ひとまたたき
爆風が吹きすさび、深手を追った体を吹き飛ばす。視界一杯に広がる光。個人の一個の技の威力とは比較にならない光だ。これなら……
「スオウ!」
力強い腕が僕を支えてくれる。視界がおかしくなってるからよく分からないけど、たぶんこの声はテトラだろう。微妙に髪に触れる髪もうざったいから間違いない。男の癖にロン毛なんだよな。それに真っ黒な黒髪で、その艶やかさと言ったら服装変えて後ろ姿だけ見たらどこぞの美女かと間違えそうになるほど。
実際、リアルにもロン毛にしてる奴等とかいるけど、テトラの場合レベルが違う。いや次元か? リアルでは一瞬「うっ」って思う。それはきっと色々な偏見と視覚から入る情報がそうさせるんだろう。
けどテトラの場合は「うわっ」だ。同じように感じられるかも知れないけど、そこには明確な差がある。「うっ」は嫌悪感があるけど、「うわっ」には羨望にも似た感情が込められてるのである。びっくりする質が違うのだ。
「何見てる?」
「いや、テトラ……だよな? と思って」
「当然だ。血を流しすぎて頭回ってないのか?」
テトラは僕を抱えたまま地面に優しく降り立つ。確かに血を流し過ぎかも知れないけど……頭回ってない訳じゃない。寧ろ逆な位だ。だから僕は僅かに笑ってこういってやるよ。
「はは、冴え過ぎな位だ」
「それならいいが、回復はきちんとしろ。自分が思ってるよりも貴様は死に近いぞ」
「縁起でもない事を……」
言われなくても死の近さなんて嫌になる位に実感してるっての。それにこっちだって出来ることなら回復したい。体に風穴空いたままで良いと思う奴なんて居ないだろうしな。
「それに今はアイテム使えないんだ。誰かのアイテムに頼るか回復魔法をしてもらわないと、回復出来ないんだ」
「それで良くあんな無茶を……柊の奴がパワータイプなら死んでたぞ」
「そうじゃないって知ってたからな……無茶も通せた」
一度やりあった経験と言うのは大きい。やっぱり初見じゃ探り探りになるからな。無茶しにくい。敵が強大であればあるほどさ。その分今回はダメージは想定してた範囲内だよ。柊の奴は自身で自分の役目は後衛だと言ってた。
それにヒマワリや蘭の様に、体をバリバリ動かす白兵戦は殆どしなかったからな。近づくことが出来れば、一番やりやすそうな相手。それはあのレシアの奴も雰囲気や態度から体動かすのは苦手そうな感じだけど、確率を操るやつだからな。
幾ら近づいても攻撃を尽く当てれない状況さえも作れるのかもしれない……その点、柊はその心配はない。攻撃を当てれることも、ちょっと鈍臭そうな所も変わってない。しかも今回はやたらと豪華な衣装だしな。
前は動き易いようにかシンプルだった筈だけど、再戦の舞台だからなのか、それともそんな事は関係なく、アレがちゃんとした戦闘服なのか知らないけど、今回は更に機動性を犠牲にしててくれて助かった。羽を出してても殆ど動かなかったからな。
前はもっと動いてた筈だけど、多分ソレは柊だけで相手してたからなんだろう。今回は蘭もヒマワリも居た。だから後衛に徹してたって事なのかも。その割にはあまりサポートとかしてなかったけど……まあそもそもあの姉妹にサポートが必要な場面なんてそうそう無いからな。個人で反則的な強さを内包してるんだ。
だからもしかしたら柊の言う後衛のポジションは僕達がパーティーを組んで当たり前に役割分担するソレじゃないのかもしれない。そもそもサポート無しで十分に強いんだから、回復とはあんまり念頭になさそうだけど……そうなればデカイ一撃を打ち込む掛かりか、連携強化とか?
でも前者はあんまりピンと来ないな。確かに柊は自身で強力な攻撃魔法を使える。けど単体でバカみたいに強力な技を使えるのは姉妹ほぼ全員だろう。連携の強化はハッキリ言って脅威ではあるけど、どうなんだろうな? さっきまでも連携してたかと言うとそうじゃない。寧ろ個々でバラバラな方向を見てた感じだ。
それぞれがそれぞれの相手だけを……って感じ。ヒマワリは治安部だけを相手にしてたし、蘭はテトラとリルフィン……柊は上空で傍観? してただけじゃないと思うけど、別段手を出してくることはなかった。サポートも何か肉体強化的な魔法を使っただけだったしな。
「スオウ、死なないで!」
そう言って突っ込んでくるクリエ。そう思うんならもう少し勢いを弱めて欲しい。そして周りにはリルフィンや所長達も来る。
「やった……訳はないか」
「だろうな」
所長の言葉にセスさんがそう返す。もう皆、安易に奴等を倒せるなんて思っちゃいないようだ。良い心がけだけど、それは一歩間違えば絶望真っ逆さまな考えでもある。こんなんじゃ駄目……何をやっても駄目=絶対に勝利できない相手……となると大変だ。
まあ周りの人達はさっきまでまさにそうだったし、奴等が普通に出てきたらまたそうなる可能性はある。けど高確率で、アイツ等は屁でもない顔して出てくるだろう。服に汚れでも付いてればいいほう……とでも思ってたほうが良い。
だけど……そんな無駄をいつまでも続けられるほどに時間があるわけでもない。人は何度だって立ち上がれるだろう。けどそれは時間が許す限りだ。僕達の時間はいつだって有限……それを忘れちゃいけない。
「フランお姉ちゃん、スオウの事回復してあげて!」
「そうね。大丈夫泣かないでクリエ」
僕から離れてフランさんに縋ったクリエ。その判断は正しかったようで、彼女は懐から包帯を取り出す。前にも使った錬金術で作られた特殊な包帯か。
「前のとはちょっと違うわ。何せ環境が変わったからね。それに適応させないと行けないでしょ」
そういえば既存の錬金アイテムはブリームスの中だけで想定して作られてた筈だから、錬金特化の力だけで動くように出来てたんだっけ。だけの今は既に錬金の力と世界の力が混ざってる筈。古来のハイブリット方式に対応させたってことだろうか?
そんな事を思ってると包帯が勝手に僕の体に巻きついていく。しかもちゃんと傷口を感知してだ。服の上から巻かれるけど、それは次第に透過して肌に密着する感覚がある。
「僕、わかってると思うけど、魔法と違って即効性は無いんだから、さっきみたいな事をしてたら死ぬわよ」
「わかってますよ。セラ・シルフィングも無くなったし、戦闘面は出来る奴に任せます」
だからまあ頭を使うしか無い。そこまで優秀って訳じゃない頭だけど、苦十の奴もいるし思考は二倍だ。
【苦十、柊のコードはどうだ?】
【どうだって言われてもですね。断片位しか取れてないですよ。それに他人のコードも同じ。これじゃあ捕らわれた人を解放出来る程じゃないですね】
流石に丸々全部引っこ抜くなんて事は無理だったか……引っこ抜いた時に見えた色々とはやっぱり捕らわれた人達の記憶とかか。実際聞かなくても今は僕達互いにオープンだから、苦十の理解さえも僕には伝わってくる。
僕がこっちで皆と現状を話し合ってるさなかでも、もう一方で苦十の奴がコードを分析とかが出来るのだ。なんと便利。まあでもこのくらい出来ないと、あの姉妹に対抗なんて出来ない。
【取り敢えず外の研究者達にも流してみますよ。断片の情報でも何か分かることがあるかも知れないですしね。私の理解できる範囲はそっちにも伝わってるでしょうし、わざわざ口頭では言いませんよ。
どう活用するかはスオウに任せます】
【そうだな……こっちは任せろ。そっちは魔鏡強啓と世界の環を頼む】
【どの位の苦来を請求しましょうか?】
そういえば今何苦来たまってるんだっけ? 百はまだ行ってないよな? それならもう五十位はくれてやろう。
【五十で】
【じゃあ百ですね】
【なんでだよ。倍はボリ過ぎだろ!?】
苦十の奴、この戦いで五百苦来貯める気だな。そんな事させるか! Hとかそりゃあこっちも年頃な訳で……興味無い訳無いし……寧ろめっちゃ興味あるわけだけど……けどあれ? こっちでもしも始めてを済ませたとして……それはカウントしていい物なのだろうか?
だって体は実質的には繋がってないし……それは童貞喪失したことになるか? そんな事を考えてると「駄目ですか?」という苦十の声が頭に響く。
【百はさすがにな……】
【だけどほら、正当な対価だと思うんですよ】
【正当か?】
明らかに単価上がってるだろ。これを許すと小さいことでもどんどんと単価が上がっていって、簡単に五百苦来行っちゃう様に成るんだろ? 分かりやすいんだよ。
【でもほら、そっち楽しそうじゃないですか?】
【この状況でよくそんな事言えるな。それならこっちからしたらお前は気楽そうだよ】
【それはそれで失礼ですね】
僕の言葉にムッとした様な声を出す苦十。マジで楽しそうとか、口が裂けても言ってほしくない。楽しい訳無いだろ。こっちは命懸けだぞ。しかも背負ってるの自分の分だけじゃないからな。僕みたいな一介の高校生には重過ぎる荷物背負ってるんだ。
楽しそうとか、そこまで神経図太くないっての。
【だけどですね、そっちはほら、賑やかじゃないですか。私の周りには誰も居ない。私はスオウなんかとしか喋れません】
【なんかで悪かったな。お前はリアルの方と通信出来るだろ】
【通信と言ってもお喋り出来る雰囲気じゃないんですよ。皆さん真剣ですからね】
だろうな。この状況で悪ふざけ始める奴居たらぶっ飛ばされても文句言わせないだろ。秋徒達は勿論、佐々木さん達LRO関係者は色々とこれからの人生かかってるだろうし、集められた研究者や、政府機関の人達にとってもこの動向は目が離せないもののはず。
もしかすると国の……いや、世界に多大な影響をあたえるかも知れない技術を得れるか、失わせるかの瀬戸際みたいな物だしな。
【取り敢えずですね、私は孤独にこんな場所で頑張ってるんですから、それなりの対価を要求します。理解––渡しませんよ? それにこの魔鏡強啓の扉の向こうでシステムとLROの中間に居る私にそっぽ向かれるのは痛いはずですよね?】
【お前……協力関係なんだろ? 僕達は】
【仲間なんて思ってない癖に】
【別に思ってないわけじゃないけど……お前はなんか底が深いんだよ。勘ぐりたく成る】
【ふふ、確かに私ってミステリアスな女ですからね】
女って言うか存在だろ。未だに苦十の事は理解出来てないからな。シクラ達に近いのはわかるけど、けど彼奴等は当夜さんに作られた存在だからな。そこら辺はハッキリとしてる。だからこそ当初からの予定通りにセツリ第一至上主義なんだからな。
けど苦十はセツリの事なんか眼中に無いっぽい。そこら辺がシクラ達とは根本的に違うよな。作られた存在じゃないんだとしたら苦十という存在は……
【ミステリアスな女に惚れたら苦労するのは相場ですよスオウ。諦めたと思って百五十苦来献上なさい】
【さらりと増やすな。それに惚れてもないっての。取り敢えず八十が妥協点だな。それ以上はない】
【しょうがないですね。取り敢えずそれでいいですよ。それよりも、早く外への扉を開けたほうがいいかもですよ。どれだけの人が可能性を感じてくれるか、自分の可能性を信じれるかはわかりませんけど、魔鏡強啓零はたぶんプレイヤーが使った方が効果的です】
【なんでそんな事が言える?】
NPCの彼等でも魔鏡強啓零のお陰でかなり戦えてるはずだ。プレイヤーは個々の鍛え上げたスキルとかで良いような気もするけど……確かにそれがシクラ達に通じるかっていうと厳しいだろうけど、それこそ組み合わせ・掛け合わせだろう。
プレイヤーは自身のスキルと魔法、NPCの人達は魔鏡強啓零のアイテムを使う。それじゃあ駄目なのか?
【彼等は確かに感情を持ち、自我を芽生えさせてる。けど、命の光は宿してない。結局全てはこの箱庭の中の存在なんですよ。魔鏡強啓零はシステムの外へ続く力です。制約が無い方が、外に近い側の方がその力を享受出来るのは道理でしょう】
確かに……思えば秋徒達に魔鏡強啓零が宿ればシクラ達にだって個々で対抗出来たりするかも知れない。いや、零を理解するなんてそうそう出来る事じゃないだろうから、それは僕がやらないと行けないことだろう。
直接的に戦闘に関われなくなったからこそ、支えるのが僕の役目。それに法の書もラプラスもある。無理矢理にでも零を適応させる事が出来る存在は僕しか居ない。
【やることが増える一方だな】
【そもそも私達のやることがなくなるなんてないですよ。もしもやることが無くなるって事は出来なくなるって事でしょう。つまりは死んだ時ですよ。スオウが】
最後に僕の名前をこれ見よがしに付け足すなよ。たく、性格悪い女だ。気を引くつもりがあるなら、もうちょっと言葉選べよな。暗に僕だけ殺してるし……まあそりゃあ今は同一視されてるけど、いざとなればどこにでもバックレれそうだもんな苦十の奴は。
そこら辺自由だろ。僕が死んだら自分も危ないとか言ってたけど、いざとなれば絶対に簡単に去って行きそうな気がする。それこそ可能性なくなればそうするだろ絶対に。
「スオウ……大丈夫?」
ギュッと服を引っ張る力に引かれて意識が現場に回帰する。視線を向けるとクリエが心配そうな眼差しで僕を見てた。周囲にはまだグリンフィードの砲撃の光が拡散してて、眩しい位。だけど流石に最初よりはその大きさを小さくしてるように見える。
「大丈夫、まだまだやれるさ」
僕はクリエを安心させる為にそう言うよ。強がりも多少はあるけど、大丈夫、まだやれるってのは本当だ。
「どうする? 今の内に大掛かりな事を仕掛けるか?」
大掛かりな仕掛けね……なんだろう。街の住人も引っ張っての巨大錬金か何かだろうか? 出来なくはなさそうだけど、もっと効果的な方法を僕は考えついてる。さっきの柊への介入は有効だった。そしてその前に同じような事をしてる人がもう一人居る。
てか、あれを見てもしかしたら––とおもったんだからな。だから僕はその人に声を掛ける。
「フランさん、さっき蘭のコードリリースを強制解除させたのってもしかして」
「強制解除させたのは助手ではなく俺だがな。だが貴様が思ってる通りだ。助手のアイテムは分析と解析が主だ。そして俺がそれを元に強制的に内部に干渉を果たす」
フランさんに話しかけた筈なのに全て所長が喋ってくる。いや、別にいいけど。でもそれなら……
「フランさんには蘭のコードの情報があるって事ですよね? それ、こっちに渡せますか?」
「それは……出来ると思うけど……」
そういう彼女の肩に乗ってるてるてる坊主みたいな頭をカタカタ震わせながら三百六十度回す。なんて不気味な……
「どうやって渡す? 指輪……はもう無いわね」
「そうですね……ん〜」
【おい、自分……使ってもええぞ】
「ん〜」
【お〜い、われ聞こえてるやろ!?】
インテグの奴がなんか五月蝿い。けど確かにデータ吸えるか。けどどの道インテグからこっちにデータを移すのが問題だ。そう思ってると指にはまってるアイテムがキラリと主張して来たような気がした。
そういえばこれって元は指輪なんだよな。インテグからデータ受け取れたりするのかも知れない。
「じゃあまずはインテグに移してください」
「どうやってよ……」
「本人が触れるだけでいいって」
「そういえば喋るんだっけそれ……気持ち悪い」
ごっつええよごっつええよ––と鼻息荒くして言ってるのは伝えないでおこう。まあ触れるのはフランさんじゃなく二体の使い魔みたいなのだけどね。それらからデータを受け取ったインテグがこっちに来る。僕は自分の右手にはまってる金色のアイテムをインテグの方に向けてチョコンと触れる。
すると手がまたも勝手に動き出して何かを記したと思ったら、指を通して頭に直接受け取った情報が流れてきた。一瞬で把握とか無理だけど、取り敢えず苦十は即効で内容くらい確認しただろう。まあこっちも何かカチカチとパズルのピースがハマるような……そんな間隔はあったりもするんだけどね。
「それで、情報を受け渡してどうする? まだまだ圧倒的に不利だぞ」
「勿論、更にコードを奪う。何かが見えそうな気がするんだ。それに奴等のコードが分かれば、弱点とかもわかるかも知れないしな。三人一纏めになってるんだ。こんなチャンスはない」
「言っとくけど、データの解析とかには色々と条件があるのよ」
フランさんの言葉は予想してた。けどそれはそいつ等だけで見た場合だろ。僕達は完全なんかじゃない。けど力を合わせることで完全以上に行けるかもしれない。
「奴等へのパイプはスレイプニールを使う。フランさん、そいつらの力を借りますよ。所長は向かい側に行ってくれ。スレイプニールで僕とテトラとクリエを繋げてくれ。そして三人はそれぞれの力を操って欲しい。僕が伝える通りにだ。
これから奴等のコードを奪う神と錬金の力が合わさった陣を生成する!!」
「即興で全く新しい理を紡ぐ気か? 出来るのかお前に?」
所長は不安気な顔でこっちを見てる。確かに不安はある。けどそんなの見せてどうなるよ。出来るか出来ないかじゃない。やるんだ。今の僕に出来るのはこのくらいだ。それなら無茶でもなんでもやってやるさ。大丈夫、手助けはある。ヒントも受け取った。
後は自分を信じるだけだ。だから僕は気軽にこういってやるよ。
「寧ろこっちが聞きたい位だな。ヘマするんじゃないか三人とも?」
「神を舐めるなよ」
「クリエだってクリエだって頑張るもん!!」
「ふっ……はっはははははははははっは愚問だな!! このマッドサイエンティストに失敗という二文字は存在しない!! そこまで言うのなら見せて貰おうか、三種の神器を得し者の力という物をな」
そう言ってポジションに付く三人。僕達を繋げる光の環。そして激しい光の只中に突き刺さる太い糸。それを握りしめて僕は頭の中の本を開く。
第六百五十話です。
今回は大丈夫でした。あんまり話は進んでませんが、少しずつ攻略方法が見えてきた……かもしれないですね。
てな訳で次回は日曜に上げます。ではでは。