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命改変プログラム  作者: 上松
第二章 世界に愛された娘
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後戻りは出来ない

スローライフ 二項

挿絵(By みてみん)

 コンコン––と病室の扉が叩かれる。失礼します、と礼儀正しく入室してくる少女に同室の患者達は息を飲む。


「会長……」

「うん、思ったより元気そうで何より。大丈夫?」


 二日前に胃に穴空いてぶっ倒れた自分を心配してこんな所まで……てか会長は不登校の生徒の所へも進んでいく様な人だからね。このくらいは彼女にとってはあたり前なんだろう。姿勢よく、清とするその所作と雰囲気に周りは飲まれてる。

 会長は言い方悪いけど超絶美少女って訳じゃない。髪型なんか三つ編みだし、前髪とかも揃ってる。メガネもちょっと古くさい黒縁でファッションだけ見れば地味で目立たない方なのは間違いない。

 制服だってどこも改造なんかしてないしね。まあ会長である彼女がそんな事出来るわけもないんだけど。けど、それでも目立つ。元から地味な子なんか目じゃなく、髪の色も派手で化粧もバッチリ––そんな目立つ部類の人達の中にいたって会長の存在感は別格。

 佇まいや醸し出す物が違う。それに超絶って程じゃないにしても、顔も小さいし、整ってるし、美人なのは間違いない。ふふ、なんだか地味だけど美人の女子がお見舞いに来てるれるって勝った気になるね。これは新発見だ。


「胃に穴空いたんだって?」

「はは……」


 ちょっと勝ち誇ったけど、入院の原因がストレスで胃に穴が空いただけとか情けなさすぎて、顔を合わせづらく成った。お陰でこの二日LROにも入れなかったし……いや、やること無いから入ってた方が良かったんだけど、厳密にダイブ時間を決めてるからね。

 会長からの許しが出なかったのだ。けど、その会長がいまここに……用はなんだろうか?


「すみません会長。やっぱり自分、役に立たなくて」

「別に役に立ってない事もないけどね。それに綴君にはやるべきこともあるんだし」

「でも自分は会長や雨乃森先輩の好意で参加させて貰ったのに……何も手伝えないとか申し訳ないです」


 ホント、自分は会長達とのエリア制覇に貢献したことあったかな? そもそも自分が居なくても問題なく回ってる時点でお察し……だよね。いや、当然分かってたさ。自分という存在は、変わりなんて幾らでも効くそんな部品の一つなんだ。

 キーに成るような器がない事を知ってる。変わりがいないってのは目の前のこの人の様な人物だ。


 自分の僅かに捉えた視線に気付いたのか、会長は首をかしげる。長い三つ編みがフワッと揺れた。


「そんな目しなくていいのに。綴君は真面目だね。そうだ、これ」

「それって、リーフィア」


 どうして? 入る時間は決まってた筈。ああ、別に学校で入らなきゃいけないわけでも無いもんね。どこから入ったって合流は出来る。だって全てのプレイヤーはあの世界に向かうんだから。


「あっ、取り敢えず退院してから使ってね。ここじゃ駄目だよ。一応は回収された事に成ってるんだから」

「いいんですか? それとももう皆がそれぞれ?」

「ううん、綴君だけだよ。色々と先輩から聞いてるからね。今のペースじゃ綴君あんまり活躍できそうに無いし、それじゃ例の子と当たった時に困るでしょ? 贔屓は良くないけど、まあちょっとくらいはね。

 それに長く入ってるからって必ずしも強い訳じゃない。それに今の差を埋める程度しかきっと出来ないだろうしね」

「それって……」

「うん、実はリアルの方でその子の学校と接触してたんだよね。それで色々と交渉をしてた訳だけど、円満にとは行かなかったよ。こっちもまだテア・レス・テレスを手放す訳にはいかないしね。てな訳で、きっと来週にもぶつかるよ。

 互いのチーム名は教えあってるから……それに私達のエリアは近い。全て勝てて行けるかは分からないけど、このペースだと来週には接触するかな? って思ってる」


 もう、そんな所まで。てか会長にも手を煩わせてたんだな。何も知らなかったよ。


「すみません会長! 自分の為に!」


 頭を下げる。それしか出来ない。自分は会長に完全に負んぶに抱っこだった。だって会長が丁度良くリーフィアを持ってこなかったら? 自分は末広さんに対して何か行動をしただろうか? いや、何もしなかったと思う。そういう奴だもん自分は。

 会長や雨乃森先輩……それに能登君とかが居なかったら、何もやらなかった。そして今まで色々とやってきた気になってたのは、全てただ会長の後にくっついてただけだ。自分でだって向こうのチームとか調べられた筈だし、その学校の奴に聞くとか……行動はあった。

 能登くんはそもそも友達居ないんだし、彼頼りにして向こうの情報を収集しようとしてたのが間違い。楽してた……自分から動けることは幾らでもあったのに……だ。


「別に綴君のためって訳じゃないけどね。学校法人は無視できないんだよね。私達が叩き潰さないと行けない相手だし」


 なんだか会長が凄く物騒な事を言ってる。叩き潰すって……その為にテア・レス・テレスを?


「どういうことですか?」

「綴君も知ってるでしょ。リーフィアは全国の高校や大学にも配られてる。そういう所は私達と同じ。最初から徒党を組みやすい。それにどうやらいやらしい餌をぶら下げてるようだし、普通にやってるプレイヤーよりもエリアバトルの意識が高い。

 台頭してくる可能性は普通よりはあるよ。まだまだエリアは細分化してるし、これからもっともっとプレイヤーが増えないと、エリアをうめつくすなんて事は出来ないだろうけど、大人の餌に上手く釣られた魚に上に立たれるって嫌でしょ?」

「はは……けどそれなら自分達もそうのような」


 自分達も学校法人内のグループだよ。まあ餌は与えられてないけど……ほんとどんな餌なんだろう。高校ならやっぱり進学有利な条件とかが提示されてるんだろうか? 大学入試免除とか? 流石にそこまではないかな?

 大学生ならなんだろう……やっぱり就職かな? そのくらいしか思い浮かばない。


「私達のも政府の黒い目的の為に支給された物ではあるよ。でも色々と交渉した末の代物だから。ちょっと違う」

「政府と交渉したんですか?」


 やっぱり会長とんでもない人だ。一高校生のレベルを遥かに超えてるよ。


「まあ直接じゃないけどね。知り合いを通して。運営側とは繋がりあるし、政府はフルダイブと仮想世界を掌握したいんだよ。まあそれが悪いなんて言わないよ。開発者が残したシステムやデバイスには謎が多いから……危険と隣り合わせの一面があるのは今も同じだからね」


 ゴクリ……と唾を飲み込んだ。やっぱりまだ危険は取り除かれた訳じゃないんだ。そうだよね……たった数ヶ月で問題が全て解決なんてそんな都合のいい話はあるわけない。しかも世界最先端のフルダイブゲームだ。

 会長も言ったように開発者は居ない。死んではいないようだけど、あの事件の後も一人だけ戻らなかった……と言う噂があった。事実かは自分達には確かめようがないけど、会長は多分そこら辺の事にも詳しそうだ。

 そんな会長が言った言葉を考えると、やっぱり開発者は戻ってない。それなら、問題が数ヶ月という短い期間に完璧に解消される事なんかありえない。


「つまりは自分達は危険なゲームに片足突っ込んでるんですね……」

「う〜ん否定は出来ないかな? 安全安心って訳じゃまだないのも確か。でも結構閉じてるからね今のLROは。エリアバトルも外から付け加えられたシステムだから、管理がし易いんだよ。だから以前よりは安心なのは確かかな」

「だからこそ会長も運営側もプレイヤーの関心をエリアバトルに向けようとしてるんですね」

「まあ、その通りかな」


 そう言ってにっこり笑顔をくれる会長。エリアバトルはプレイヤーがLROの深い部分に入り込まないようにと用意された舞台って訳のようだ。でも今の言葉を聞く限り、会長は運営側と対立してるって訳でもないようだけど……


「会長は……何が狙い何ですか? わざわざ会長じゃなくても良かったような……そりゃあ会長は関わりが深いんでしょうけど、会長だってLROにそんな良い印象ないですよね? リーフィアを受け取るの拒否だって出来たんじゃ……それに餌に釣られた魚が……とか言いましたけど、それだけじゃ動機として弱いですよね?」


 確かに会長はお節介だ。色々と厄介事を背負い込む癖がある。けど、そんなの諸々その身の糧にしていく様な人でもある。選択権があったのなら、拒否だって時にはする。しなかったって事は何かあるわけで、前に言った言葉だけじゃちょっと弱い気がするな〜と思った。


「綴君は考える事を止めないのがいいよね。後はもっと積極性があればね。でもそれも考え過ぎるからかもね」

「デメリットとメリットを内包してるって事ですか?」

「でも大体そうだしね。メリットしかない事も、デメリットしかない事も稀だよ。バランスよく取捨選択できればいいんだけど、綴君は危険は取らないタイプだもんね」

「それは……自分を知ってるからです」

「けど最近リスクの先のメリットを知ったんじゃないかな?」


 会長はベッドの端に腰掛けて顔をこちらに向ける。なんだか女の子が自分のベッドに腰を下ろすのってちょっとドキッとする。しかも会長だし……でも会長は何を––と考えて思い当たる事があった。

 今となってはメリット……だったのか微妙だけど、先輩をパーティーから守ったあの夜はリスクを取ったってことかも。じゃあメリットは何だったのかと言うと……先輩に可愛がられる様になったとか? あれだけのリスクの割にはメリット小さいような……しかも新たな重責が伸し掛かった訳だしね。


 差し込む日差しが柔らかい。暖かくはなく、暖房ももう必要な位だけど、太陽光ってのは人に必要なんだよね。窓の外の風景を眺めながらふと先輩の事を思う。


「雨乃森先輩との事がメリット……なんですかね?」

「そうは思えない? それに先輩だけじゃなく、もう一人の子ともお近づきに成れたんでしょ? 案外プレイボーイだよね」

「そんなんじゃないです!」


 プレイボーイとかそれはあの秋徒君みたいな奴の事を言うんだろう。自分には最も縁遠い言葉だと思う。


「先輩とは確かにちょっとだけ近くなった気はしますけど迷惑も掛けてるし、末広さんなんて敵認定されてるんですよ。メリットってそこまでないです」

「その判断はまだ早いってだけだよ。いきなりドカッとくるメリットもあるし、ちょびっとずつの奴もある。でもそれも今後の行動次第だよ。踏み出した綴君にはリスクが続いてるようだから、メリットのチャンスもまだあるんだよ」

「もう疲れました。逃げ出したいですよホント」


 本心です。気になってた女の子には敵とされ、先輩のお父様には殺意むき出しの目を向けられてなんで自分がこんな目に……ってのをマジで思う。今までこんな事無かった……いや、なかった訳じゃない。

 人の悪意って奴は何をしてなくても勝手に向いてくる時があるもんね。しかも学校という狭いコミュニティでは特に……どこか弱者を探してる節があったりする。そしてその中での弱者ってのは自己主張の弱い奴であり、友達が居ない奴ってのが相場だ。

 まあ女子はもっと複雑なのかもしれないけど、大体友達が居なかったらかばってくれる人もいないしね。人と関わらなくても、関わっても面倒になる。この世界詰んでるよね。そんな事を思ってると、会長は膝の上に置いたリーフィアを撫でながらこう言うよ。


「でも、最近の綴君は生き生きしてると思うけどな」

「それは……状況にアタフタしてるだけっていうか……」


 ホント、自分の気持ちなんて無視してズカズカとイベントが舞い込んでくるんだ。対応しきれない。その有り様がこれです。


「アタフタしちゃいけない訳じゃないんだし、アタフタしたっていいんだよ。ほら、行事事とかやってる時はいつだってあたふたしてるじゃない。そして終わった後によく頑張ったな〜て思うの。だからやり遂げる事が大事だよ。

 綴君は皆の事あんまり信用してないようだけど、仲間だよ。生徒会の皆をもっと頼っても別にいい。そして私もね!」

「いや、これ以上会長の手を煩わせる訳には……」

「会長会長って同い年なのに。もっと友達感覚でいいよ」

「そんな風に接したらそれこそ不味いことに成りますよ」

「まあ……それはあるかもね」


 そこら辺は会長も自覚してるんだ。一番気さくに会長と接してるアイツが一番他の生徒に疎まれてるんだからね。それに今更友達感覚とか無理がある。他の皆だってきっとそう。大きすぎるんだ。その存在の価値が。


「あれ? そういえば会長、学校は?」


 よく考えたら今は丁度二時限目位の時間だ。学生は学校に居るはず。いやまあ、会長はそこら辺結構フリーだけどさ。


「ちょっと外に出る用があったから、丁度いいかなって寄ったんだよ」

「最近良く出てますけど、やっぱりLRO関連ですか?」

「色々かな」

「そういえば、最近アイツも学校に来てない様な……」


 その言葉に会長はビクッと反応した。会長は奴がどこでなにしてるか知ってるんだよね?


「この前……プルート戦の時の剣士。会長はそいつをスオウって呼びましたよね?」

「あれは違うよ。そんな訳ないもん」


 そんな訳ない? それはどういう事なんだろう。それだけ断言できる何かがあるのだろうか? 奴にはリーフィア自体ないとか? でも一番優先的に手に入れられる立場だと思うけど。だってLRO事件の解決者だし、権利があるだろう。

 会長のLROとの繋がりは=奴のLROとの繋がりの様な物のはず。リーフィアを手に入れられないとは思えない。


「さて、そろそろ私は行くかな? 綴君、踏み出したら後戻りは出来ない。平穏な日常を取り戻したいのなら、先に進むしかないよ」

「分かってます……ありがとうございました」

 

 バイバイと手を振って去っていく会長。上手く逃げられた。痛いところを突かれたから引き止める事もできなかったよ。やっぱり会長にはどうやっても勝てる気はしない。後戻り出来ないなんてわかってる。

 以前の平穏な日常は今は遠い過去の様。ここ最近が濃ゆかったから尚更そう感じる。ベッドの上には残されたリーフィアがその銀色の球体を輝かせてる。自分を過大評価なんかしない。ちっぽけな存在だ。

 けど自分には今、どうか出来るだけの材料が揃ってるのも事実だと思う。逃げなくてもなんとかなるのだろうか。分からないけど……踏み出してしまった道は会長の言うとおり後戻りは出来ない。

 うずくまってたって解決しないし、このまま何もしなかったらずっと先輩とも顔を合わせづらい。生徒会にだって行きづらく成る……そうなったら後は不登校になって行く未来が見える。それは最悪だ。今の学校生活、結構気に入ってるんだ。今を守って、そしてこれからの為には進むしかない。

 自分はリーフィアを掴んで頭に被ろうとする。


(ここじゃ駄目だよ。退院してから––)


 その会長の言葉が蘇って途中でとまる。てか退院っていつ? 聞いてない、そういえば。けどそれは経過を診に来た看護師さんがあっさりと教えてくれた。


「今日の夕方には親御さんが迎えに来ますよ。良かったですね。これからはストレスはこま目に発散してください。それが難しいのならそうですね。カウンセリングとか言う手も有りますけど」

「いえ、結構です。そこまで重症じゃないんで」


 流石にカウンセリングとかはね……てか会長、もしかして自分が今日退院だって知ってたのだろうか? でないとこのタイミングは無理だよ。恐ろしい……流石会長だ。でも今日の夕方に入ったら皆と鉢会うような……説明してくれてるのだろうか?

 いや、多分そこまではしてないと思う。大事な事は、自分から言わせたい人だからね。お節介だけど、押し付けがましくはないのが会長だ。自分の事で頼るのなら、その言葉は自分から言うべきこと。

 けど皆に知らせるのはな〜〜でも絶対に負けらない戦いになってるし……そこが問題。取り敢えず、自分に出来ることを全部やってから……かな。そう全部……自分がサボってた部分を補って、それでも足りない時には皆の力を求めるべき。

 助けになってるのかそれともやっぱり悪になってるのか、もう分からないけど……自分と彼女はぶつかるしかない状況なのは確か。きっとその先に、答えがあると信じるしかない。


 第六百九十二話です。

 なんとか間に合いました。

 てな訳で次回は土曜日にあげたいです。ではでは。

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