合流
『今、配信されてる映像は、全てリアルタイム……この現実世界の向こう側、夢と冒険に溢れてた筈の今のLROの姿です。多分ひどい状況でしょう。そこにはもう夢も希望もないのかもしれない。
けど……まだ終わった訳じゃないんです。まだ……取り戻せる筈です。あの世界に一度でも足を踏み入れた事がある人なら、分かるはずだ。あの世界がどれだけ素晴らしかったか。僕は初めてダイブしてLROに降り立った時、感動しました。
肌を撫でる風の優しさ、照りつける日の温もり、街には特有の息使いがあり、そこには現実と遜色ない世界が広がってた。けどリアルとは違うんです。見るもの、感じるもの、全てがもっと刺激的だった。
街から一歩出れば危険がつきまとうけど、それはこれから始まる長い冒険への誘いで、胸の鼓動は早くなるばかり。いつもよりも軽く感じる体。リアルとなんの遜色もなく動かせるんです。コントローラーなんてそこにはない。
そして初めての勝利を忘れる事が出来る人なんて居ないはずです。屈強……とまでは言えないかも知れないモンスターでしょう。だけど、恐怖に打ち勝ち、自分自身の体を駆使して得た初めての勝利。僕の場合は小さなコウモリっぽいのが最初でしたけど、それでも嬉しかった。
それはコントローラーでボタンを押すだけじゃ得られない感動で、ワクワクは更に膨らんでいきました。皆さん一緒じゃないでしょうか。
LROで食べる食べ物はちょっと変な味の物や、見た目変にグロテスクな物も有りますけど、それが美味しかったりして、リアルでは得られない物の様な感じですよね。勿論、気持ちいいことばかりじゃないかもしれないけど、あの世界をこのまま無くすのは惜しいと思う人は多いはずです。
人が倒れて、戻って来れなく成ったと言う事を聞いて、「怖い」と恐れる感情が芽生えてるのも確かでしょう。それは当たり前だし、そのを隠して運営を続けた運営側に敵意を向けるのも仕方ない。何を言い訳にしても、危険と隣り合わせてた事に関しては事実で、謝って謝って……それでも許してもらえるかなんか分からない。だけど「ごめんなさい」をいうことしか出来ない。
僕も知ってたから誤ります。「ごめんなさい」––––僕だけなら良かった。犠牲に成るのが僕だけなら、良かったんだ。散々止められても首突っ込んで言ったわけですからね。ここまで大事に成ったのは僕のせいだとも言えます。
そうじゃないかもしれない……結局いつかはLROはこうなってしまってたのかも知れません。けど、僕は中心付近に居た。その事実から逃げる気はありません。
だから僕はもう一度行きます。あの世界へ。そして取り戻して見せる。あの世界も、捕らわれた人達も。と、まあ宣言しといてなんですが、実際僕だけの力じゃ限界が有ります。沢山の人達のサポートは借りれるけど、それは外側からだけしかない。
敵は強い。世界のルールに縛られない。だから力を貸して欲しいんです。勿論、もう一度LRO入ると言うことはそれなりのリスクが伴います。もしかしたら折角助かったのに、今度は自分自身が犠牲に成るかもしれない。
それに絶対に成功するとは限りません。敵は僕達よりも圧倒的に強く、それぞれが最強を通り越したスキル持ち。今、僕自身が映ってる映像を撮ってる時点では成功率は数%程度です。この映像が配信されてる時点なら、順調に進んだと仮定して、十パーセント位にはなってるかも知れませんけど、決して高くは無いでしょう。けど……僕は諦めきれないから行きます。それにキッカケに成らなくちゃいけない責任がある。皆さんは無理する必要なんて無いし、無茶をする責任もない。ここで行動を起こさなくても、誰も責めないし、卑怯者なんて言わない。
だから自分自身で……自分自身に問いて欲しい。自分自身の気持ちを。LROのあの風景、あの時間、あの出会い……無くしていい物じゃないのなら、手を貸してほしい。この配信を通して皆さんに伝えます。
LROへの片道キップになるかも知れない……だけど知れば、行動を起こせる鍵に成る。知ってください、ジェスチャーコードを』
タンちゃんのPCに映し出されるスオウの映像。それを見届ける俺達へ、苦十の言葉が届いた。
『扉が開きます。よもやここに居る誰かよりも早く入る人は居ないでしょうけど、中のスオウをがっかりさせないでくださいね。最初にあの世界に、あの場に現れると共に支えになれるのはきっと君でしょう』
「気持ち悪い事を言うな」
アイツはきっと俺が行かなくたってやり遂げるだろう。スオウの奴も、日鞠の奴も彼奴等二人共そう言う奴だ。自分だけで勝手に歩いてく奴等だ。そしていつしかその道には人が集まってくる。だから俺以外の誰かがきっと助けてくれるだろう。
(だけど!)
俺はリーフィアの位置を整えて用意されてた眠ってる人達と同じ椅子に体を横たえる。その横では愛にメカブ、ラオウさんに天道さんが続いてる。みんな表情はそれぞれ。色々と複雑だろう。既に覚悟を決めてるとは言え、あの中に飛び込む……それに俺たちはまだしも、ラオウさんや天道さんはこれは初ダイブらしいからな。
つまりは初心者、ラオウさんはこっちでは最強だが、LROではそうでは居られないだろう。なんせ向こうには魔法がある。スキルがある。それは人体の限界を超えたというか、そんな力。こっちでは驚異的なラオウさんの身体能力も、向こうでは普通よりも凄い程度だろう。
まあまだラオウさんはなんとかなりそうな気はする。この人規格外だからな。シクラ達がLROの縛りの向こう側に居るように、この人はリアルの……というか人間の向こう側に行っちゃってる感じだからな。
それよりも天道さんとか、メカブの奴の方が心配だよな。あの規模の戦闘の中に飛び込む……いきなり初心者にはきつすぎる。ブリームスの人達の協力が得られてるのなら、無理して初心者が入る事も……
「あのさ、やっぱり––」
「ようやくね。待ってなさい当夜。私が絶対に連れ帰ってみせる」
「はーふーはーふー、インフィニットアートを今こそ見せつける時。大丈夫、私はやれる。やれるやれるやれるやれる」
それぞれ気合は十分なようだった。するとラオウさんと目が合った。彼女はその力強い瞳を柔らかく細めて頷いた。それは暗に「行きましょう」と催促してるように感じれた。そうだな。ここでんな言葉を掛けるなんて無粋だろう。
みんな覚悟決めてるんだ。それを鈍らせる様な事を言ってどうする。何が必要に成るかなんてわからないんだ。天道さんの当夜さんについての知識も、メカブの奴の変な設定も、もしかしたしたらどこかで必要に成るかも知れない。後者はあり得ないと思うけど、何が起きるか分からないのがLROだからな。
「秋君」
耳に心地良く入ってくる声。それは直ぐ隣りの愛だ。愛はさり気なく、俺に向けて手を差し出してる。気恥ずかしいのか、頬を赤らめて、少し隠す様にちょっと手を上げてその小さな手のひらを向けてる。
俺も少し恥ずかしい……けど、こういう時、頼れる男になりたい自分としては、こんな程度でドギマギとするわけには行かない。俺はなるべく平常心を装って、優しく微笑んでる愛と同じように、自分的に余裕を持った顔して微笑む。
ただ手を置こうと思ったが、重なった瞬間、指と指の隙間にそのしなやかで細い愛の指がスルッと入ってきた。そしてきゅっと柔らかく編まれた指と指。もう最高。飛び上がりそうになるけど、ここは我慢。この状況でそんな事をしたら危機感が足りないと思われそうだしな。にへらにへらしそうな顔を気合を入れて引き締める。
「おい秋徒、心拍上がり過ぎてるぞ。少しは冷静になれ」
タンちゃあああああああん!! 俺の必死の爽やかな微笑みが台無しじゃないか。空気読めよ。だけどまあ浮かれてるのがバレてる訳じゃないな。まだ誤魔化せる!! 俺は絡まった手に力を込めて愛の手を包み込む。そして皆を代表して口を開く。
「行こう!」
皆がジェスチャーコードを紡ぎだす。そんな中苦十の奴の声が聞こえてくる。
【そういえば、「だけど」何だったんですか?】
(だけど……そんなの決まってるだろ。彼奴等に一番に追いつく座を他の奴に譲る気なんかないって事だ!!)
体から心が離れる感覚。独特の浮遊感と共に、リーフィアに引っ張られてく。体から離れた精神は一つの光の中へ。そこにあるのはアギトとしての肉体だ。向こうでの自分。もう一度アギトとして、俺は行く。
融合する心と体。少ししか離れてなかった筈なのに、妙に懐かしい感覚がある。体を馴染ませる様に手を握る。それを繰り返す内に違和感はどこかへ行って、力を込めた拳を前へ突き出した。
「よし! 待ってろスオウ。ダイブ––オン!!」
その言葉と共に走って跳んで落っこちる。光だった場所に世界が広がる。青い空……とはいえないどんより具合。そして妙な寒さ。眼下に広がるのは広大な大地。そしてその一点にアイツの姿が見える。大きく成長したピクと共にこっちへ昇ってくるその姿は既にボロボロ。
いつだって本当に……ボロボロだなこいつ。たった一人で……今は一人じゃないけど、最初はこのアウェイと成った世界へ一人で乗り込んで、この眼下に見える人々を仲間に付けた。どんだけだこいつ。更にはシクラ達への対抗策も一足早くやってのけて……どこまでも一人で突っ走って行きやがって。
今度は皆でだ。皆で戦う。
「スオウ! ––うううってええ!?」
伸ばした手を素通りしてくピク。あっという間にすれ違うその瞬間スオウの奴が「勝手に掴まれ!」とか叫んだからなんとか俺はピクの体にしがみついた。おいおい、どういう事だよこれ!? てか他の皆は大丈夫だったのか? 特に愛。
キョロキョロと見回して俺と同じようにピクの体の何処かにしがみついてないか探してみたけど、その姿はない。てか、俺以外に見当たらないんだが……そう思ってると声が聞こえてきた。
「ただいま。遅くなってごめんねピク」
するとそれと同時に大きく体を広げるピク。嬉しさの表現か何かだろうか? そして同時に輝きが増していく体。その輝きに目を閉じた次の瞬間、ピクの体がなんだかスリムに成ってるように見えた。
いや、ここからじゃあんまり良くわからないんだが……なんだか周囲にはピクの羽も舞ってる。たぶん何かが変わったんだろう。するとピクが優しくその尻尾で俺を背中の方に押し上げてくれた。なんて優しい奴だ。だけどコレが本来のピクだよな。って事はピクが正気を取り戻したって事だろうか?
「おっ、アギト無事だったんだな?」
「お前等……誰か助けろよ!」
こっちに気付いた皆に向かって俺はそう言った。てかなんで皆はちゃんと背に乗れて俺だけあんな扱いだったんだ? あれか? 意気込んで最初に飛び込んだのが裏目に出たのか。
「いやいや、助けようとしたんですよ。ですがこの姿に馴れてなくてですね」
「……誰?」
「私ですか? ラオウです」
「あぁやっぱり、けどなんで種族がウンディーネ?」
「さあ、それはシステムに言ってください。人間離れしてると判断されたのかも知れませんね」
なんだかちょっと悲しそうなラオウさん。確かに人の既存の設定じゃラオウさんを形作るのは無理だったのかもしれない。けどそれならエルフでも良かったと思うんだけどな。わざわざウンディーネに成ったのは、何をLROは彼女から汲み取ったのか……けどそこまで悲しむ必要もないような気もする。
ハッキリ言って、リアルのラオウさんよりも女性の体してる。完全に初期装備だけどさ、多分設定がラオウさんの体格になるべく合わせてるんだろう。かなり背が高い。けど流石に彼女の鍛えられた筋骨隆々の体を完璧に再現まではしてなくて、体のラインは女性そのものだ。
でもまあそこはLROでは問題ないとは思う。ハッキリ言ってLROで重要なのは筋肉よりもスキルだからな。けどそのスキルも完全に初心者状態のラオウさんにはほぼ期待できないだろうけど。てかやっぱりウンディーネってなんかやらしいな。初期装備が上半身布一枚だし……大きな胸を隠すだけしかしてないし、下半身は水着にパレオでも付けたようなだけ。
後は取り敢えず初期武装の為にブーツやら、短刀やらを装備してる程度だ。後はこれで肌の色が普通だったらな……ウンディーネの場合、肌質とかも選択出来るはずで、人に近い感じから人離れした感じのがあったはず。
そして人間離れしてると判断されたらしいラオウさんには当然、人間離れしたキャラメイクが実装されてる。つまりは肌が鱗っぽく、更に青い。肌色じゃないんだ。いや、まあそれはそれでいいんだけどね。
だってそれでもリアルよりも女性的に見えるし、下手に人間に近づいてない分、自分達とは元から違うと認識できる。超失礼な事考えてるな俺。
「なんだか耳が変な感じです」
「いや、そこだけじゃないと思うが……」
確かにウンディーネの耳は普通とは違う。エルフが尖ってて、モブリはモコモコ、スレイプルも基本エルフと同じだがあっちはシュッと伸びてる感じじゃなくボテッとしてるというか、ちょっと大きい感じ。
それでウンディーネは透明な感じのエラが伸びてる感じなんだ。それは確かに違和感だろうけど、どう見てもそれだけじゃ済んでないだろ。
「ラオウさんはまだ良いじゃない。私なんか殆ど変わってないわ。どういう事よ?」
そう云うのは天道さんだ。確かに、彼女は余りにも彼女だった。てかそのままだから完全にスルーしてたが、これはどう考えてもおかしい。するとスオウの奴が思案しながらこういった。
「天道さんは一番長く当夜さんに関わってるんですから、データを取る機会は幾らでもあったんじゃ? 何かそんな事されませんでしたか?」
「そうね……確かにちょっと協力してたかしら。ちょっとだけど」
「多分その時のデータを流用して天道さんを形作ってるんじゃないですかね。だから天道さんは天道さんのままでLROにこれた」
そうとしか考えられないか。当夜さんとの関わりが深い天道さんならあり得る。けどそれはいいことなのかどうか……
「ちょっと、私スオウ君と違って顔バレとかしたくないんだけど」
「マスクとかしとけばいいんじゃ無いですか?」
「それはちょっと痛くない?」
「そこにその痛い奴居ますよ?」
そんなスオウの言葉に視線が集まったそいつはビクッと反応してた。確かにそこには痛い感じの奴が居る。派手なマスクで顔半分を隠しつつ、装備は偉くしっかりした感じ。緑を基調とした色の鎧は関節部以外はくまなく肌を防御してる。しかも質感やその装飾からかなりのレア物っぽい。
そして背に背負ってる二つの車輪の様な武器……見たこともない武器だ。イタイのは確か……だけど、LROだからかそれを受け入れて格好良いと思える気がする。てかなんかかなり決まってる。
「お前……メカブか? LROやってたのかよ!」
「やってないなんて一言でも言った? っていうか、私達インフィニットアートを持つ者達は世界を監視する役目があるのだから、生まれて来た世界だって管轄外なんて事はしないのよ!」
開き直りやがったぞ。いや、そもそもなんで今まで言わなかったんだよ。別に言って困ることでも––ん?
「君は……まさか––」
テッケンの様子がおかしい。明らかにメカブの今の姿にビビってる? 装備見て思ったが、やっぱりそれなりに有名な奴なのかも知れない。
「まぁまぁ、仲良くやりましょう。世界の為に。これもインフィニットアートを持つ者の役目だし。今はね」
なんか意味深な事を呟いてるな。俺は愛に近づいて耳打ちする。
「メカブのあの姿、有名な奴なのか?」
「そうですね。アギトは離れてた期間があったから知らないんでしょう。私も今見てちょっとビックリですけど、でもリアルのメカブちゃんを知ってる身としては、噂の信憑性の方が疑わしいかもですね」
「なんだか随分回りくどく言うな。なんかこっちで不味い事でもやってるのか?」
「う〜ん色々と?」
更に歯切れ悪くなったアイリ。こりゃあ相当悪事働いてるな。そもそもあんなにテッケンの奴がビビるなんてそうそう無いことだ。俺達にLROの事を言わなかったのは後ろめたい事があったから……確定だな。
「取り敢えず私の事はいいじゃん。どうしますか天道さん? マスクの予備は有りますよ」
「……じゃあ取り敢えず一番地味なの頂戴」
「地味なのですか〜あったかな〜」
アイテム覧を探りだすメカブ。その間にスオウの奴が俺達に渡す物があると言ってきた。そう言って手をこちらに向けると足元に広がる魔法陣。いや、ただの魔法陣じゃない奴か。
「これがあればシクラ達にある程度対抗できる。実証済みだし安心しろ」
「おう、戦えないお前の分まで戦ってやるよ。ここまでよくやった」
「ええ、全てを繋いでくれたんです。ここからは皆で広めていく番。私もどこまでやれるかわかりませんけど、戦います!」
アイリの奴の装備がカーテナから昔の武器に変わってる。アルテミナスを離れてるしな。それにアルテミナス自体どうなってるのかわからない。だから通常の武器に戻したんだろう。スオウの奴がふと上を見る。
開いた鍵の向こうから他に落ちてくる奴等は居ない。
「誰も来ないか」
「そりゃそうだろ。そう簡単に決断なんか出来ない。なんせ自分の色んなの賭けるんだ。だけどさ、お前の言葉、それはきっと届いたと思う。だから俺達は先を走ろうぜ」
「……そうだな」
二人で確かめ合ったその時、俺達を乗せてるピクが大きく別の方向の空へと向けて吠える。その方向を見つめると、暗雲の中から……いや、違う。空間を歪ませて、何かが……出てくる。それは大きな地面であり、城であった。見たことある……あれは花の城。シクラ達の居城だ。とうとう姉妹全員と+αが揃い踏みする時なのかも知れない。
第六百五十六話です。
遅くなってごめんなさい。ようやくアギト達も合流してくれましたね。だけど問題が一つ。主人公戦えないんですけど!! どうするんだよこれから。主人公蚊帳の外? まぁんな訳ないですけど……どうしよホント。
てな訳で次回は土曜日にあげます。ではでは。