。一応目印はあるんだし、少しでも光を求めたい所。
僕達は走る。一斉に走りだした。足元も見えない闇の中、一つの光を目指して。誰がどこに居るかも分からないから、フォローの使用もない状況。そんな中、ノウイやセツリ、シルクちゃんの短い声が聴こえる。
攻撃を受けた? でも見えない。そんな中、何かをこすり付ける様な嫌な音が僅かに届く。僕はその音のした方へ剣を向けた。すると見えないけど、確かな手応えが感じれた。
「やれた? ––づっ!?」
少し安心した所へ、逆側からの一撃が来た。結局、吹き飛ばされる僕。早く起き上がろうと力を込めた時、腕に痺れの様な物があることに気付いた。上手く立てない……そんな強力な攻撃じゃなかったけど……まさか状態異常を付属するタイプの奴か?
(皆大丈夫なのか?)
けど左右を見てもそこは闇だ。分からない……
「皆無事––」
声をあげようとした時、再び攻撃が来た。しかも今度は一撃では終わらない三連撃。体が変な方向に曲がって、転がった。なんだこれ……今まで一番ピンチ何じゃないか? 神やチートを乗り越えてきたはずなのに……そこらのモンスターに苦戦するなんて……そんなのおかしいだろ。
そんな文句が頭を巡る。けどそんな事を考えてもこの状況が好転する訳じゃない。後ろから攻撃を受けて転がったお陰でそれなりに光へは近づいてる。取り敢えず反撃はそこへ付いてたからだ。
多少でも見えれば、良いようにされはしない。痺れた感覚はずっと続いてるけど、動けないほどじゃない。寧ろ痛みさえ忘れさせてくれる感じでラッキーだ。声を出す余裕もないけど、こうなったら、無事であることを信じて、あの光に集まるしかない。
シルクちゃんやセツリの奴は特に心配……けど今の僕にはどうしようもない。
何回か襲ってきたその何かを剣でいなしつつ、僕は進んだ。そしてようやく数メートルの距離。すると人の気配が複数感じれた。周りに目を向けると、ようやく皆の姿が見える。
「良かった〜。怖かったよスオウ〜」
「なんとか無事のようっすね」
「ホント安心しました」
皆それぞれの姿を見つけてようやくホッとした感じ。まあ油断はまだまだ駄目だけど、僕は安心した。だって闇の中手探りで来たような物だ。仲間の顔を見て、安心するなと言う方が無理。後は捕まっちゃってるであろうセラの奴を助けて、それで反撃開始だな!
「よし、セラ! 今解放してやる––ぞ?」
あれ? よく見たらこの光の光源……ランプじゃなくないか? なんだか蕾みたいな……そんなのが宙に浮いてる? そしてそんな事を考えてると、それは次第に光を強めて、膨らみだす。
「まさかこれって––––」
僕達が気付いた時には既に遅かった。膨らんだ蕾はパンパンに膨張したその瞬間に、轟音が耳をつんざき、真っ赤な炎が全身を食いつくす。僕達は全員床に倒れ伏し、HPはゼロ。呆気無く僕達は全滅をしたんだ。
「なるほど、そんな事が……」
「全く、勢い込んで行ったくせに全滅なんて、情けないわね」
孤児院に戻ってきた僕達の話しを聞いて、オウラさんとメカブの奴がそれぞれそういった。全く、メカブにだけは言われたくない。寝てたくせに……
「仕方ないですよメカブ。装備は重要なんです。適した装備がなかったのですから仕方ありません。全員が光源を持っていたのなら、こんな事には成らなかったでしょう」
「そうですね……」
本当にそれを痛感したよ。今回の敗北は完全に準備不足で向こうの術中にハマったのが原因だ。みんな奢りがあったのも確かなのかもしれない。色々と大変な事を乗り越えてきてたからね……だから今回も……と案外簡単に考えてたのかも。
その結果がコレだよ。手も足も出ないで惨敗……やられる時はあっけないだな〜と知ったよ。まあ結局死んでもどうにも成らないってわかったのだけが収穫だね。超個人的な事だけど。
「取り敢えず次はこんな事がない様に準備を整える事にします」
セラの奴は一番初めにやられた事に責任を感じてるようだ。後々話しを聞いたら、捕まって直ぐに、集中攻撃受けてたらしい。光源を持ってたセラを狙い、静かに消して、それを僕達に悟られないように敵はしてた。
そしてセラが生きてると思わせて僕達を誘って集まったところで一網打尽……えげつないけど、ホント効果的な戦術だったよ。
「領主の狙いはその地下遺跡にありそうだよね。今度は皆で突入しようか?」
「いえ、アイリ様それはどうでしょう。今回の一件で気付かれたでしょうし、それに他にも調べたい場所は出てきたました。ここの護衛も人を割いた方がいいでしょうし、全員であの地下を後略するのは得策ではないかと」
「う〜んそっか〜、取り敢えず今日の所はこれで解散にしてきましょうか? 皆疲れたでしょうし。また明日考えましょう。どうですか?」
そんなアイリの提案を誰も否定しないよ。確かにちょっと疲れたよね。明日も学校だし、それぞれ皆予定もあるだろう。そういう訳で取り敢えず今日の所は解散ということになった。敗北……それを胸に刻んで僕もログアウトをする。
第七百四十話です。
またまた遅くなってしまいました。なんだか調子悪いです。でも希望を込めて、次回は日曜日にあげます。ではでは。