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命改変プログラム  作者: 上松
第一章 眠り姫
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上手くいかないいつものこと

挿絵(By みてみん)

 プレイヤー達の動きに気付いたのか、デカくなった黒い奴は周囲にビリビリと響く何ともいえない声を出す。だけどその声を切り裂く一発が更に響いた。そして野太い声が進軍を叫ぶ。


「怯むな!! ここが正念場だ! 臆すなあああああああああああああああ!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」


 オッサンの声の後にそれぞれ自身を鼓舞する声を荒らげた人々が周囲で沸き立ってる腕や足や口に切り込む。僕達一班はデカブツ本体対応版だ。そしてオッサンやローレ、ウンディーネのトップの方々は指揮もこなれてるだろうし、残り二班はそれぞれの種族を率いての周囲での戦闘が役割。回りにかまけてる時間は僕達には無いから、周囲からの攻撃には一切無警戒で僕達は本体に集中する。

 流石はトップを張るだけある人達は人の使い方も上手いのか、今の所こっちに漏れてくる邪魔な物はない。上手く気を引いてる。まあ多分ちょこまかとシクラ達が動いてるのも大きいのかもしれないな。

 本体が本体だし、良い頭は持ち合わせてないように見える。多分周囲の沸き立ってる奴等の命令系統は単純明快、近くの奴を襲え程度なんだろう。そして襲ってきた奴を襲い返せとかその程度。だからそこを付いてオッサン達は僕達の近くに沸いてる奴等も上手く処理してくれてる。

 予想外の動きを取るときは多分、本体からの直接的な命令が下った時。それぞれがこの暗闇を少しでも照らす為に初歩中の初歩の小さな光魔法。自分の周囲だけを薄っすらと照らす程度の物だけど、今の状況ではそれでも有りがたかった。

 プレイヤーは光ってると言っても、誰かを判別出来る程度の物だったからな。それが少しでも周囲を照らせる程度の物を組み合わせて、それを全員が使用する事でなんとか先頭領域を見える程度に出来てる。

 流石に暗闇の中で敵だけ目印見える状態とかハンデありすぎだからな。まあ見えるようになったから周囲は良くやってくれてる。後は僕達……僕達がやれるかどうかに掛かってる。


「でりゃああああああああああああ!!」


 無造作な声と共にデカブツの膝が落ちる。どうやらヒマワリが奴の肩に回転を加えたかかと落としを決めたようだ。ヒマワリの奴は姉妹の力を合わせてから絶好調。てか、有効打を与えれる奴は今の所アイツくらい。けど……


「こらヒマワリ! お前もうちょっと周り見ろ!! 危ないだろうが!!」


 下に居る僕達を気にしろよな。危うく潰される所だったぞ。だけどヒマワリの奴は笑いながらこう言うよ。


「あはは〜、無事だったんだからいいじゃん! それにどっちかって言うと邪魔しないで欲しい感じだしね!」


 そう言って空中を蹴って加速を付けつヒマワリ。けどその行動は迂闊だ。奴の頭部は虚空の穴。そして空を吸い込んだ特性を持ち合わせてるだんぞ。ヒマワリのルートはそこに突っ込んでいってるような物だ。

 すると案の定、その無数の目で敏感にヒマワリの行動を察した奴はその虚空へとヒマワリを吸い込もうとしだす。


「しまっ!! って止まれない〜〜〜〜!!」

「あのバカ! クリエ行くぞ!!」

「うん!!」


 僕の肩に肩車状態で乗ってるクリエは必死に力んでその力の一端を引き出す。それを僕が掴んで簡易なうねりを刀身に作り出す。そして走りだす僕は親友の名を呼ぶよ。


「アギト!!」

「来いスオウ!!」


 それだけで僕達は通じ合える。地面を蹴って飛んだ僕は構えてたアギトの槍に乗る。その瞬間、力の限りアギトが槍を振りかぶる。僕達は一気に斜め上方へ飛んだ。そして黒い奴の横っ腹––なのかどうかは分からないけど、そんな部分に剣を叩き込んだ。

 目を二・三個潰して更に内部を勢い良く抉った僕の攻撃に奴も身を捩る。そのおかげで奴の虚空の頭も向きを変えた。ホッとしてるヒマワリに僕は手を伸ばすよ。


「邪魔だったか?」

「へへっ! 足手まといにならないでよね!!」

「どの口が言うか!!」


 ヒマワリを引き込んで僕が空けた穴を更に広げるヒマワリ。更に僕も一緒に成って内部を斬り進める。勿論目指すはセツリの場所だ。この黒い奴の中で唯一淡く光ってる部分。そこを目指せば絶対にセツリは居る!


「セツリ!!」

「せっちゃあああああああああああああああああああああ!!」


 僕達の声が届いたのか、遠くのセツリがこちらを見る。だけどその目は暗く沈んでた。そしてこう叫ぶ。


「いや……来ないで!!」


 その瞬間僕達は黒いやつからはじき出されてた。それに僕達が与えた傷も今や無くなってる。セツリ……やっぱりお前。


「あわわ、またアイツ頭向けてるよ! あれ向けられると何故か逃れられないんだよ!!」


 慌てながらそう言うヒマワリ。確かに再び虚空は僕達を飲み込もうとしてる。だけど二人でなら逃れられるだろ。まあ厳密には三人だけど、そこはいいよな。取り敢えず僕はおもむろにヒマワリに向けて剣をふるう。


「え? ええ!? 何何何さ!!」


 咄嗟に反応して拳を向けたヒマワリ。まさに狙い通り。考えるよりも先に体が動くのがヒマワリだからな。ぶつかり合う剣と拳。その力は拮抗してたのか、僕達は双方に吹っ飛んだ。だけどこれぞ狙い通り。これで虚空の向いた範囲からは逃れられる。

 僕達はそれぞれ反対側の地面に落ちて転がった。だけど直ぐに立つよ。痛いのとかは気にしない。だけど周りにはウジャウジャと沸き立つ気持ち悪い部分がいっぱい。そして僕が落ちてきた事に戸惑ってるウンディーネの人々もいた。

 どうやらウンディーネの方々の担当域に吹っ飛んできた様だ。


「スオウ!」


 クリエの驚く声。それは無理もない。一瞬の間をおいてそこら中の沸き立つ奴等が一斉に僕に向かってきたんだ。近くには僕の他にウンディーネだっているのに、他の人達には目もくれずに襲ってくる。

 けど……


「心配するな、ちょっと目を閉じてろ」


 そう優しく言って、僕は視線を襲い来る奴等に向ける。三百六十度+縦方向からも来てる。四方八方とはまさにこの事。だけど遅く見える! 僕は第一陣を低く転がりかわし、最初の位置から少しずれて動き出す。

 次に襲ってきた攻撃陣の一角を斬り、そこから進行方向を切り開いてく。一瞬分のテンポ分の優位を取ったとは言え、数は向こうが圧倒的。でも、僕に迷いは無かった。コマ送りの様に見える周囲。そのおかげで次にどう動けば足を止められずに切り進んで行けるのかが瞬時に分かった。しかも不思議と視界が広い。

 後ろに目はない筈なのに分かる。まるで自分を見下ろしてるみたいな不思議な感覚。斜め前方から迫る拳はかわし、その勢いのまま左側を切り開く。止まらずに二本の剣を利用して回転良く切っていく。不意に現れる足を剣の背で受け流し、目の前に迫る口を紙一重で頭を動かしかわす。慌てずに更に迫る攻撃ともども、うねりを纏った剣で斬り伏せる。

 背後から迫る攻撃も同じだ。二刀流のアドバンテージは手数の多さ。そして流れる様な多彩な攻撃性。背後からの攻撃にだって回転を利用しつつ勢いを増す二刀流なら対処できる。


(見えた!!)


 二つの剣を左右両方に広げるとそこから先には沸き立つ者共は居なかった。この密集地帯は抜けたって事だろう。僕は足を止めずに走りだす。すると丁度別方向から派手な音と共に抜け出てくる黄色い髪の馬鹿っぽい奴が見えた。ヒマワリだ。無事だったか。じゃないと困るけどね。


「こらスオウ! いきなり何するんだよ!! おかげで大変だったんだからね!」

「でもあの虚空に飲まれずに済んだろーが。結果オーライだ。それより急ぐぞ!」

「命令すんな! それに僕の方が先に速いっての!!」


 そう言ってヒマワリは前を見据えて一気に加速する。その時あからさまに得意気な顔でこっち見てきた。スピードで僕と勝負しようなんて……いい度胸じゃないか!!


「スオウこっちも!」

「当然! あんなバカに負けてたまるか!!」


 スピードだけは数少ない誇れる物だからな。そうやすやすと譲れない。まあ今は前みたいにとは行かないけど、それでもクリエのおかげで風をまだ集めることができるから、他のプレイヤーよりは速く動ける。取り敢えず選択と集中だ。

 集めれる風は多くなく、その中でも捕まえておける風も全てではない。だから、どこに集中させるのかが重要。僕は刀身に集まってたうねりを解放して脚に向ける。瞬発力の強化と、勢いを加速させる為の風。僕は直ぐにヒマワリに追いつく。


「げっ!?」

「前見ろヒマワリ。アギト達が踏ん張ってる。加勢するぞ!!」

「命令すんな!」


 そう言いながらもこっちの加速に付いてくるヒマワリ。前方では黒い奴と戦うアギト達の姿。だけどその様子は劣勢だ。初期値に戻ってるアギトたちだけじゃやっぱり奴の相手は厳しい。すると響く地面。どうやら黒い奴が地団駄を踏み、アギト達の行動を制限してる様だ。

 僕達の位置ではそこまでじゃないけど、奴の近くに居るアギト達には激しい揺れとして伝わってる筈。その証拠に皆地面に張り付いてる。そしてそこに向けて、奴の不明瞭な腕が伸びる。


「まにあっえええええええええええ!!」

「てりゃあああああああああああああ!!」


 ヒマワリの拳と僕の剣が同時に奴の腕とぶつかり合う。二人がかりでもかなり重い。更に力を増したんじゃないのかと思うほど。もしかして時間経過と共に強くなるとか……そんな絶望的な特性持ちか? シクラ達を食えなければこれ以上の強化はないと思ったけど……いや、これはセツ––


「ひっ! キモ! 目が目が〜」


 ヒマワリが震えるのも分かる。こっちもゾクッとした。だって一斉に見開いた目が僕達にその視線を注ぐんだ。そして僕達の存在を確認したら、一回大きく吠えて黒い奴はもう片方の腕を後方に伸ばした。そしてそこに集まる闇。何かを握る音。暗い闇の中、鋭く光る何かが見える。ゾクッと悪寒が走る。


「叩き上げるぞヒマ!!」

「やっちゃっらああああああああああ!!」


 ヤケクソ気味なヒマワリ。でもそれでも文句言わずに了承してくれた。多分こいつの野生の勘が働いたんだろう。僕達は一瞬力を抜いて奴の拳を流す。そしてそれぞれ回転して僕は剣、ヒマワリは脚でその腕を下から思いっきり叩き上げた。奴の体が上の方へ流れる。その直後僕達の頭上を甲高い音が鳴り裂いた。

 奴の態勢が上に流れたから、片側から迫ってた次の攻撃も体の持ち上がりに促されて軌道がそれたんだ。ここまでは狙い通り……ではある。


「おい、なんだあれ?」


 アギトのそんな声に、促されて良く頭上を見ると、そこには変な亀裂? というかそんなのがあった。さっきの甲高い音はこれか? 空間を切り裂いた? またヤバイ物を。今の僕達じゃこんなの一撃でも食らったら……するとその亀裂を狙ってなのか、武器同士がぶつかるような音を響かせて大きな振動が地面から伝わってくる。

 地面の方に意識がもって行かれる。けど、奴がわざわざ僕達にはぶつけずに手前にその何かを振り下ろしたのには訳があった。


 ビキ––


 闇のどこからかそう聞こえる音。次の瞬間、頭上と同じような亀裂が幾つも広がって、それは僕達の体を紙の様に引き裂く。途端に僕達の断末魔の叫びが一斉に響いた。思わず膝を付く……痛さのレベルが半端じゃない。これは痛覚が殆どリアルと一緒に成ってるんじゃ……あの黒いのまさかそこも操作してるのか? 後ろを見るとアギト達はうずくまってる。今までとは段違いの痛さだからな……僕はなんとかまだ耐えれるけど、他の皆は……いや、ひとり居た。

 僕以上に耐えてる人が。


「あっ……ああ……」

「ふう……ふう……大丈夫ですか夜々さん。大丈夫、私が守ってみせます」


 ラオウさん……なんて頼りに成る人だ。だけどHPはそう何回も保たないだろう。直接攻撃じゃない分威力はこれでも落ちてるはず。でも後二回……それが限度。天道さんには背を向けて隠してるけど、ラオウさんの胴体を斜めに横断する様に傷ははいってる。

 こっちからならその汗が尋常じゃないのが分かる。


「こんのううううううう!!」


 ヒマが駆け出す。アイツ……なんであんなに元気なんだよ。ダメージ無いのか? いや、そんなわけない。だって僕とヒマワリはほぼ同じ位置に居た。空間の裂かれた線は僕達の居た位置も横切ってる。

 確実にアイツにだってダメージが入ってる筈。バカだから痛みに鈍いとか? いやそもそもアイツプレイヤーじゃないからな、その違いかも知れない。でも武器を手にした奴に単騎で突っ込むのは危険だ。


「無事かクリエ?」

「うん、クリエは別になんともない」

「そっか、それは良かった」


 不幸中の幸いだな。クリエが居るから僕はまだ、アギト達よりも善戦できてる。クリエがいれば、まだまだ戦える。僕は息を大きく吸って立ち上がる。するとその時自分から血が出てない事に気付いた。いつもならダバーってな感じで流れてる筈なのに……


(なんだ……これ?)


 傷から何かが出てる? 塵の様な何かが黒い奴の方へ。そして自分の傷口から少しずつ広がって黒いシミ。なんだか嫌な感じだ。コードを抜き取られる––みたいな事に似てるような。でも今の僕達のコードに奴は興味が無い筈。

 どういう事だ?


「ごめん……っつ、なさい。私が回復魔法を使えれば……」

「シルクちゃんのせいじゃない。そんな訳ないよ」

「でも……今の私は何の役にも……戦闘にだって参加できない……」


 そう言って流れる涙が抱えるクーに落ちる。するとクーの白さが輝きを増し、彼女の腕を離れて羽ばたく。そしてその身を粉の様に溶かしながら、僕達の傷を癒してくれた。


「これは……」

「痛く……ない?」


 痛みが引いた皆が起き上がりだす。クーお前ってやつは……シルクちゃんの涙に応えてくれたんだろうか? シルクちゃんだから、そうしたいと思えたのかな。


「クーちゃん……」


 両目を押さえる彼女から目を離し、僕は前を向く。そして口を開く。


「クーは犠牲に成ったんじゃない。僕達を信じてくれたんだ。また会える。この世界が続けばきっと。その為にも、セツリの奴の目を覚まさせよう。シルクちゃんにだってそれが出来るよ」


 何も出来ないなんて訳ない。いっぱいいっぱい助けて貰った。それは回復役としてだけなんかじゃ決して無い。


「スオウどうする? 悔しいが、俺達じゃ傷ひとつ付けられない」

「そうだな……奴が強くなってる原因は多分セツリだ。アイツが力を貸してる」

「あのお嬢さんはとんでもねーな」


 呆れた様なアギトの声。まあ無理もない。普通ならホント見捨てられてるぞ。だけど、そんな事を言う奴は居ない。まあエイルの奴だけは「もういいだろ」とかつぶやいてるけど、本心じゃないだろう。


「けど逆に言えば、セツリに声が届くって事だ。アイツは一人になろうとしてるけど、基本寂しがり屋だしかまって欲しい奴だ。孤独が何よりも嫌いだ。だから幾ら嫌でも、僕達の声を遮断したりはしない。

 アイツは聞いてる……今もきっと」


 その言葉を聞いて口を押さえるエイル。おせーよ。まあもしかしたら都合の良い所しか拾ってないかも……な訳ないか。


「皆は周りでアイツに呼びかけてくれ。あのデカブツの相手は僕とヒマワリとでやる」

「クリエもだよ!」

「ああ、クリエと僕とヒマワリでな」


 頭ポカポカ叩かれたから言い直した。でも確かに三人でだな。


「でもヒマワリちゃん凄いですね。やっぱり姉妹の力を合わせたからでしょうか?」

「それはあるだろうけど……でもあれは……取り敢えずそういうことで頼みます」


 アイリにそう告げて僕は走りだす。確かにあの圧倒的だったシクラ達の力が一つに集中してると考えれば、ヒマワリに殆どダメージなかったのは理解できなくもない。でもそれは全盛期な訳で、今のヒマワリにそんな芸当が出来るとは思えない。

 たとえ姉妹全員分力を受け取ってたのだとしてもだ。なら、あのヒマワリのタフさには我慢強さ意外の種がある。種はいつかは明かされる……けど、それがこの時じゃない事を願おう。あんまりネガティブな事を考えてもしょうがないからな。


「うおおおおらあ!」


 上方に向いてた黒い奴のザルな足を切り裂く。いや、切り裂いた……と思った。だけど少し前と違う感触。固く、鋭い感触。次の瞬間、あの音が聞こえた。ベリベリと剥がれる空間の音。僕は咄嗟に後方へ––


(いや……上だ!)


 ––下がることよりも前へ進むことを選ぶ。地面を蹴って更に膝を蹴って胴まで上がった。視線が僕を追いかけてくる。その中には一人の少女の視線もある。もう無視はしないんだな。でもその目には敵意の様な物が感じれる。

 

「セツリ! いつまでお前は! 立ち止まってるんだよ。もう歩ける! 歩かなきゃいけないんだ!」


 うざい目玉達を切り裂いて僕はそう叫ぶ。すると敵意の目が一気に萎んで震えだす。流石セツリ、弱々しい。


「せっちゃあああああん! 僕達は一緒に居るよ。寂しくなんか無いよ。楽しいこと一杯出来るよ! だからこんな奴の中から出てきて!!」


  派手な攻撃と共に現れるヒマワリ。この黒いのの意識が僕に向いたことで諸に攻撃を叩き込めた様だ。よろよろと後方によろめく奴の中で、セツリはこういった。


「ヒマ……でも、もう願いは叶わないじゃない」

「それは……そうだけど……でも一緒に居たいよ!」

「……私はそうでもない」

「え?」


 セツリは震える声で乾いた笑いを漏らす。伏せた視線をあげる事無く、ズブズブと浸る沼地の様な言葉がヒマワリを飲み込もうと……


「もう意味なんて無い。ヒマ達は世界を変えれなかった。私の世界をくれるって言ったのに……嘘つきなんて嫌い」

「せっちゃん……ヒマ達嘘なんて言ってないよ! こいつのせいだよ!」


 そう言って指を刺された僕。いや、まあそうだけど、協力して助けようとしてる僕を差し出すなよ。ここでそれは無いだろ。けど、一番ないのはセツリか……こいつさんざん甘えてきた癖に目的を達せなく成った途端にヒマ達を捨てるのか。

 それじゃあ本当に最低だぞ。だけどどうしてか、泣きそうな美少女がいうとこっちが悪いような気がしてくる不思議。


「そうだね……ホントスオウは私に意地悪ばかりする。邪魔ばかりする。なんで……まだそこに居るのか分からない。なんで……追いかけてくるのよ」

「追いかけて欲しかったんだろ?」

「そんな重いの要らない。要らないって言ってるのに!!」


 大量の目から一気に光る閃光。目が眩んだ瞬間、大きく響く音と吹き抜ける風。気付くと目の前にデカブツの姿はなく成ってた。そして上方から一気に闇に溶けてるその武器を振りかぶって空間事僕達を攻撃してくる。


「ヒマワリ!」

「お……お前と協力してたらセッちゃんが僕の言うこと聞いてくれないよ!」

「おい!」


 そう言ってヒマは空中を蹴ってデカブツを目指す。てかこれ……もしも攻撃自体避けれても、奴の体積で僕達を押しつぶす気なんじゃ……


「セッちゃん聞いてよ! ヒマ達の……ううん、ヒマはバカだから信じなくてもいい。でもシクラ達ならきっとなんとか出来るから! ねえ!!」


 ヒマワリの奴も攻撃自体は受けてる、けど止まる気配はない。あの耐久力の秘密は一体……


「スオウ! 剣が!」

「なっ!?」


 クリエの言葉に武器を見ると一本の剣が空間に食われてた。けど逆にまだ剣だったから良かったかも。でもどうする? 着地と共に、風を足に集めて、回避できるか? でもこのままじゃヒマワリが……


「選択肢なんて決まってる……か」


 アイツが居ないとこれから有効打を決める手段はない。なんとかまだ一本は剣もあるし、これを使って一瞬でもあのデカブツを押し返せれば、その隙に回避位は……


「行くぞクリエ。踏ん張れ!!」

「うん!!」


 僕は風を足に集めて上へと蹴りだす。上に行くって事はこっちもあの空間の裂かれ続けてる場所に飛び込むって事……こうなったらもう当たらない事を祈るしか無い。


「せっちゃあああああああああああああああああああああん!!」

「五月蠅いよヒマ。言ったじゃない……嘘つきは嫌いだって。もう、要らないんだよ。だからセッちゃんセッちゃん呼ばないで!!」


 大きな身体自体が回転をしだす。ヒマワリを地面にすり潰す気か? なんてエグイことを考える奴。


「セッちゃんに嫌われても、それでもヒマ達はセッちゃんの事大好きだから! 諦めたりしないよ!! 何度だって、何回だって呼び続けるから!!」


 涙と共に溢れだす思いの強さが見える。それは力となりヒマワリの拳に込められる。


「ヒマ、止めろ!!」

「やめられないよ。やめられるかあああああああああああああああ!!」


 僕の伸ばした手を掠めて落ちてくるデカブツに向かうヒマワリ。その拳は確かに渾身の一撃––だった筈だ。けどその拳は奴の回転する勢いと質量に飲み込まれてしまう。腕がおかしな方向に曲がり回転に飲まれて、ヒマワリはあらぬ方向へ吹き飛ばされる。


「ヒッ––––」

「スオウ!! 来てる来てる!!」


 ヒマワリの飛ばされた方向に視線を向けてる暇なんて無かった。奴の次の獲物はこの僕だ。足に集めてた風を刀身に集めて何とか耐える。ヒマワリの様に回転に飲み込まれないように逆に回して反発させる。けど……このままじゃ地面にすり潰される事に変わりはない。上昇から一気に急降下だ。


「セツリ! 世界がお前を拒んでるんじゃない……お前が世界を拒んでるだけだろ!! ヒマは……シクラ達はお前の事を本気で––」

「それだってプログラムじゃない!! 私の事を本気で思ってくれる人なんかどこにも居ない!! みんな私よりも大切な物がある!!」

「お前……そんな事本気で……それにシクラ達……彼奴等はもう––」


 地面が迫る。言葉を紡ぐ時間もない。ここから押し返す手段は僕達にはない。何か出来る事は……せめて最後に……そう思って僕はクリエに言うよ。


「離れろクリエ! アギトの所でもどこでもいい。他の奴にお前の力を––––」

「やだ! 絶対離れないよ!!」

「そうです。その娘は貴方が守るべきでしょう」


 聞こえた声と共に、僕を押しつぶそうとしてた圧力がフッと消えた。それと同時に野太い声が響く。振り仰ぐとそこには力強い姿が、回転して落ちてきてたドデカイ奴を受け止めてた。


「ラオウさん……腕が! 無茶だ一人でなんて!!」

「無理……なんて事はない! 無いのですよ。そうでしょう。無理を通してきた貴方が言わないでください!!」


 確かに僕は一番無理を通し続けてきた側だけど……それで皆に沢山心配をかけ続けてきたからな。それを考えるとあまり強くは言えないな。いや、でもだからってこのままじゃラオウさんが、やられる。

 どう見ても彼女の手のひらは削られてるじゃないか。何の力もないんだ。今耐えてるだけで奇跡。このままじゃ確実に––


「そこを退いてよ! 死ぬわよ!!」

「この世界と共に全てを道連れにするつもりなら、そんなのは遅いか早いかの違いでしょう。潰してみなさいこの私を!!」


 力強い言葉と共に、彼女の筋肉が隆起してるようにみえる。そして逆に物凄い勢いだったデカブツの回転が鈍ってく……まさか、嘘だろ? マジもんのバケモノかアンタは。回転は完全に止まり、青いラオウさんの体からはなんだか蒸気が沸き立ってた。

 ウンディーネだから水分多めなのだろうか? 


「うそ……」

「はぁはぁ……辛いですよね。……世界とは往々にして自分の思うようには行かない物です。だから私は、抗うことを止めたのです。それは諦めたと言うわけではありません。世界という存在に対して、自分がいかに小さいかということに気付いたのです。

 どれだけの戦場を渡り歩いた所で……そこでどれだけの敵を殺しても、世界は代わりはしなかった。命を賭けた所で人とはその程度の存在なのです。だけど進んできた道で得たものも有りました。助けられた人々はいつだって明日を生きようとしてた。そこには確かな強さがあったんです。

それはとても小さくて、私達の様な輩に容易く壊されてしまうようなものでしょう。でもだからこそ、私はそれを守りたいと思った。国や組織、そんな大きな物じゃなくても良い。もっと小さな、この手の範囲だけの物を……」

「何を言いたいのか……分かんないよ。そもそも説教なんて聞きたくない」


 そう言うセツリにラオウさんは優しい笑顔を向ける。


「説教などではありません。ただの経験則です。こんなどうしようもない人殺しでも、得ている物がある。それを伝えたかった。たった一人? どこがでしょう。貴女にはこの輝きが見えませんか?」


 そう言ってこちらに振り向く彼女。その視線を僕を超えてもっと遠くに……アギト達の向こうにも輝く光は幾つも見える。


「この輝きを素直に受け取っていいんです。押し込めるのは信じれない心の方。私も最初は他人が怖かった。だけど小さな愛に応えていくと少しずつ愛は広がっていくんです。心を閉ざしたままだと、愛の広がりは得られない。

 他の人達を愛し、世界も愛しましょう。それは主の言葉であり、私自身が実感してきた事なんです」

「そんな……事……」


 ラオウさんの体から砂の様な物が流れ出てる。体はひび割れる様に亀裂が入ってるし……これは……


「早く……離れて……」

「ラッ––」

「ごめんスオウ! また一杯遊んでね」


 強力な力で弾き飛ばされる僕。地面を転がってる間に凄い振動も伝わってきた。僕は腕で地面をこすり無理矢理にでも止まって、立ち上がることもせずに視線をそちらにむける。セツリの薄い輝きを立ち昇ってる埃が更に薄くしてる。あのデカイのが完全に地面と接触してる……


「ラオウさん! クリエエエエエエエエエエ!!」


 二人の返事はない。消えてしまったのか……するとゆっくりとデカブツが起き上がりだした。クリエは消えてヒマワリも戻ってこない。今の僕達には対抗しうる力がない。そんな事を思ってると僕の前に立つ背中が複数聳える。

 それに皆武器を閉まってるじゃないか。戦闘をする気はないって意思表示……そもそも相手に成らないしな。僕も残った一本の武器じゃ……いや、クリエが居ない今、二本あったとしても同じか。


「セツリもう止めろ! 一人じゃないって最初であった頃とはもう違うって、お前だって分かってるはずだろ! リアルは確かに辛いことが沢山あったんだろう。でもだからって、全てが上手く行かなく成ったからって死ぬのは––なんかその……駄目だろ! 

 必要とされない気持ちとか、不必要な烙印を押される気持ちも俺はわかる。俺だって逃げた。偉そうな事は何も言えない。けど、俺はあの時の自分を否定なんてしない。情けないけねぇけど、無かったことにしたら今の自分もあり得ないんだ。

 辛いことから目を背けることも、逃げ出そうとすることも悪いことなんかじゃない。でもそう言えるのは俺が今ここに立ってるからだ。絶対に言える。このまま死んだら、後悔するぞ。お前は悪霊になる!!」


 なんか最後の言葉で安っぽくなったな。しっかり最後まで決めろよな。アギトの奴はあんなんだから身長も顔も良い方なのに「どこか残念だね」とかよく言われるんだよ。そんな風に思ってるとフォローするようにアイリが出る。


「セツリさん、聞いてください」

「何? てか、誰ですっけ?」


 いや、確かにセツリとアイリはそこまで関わりないけど……それならラオウさんの時に投げかけても良かったよな。向こうの方が繋がり皆無だし……勢いがあったからかな? それにラオウさんは妙な迫力あるから。

 失礼なセツリの態度にめげずに、てかなんだかキャラと違う笑い声を出し始めるアイリ。


「あはっ、あはははは、セツリさん、私アギト君と付き合ってます!」

(何言ってるんだこの人はああああああ!?)


 声に出したかったけど流石にこの雰囲気の中それは憚られた。でも周りも同じ空気に成ってる気がする。いや、だから何だよ––と。あの人だけはまともだと信じてました! でも今の発言でその信頼は揺らいでると言わざる得ない。


「つっ、つつつつつつつつつつつつ付き合ってるって……それは所謂、恋人」


 ゴクリと喉まで鳴らしてるセツリ。おい、興味持ってるのお前だけだぞ。てか何故に今その話なんだ? 僕のチェリーな脳細胞じゃ理解出来ない。


「ええ、勿論。セツリさん、貴女は女性に生まれてきたのに、一度も恋もせずに死ぬんですか? 想う人……居るんでしょう?」

「それは……」


 なるほど、そっちからアプローチをしようってことか。確かに関わりが薄いアイリは説得と言っても、ラオウさんの様に生死を賭けた戦いをやってきたわけじゃないし、どうしても説得力というか、そういうのが足りないかもしれないからな。

 ラオウさんにはにじみ出る凄さみたいなのがあるけど、ああいうのは一朝一夕で身につけられるものじゃない。だから女の子が一番興味を持ちそうな所からと……確かに責めたてたり、周りを見せようとしても、頑ななセツリにはあんまり効果はなかった。

 それなら、憧れる物で刺激しようと言うのは悪くないのかも。やり残した事がこいつは多そうだからな。


「そうだねやっぱり女の子は一度は恋はしないと。私も今、恋してるよ。人生を輝かせる一番の出来事だよ」

「「そうなの?」」


 おい、なんだか声が重なってたぞ。しかもセツリの声よりも震えてた様な……


「あ、あの……その恋の相手は僕の知ってる人でしょうか?」


 お前かエイル! 恐る恐る手を上げた小さなモブリがセツリ以上に不安気な表情だよ! リルレットの恋の相手が気になってしょうがない様子。


「う〜ん、エイルも知ってるかな?」

「一体誰!?」

「それは言えないよ。エイルにはね」


 イタズラな笑みを見せるリルレットにエイルは絶望的な表情になる。


「あ、あの、その人のどこに……惚れたのかな?」

「う〜んどこって難しいかな? いつの間にか自然にって感じ。一緒にいる時間が長かったから、時間が愛を育んだのかな?」

「時間……」


 それを聞いてちょっと塞ぎこむセツリ。それに対して今の話しを聞いてエイルの奴が肩を震わせてるのに気づいた。こっちもショ……いや、なんか目を輝かせてるな。


「リルレット、それってその……あの……」


 期待に胸を膨らませてるような表情。まさかアイツ……いや、考えられない事もないかも? エイルには言えなくて、一緒にいる時間が長い……そのキーワードにはエイルは当てはまってるんじゃなかろうか? 


「やっぱ一緒にいて楽とか、楽しいとかが大きいのかな? イベントとか参加したりさ」

「そうだね〜色々二人で行ったな〜」

「ででででデートって奴ですか!? 勿論最後にはき……ききききキスとか……」

「片思いだよ。キュンキュンするだけでそんなの無理だよ。だけど一緒に居るだけで楽しんだよね。幸せなの」

「きゃあ〜〜〜!」


 セツリが一人でテンション高く……いや、エイルも一人で拳を小さく握ったり離したりしてる。確信が得れる情報でもあったのかもしれない。てか今なら、セツリ出てくるんじゃね? 恋話で盛り上がってるし、かなりセツリの心を掴んでるぞ。


「セツリちゃんもきっとそんな体験できると思うけどな」


 笑ってそういうリルレット。するとセツリはチラリとこっちを見て目を伏せる。


「無理だよ……私いろんなハンデあるし、誰も一緒に何ていたがらない。だからここが……ここだけが私が普通でいられる場所だったのに……スオウだってリアルでは私を厄介者扱いするよ」

「そうなんですか、スオウくん!」


 矛先がこっちに。そんな事いきなり言われても……いや、いきなりって訳でもないか。考えて無かった訳じゃない。セツリが不安がるのは当然だからな。普通よりも臆病で、弱虫なセツリだ。誰かが支えないとって気はしてた。でも、誰が居るから……とか僕が居るから……とかでも結局は駄目なんだよな。どこまで行ったって、完全に不安を取り去る事なんか出来ないんだ。だってセツリに一番足りないのは、多分––信じる––と言う心だと思うから。


「僕はお前の兄貴じゃないからな。望んだものを全部与えるなんてきっと出来ない。ずっと気にすることも無いかもしれない」

「ほら! 体のいいこと行ったって結局はそんなんだよ! その内皆私を忘れる。誰も会いに来なくなる。そんなの分かってるもん!!」

「ちょっとスオウくん!」


 リルレットが僕を見てなんかアタフタしてる。多分もっと気の利いたことを言ってくれるって想像してたのかもしれないな。確かにそう言う選択肢もある。てか今まではそれを選んできたよ。リアルに興味保たせるために、一人じゃない事、仲間が居ることを一杯言ってきた。

 でもさ、それじゃあ駄目だったのからここまで来た訳で、誰も信じれない奴にとっては都合の良い言葉は胡散臭くしかきこえないんだ。だから色んな本当の事を……ありのままに。


「そう憤慨するなよセツリ。僕達の繋がりなんかまだまだその程度って事だ。何も僕達は育んでなんかない。ちょっと印象的な出会いして、ちょっと一緒に冒険しただけ。そんなのきっとこれから続く僕の人生には何回かあるだろ。

 だからセツリの事も、まだそんなのの一つでしか無い」

「言いたい事は……それだけなの?」


 声色が低く深くなった。これは怒ってるな。間違いない。きっとセツリの戻りたいパラメーターが逆行してるだろう。でもどれだけ逆行しても、一気に戻りたい方に振り切らせれば勝ちだ。どうやってかはしらんけど……


「クク、人との繋がりなどそんなものよ。一生続く付き合いがどれだけあると思ってるの? 自分だけが特別でありたいとでも? 笑わせないで、本当に特別で選ばれた人間ってのは私みたいなインフィニティアート所持者を言うのよ」

「インフィ? 誰?」

「ふん、これから死ぬ奴に名乗る名前なんて無いわね。知りたかったら聞きに来なさい。勿論リアリでね」


 メカブの癖に上手いこと興味をそそったな。まさかこいつがここまで上手くやるとは。でも……大切な事を忘れてないか? このままじゃ、僕達も戻ること出来ないからな。


「メカブさん、ここがこのまま崩壊したら私達もどうなるか……」

「ぬあ!? は……はは、それは人である貴方達が心配することよ。私は全然問題無いし」


 震えてるぞおい。完全に忘れてたよなこいつ。


「セツリ君、君は勘違いしてる」

「勘違い?」


 歩み出るのは小さな姿のテッケンさん。セツリも疑問を呈してるけど、それは僕達も同じだ。勘違いとは何か……


「死して残る物などないよ。死んだら本当に誰からも忘れられるんだ。いつまでも覚えていてくれるのは家族か、本当に親しい人だけ。でも君には家族も本当に親しい友人も居ない。世界から君は完全に忘れられる」

「なんで……そんな事……テッケンさんまで……」

「はは、ここももう君の世界には成らない。君の居場所はどこにもないねセツリ君」

「わた……しは……」


 テッケンさんがいつもの感じじゃない。いつも誰かを真っ先に手助けしようとする彼の雰囲気は感じれない。なんだか彼こそ荒んでる様な……本当にテッケンさんか?


「大丈夫、安心なさい。私は絶対にアンタを忘れない」


 そう言ってテッケンさんの隣に立つのは今までずっと震えてた筈の天道さん。彼女を見定めたセツリはだけど、なかなか思い出せない様子。


「えっと……貴女は……なんだか見たことあるような……」

「リアルの方で一・二回くらいしか会ったこと無いから。まあ無理もない。でも私はずっと忘れた事なんかない。アンタの事が憎くて憎くて堪らないもの」

「え? どうして……」

「どうして? だって当夜はいつもアンタの事しか見てなかった。可哀想なアンタの事しか頭になかった。私を見てくれた事なんか数得るほどしか無い。私的にはアンタには死んで欲しい。死んで……当夜を開放しなさい。

 あんたのせいで当夜は縛られてるのよ!」


 天道さんの言葉に、デカブツはよろよろと後方に下がってく。セツリが掌握してるのか? デカブツ全体がブルブルと震えてる。


「私……は」

「どこにも居たくないのなら、誰との繋がりも要らないのなら、早く当夜を解放しなさい! 捨てるんでしょう。信じれないんでしょう。どんな思いも愛情も友情も、受け取るだけで背を向けたままのアンタには何もかも無意味だわ。

 恋も憧れも理想も、楽しいことばかりじゃない。自分が特別じゃないって分かる通過儀礼でもあるわ。求められず、届かない。それでも私達はあの世界で生きてるのよ。自分が生きる意味を探してる。

 私は嫌な女でしょうね。妹のアンタが居なくなれば、当夜はこっちを見てくれると思ってる。本当にそうなるかなんか分かんないけど、その可能性はある」

「結局……私は要らないって事だよね」


 そう言うセツリと連動して、大量の目玉から零れ落ちる涙の数々。それは本当に大量で、直ぐに僕達の足元にまで流れが出来る。


「確かに要らないわね。今のアンタは当夜を不幸にしかしない。でも、自分で歩こうとするのなら別よ。当夜から自立しなさい。そうする事が出来るのなら、当夜もきっと開放される。そうなったら、三人で家族になれるかもしれない」

「私が居てもいいの? 嫌いだって……」

「嫌いなのは当夜を縛る今のアンタよ。当夜が本当に幸せになるには、アンタもやっぱり必要だもの。当夜の愛情は本物、それはアンタだって分かるでしょ。だから生きて独り立ち出来るのならそっちがいい。

 だって好きな人の本当の幸せを願うのは当然の事でしょ?」

「本当の……幸せ……」


 僕は黙って聞いてた。言えないよ。もう当夜さんが手遅れだって今ここでなんか言えない。僕が本当に一番最低かも、大切な情報を隠して、語らせてる。セツリの事も天道さんの事も裏切ってるのかも知れない。でも……今は言えない。言っちゃいけない。

 後でどれだけ恨まれても仕方ない。覚悟しとくさ。皆が頑張ってくれた……今ならセツリに届くかも知れない。


「セツリ! お前の権限ならその中から出れるはずだ! 自分の力でそこから出れる。自分で歩く、最初の一歩になる!!」

「最初の……い––ひっ!?」


 おかしな声が聞こえた。それと共にデカブツから黒い煙が立ち上がりだす。それに僕達の足元まで流れてた涙も黒くなってそこから伸びてくる黒い手が僕達を絡めとる。


「なっ!? セツリ!!」

「ちょっ!! やめてよ! いやああ!!」


 違う、セツリじゃない。これは……


「ぐげっ……げげげがかががががが!! ようやくだ。ようやくお前を食える!!」


 大人しくなってたからセツリの完全支配下にでも置かれたのかと思ってたけど、この時を待ってただけか。凶悪に光る目玉が一斉にセツリに視線を送ってる。良く見えないけど、セツリの傍に黒い影が……


「セツリ! お前なら倒せる!! 恐れるな!!」

「いや……来ないで……」

「死にたいんだろ? 心配するな、誰も何も思わない。貴様はいらない奴だ」

「わた……しは……」


 不味い、聞こえてない。アイツ、セツリを恐怖で縛りやがった。どうにかしないと……でも誰もがこの腕に捕まってしまってる。だけどその時、激しい思いを吠える奴が黒いやつに向かっていく。


「ぬああああああああああああああああああ! いらない訳あるかああああああああああああああああああああ!!」

「ヒマワリ!!」


 ヒマワリは勢い良く突っ込むけど、動き出したデカブツの攻撃に再びふっとばされた。だけど間髪入れずに再び向かう。それを何度も……何度も繰り返す……


「返せええええええええ! セッちゃんを返せええええええええええ!!」

「ヒマ! なんで……その思いは本物じゃないんだよ……」

「それは違うぞセツリ!」


 僕は震えるセツリに、信じれないセツリに視線を向ける。違うんだ……それは違う。


「ヒマワリは……いや他の姉妹達もそうだ。もう彼奴等は当夜さんのプログラムに縛られてない。お前を守る事が使命じゃないんだ」

「そんな……じゃあどうして?」

「どうして? そんなの言わなくても分かるだろ。アイツの行動を見てれば伝わるはずだ!」

「せっちゃああああああああああああああああああああああああああああああん!!」


 その時ようやくだ。ようやく、その声に応える様にセツリは手を伸ばして名前を呼んだ。


「ヒマああああああああ!!」


 でも世界はいつだって無慈悲で残酷。伸ばした手が届く事は無く、ヒマの体には大きな黒い鎌が突き刺さって止まってた。


「あ……れ?」


 そんな声はヒマワリから漏れた。攻撃をうけた張本人。そんな余裕あるわけ……けど、HPは減ってない? 


「ホント、無茶ばっかりする妹何だから」


 ヒマワリの体から重なるように出てきてその鎌を引き受ける人物。それは……


「レシア姉……なんで?」

「ヒマはバカな妹だから。バカで可愛い妹だから、お姉ちゃんは心配なのよ。大丈夫、確率変動で全てを私が引き受けて逝くから、心配しなくていい。ヒマのお陰で、セツリの心はきっと解けた。その手に私は届く」


 レシアはなんだか薄くなってた。黒い鎌からすり抜けて、デカブツの内部へ、隣の黒い奴も無視してセツリの伸びた手を包んだ。


「セツリ、私達は誰かの命令が無くたって、友達だよ。だって私が一番寝心地いい場所だから。最高の場所だから、ここで寝かせてね。本当の居場所……私達は用意できなかったけど……皆でいれば、どこだって最高の居場所だよね。

 おや……すみ……」

「レシ……ア……ああああああああああああああああああああ!!」

「レシア姉ええええええええええええええ! うわあああああああああああああああああああああん!!」


 セツリとヒマワリの嗚咽が響く。アイツ……いつだって眠たそうに気だるそうにしてた癖に、ここ一番では一番油断成らない奴だった。それは今回もそうで……あんな仕掛けまでしてヒマワリを守ってたのか。


「ぐげっががががが! まあ今さらあんな奴必要なかったが、無いよりマシだな。次はお前––」

「返せ……」

「––げげ?」


 デカブツの周りに見たこと無い魔法陣が幾重も現れてる。その輝きは徐々に増して行って……


「私のっ……友達を! 返せええええええええええええええええええええええええ!!」


 目の前が……いや、世界が再び白紙に戻るように真っ白に染まった。音も消えて、衝撃が体を包み込む。世界がこの衝撃に耐えられるのか心配になった。


 第六百七十五話です。

 とても遅くなりました。ここまでどうしても書きたかったんですよね。そしたらいつもよりも膨大に……多分次で終われます。どうなるかお楽しみに。


 てな訳で次回は木曜日にあげますね。

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