曖昧な玉座
引っ張られる様な感覚と共に、自分達は扉の内側に入り込む。そしてそこだけは確かに異質だった。この城はトイ・ボックスの侵食と共に、その装丁が古ぼけたようになった。けどどうやらここは違う様だ。眩しい位に床も柱も光、添えられた花々は新鮮な色を鮮やかに讃えてる。どこから流れ来てるのかわからないけど、玉座のある壇上との隔たり部分は玉座を囲うようにせせらぎが……
思わず目を細めてしまう程の輝きで満たされた謁見の間。上をみるとレースの布が垂れててソレにも豪奢なシャンデリアの光が反射してる。
けど見惚れてる場合じゃない。誰もが直ぐ様武器を構え直す音が聞こえる。既に詠唱に入ってる者も居る。それはそうだ。何故なら玉座には紛れも無く奴が居るからだ。
「頭が高いぞ貴様等。王の前だ。跪け」
異様に響く声。そしてその声が震える様に内にまで響く。するとどうしてか……いつの間にか全員がその場に膝をついていた。
(なに!?)
立てない。体が……言うことを効かない。どういうことなんだ?
「それでいい。はは! やはり玉座に座って平民を見下ろすのは楽しいな。これ以上ない優越感だ」
なんという愚王。まさに典型的な駄目な王だろこいつ。てかまさか本当に居るとは……頭おかしいのかな? まあ、結構頭振り切れてるっぽいのはこいつの言動から見て取れるけどね。
「まあだがここまで来るとはな。なかなかのしぶとさだ。ゴキブリ並み。褒めて使わす。ありがたく思え」
全く思えない。どうにかして一発殴りたいな。普段は誰かを殴りたいなんてそうそう思わない自分だけどこいつだけは殴りたいと思える。あのふんぞり返った姿が癪に触るんだよね。わざわざデカイ王冠にモフモフしたマントを付けて……なんなんのあれ? 童謡か何かの王様かよと。
どうせなら裸の王様をフューチャーしとけば良かったものを……それならお似合いで文句は無かった。
「だがここに辿りつけたからと言って希望があるなんて思うなよ。同じだ。結果は変わらない。貴様等はこの城から出ることは出来ず、そして負ける。それはもう決まってるんだよ。なあそこの裏切り者諸君」
そう言うデザイアの視線の先には奴等が居る。声を掛けられたからだろうか、奴等はすくっと立ち上がった。どうやらここではデザイアの言葉がないと頭も上げられない様だ。
「俺達は仕事をした。約束通りエリアは返してもらうぞ」
「ここまで一緒に来たのはどういう事だ? そっちに付いたんじゃないのか?」
「それは違う。こいつらに協力なんて俺達はしてない。あんたと一緒、勝ちは確定したと思ったから、悪足掻きを高みの見物でもしようと思っただけだ」
「なるほど、だが貴様等の様な卑しい者と俺を一緒にしないでほしいな。役目が終わったのならこの場から退場しろ。貴様等が踏んでいい床じゃないんだよここは」
デザイアは肘掛けをトントンと指で叩く。するとなんと、ギャグ漫画の様に奴等の足元の床だけが円周上に消えた。そしてそこに裏切り者達は落ちていく。
「はーっははははは! 我等の勝利が決まった暁にはエリアは返してやるさ。だが、俺の前にその面を出すんじゃない。貴様等の役目は奴等を閉じ込め、そして諸共死ぬことだ」
そう言い放ち、再び肘掛けを叩くと穴は消えた。これは……ヤバイ。自分達はゴクリと唾を飲む。だってこれっていつでも自分達にもそれを出来るって現れでもある。どうやらこの空間は完全に奴の手のひらのと同等ということなんだろう。
確かにここまで来たからどうにかなる……ってわけでもないのかも知れない。けど、どうにかしないと行けないのも事実。玉座の隣には細いテーブルが一つあってそこには切り株の様な変なオブジェがある。
そしてあれに自分は見覚えがある。あれが……そう『トイ・ボックス』の筈。あれを破壊できれば、まだ芽はある。
「皆……奴の横のテーブル……あれがトイ・ボックスの本体だ」
僕の言葉に早速ルミルミさんが動いた。
「喰らえ! 氷槍の雨!!」
足元に輝く魔法陣。それと同時に玉座の上にもその魔法陣が輝く。そしてそこから氷の槍が降り注ぐ。なるほど。確かに跪いてても、魔法は使えるか。そしてその衝撃のおかげなのか、自分達を縛ってた言葉の枷が外れる。
「動ける……よし! 皆一斉攻撃だ!! 遠慮なんて要らない、全力で攻撃を繰り出すんだ!!」
自分の声で一斉に皆が動き出す。前衛の人達は玉座に駆け出して、その武器を振りかざし、魔法を使える人達は、詠唱を始める。それから続く多重の爆発音。これでもかと言う位のえげつない攻撃を繰り出す。たった一人を数十人でフルボッコ……傍から見たら決して褒められる光景ではないだろう。
でも……それでも……奴は笑ってた。
「くくっ……はははははははは! それで終わりか?」
どうやらデザイアの奴は一歩も動いてはないらしい。優雅に玉座に座り、自分達を見下してる。それはまさに自分達の攻撃が届きっこないと確信してるかのような表情だ。自分達と奴との間には確実な隔たりがある。
実力差とか多分そう言うのじゃない……もっとこう物理的な何かが……自分達と奴との間にはある。
「はああああああああああ!!」
叫びと共にキースさんがその剣を輝かせて突進してく。真っ直ぐに突き刺した剣先。だけどソレはやっぱり届かない。何か透明な繭みたいな物がキースさんの剣を優しく受け止めて、デザイアを守ってる。
そしてキースさんはその繭の反動に寄って押し戻されてしまう。前衛が玉座の周囲を流れるせせらぎよりも後ろに固まってるのは多分、そこが境目だから……なんだろう。せせらぎの向こうは一段高くなってる。そこは王族の位置。
「無駄だ。貴様等下賎の者が超えることが出来ない一線。それがこの壇上だ。王の資格を得てから望むんだな」
「何が王の資格よ。アンタだってリアルじゃただの人だ!!」
ルミルミさんが指差してそう言った。まあ確かに。下賎とか言ってるけど、リアルじゃ自分達も彼も変わりはしない。
「だがここでは違う。俺はこの世界に自分の国を作るんだ。まあリアルでも色々と頑張ってるけどな。ここに国を作るのも将来の為だ。そしていつか、本当の意味で貴様等を見下してやるよ」
なんて言うやつ。他人を見下す為に上に行こうとするとは……動機が不純すぎるだろ。こんな奴がトップの国には居たくない……そう思う。そもそもこいつが王で居れるのは周りのおかげだろ。
まあそれをここで言っても仕方ない事だし、こいつもそれはわかってる。けどこいつはソレさえも自分の成せるワザとか思ってるのがね。めでたいヤツである。
「どうする? あの障壁の様な物を破らない限り、ここから出るなんてとてもじゃないが出来ないぞ」
「そうですね……」
既にあれから三分……会長からの連絡はない……というかずっとジーという音がシェアリングからはしてるだけ。そもそも五分も希望的観測だしね。壇上のトイ・ボックス……あれだけでも壊せればまだ……なんとか成ったりするかも知れないけど……でもそれには壇上を超えないと行けないわけで……既に総攻撃でもそれは成し得なかったという事実が重く伸し掛かる。
「はっは〜ん。無駄無駄。貴様等がどう足掻いた所で何も出来はしないさ。どうして俺がここに居るか分かるか? それを考えてみろよ」
くっ、声を聞いてるだけでイライラしてくる。それにその事はわかってるさ。こいつがこんなにも余裕たっぷりでここに居る訳。それは絶対に破られないとわかってるからだろう。自分達が何をしても無意味だと、椅子から腰を上げることもせずに、奴はそう言ってるんだ。
そして他のメンバーも確信めいてそう思ってるからこそ、こいつは一人でここに居る。それを許されてる。スキルで……魔法で……なんとかしよう––なんて考えはきっとお見通し。
そしてそれらの大抵は通じないんだろう。それに自分達は一人一人ではそんなに強くないプレイヤーの集まりだ。特殊な力とかを持ってる人は居ない。それこそ会長位。とっておきの隠し球があるほどにやりこんでる人も居ないだろう。
自分達なんかよりも全然長くやってる人達もいるけど、それでも前のLROの時に比べたら、きっと微々たるもの。今は一人で戦術級のプレイヤーなんて本当に一握りで、そんな人はここには居ない。
(その中でも自分はきっと……一番弱い)
でも自分は今この場でのリーダーだから……誰よりも早く諦めるなんて出来ない。けどだからと言って何かいい案があるわけでもない。思いつくことなんて……本当にもう、情けないことくらいしか……でもこのままストレート負けなんてしたくない。
「皆……後は自分に任せてくれますか?」
自分のそんな言葉に視線が集まる。何かいい案があるのかな? ––と言う期待の眼差し。そして誰よりも早くキースさんが口を開く。
「どうする気だ?」
「どうも……ただお願いしてみようかと。平民らしく」
「は?」
素っ頓狂な声を出したのはルミルミさんだ。まあそう言う反応は彼女だけじゃ無いようだけどね。けど彼女が一番感情が表に現れやすいからわかりやすい。直ぐに体をワナワナと震わせ始めちゃったよ。
「ど、どういうことだ? 事と次第によっては貴様から半殺しにしないといけないぞ」
ちょっと〜この子マジで乙女何ですか? 女子高生と言ったら花も恥じらうお年ごろだろうに全然そんなの見えない。血に飢えた野獣か何か何じゃないのか? 物騒すぎるよ。だけどここで気圧される訳にはいかない。仮にも自分はリーダー。立場は上だ。
「別にそのままの意味ですよ。ハッキリ言って、正攻法であの場に上がれるとは思えない。だからお願いするんです」
「そんな屈辱的な事出来るか! それにお願いした所で上げるわけ無いだろ!」
「まあ確かに。でも自分一人なら? その位、王様は許してくれますよね? こんな平民一人、王が恐れる訳ない」
自分はそう言って玉座に座るデザイアを見る。その視線を受け取ってデザイアは不敵に笑ったよ。
「なるほど、王である我と一対一の決闘を所望すると。そういうわけか? 平民の分際で随分と大胆な事だ。だが……その手には乗らないさ。分を弁えろ平民が」
「勿論分はわきまえてますよ陛下。ですからこれは余興ですよ。自分一人と戦った所でそちらの勝利は揺るがないでしょう。ソレならば、陛下も少し戯れてもいいんじゃないでしょうか? 陛下は自分の元には優秀な部下が居るから何もしなくても良いと思ってるのでしょうが、周囲にはそうは見えませんよ。
陛下の威光を示すためにも、戦闘の一つでもしなければ、その他大勢にはそのお姿の輝きは伝わらない。なんといっても我等は平民ですから。それじゃあ嫌なのでは?」
「う……む。確かにそれはそうだが……」
よし、こいつの性格は昨日の段階である程度把握してたのが功を奏した。このままおだてこの話に乗らせる!
「恐れてるのですか? この私を……」
「そ、そんな訳あるか!! 恐れてるのは貴様じゃなく……メグというか……アイツ怒ると怖いんだぞ」
なんかブツブツと言い出した。やっぱり裸の王様じゃないか。実質メグというか末広さんの尻に敷かれてるみたい。だけどもうちょっとプライドを刺激してやれば……
「大丈夫。万に一つでも自分に勝てない可能性があるんですか? 勝てばいいんですよ。そうでしょう?」
「ふはっ……ははははは!! そうだな。勝てばいい。俺が負ける可能性などゼロだ。そうだな。もうバトルも終わるだろう。最後に余興を嗜むのも悪くはない」
そう言ってデザイアは玉座から立ち上がる。そして玉座の傍らに立てかけてあった剣を取る。やけに装飾された眩しい剣。自分が普段目にしてる無骨だけど力強さがあるような類の武器じゃない。
寧ろ儀式用とか、飾るためにあるような……そんな剣に見える。それをこちらに向けてデザイアは言う。
「上がれ。遊んでやろう」
自分はその声に答えて一歩を踏み出す。するとその時ルミルミさんが言ってきた。
「負けたら殺す」
この人はもうちょっと言葉を選んだほうがいい。何そのプレッシャー……今から大一番に挑む者にとって一番言っちゃいけない言葉だよ。まあだけどここは素直に答えておこう。後で殺されるのは嫌だしね。
「すみません。多分……っていうか絶対勝てないですよ」
「なっ! お前……」
ガルル––と唸る声が聴こえる。素直に言っても殺されちゃうなこれ。
「まぁまぁ、何か考えがあるんだよね?」
「考えってほどでも……すみません頼りないリーダーで。こんな自分でも信じてくれますか?」
優しい言葉を掛けてくれたキースさんに恐る恐るそう聞いた。まあ既に後戻りなんか出来ないんだけどね。実際、ガチのタイマンやるんなら自分よりもキースさんの方が良いだろう。信じてほしいって……信じれる材料なんてないのに、何を言ってるんだろう自分は。
自分は答えは来ないと思ってそのまま足を進めるよ。
「信じるさ」
聞こえた声に、自分は思わず振り返った。すると皆の暖かな視線を受けた。
「君はここまで俺達を導いてくれたじゃないか。最後まで信じるよ。当然だ」
誰かに期待を掛けられる……そんな事いつ以来だろうか。まあそれがいつしか怖くなってたのも事実。自分はそんなのを掛けられる人間じゃないって……そう思ってたから。でも今は、自分なりに頑張れば良いと知った。
別に誰かに褒められたいわけでもないけど、でもやっぱり、こうやって繋がれるのはいいものだと……最近思える様に成って来たよ。大変な事は目白押しだけど、この戦いが終われば、一段落付けるだろう。
そうなったら、またもう一度きっと……自分を見直せると思う。
「行ってきます」
そう言って自分は壇上に上がる。膜の感触はなかった。デザイアの意志によって操作されてるんだろうか?
「別れの挨拶は済んだか?」
「おかげさまで」
「貴様の狙いはわかってる。アレだろう?」
そう言ってデザイアはトイ・ボックスを指し示す。ただのアホではない様だ。どうやってもあの膜を抜けない以上、どうにかして内側に入る必要があった。内側に入れば、破壊するチャンスが生まれるからね。
自分は何も言わずに武器を手に取る。
「ふはは、貴様にアレが壊せるかな?」
「壊して見せる! 絶対に!!」
そう言い放ち自分はデザイアに向かって突進しつつ剣を振るう。すると––
「うお!? あぶなっ!!」
––とか言って無様な感じで避けた。あれ……これって……
「うおっ!? やっ!? とう!!?」
ワザと手を抜いた攻撃を繰り出したけど、デザイアは全力で避けてるように見える。それに反撃して来た剣が軽い軽い……
「お前、戦闘したことないだろ?」
「それは王のやることではない!!」
前言撤回。ただのアホだこいつ。まさかそんな事ないだろう……と思ってたけど、どうやらこいつはこの世界でも戦闘を自身でこなしたことないようだ。どんだけ他人任せなんだよ。他力本願もここに極まれりだよ。
けど……これは思わぬ誤算。実はLROで自分が一番弱いんじゃないかとか思ってたけど、上には上が居るように、下には下が居るようだ。
末広さんが絶対に壇上に上げるなと言うのはこういうことだったのか。このアホな王様のお陰で、自分達に僅かな希望が見えてきたかもしれない。
第七百三話です。
スローライフは次回にあげます。
次回は月曜日に上げますね。ではでは。