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命改変プログラム  作者: 上松
第二章 世界に愛された娘
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ミッション

 雲の隙間から見える月。それは明らかにリアルで見るよりも大きく綺麗だ。見方を変えれば不気味とも言えるその月の明りを頼りに僕達はこの街で一番大きな屋敷の敷地に侵入してた。流石にアルテミナス城とかとは比べるべくもない建物だけど、この街では一番だ。

 街の中央にあるその屋敷はデカイコの字型の建物で、周りは無骨な塀が高く聳えてた。てか高くそびえようとしてる……ってのが正しい。ようは建築中なのだ。

 街の人曰く、その塀が出来たのは今の領主に変わってからだという。てか前の領主がどこに行ったのか……誰も知らないのが気になる。定番なら……もう……いや、今は目の前の事だろう。建設中だからこそ、資材とかに紛れて楽に侵入はできた。

 内部に入れば何かわかるだろう。こんな大掛かりな事まで始めてるんだ。絶対的に何かある。


「どうノウイ?」

「人はそんなに居ないようっすね。でもどこかしこも魔法が張り巡らされてるっす。侵入したら一発でバレそうな感じっすね」


 ノウイは両耳に意識を集中するように手で集音してる。僅かに耳に光が見えてるから、何かのスキルなんだろう。建物内部の音を拾ってるのはまあ分かるけど、魔法は何故にわかるのか? 取り敢えず内部に入るかが問題だな。

 人が少ないのはそれだけ、張り巡らせてる魔法に自信があるって事だろうし、存在を知られるのは不味い。


「どうするセラ? お前魔法抜けれるか?」

「まあ私だけなら、出来ないこともない。けどどんな魔法かわからないと、一度抜けれた程度じゃね。用心深い奴みたいだし、二重三重に罠はありそう」


 確かにそれはセラと同意見だな。なんか話しを聞いてる限り、それなりに思慮深い奴のようではある。セラも全てに対する対応策を持ってる訳じゃないし、一人で突っ込むのは得策とはいえない。

 一人で全部を出来る人間なんて……そうそう居ない。


「ねね……スオウ」


 くいくいっと裾を引っ張られた。視線を向けると、セツリの奴がこっちを見てた。その目はどことなく力強いような……


「わ、私調べれるよ。その……スキルとか魔法とか……」

「そうなのか?」

「うん」


 僕はセラと視線をかわし、セツリに頼んだ。すると両手を建物の方へ向けるセツリ。両手の先に現れたウインドウは何故か真っ白。そこに文字が浮かんでくる。


「どう……かな?」

「どれどれ?」


 頑張ってるセツリに感謝して僕達はそのウインドウを覗きこむ。けどその文字の大部分は僕達には読めない物だった。プログラムみたいな感じなのはわかるんだけど……理解できない。そもそもLROの方の文字だし。日本語ではないんだ。

 いつもはシステムが勝手に翻訳してくれてるんだけど、どうやらここではその恩恵はないようだ。それはやっぱりこれが純粋なプログラムだからだろうか? プレイヤー側の視点じゃなく、システム側の視点……の様な気がする。

 それはつまり……セツリは完全には開放されてないって事じゃ? 僕は不安を抱きつつチラリとセツリを見る。するとこっちを見てたらしいセツリと視線がぶつかり合った。互いに視線がぶつかるとは思ってなかったから、咄嗟に逸らす。な……なんか二人だけの間だけで変な感じが……


「う〜んこれはちょっと……意味不明と言うか……固有名詞くらいしかわかりません。セツリちゃん、理解できるのなら解説して欲しいんです––け––セツリちゃんどうしました?」

「はっ––ううん、なんでもないよ。ごめんシルクちゃん、私も内容はチンプンカンプンなんだよね」


 あはは〜と笑って誤魔化すセツリ。そんなセツリにセラの奴が含みを感じるため息を付く。それはあからさまに「役に立たないわね」みたいな思いが込められてる様だった。そしてそういうネガティブな事には敏いセツリはそれを見逃さない。


「セラさん、何か?」

「何か……とは?」


 セラは素知らぬ顔を通してる。二人共別段に罵り合ったりしてる訳じゃない。寧ろ二人共微笑んでる。けど、よく見るとセツリの口の端はピクピクとさせてる。セラの奴は本当に涼し気な仮面を貼り付けてるけど、それがセツリには気に食わない様だ。

 二人共笑顔のまま、火花を散らしてるように見えるよ。全く、この二人は火と油かなんかなの? いつもならセツリにあんまり対抗しようとはしないんだけど、自慢気なスキルを小馬鹿にされたとあっては幾ら気弱なセツリでも引けないようだった。まあけど……どう見ても蛇と蛙……いや、まだ睨み返してるからハムスターくらいにはみえるかな?

 けどそれでも度胸やら自信やらが圧倒的にセラの方に分がある。だからセツリは今にもその大きな瞳から涙を溢れさせそうだった。


(いや、セツリにしては頑張ってるけどね)

「す、スオウ君……なんかヤバイっすよ。どうにかしてっす」

「いや、そんな事言われても……」


 ノウイの奴が縮こまりながら僕の耳元に囁いてくる。くっそ〜今のノウイが近づいてくると、思わずちょっとビクッと成っちゃうよ。やっぱり成れないんだよね〜。ノウイにしてはやたら綺麗で眼力がある目……それが迫ってくるとノウイだとわかってるんだけど……いやノウイだとわかってるから引いてるのかも。

 やっぱりノウイは前の時の目が点なごま粒な瞳が似合ってた。てか安心できたよ。今のノウイ見てると、異様に目潰ししたく成るんだよね。潰したら元のノウイに戻ってくれるんじゃないかって、淡い期待があるのかもしれない。

 そう思いつつ僕は自身の指を握りしめたり力抜いたりとして、ちょっと調子を確かめてみたり……するとシルクちゃんの言葉が、僕達の膠着状態を破壊する。


「文法とかは無理ですけど、単語程度ならどうにか成ったので一応、重要そうな物だけはピックアップ終わりました。これを元に、皆には私が魔法を掛けますね。––ってどうしました?」

「別になんでもありません。シルク様流石です」

「いえ、ここまで詳しく向こうの術がわかったのはセツリちゃんのお陰ですよ。普通はあんな事出来ないです」

「そ、そうですよね!」


 シルクちゃんのお陰で女子の静かな戦いは終わったようだ。流石は天使……シルクちゃんが居てよかった。僕達男二人はほっと胸を撫で下ろす。




「よし! これでしばらくは欺けるはず……多分……きっと!」


 しぼみそうに成る声を気持ちで持ち直させるシルクちゃん。僕達にはセツリが見せたデータを元に、彼女が考えた魔法の組み合わせを増し増しに掛けられた。僕は実際魔法なんて殆どわからないから、シルクちゃんを信じる意外にはない。

 でもそれで十分でもあるよ。僕のシルクちゃんへの信頼は山よりも尊大で、海ほどに広大だからね。ハッキリ言って彼女を過小評価する理由はない。魔法に関して……その中でも補助や回復系の魔法に関してはスペシャリストだ。

 まあ前ほどに時間掛けてるわけでもないだろうし、様々な魔法を今は使える訳でもないのかもしれないけど、でも僕はシルクちゃんが大丈夫だと言えばそれを信じるよ。そしてそれは僕だけじゃない。


「シルク様がそう仰られるのなら大丈夫でしょう」

「セラちゃんそんなにあっさり……」


 けど当のシルクちゃん本人はすんなりと皆が信じ切るからちょっと意外というか、余計にプレッシャーが掛かってるというか、その華奢な体を縮こませてる。そんな縮こまったなか、前髪が揺れるその奥の大きな瞳を潤ませて上目づかいしてる彼女はうん、とっても可愛かった。

 なんだかとっても子犬っぽいかも。ずっと愛でたくなる可愛さって奴だ。もう、誰もが愛さずにはいられない凶暴なまでの可愛さ……シルクちゃんはそれを内包してるよ。


「シルクちゃんの事、皆信頼してるって事だよ」

「でも今の私は前程の力はないんです。信頼に答えられる保証はどこにも……」

「そんなの皆わかってるよ。けど、それでもシルクちゃんが後衛として居てくれるだけで、僕達にとってはとっても心強いんだ。それだけでコンディションもパフォーマンスも変わってくるってもんだよ」


 僕は力が見ながってるかのように腕に力を込めてみせるよ。するとシルクちゃんはクスっと笑ってくれる。


「そう言って貰えると嬉しいです。不肖ながらながらこのシルク、皆さんを精一杯サポートします」


 僕達はそういって頭を下げるシルクちゃんと視線をかわす。けど一人だけ、セツリだけはその輪の外に居た。なんだか今度はちょっと拗ねてるみたいな……


「どうしたんだお前?」

「やっぱり不安ですよね? 私的には七割方は行けると思うんですけど……」

「ちがっ、シルクちゃんは別にちがくて……なんかこう、皆信頼感ってのがあるなあって」

「つまりはシルクちゃんへの僕達の絶大な信頼によろけてたって事か?」

「なんか違うけど……大体はそうかな……」


 そう言ってセツリの奴はキュッと自分の短いスカートを握りしめる。これでもセツリは剣を扱う前衛ポジ。今までの様なフワッフワな服じゃなくそれなりに動きやすい格好をしてる。この季節だから上はまあちょっとモコっとした服を着込んではいるけど、下は僕達男には寒そうこの上ない感じ。

 鋼鉄を僅かにあしらった動きやすさ重視の靴にニーソが太ももまで伸びて、僅かな肌見せの部分には一本の線を引くようなガーターベルト。そして短いスカート……と思わせてその下にはきちんと短いズボンを履いてる。

 言うなればスカートはファッションアイテムでしかない。そもそも隠せないスカートなのだ。でもまあ、男の性で見えないと分かってても、短いスカートが捲れたりすると視線が反応するんだけどね。今の僕の視界は広いからね……目ざとく反応してしまってある意味困るよ。


「なんだか時々無性に、私だけ仲間外れみたいな感じがしちゃうな……」

「それは仕方ない事じゃない。私達は前のLROで誰かさん側と必死こいて戦った側。貴女はその誰かさん側だったじゃない。いきなり同じような信頼をくれと言う方が無理よ。信頼ってのはその容姿や、増してお金でも買えるものじゃない。一朝一夕で手に入れれる物じゃないのよ」

「そんなのわかってるもん……」


 セラに言われたからか、異様に頬を膨らませるセツリ。セラの言葉は正しい。けどセラに偉そうに言われるのはセツリ的には癪に障るようである。でも今回はセラはちょっとオブラートに包んでるぞ。わざわざ誰かさん––なんて言ってるし。


(セラの奴ならハッキリと名指しくらいしそうなのに……あまりにも虐め過ぎてると思ったのか?)


 そんな気遣いが出来るのなら僕にもして欲しい所だよ。オブラートに包まれた記憶が無いんですけど? まあセツリは僕と違って脆そうだし、実際脆いから、手心を加えたのかもね。


「大丈夫、これから一緒に頑張っていこうよ。これはきっと初めの一歩だよセツリちゃん」

「シルクちゃん……ハイ! 私頑張ります!」


 シルクちゃんの優しい言葉に元気を取り戻すセツリ。まあそうじゃないとね。クヨクヨしてたって信頼は得られない。自分で行動して、それを見てもらうしかないんだ。そうと決まれば、一刻も早く活躍したくなってきたセツリはウズウズと体を動かしだす。


「よし、じゃあ早く行こう。そこらの窓から入る?」

「待ちなさい。私が隠密術で先行するから、貴方達はノウイに従って後から来なさい」

「え〜」

「え〜じゃない。ここはゲームだけど遊び…………じゃないのよ」


 セラの言葉がちょっと詰まった。今のLROなら結局は遊び……なのかもしれないと思ったのかもしれない。危険なんてないしね。僕もセツリも、既にLROからは開放されてる。でもかといって僕はまだ一度も死んだことはないんだよね。

 やっぱりどうしても、前の時の記憶とかがよみがえるんだ。死にはしない……そんな事はもうないんだって、頭では分かってるはずなのに、死に対する恐怖は消えない。前は覚悟決めて命を投げ打つような事を散々してたのに、いざ本当に死ぬことがなくなると、本当に死ぬかもしれないとう恐怖に侵されるとは……これはなんともおかしな事だな〜っと我ながら思うよ。


(もしかしたら前は覚悟って奴が本気で出来てたからかもしれないな。今は覚悟なんてする場面ないし……)


 だからどうしても、死ぬ前に引く。試そうと思っても……そうしてしまう。頭ではわかってるし、死ぬわけ無いからと覚悟も決めて剣を下ろしたりもしたけど、どうあってもギリギリで全速で逃げるんだよね。

 死ぬわけないから一度試してみようという覚悟……僕はそれさえ出来ないヘタレになってた。


(結局覚悟ってのは頭で何度言い聞かせても出来るものじゃないってのがわかった)


 それはまあ貴重な収穫ではある。同時になんてヘタレなんだと自己嫌悪するけどね。でもそれだけ前の戦いが印象的だったというか……僕のこの体に深く刻まれてるということなんだと思う。それにもしかしたら……もしかしたら、この体だからって事もあるかもしれない。

 新しいキャラを作れて、そしてそれで新しい冒険を始めれたら、僕はあの時のスオウじゃない、別の誰かに成れてたのかもしれない。まあこの姿でしかLROに居れない以上、意味のない想像だけどね。


「とにかく、やる気はあっても浮足立たないで。小さな綻びはパーティーを全滅させるのよ」

「わ……わかったよ」

「それじゃあノウイ、後は任せるわ」

「ハイっす。お任せあれっす」


 セラの奴はそれを聞くと音もなく走って、手近な窓を開けて中へ進入する。その手際たるやまさに隠密だった。


「じゃあ自分達も行くっすよ。セラ様のスキルであの窓が無防備な今がチャンスっす」

「何かやってるのか?」

「隠密のスキルっすね。一時的にならセラ様はスキルの干渉を防げるっす」


 そういえばそんな事を言ってたな。今はそれにシルクちゃんの魔法も加わって強力に成ってるんだろう。だから一人で先行できると。


「完全には閉まってないっすよね? ああしておくことでスキルの効果を眺めてるっす。ちょっとした裏技っすね。元通りにするとそれで効果は消えるっすから」

「なるほど……で、僕達はこそこそと行くわけか」

「それで自分の出番っす」


 そう言ってノウイが手を差し出す。


「いや、僕ちょっとそう言う趣味は……」

「違うっすよ! 自分のスキルを皆にも伝えるんす。見えなく出来るんすよ自分は」

「なるほど。じゃあどう並ぶべきか」


 手を繋ぐと自然と引っ張られる形になるし、皆と手を繋ぐとなると、間の二人は完全に手が塞がる。そうなると身動きがとれなくなる。これは結構重大な事だ。いざという時に咄嗟に動けないからな。それにこういうスキルは術者と手を繋いでる間だけ有効ってのが定番。間の二人は何も出来なくなるも道理……それなら。


「ノウイ、セツリ、シルクちゃん、僕の順で行こう。しんがりなら片手使えるし、いざというとき、動きやすい」

「そうっすね。女の子二人は間がいいっすね」

「す、スオウがそういうなら……」


 そう言ってノウイの手を取ろうとするセツリは、ちょっと項垂れてた。それにノウイの手を握るの何度か躊躇ったし、多分内心、ノウイは傷ついてる。けどこの並びは合理的だから崩すわけにはいかない。

 術者のノウイが先頭なのは決定事項だし、片手が使えるしんがりを僕が努めるのは最も有効だろう。そこは後衛のシルクちゃんの盾にも成れる場所だ。敵陣に飛び込むんだからな。不測の事態は起こりえると思って行動するべき。

 ヒーラーというのはパーティーの生命線だからな。だから彼女を前衛である僕とセツリが挟んで守るのは至極まっとうなのだ。前衛だけど一応セツリの前にはノウイがいるし、後ろ一人よりも、前二人の方がセツリにはいいだろう。


 てな訳で僕達は手をつなぎ合った。そしてノウイがスキル『カタタクナシ』を発動。僕達の姿が、背景に溶けるように透けていく。ちょっと驚きつつ、僕達は屋敷内部への侵入を試みるよ。けど最初からちょっと苦労した。

 何故なら、両手が塞がってる中で窓をよじ登るのは結構大変だったからである。特にドン臭いセツリが悪戦苦闘して大変だった。中に入れた時、僕達は揃ってゼイゼイ息を切らしてた。


 第七百三十八話です。

 遅くなってごめんなさい。次回は月曜にあげます。ではでは。

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