時計の針
叩かれたカスタネットの衝撃が円周上に広がって僕達を強制的に吹き飛ばす。展開してた陣も何もかも一瞬にしてかき消された。壁際まで飛ばされた中、空から響く音に気付いた。ボシュ––ボン––と何かが爆発するような音。
視線を向けるとそこには黒い煙を上げるグリンフィードの姿が見えた。どうやら抜かりなくグリンフィードを排除して現れてたようだ。
「もう〜大丈夫〜みんな〜?」
「百合姉様……すみません。妹達をこんな……」
「気にすること無いよ〜。なんだか余計な存在が向こうには着いたみたいだからね〜」
「余計な存在ですか?」
「蘭ちゃんは見たと思うけど〜。スオウ君に入ってる奴〜」
二人の視線がこちらに向く。なんだろう……ブルっと体が勝手に震えた。取り敢えずこれからどうするか……皆無事のようだけど、もう一人現れたっていう事実は周囲には大きな衝撃だろう。まあ百合の力は実感が無い物だから、まだ良いのかもしれないけど……でもそれは普通だと感じ得ない力であって、滅茶苦茶な脅威。
僕達はその力を目の当たりに出来るからこそ、防衛も対策も取ろうと思える。でもそもそもそれを感じ得ないんなら、そんな当たり前の事さえも出来ないわけだ。止められた時間の中で殺されたら、対応なんて出来もしない。
僕は愚者の祭典のおかげでどうやら時間操作の影響を受けない様だけど、範囲無指定の時間操作なんてまさにチート。時間操作なんてまさにチートの代名詞的な力だもんな。しかも制約なし……いや、もしかしたらあるのかも知れないけど、今の所それを知る術はない。
百合のコードを抜き出す事が出来たなら、何かわかるかも知れないけど……時間操作は厄介だ。僕は影響を受けなくても、僕だけじゃ厳しい。そもそも百合の奴がどういう戦い方をするかもわからないからな。
見た目的には後衛っぽい……それに肉弾戦を好むタイプでも無さそう。おっとりした性格をしてる様だし、それに何より……
(あの胸で動き回るのは大変そうだ)
(ガン見ですか? 大きいお胸が好きなんですね)
(別にそう言う訳じゃない。訳じゃないけど、目が引き寄せられるんだよ、男として)
ホント、別に全然大きさなんか気にしないけど、寧ろ適度に膨らんだ程度が一番いいと思ってるけど、あの大きさは……なんというか主張が激しいんだ。だって山みたいだもん。メロンでも入れとんのか!? って感じ。やり過ぎだろ。メカブよりもデカかったぞ。
(結論としてだな。興味はあるけど、好きではない––だ)
(知ってましたよ。スオウは外見よりも属性重視ですよね?)
(なんだよ属性って……)
苦十の奴がその黒い目を細めてほくそ笑んでるのが見えるようだ。絶対に碌な事を言わないだろうけど、気にはなる。属性とかアニメやゲームに影響受け過ぎだぞ。普通そこは性格だろ。
(だってスオウは属性付きの女にしか興味無いじゃないですか。メガネに天才属性の幼馴染に、不幸属性の美少女が今の所メインですよね?)
(その言い方物凄く不愉快だ)
確かに日鞠もセツリも普通とは違う。それは属性と呼べるのかもしれないけど、だからって僕が関わったのはそんな理由じゃねーよ。属性なんてのは知り合ってからでないとわからないものだろ。まあメガネとかはそりゃあわかるけど、でも日鞠の奴は知り合った時にはメガネなんて掛けて無かったしな。
そういえばあいつって実際目悪いんだっけ? メガネ掛けてるけど、目が悪いイメージが無いんだが。
(メガネ談義はそこまでにしときましょうよ。狙われてますよ)
(メガネ談義なんかやってた覚えはないけど……それに狙われてるのはこれまでもそうだっただろ)
(ですね)
そうこれまでもずっと狙われてきた。今更だ。けど、これまでとは違うかもしれない。もうここでこっちも向こうも決着を付ける気だ。これまでの様に見逃す––なんて選択肢はあり得ない。そして自分達のコードが侵される危険を奴等は知った。
これまで以上の熱視線は確かに感じるな。
「スオウの傍に居た不気味な奴か。なんなのですかその女は?」
「う〜ん、私はあんまりわかんないかな〜。でも私達とは違う、外側の存在みたいね〜」
「それがいらぬ知恵を与えてると言う訳ですか。倒しますか?」
「ううんいいよ〜。だってどうやらスオウ君の存在に紐付けされてるみたいだから〜、彼を殺せば彼女も消えるでしょ〜」
まったりとした甘ったるい声でなんとも残酷な事を気軽に言い放たれた。いや、ずっと殺され掛けて来たし、今更衝撃なんか感じないけど……凄い圧迫感を感じる気がする。やっぱあの胸か? そうなのか?
(胸から離れてください。あんなのただのデータですよ。あそこには夢も希望も詰まってません)
苦十の奴が呆れ声でそんな事を言った。確かにアレはデータだな。リアルに肉体があるわけじゃないのなら、データ以上でも以下でもない。たゆんたゆんしたあの胸はデータで構築された代物なんだ。
「百合姉! ヒイちゃんがヒイちゃんが!」
「五月蝿いわよヒマ。この位どうって事無い」
「無理はしない方がいいよ〜。どうやらヒイちゃんは私達よりも彼により知られてたみたいだね。本当にまさかここまで〜対抗されるなんてね〜。世界が味方に付くって怖い物ね〜」
「マザーの奴の賭けは正しかったと言う訳か」
「それにセツリちゃんの見る目もね〜」
四人の視線がなんか痛い。向こうもこっちもそれぞれの出方を探るような状況。まあこっちは迂闊に動けないってのが正しい。あの姉妹はそんな事を気に……してるかもしれないか。今は。コードを抜かれるのは相当嫌な様だし、向こうもこっちの出方を伺ってるのかも。
手をこまねいてる場合じゃないな。
「スオウ君、一人増えたがさっきのは上手く行ったのかい?」
「セスさん……」
「上手く行ってなかったら殴るわよ」
「フランさんも」
そういえば二人共僕の後ろの方にいたっけ。同じ方向に飛ばされたわけね。他にも沢山の人達が居るわけだけど、積極的に話しかけて来るような人はやっぱり知り合いしかいない。
「この子達も頑張ったんだし……今度はあの頭緩そうな女をやる?」
頭緩そうなって……確かに百合は頭緩そうではあるけど。でも実際ホントに緩い訳じゃないと思う。本当に緩いのはヒマワリだけだろ。逆に硬くて融通効かないのが蘭ってだけ。多分百合は長女だけあって優秀なんではなかろうか?
取り敢えず厄介な能力を持ってるんだし、その認識は改めた方がいい。
「フランさん、油断大敵ですよ。あの頭緩そうな女の力は時間操作です。既に危ない所だったんですよ」
「時間操作だと!? そこまで敵は操れるのか……」
「僕、危なかったって、つまりそれはアイツがいきなり現れて、空を飛んでたバトルシップ? だっけが煙上げてるのはそれのせいって訳?」
僕は二人に視線を交差させて、深く頷いた。
「バトルシップとかだけじゃない。アイツは僕達の努力を何もかも無くす気でしたよ。時間を戻せばそんなの簡単だ。まあ、防ぎましたけど」
「どうやって?」
ほぼ反射的にセスさんがそう聞き返してきた。確かに気になるよな。僕は鍵を一つ握って言うよ。
「愚者の祭典です。あれもちょっと違うけど時間を操るタイプのアイテムだからでしょう。あの女の時間操作から僕を守ってくれました。だから戻りきる前に、法の書とラプラス、それに奴等から奪ったコードと力を使って無理矢理時間のネジを巻いたんです。
皆と行ったさっきの行動が無かったら出来なかった事でしたよ。それを無駄になんかさせれない」
「……はは、君もまた……」
そう言ってセスさんが手で顔を覆って上を仰いでそう言った。「君もまた……」なんだろうか? 気になる。そんな視線で見てたからか、彼は続けてこういった。
「随分と凄くなったなと。敵もそうだけど、君は何も引けをとっては居ないよ」
「そうですか? でももしそうだとしても、僕は一人じゃ奴等に勝てない。だから皆さんの力を貸してください」
「我々にも何か出来るのなら是非。この街を守りたいのは皆同じだからね」
周りの人達の目にはまだ光が残ってる。怯えてるだけじゃない。百合の奴が見た目的に恐ろし気じゃなかったのはやっぱり良かったのかもな。それに出した武器も小さい。能力発動は認識出来ない。
だから時間操作だけ言われても実感は出来ないものか。良く考えるとかなり怖ろしいんだけど、皆の意志が折れないのならそれが一番。
「また一人増えて、対抗する術はあるの? またコードって奴を抜き出す?」
フランさんがそう言ってきた。確かに、コードを抜ければそれに越したことはない……けど、それは現実的じゃない。さっきのはハッキリ言えばボーナスターンみたいなものだった。奴等もまさか逆にコードを持ってかれるなんて思ってもなかっただろうし、ここからはそれを想定した行動を取ってくる筈。
さっきまでの様にはいかない。僕は頭を横に振るう。
「多分もうコードを狙うのは難しいです。それにいつまでもやられっぱなしってのはここの人達も嫌でしょ」
「どういう事?」
「言ってたじゃないですかフランさん。第四研究所の目標は魔鏡強啓零の先だって。これがその手助けに成るかはわかりませんけど……」
そう言って僕は法の書の一ページを切り離す。そこにはさっき完成させた陣がそのページの中で回ってる。
「これは……」
「さっき奴等を暴く為に完成させた陣です。なかった事にされなかったから、残った僕達の結晶。これがあれば多分魔鏡強啓は更に強化出来ると思います。だからこれをこの街の住人に配りたい」
「確かにこれがあれば……更なる向こう側にも……けど配るってどうやって? 手渡しする時間なんて無いわよ」
確かに。それに流石にそんな大量に紙出せるかどうか……気合居るんだよね。どうにかして一斉に伝えれる手段でもあれば。それにこれを渡せばいいって訳じゃないだろう。ようはこの陣の理をアイテムに組み込む必要があるんだ。
そうしないと意味なんてない。だからこそ、この紙を配り歩いた所で意味は無い。やっぱり重要なのはこれが理解出来て、尚且つ––
「っつ!?」
色褪せた世界に、誰しもが止まる。またか!! 僕はさっきと同じ手段で時を強引に動かす。
「はぁはぁはぁ……」
物凄く体力を持ってかれた。そう何度も出来る訳じゃないな……そう思ってると軽い声が聞こえてくる。
「ほら〜ね?」
「確かに、姉さまの能力が破られましたね」
「えっ? えっ? 何か起きた?」
「ヒマには理解できないから黙ってて」
「むぅ〜! またそうやってヒマをバカにして! お姉ちゃんだよ!」
どうやらさっきの時間操作は僕が破れるかどうかを他の姉妹に見せる為にしたようだな。どうりで案外簡単に破れた訳だ。まあ簡単って言っても、こっちはヘトヘトだけどな。それなのに百合の奴は息一つ上がってない。
あんなチート能力なのに、リスクなにも無いのか?
「ちょっとスオウ、これを配る手段……って、まさか時間操作されてた?」
察したフランさんが真剣にそう聞いてくる。僕は苦笑いを返してあげたよ。すると二人共姉妹達に視線を向ける。勿論彼奴等を無視して話しなんかしてないけど、より意識を向こうに向けたって事だ。
「時の破壊者は使えないということですか」
「でも〜元々そんな多用できる物でもないからね〜。問答無用で世界を巻き込むから、シクラ達にも影響でちゃうし〜使い勝手悪いのよね〜」
そう言ってため息を吐く百合。けどその言葉は怖ろしい事この上ない。問答無用で世界を巻き込む時間操作とかヤバイだろそれ。そんなのを気軽に出せるって……けど範囲を指定できないのがリスクと言えばリスクなのかも知れないな。
今もシクラ達にまで影響が出るとか言ってるし。そのおかげでこれ以上その力を使って来るってことはなさそう。助かった。
「だけど大丈夫だよ〜お姉ちゃんに任せなさい! コード〜リリース〜!【トトラスカタイムキーパー】」
その言葉の直後、百合の着てた服があられもなく散っていく。そして新たな装いはその悩殺ボディを惜しげも無く晒し、二本の長さの違う黒く尖った棒を持った姿になった。なんか最初よりも防御力なさそうだ。
「じゃあ行くよ〜。皆じっとしててね〜」
二本の棒をクルクルと振り回す百合。その手さばきには緩い感じなどなく鮮やかだ。そして僕にはその棒が分裂してく様が見えてた。それぞれ三本づつ……つまりは蘭・ヒマワリ・柊の人数分。すると百合はその棒を三人の体に突き刺した。
肉を貫き完全に肉体を貫いて見えるその棒は、次第に貫いたその体へと入ってく。そして完全に棒の姿が見えなくなったら、三人の頭上に天使の環の様な……いや、時計盤? みたいなのが現れた。真っ白な円盤に大小の棒が備え付けられてるけど、円盤に数字は見えない。それが時計盤と分かるのは時計針の存在。円盤のその周囲には細長いブロックがカチカチと噛み合いながら蠢いてた。そして次第にブロックには青い色が着いて大きく開く。そして秒針が動き出す。
「コードリリース【臥煙無別】」
その瞬間色とりどりの炎が空に向かって湧き上がり、服も髪も変わってく。そして天叢雲剣の刀身が消えていった。
「まさか……そんな……」
フランさんの声が震えてる。それは無理もない。だって蘭のコードリリースは封じたは––
「顕現【コーラリウスドラゴン】」
吹きすさぶ冷たい風に巻き上げられる積もってた雪達。それが集まって形を成して、白銀のドラゴンが姿を表した。そのドラゴンが息を吐く度に周囲は氷、翼を広げるだけで氷解が瓦礫の山を築いてく。
「なんだあれ……あんな物が……」
セスさんの目が大きく開いて揺れている。いくら強いと言っても、蘭達は姿形は僕達と変わらない格好だ。そして何よりも女の子。そこに見た目的な迫力はやっぱりそれほど期待できない。打って変わってドラゴンはインパクト絶大だ。
しかもここブリームスの人達はモンスターを見慣れてない……いきなりこんなのが現れたらその見た目だけで怖じけ付けるかも。そんな事を思ってると、更にもう一人が雄叫びを上げた。
「うううううううううああああああああああああああああ!! 元気かいふ〜〜〜〜〜〜〜く!!」
…………ヒマはそれだけだった。でも見た目的に何も変わってないけど、なんだろう……髪の色が眩しい気がする。けどそれだけだ。
「三人とも〜さっきまでの状態で居れる時間には限りがあるからね〜」
「問題ない。我等がこれだけ揃ってる。負ける道理はない」
「それでも油断はしない。それだけ」
「うううううううし! やるぞおおおおおおおおお!!」
百合はその場から動かず、柊は上空へ、蘭とヒマワリが同時にこっちに突っ込んでくる。セスさんが前へ出ようとしてくれたけど、それよりも早く上から声が響いた。
「皆の物、円を描いて陣を紡ぐのじゃ!!」
重なりあう手の音が共鳴する瞬間、目の前が真っ白に成って凄まじい衝撃が響く。何をしたのかは分からない……けど何が起こったのかはわかった。
「くっ……」
吹き飛ばされて誰がどこに居るかも分からない。でもまだ生きてる。皆の戦意はまだ無くなってなんかいなかった。そのおかげで僕はこうやってまだ動けてるんだろう。
「よお、お主が三種の神器を持つ者だな」
「ふぇふぇふぇ、さっきの会話、聞かせてもらったぞい」
近くに現れたのはデブっこい人と、ちびっこい人。先代と先々代の統括か。
「その陣、我等なら有効に使えるぞい」
「全部に一斉に組み込み術もある」
「それ……本当か!?」
「当然じゃて」
「俺等は第一研究所の統括だ!」
確かに、この二人は第一研究所の統括で、あの手袋を作った側。なら……僕は紙を渡すよ。
「あの目玉にも協力してもらおう。いいかな?」
「まあ、アイツが役に立つのなら。僕も何か––」
「ふん、貴様などいらんわ。やることがあるんじゃろうが」
「うんうん、それならやるべきことをやりなさい。大丈夫、これが最大限のお土産だよ。だから気にせずにやるべきことをやりなさい。私達も出来る時間でやるべきことをやるだけだ」
二人が僕の背中を押すような事を言ってくれる。大丈夫なのか? どうやら蘭達は僕がコードを抜き出す前の状態に戻ってるようだ。それなのに……
「わかっておろう、奴等は力を取り戻しておる。だからこそ、ここしかない。チャンスはなくなるぞ」
確かに……そのとおりかもしれない。今しかない。やれるとしたら今しか……
「任せていいんだよな?」
「子供に掛ける心配などない!!」
「うんうん、行ってきなさい!!」
統括の二人の言葉は中々に響く物がある。これが年の功って奴か。テトラもクリエもどこに居るか分からない……けど、今なら……僕だけでやれるかも知れない。僕は白く覆われた空を見る。そしてその先の、リアルを見据えた。
第六百五十二話です。
なんとか間に合いました。良かったよかった。
取り敢えず次回は日曜日にあげたいです。ではでは。