誇りを通す
「ここでか!!」
近くに来て気付いたけど、どうやら時の中心点はローレと百合の中間地点の様だ。二人を挟んだ所から時は明暗を分けてる。再び回った時のせいで、止まった者達とそうでない者達が見える。この色が見えない人達は何が起こったのか、わからないだろう。
いや、既に何回か起きてるし、運良くこの範囲に入ってない人達は時が停止した世界を貴重にも見れるわけだから、察しては居るのかも。
「アイリイイイイイイイイイイ!!」
聞こえる叫び。その方を見るとアギトの奴が動いてた。どうやら今度は時が止まってない範囲に入れた様だ。けど、そんなアギトが向かうのは停止した範囲。どうしてわざわざそんな事をとかは野暮だろう。
理由は明白、アイリが止まった範囲に居るからだ。そしてその頭上からはヒマワリの奴が迫ってる。アギトの奴はアイリを助ける気だ。けど、このままじゃ、アギトの奴も止まる。停止した範囲に入ればきっとそうなる。
「ローレ!」
結局は人頼み……そんな自分に嫌気が差すけど、今の僕じゃ助けに入る事すら出来ない。
「メノウ、貴方が彼等を纏ってあげなさい」
『了解』
聞こえた声と同時に、ローレの奴から薄い何かが離れた様に見えた。やっぱりメノウも居たのか。ローレの奴が僕の頼みを聞いてくれるなんて珍しい。けどこれで……そう思ってるとこっちに手を差し出すローレ。
「何やってるのよ。メノウが出た分の埋め合わせはしてもらうわよ。アンタの持つアイテムの力、使わせて貰うから、さっさと取りなさい」
まあタダじゃないよな。でも手を繋いでバトルとかやり辛そうだよな。それにちょっとドキッと––
「ぬあ!?」
––ヒマワリの奴の攻撃が炸裂した衝撃がこっちにまで来た。地面が揺れて、瓦礫と衝撃波が吹きすさぶ。土埃で様子は分からない。メノウは間に合ったのだろうか? 僕がそんな事を思ってると、ローレの奴が確信めいた声で言うよ。
「大丈夫、メノウが遅れを取るなんて事はないもの。それよりもさっさと取りなさい。時の主導権を取られるわよ。それとも、こんな可愛い子と手を握ったことないから緊張してるとか?」
「はっ、お前相手にそれはない」
いや、実際ちょっとドキッとしてたけど、言われると萎えるよね。僕はさっさとその手を取る。
(小さい……)
手を取った瞬間そう思った。ローレはモブリとしては大きいけどそれでも小学高学年程度の見た目だ。だから当然と言えば当然なんだけど……その手は驚くほどに小さかった。余りにも頼りがいあるからさ、目には確かに小さな女の子として映ってる筈なのに、その見た目以上に大きく感じてた。
けど触れたらそんな幻想は打ち砕かれて、やっぱり彼女が小さな子だとわかる。まあそれも見た目だけなんだけど。中身は何歳かわからないからな。案外歳行ってそうな……
「誰が案外歳行ってるのよ。私はまだ二十代よ」
「二十代って濁すって事は後半か」
「変な考察してんじゃないわよ」
あれだよな。二十九歳でもまだ二十代だよな。てか、なんで心の声がローレに漏れてるんだよ。手を繋いだだけで他人の心まで伝わるのか? んなバカな。
「今の私の状態は特殊なのよ。取り敢えずグダグダ言わないで、アンタの全てを私に晒しさない」
何その台詞、嫌らしい。こいつ僕をどうする気だよ……なんてふざけてる場合じゃないか。
「クス、クスクス……クスス」
ねちっこく耳を舌なめずりする声が聴こえる。見ると百合の奴が手で口元を隠しつつ、隠しきれてない笑いを漏らしてた。てか、ワザと聞こえるように言ってるような……
「このタイミングで要の召喚獣と離れるなんて〜自殺行為ですね〜」
軽快なリズムを刻みだすカスタネット。けど僕達への影響はない。じゃあ、何をやってるのか……その答えは直ぐに分かった。色の落ちた時止まりの空間から聞こえる咆哮。悪魔達までも、時止まりでも動き出してる。
「回る歩調は快適〜快適〜。さあ、誰もが私と歩調を合わせてきましたよ〜もうそろそろ、ここの時も終わりですし、全てを更新する時でしょう〜」
「何勝手な事を言ってるのかしら。まだLROを終わらせなんかしない」
なんだかローレが凄く主人公っぽく成ってる。まあ今メインで先頭切ってるのはこいつだからな。見た目少女だけど、今僕達を支えてるのは間違いなくこいつだ。けど、百合の奴はどこまでもマイペースだ。
僅かにローレに嫌な感情を持ってるのはわかるけど、それで暴れだしたりする訳じゃない。寧ろなんだか逆だな。どんどんと沼に浸って行くような……底冷えする何かが蔓延してる気がする。蘭やヒマワリの様に直接見える力じゃないってのも不信感を募らせるのに一役買ってる。
まさに次に何が来るのか見えないって奴だな。
「‘時’を手放した貴女に〜何が出来るのかしら〜」
「手放してなんかないわよ。こいつが居るわ」
そう言って僕の手を引いて隣に立たせるローレ。すると再びクスっと百合は笑う。
「戦闘中に常に手を繋いでおく気〜? そんなにラブラブっぷりをアピールしたいのかな〜?」
「誰がラブラ––」
カン––––と一叩きされたカスタネット。その瞬間足元から揺れ出す地面。そして地面を抉って生えてきたのは壊された筈の建物? まさか時間操作でこの場所の建物、しかも一部分だけを再生させたのか!?
「スオウ!」
「ちょっ! おま!?」
なんで胸に飛び込んでくるんだよ。そもそも羽あるんだし飛べよ。そうしてくれた方が僕も楽なんだけど。引き離されないようにって事なんだろうけど、あんまりくっつくと無駄に緊張する。再生された建物は塔のようで、僕達は一気に数十メートルの高さへ。
「これだけ?」
無駄にがっちりしがみついてるローレを引き剥がそうとはせずに眼下に見える百合へ視線を向ける。だって建物を再生させただっけって……ここに来てそれだけってのはないはず。そう思いながら一歩を踏むと、ボコッという変な音と共に、屋根が抜けて建物の中へ落ちた。
そして建物全体に広がる振動。すると一気に建物が崩れ始める。この為に建物を再生させたのか? 生き埋めにでもするために? それはどうなんだ? けど今の僕には充分効果的かもな。一人じゃ防ぐ事は出来ても、この状態じゃ生き埋められたら脱出は厳しい。でもここにはローレが居る。
「おい、コレ……なんとか出来るか?」
僕のその言葉にローレは無言だ。けど僅かに首を動かして周囲を確認してる節はあった。そしてフィアの羽がそのまま現れてるようなソレを激しく震わせて––––次の瞬間、崩壊して迫ってた瓦礫を粒子レベルに更に崩し去る。
ローレの翼が僕達の体を支えて、優しく地面に降りる頃には再生された建物自体が砂の様に消えていってた。ヤバイな……百合の奴もヤバイけど、ローレの奴もなんか相当ヤバくなってる。けど、ローレは味方だ。これは心強い。だけど……そろそろ離れてくれないかな? なんで地面に降りても抱きついたままなんだよ。何か意味があるのか?
こいつもシクラと同じで、無駄なような事でも実は重要って事をやる奴だから……下手には引き剥がせないんだよな。でもさっきまでのローレとちょっと違う感じが僅かにある。もっと口数多かったし……やっぱりフィアが入って何かが変わってるのか? けどフィアの奴も大概お喋りだったような。
お喋りとお喋りが掛け合わせると更にお喋りになりそうなものだけど……そうじゃないって事か?
「随分〜物騒に成っちゃって〜けど、これはどうかな〜時は分解できないよ〜」
間延びした声の間間で聞こえてくるカスタネットの音。その瞬間大きく吹きすさぶ風……じゃない何かが吹き荒れる。時の振動が風の様に吹き荒れてるのか? デタラメだなおい。するとそんな時の風がうねりを上げてる中心部分から漏れる光。そこから飛び出てくるのはさっきの建物と同じ塔の屋根の部分。
それは勢い良くぶつかったらぶっ刺さるくらいには物騒な感じ。てか、下から出した時も僕達をこれで引き離す目的だったんだろうし、それなりに物騒なのは分かっててだしてるんだよな。時の暴風の中、僕達は思うように身動きが取れない。時だから掴むことも出来ないし、自分の力には変えられない。
いや、掴む方法はもっと考えればあるのかもしれないけど、今はその時間が……
「充電完了」
「は?」
いきなり何言ってんだローレの奴。まるで日鞠みたいな事を……そこまでの関係じゃないだろ。そもそもそこまで僕の事気にしてもないだろうしなこいつ。
「何その顔? 酷いなスオウは。私はとんこつラーメンの次くらいには好きだよ」
「いや、とんこつラーメンの順位がわかんねーよ!」
それは上なのか下なのかすら不明じゃねーか。けどローレ奴は不敵な笑みだけ残して、僕からそっと体を離す。けど手は握ったまま。反対の手にある杖を迫る塔に向けると、触れもせずに塔その物を分解してく。
だけどそんなのどうやらお構いなしに次々と同じ物を出現させる百合。どんな制約もない時操作なんてチートにも程がある。僕が対抗出来てるのはたまたま三種の神器があったから。他にこのLROで対抗できそうなのはこのローレしかいない。他にも時を操れるアイテムがあるのなら別だけど、やっぱりローレ程、使いこなせる奴は居ないだろう。
あれ? 百合って最強なんじゃないか?
吹きすさぶ時の暴風さえも吹き飛ばして、塔を全て消滅させてローレは百合を見据える。
「時さえも退けるその力はやっぱり中に入った奴の物ですか〜?」
「そう、フィアの力––思い知りなさい」
カツンと響く音。すると百合の足元に波紋が収束するように動き、キラキラとした輝きが百合の周囲に煌めいたのが見えた瞬間、目を開けてられない程に光が膨張した。それは別に衝撃が周囲に広がるわけでも、爆音が地面を震わせる訳でもない。
けどその圧倒的な光だけが君臨してる。攻撃……なにかどうかすらわからない。けどきっと攻撃なんだろう。だけど次の瞬間、百合の手がその光の中から現れて、そして扉でも開いたかの様に現れる。勿論奴に傷なんてない。
「やっぱり、時で奴の上をいくしかない様ね」
「それは無理ですよ〜。だって君達の可能性はレシアちゃんが摘み取ってるもの〜。だからもう諦めちゃっていいんだよ〜」
そんな事を言いながら叩かれるカスタネット。すると再び時の暴風が吹きすさぶ。けど今度も塔を出す––とかそんな芸の無いことは百合はしないようだ。僕達を襲ってきたのは、薄黒い何かの手。実態が無さそうな透けてる……そんな腕が僕達に拳を突き立てて来たんだ。
ぶち当たる直前にローレが杖で受け止めたけど、その直後僕達に戦慄が走る。時の暴風、その中心の向こうに何か居た。大きな瞳がこっちを見てた。僕達はお互いを見合わせたよ。目だけで「今の何だ?」「知らないわよ」ってのが伝わって来た。
「思考がとまってるぞ〜」
「っつ!?」
「相手してるのは僕達皆だよスオウ!!」
耳の隅で響いた音と共に現れたのはヒマワリ。その拳は大きくは成ってないけど、琥珀色の偉く凝った篭手を纏ってた。今までの周囲の物を片っ端から集めたって感じの物じゃない。選りすぐりの物を凝縮させた様なその拳が僕の横腹に叩きこま––––
「ぐっううううう…」
「ローレ!」
「アンタがやられたらこっちも困るのよ」
ローレがその羽でヒマワリの拳を受け止めてる。ぶつかり合う二つの力。その拮抗具合だけでHPが削られそうだ。
「ひ––きなさいよアンタ!!」
「嫌だね! だって今ヒマ達はノリに乗ってる状態だもん! どんな仕掛けかなんか関係ない。絶対的な確率が、僕達の味方だもん!!」
篭手部分しかなかった防具が肩まで現れる。そこで一端距離を取った。
「百合姉!」
「は〜い、よ〜いドン!」
それは瞬きよりも速い刹那。スタートの銃声の様にカスタネットの音が響いたら、その拳が突き刺さってた。僕にじゃなく、いつの間にか張られてた光の膜にだ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
琥珀色の防具に赤い筋が流れてる。ヒマワリの気合と連動するように輝きそして僕達は吹っ飛んだ。地面にバウンドする事もなく僕達は一気に瓦礫に突っ込む。不思議とダメージはそこまで無かった。
けど、土埃の向こうから顔を覗かせたその顔に驚いた。それは曲がった角を生やし、牛みたいな顔をした巨大なメイスを持つ悪魔。その顔が直ぐそこにある。
「ブフォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
臭い息が吹きかけられる。僕達はその風圧で瓦礫ともども吹き上げられた。そしてそこを狙ってメイスが横から迫ってくる。空中に投げ出された状態じゃまともに動けない。このままじゃ!
「全く、獣の分際で!」
息の荒いローレが光を前方に集める。あれで受け止める気か? とか思ってる内に、メイスは僕達のいる場所を凪いでいく。
「あれ?」
衝撃はない。一体何がどうなって……そう思ってると、どんがらがっしゃーんと大層な音を立ててメイスの先端の方が地面を転がる。つまりは、あの光が集まった場所を堺にメイスは分断されてた様だ。
しかも斬ったとかじゃないようで、その切断面は光の収束と同じように球状だった。つまりは斬られたとかじゃなく、抉られた……みたいな事か。
「はぁはぁ……」
ヤバイな。息使いもだけど、手汗もやばい。グッチョリしてる。ローレのお陰でどうにかなってるけど、いつまでも負担をかけ続ける訳にはいかない。
「そんなの当然。コレまでの借りは利子つけて返して貰う……から」
また思考を読まれた。どうなってるんだこいつ。でもホントこのままじゃヤバイ。周囲を見回すと、次々と消えていく人達が目にとまる。それを助けようと時間停止の範囲に足を踏み入れた人達は止まっていくし……時間の主導権が向こうにあるかぎり、どうしようもないぞコレ。
絶望しかない事は分かってたけど、全員が揃うといよいよ勝ち目が無くなってきたな。細い糸を切れないように慎重に手繰り寄せて来たけど……このままじゃいよいよソレさえも切れそうだ。
『スオウ、引っ掛かりが有ります。噛み合ってないと言うか……見直しが必要ですよ』
『そうだな。なかなか上手くシステムの裏を通せない。何かが見通せない様な……』
回復も今のままじゃいつ出来る様になるか。錬金の包帯では少しずつ回復出来てるようだけど、ハッキリ言って速効性が欲しい。けど錬金側のやり方でなら回避方法はあるようだし、それを考慮して思考しよう。
そもそも今まで一発でその道筋に辿り着いてたのが運が良かったのかも知れない。大丈夫、ちょっと手こずってるだけだ。アビスのペンが絶え間なく動き文字を刻む。メイスを失った悪魔はその拳を向けてくる。けどその程度の攻撃は避けれる。
でも悪魔だけじゃなく、他のモンスター達もわらわらと湧いてきた。侵攻を阻んでた人達が止まってしまったんだから当然か。
「ローレ……このままじゃ皆が」
「だからって簡単に背中を見せたらやられるわ。アンタもいるし。でもだからってアンタだけの力を私が独占できる時間も限られてる。フィアは元々、強力過ぎるからその力の行使は一度きり。その力を私に移して行使してるからこそ、どうにか成ってるけどこの力は有限なのよ。
フィアが離れれば、メノウが戻ってこない限り、私も止まるわ」
そういえば、フィアの仕様はそんな感じだったな……つまりはもう後何回も攻撃とかが出来る訳じゃないって事か。ローレが止まれば、多分召喚獣達も……そうなったらお終いだ。雑魚共が僕達を見つけて迫ってくる。そしてデカイのがその雑魚を吹き飛ばしながら更に迫ってくる。
「そいつは僕の獲物だあああああああ!!」
叫び声はヒマワリ。不味すぎる……数も質も度を超えてる。だけどその時、掛かる声が聞こえた。
「「ローレ(様)はヒマワリを!!」」
その声に咄嗟に反応して、ローレはヒマワリへ杖を向ける。そして僕達の背後に二つの影が走る。力強い剣が悪魔の一撃を受け止め、素早い剣が雑魚を薙ぎ払う。
「アギト、アイリ!」
「なんとかこいつのお陰で助かった」
「ありがとうございますローレ様」
「ふん、礼なんていいから、私の背後を守ってなさい!」
ヒマワリとの第二のぶつかり。食い止めてはいるけどこのままじゃ……背後の空に鎮座してる柊の奴が天扇を振ってるし、百合の奴の姿がいつの間にか見えな––––
「ふふ、安心なんて出来ないですよ〜」
その瞬間、蘭とシクラが現れた。けど、あれ? 向こう側で召喚獣と戦ってるのも蘭とシクラだぞ? どういう事だ? 分身? あり得るけど、分身かどうかなんて今は大事じゃない。このままじゃ……
「ローレ!」
「抱きしめて!!」
「はっ!?」
何言ってんだこいつ!? 抱きしめて!! って、え? 冗談!?
「片手が使えないのは不便なのよ。けど、アンタに離れられたら困る。だから抱きしめて!」
「そういう事か…………くっ……」
「早く!!」
迫る二人。更には再び空から雪の結晶が降ってくる。迷ってる……暇はない! 僕はローレの細い腰に腕を回す。すると杖を放して、両手を左右に向けた。離された杖は空中に留まり、光を更に強めてく。
「せめてこいつらだけでも道連れにしてやるわ……」
そんな声がボソッと聞こえた。だけど僕にはわかる。それじゃあダメだ。多分、ローレの全てを賭けてもこいつらは倒れないだろう。それじゃあただの犬死にになってしまう。ローレを……自分勝手で、目的の為には手段を選ばなくて、人を見下した奴だけど、こいつの誇りも信念も本物だ。こんな奴を犬死にになんてさせたくない。
真っ先に飛び込んできた、この勇気ある少女を失いたくないと、僕は願って、本を開く。その瞬間、頭に流れ込んでくる何かが迷路の様に紡がれる。
(そうか……これが……こいつの不変の時か)
第六百六十一話です。
遅くなりました。もう年末ですね。一年が速いです。マジで。テンションが中々上がらないです。年末だからって訳じゃないですけど。
取り敢えず次回は日曜日にあげます。ではでは。