小さな勇気、小さな希望
吹きすさぶ衝撃と立ち上がる埃。注目が集まるその中心は見えないけど、気が早い人達はやってやったみたいな声を出してる。そう云うのは集団には伝わりやすい。広がってく声の波の中、奴等の強さを知ってる僕達は静かに中心を見つめ続ける。
埃が周囲に広がってくと薄くなる埃っぽさの中から濃ゆい影が見え始める。願わくば……と思うけど、セスさんの姿が地上から数メートルの位置で止まってる姿が現れる。そして伸ばされた切っ先の先……そこには鼻息荒くしてる鮮やかな髪の少女が笑ってた。
「ぬぎーぬぎー!!」
変な声を出しながらヒマワリの奴は歯で受け止めた剣を噛み砕く。バギリ!! と破壊された剣。そして一気に伸ばされた腕がセスさんへ向かう。だけど柄を離してそれをかわすセスさん。いや、かわしきれては居ない。僅かにかすったのか、体を回転させながら危なっかしげに地面に着いた。そして更にヒマワリが追撃をする。足の甲からふくらはぎまでを包帯みたいなので巻いただけのほぼ素足の足でセスさんを蹴り飛ばす。
細足の癖にどこにそんな威力が乗ってたのか不思議な位にセスさんは吹っ飛んだ。
「「「隊長!!」」」
治安部の人達の叫びが響く。そんな治安部一番近い人の所にヒマワリは接近する。タタタタタと結構破片とかが散乱してて危ない道を素足のままで駆けるヒマワリの奴はかなり速い。
「今度はお前だあああああ!!」
そんなノリノリな声を上げながら、近づいたその人に向かってパンチ一発。けど流石に真っ直ぐなだけの攻撃だっただけに治安部の人をそれはかわせた。でもヒマワリの奴はまだまだ止まらない。後ろから迫った剣を勢いのままに転がってかわして、向き直り今度は両足でジャンプして頭突きをかます。
流石に頭突きにはそれほどの威力はないのか、食らった治安部の人はよろけた程度。治安部の人は鋭い眼光を向けて自身の剣をヒマワリへと突き出す。何度も何度も突くけど、ヒマワリの奴はヒョイヒョイと余裕でかわす。
「さっきの勢い無くなってるよ〜」
バカにした様な言い方。だけど治安部の人はそんな挑発に乗りはしない。逆に僅かに口角を上げた。するとその時ヒマワリの奴は何かを察したのか、後ろを見ずに体を屈めて後方から迫ってた剣をかわす。更に後ろに足を突き出して後方の相手を蹴り飛ばす。
地面に尻もちをつくもう一人の治安部の人。だけど更に二・三人と周囲を固めてた治安部全員で再びヒマワリに襲いかかる。けど……
「えっへへ〜さっきの様にはいかないよ!」
ヒマワリの言葉はまさにその通りだった。治安部の人達はさっきと同じように訓練で培ったのであろう連携を何度も繰り返す。でも、それをことごとくヒマワリの奴はかわし、反撃を食らわしていく。無駄な様に思える大振りな回避行動や、野生の獣じみた予測不可能な動き……それらはヒマワリの体が動き続ける毎に鋭さを増していってるようにみえる。完全な死角からの攻撃でも紙一重で避けるし、どんな態勢だったとしても確実に反撃をかます。
それはまるで野生の獣がどうあっても喉元に噛み付いて行く様な……そんなのを感じる。まあヒマワリの場合はまだ遊んでるだけの様な感じだけどな。アイツが執念なんて物を見せたら、それこそ野生の獣ばりにしつこく成るだろう。
「スオウ……まずいよ」
【そうやで、このままじゃ周りにも影響するで!】
クリエとインテグの言うとおり、期待感が煽られてただけに、この状況は周囲に不味い影響を与えてる。「やっぱり勝てない」「どうしようもない」そんな思いが広がってしまう。立ち向かう勇気がなくなると戦えなく成る。
周りの大半は兵士じゃないんだ。義務や使命感、命令で動いてるわけじゃない。誰もがやれると思うからこそ、巨大な敵にも立ち向かえるわけで、それが逆に振れたら大衆は一斉に逃げ出す。誰かが悪いわけじゃない。集団ってのはそういうものだ。
だから見せないと行けないんだ。魅せないと。
「セス! 大丈夫か?」
「行ったぞスオウ!!」
「やらせるかああ!!」
蹴り飛ばされたセスさんに向かう所長とフランさん。蘭と空中戦を繰り広げてるリルフィンとテトラ。そして何度も何度もヒマワリに向かう治安部の人達。皆必死に、繋ぎとめようとしてる。だけど周囲に近い僕達には感じれる。僅かに昇った希望が潰えた今、ここからもう一度大衆を煽るのはかなりのインパクトが必要だ。
逃げ出したってどこにも居場所なんか無いから結局はここに留まってるけども、周囲の人達の体には恐怖が這いずりまわってるのが見える。誰もが建物の壁や路地裏に身を寄せ合って所狭しとしてるんだ。
彼等をあの恐怖から引き剥がすには姉妹のどいつかをぶっ飛ばす位はしないと……だけどそれが……その一発さえも彼奴等相手には遠い。可能性があるとすればヒマワリの奴だ。アイツはまだ遊び半分……その油断に付け入る隙はある。
まあそれを物ともしないセンスみたいなのがアイツにはあるみたいだけど、可能性の面ではヒマワリしかいない。蘭の奴にこれ以上の油断はもう無いだろう。そして一度僕に負けてる柊の奴も油断なんてもうしないはずだ。ここはバカなヒマワリに期待せざる得ない。
「クリエは下がってろ」
「駄目だよ! スオウもう武器無いじゃん!」
「武器はまだあるさ」
確かにセラ・シルフィングはもう無いけど、まだ法の書もラプラスも指にハマったこれもある。もしかしたらのこの指のアイテムは、勝手に文字を書くだけの代物じゃないかもしれないしな。だけどそう思った時、空中から粉雪混じりの風が吹いてきた。
「私の事も忘れないでよ。言ったでしょ? リベンジするって」
「リベンジなんて後日に回して欲しいんだけど……」
余計な所で出てくるなよ。いや、誰も相手にしてなかったし、ここで柊が出てくるのは当然っちゃ当然だけど……直接的な攻撃手段のない僕じゃ、まともに勝負なんて出来ない。一体どうすれば……するとその時、空中に伸びる細長い白い煙が幾つも見える。それは微妙にうねうねしながらも勢い良く柊に向かってる。それに気付いた柊は天扇を振るって氷の刃を作り出した。
そしてそれを向かってくるミサイルに向ける。激しい轟音が鳴り響く。防がれた––と思ったけど、煙の中から無数の何かが飛び出てきて柊の周囲で爆発を繰り返す。どうやら外枠の中に無数の弾幕が入ってるタイプのミサイルだったようだ。
だから外枠が潰されただけじゃ終わらなかった。でもあれで倒せる様な奴でも無いことはわかってる筈だ。てかこの攻撃は……
「ヒイちゃん! 大丈夫〜〜〜〜?」
軽い感じでヒマワリの奴が叫ぶ。もう既に治安部の方々の攻撃なんて見ずにかわしてやがる。治安部の方々は息も絶え絶えでボロボロだ。不味いな早くなんとかしないと……すると突然建物スレスレを掠る様にしてでっかい何かが高速で僕達の頭上を通り過ぎた。。その数秒後に吹き開ける暴風は今の飛行物体に追い付いてきた風の様。
地上に居た僕達でさえ身動きが取れなく成るほどの暴風だったから、屋根の上にいた先々代の統括なんか吹っ飛んだし、空で戦闘中だったテトラ達もその風をモロに受けて煽られてた。あまりの凄まじさに停滞するする戦場。それを作り出したその何かは僕達の頭上を通った後、まっすぐに空の天辺目指して空中を駆け上がってる。
「グリリン?」
「グリンフィードな。直ったのか」
クリエの奴の呼び方は定着してないから僕が言い直す。兎にも角にもあれはまさしくグリンフィードだ。このLROの空中戦のメインは飛空艇と呼ばれる空飛ぶ船だった訳だけど、それはまさしく水上の船を空に浮かべちゃいました! な感じで、機動性とかはあんまり良くない代物だった。大空を自由に飛び回る……ってのは中々に出来ない感じで、ごつい箱がなんとか人を乗せて動いてるな〜って無理感があったんだ。
けどグリンフィード……正式にはバトルシップは違う。あれは魔法の国ノーヴィスがその技術の粋を注ぎ込んで作られた最新鋭の魔導兵器だ。完全に空を飛ぶための乗り物。その姿は大空を駆けるその姿がまさに様になる代物だ。美しいと思える。
船だってちゃんと水上を進んでれば美しく見える。それと一緒。バトルシップはまさに空中で駆ける姿こそが美しいんだ。空気抵抗を減らすための流線形のフォルム。鳥の羽根を模した翼は機械的な部分と魔法で作られた羽毛の様な羽の部分が相まって本当に鳥が飛んでるように見え……見えるな。しかもなんか羽が散ってるようにも見える。
あんなんだったっけ?
「なんかちょっと変わってる?」
クリエの奴も首を傾げてそう言った。確かにグリンフィードの翼部分は前から機械的な部分と魔法技術の部分があったわけだけど、けどそれは後方のチョビっとな部分だったような……基本的に機械の翼が大きく出てた筈……そもそも流石にあんな動いて無かったし。どう見ても羽ばたいてるよあれ。
【何を言ってんのや? ノリノリで第二の連中が改造案出しとったで?】
そう言って図面を表示させるインテグ。確かにこんなのも資料の中にあったかもしれない。けどゴメンだけど図面だけ見せられても僕には理解できない。てか修理だけじゃなかったのかよ。そもそも孫ちゃんもミセス・アンダーソンも機密だとか言ってなかった?
最新鋭の機体、改造とかさせていいのかよ!?
【二人共妥協しとったで。自分家やないんやから、完全に修復なんや無理でもしかたないやろ。修理できへんけど、改良なら出来た。だからそれを受け入れた訳や。取り敢えず飛び立てん事にはどうしようもないやろ】
「まあ、確かに」
飛べるようにすることを選んだ結果がアレか。確かになんだか機動力とかかなり以前よりも上がってるように見え––
「「かぁっくいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」」
どっかのバカとチビの声が重なって響く。どうやら二人の琴線にあの羽ばたく翼はドストライクのようだ。まあ確かに格好良いとは僕も密かに思う。機械に融合する艶かしい翼ってなんだかアンバランス感もあるんだけど、妙にはまってる所もあって良い塩梅なんだよね。
けど流石に今の状況で目を輝かせて「カックイイ!!」とか言えないけどね。それが出来るのはかなり単純で純粋な奴だけだろう。
「ふふ、第二の奴等もなかなかやる……」
そんな風に言ってるのは所長だ。なんか悔しそう……に見えるのは僕の気のせいだろうか? ああいう魔改造出来て羨ましいな––とか思ってそうだな。かなりグリンフィードに関心持ってたし。本当なら自身でいじり倒したかったんだろう。
まあこっちとしては第二の人達の方が安心感あったけど……それにアレを見る限り大成功みたいじゃん。天才は第一へ獲られるようだけど、第二の人達は秀才の集まりらしいし、まとまりは第二の方があり得そうだよね。
てかそういえばロウ副局長は復活してるのだろうか? 責任とか感じてたりしてないと良いけど……それにあのグリンフィードには一体誰が乗ってるんだ? そんな事を思ってると激しく回転しながら一気にミサイルを再び発射させてるグリンフィード。
そして一気にこっちに向かって迫ってくる。その間も常にミサイル発射し続けてるんだ。一体どれだけ武器を詰んでるのか。いや、確か内部精製だったっけ? 発射されたミサイルはこっちにも向かってくるけど、全然違う方向にも飛んでいってる。多分周囲のモンスター共へも向けてるんだろう。高い空を放物線を描いて飛んで行くミサイル達はグリンフィードの羽をまき散らしながら雲を作って進んでいく。
頭上を超えて行き、どこかで激しい音が鳴り響く。それはどんどんと連続していくよ。そして––
「そいつから離れろ!!」
––そんな声が響いたと思ったら今度はヒマワリのやつの所にも何発もミサイルが突っ込んできた。それに柊に蘭の所にも容赦なくミサイルが打ち込まれてる。頭を打ち付けた様な音と衝撃にフラフラする。
『スオウ! どうなってるのよホント……もう分けわからないけど、なんとかしなさい!!』
バトルシップから聞こえてくるのは孫ちゃんの声。いつの間にか森の方に行ったんだな。そう思ってるともう一人の声も聞こえてくる。
『聞こえますか? どうやら私達は錬金の力でどうにか成ったようですね。ですが……私達以外はもう……どことも連絡が取れません。手段があるのならどうかお願いよ! また貴方に頼る事になるけど、私達もグリンフィードで出来るだけの事はやる。
だから貴方は自分の役割をお願い!!』
それはミセス・アンダーソンの声。二人で動かしてるのか? いや、多分僧兵の奴もあそこに居るんだろう。孫ちゃんとはセットみたいな物だからな。自分の役割か……僕の今の役割は、あの姉妹を倒す事じゃない。
扉を開くこと……それが役割だ。内側からなら……それが出来るはず。それに人間再生でクリエもテトラも復活出来た。そしてこの手には法の書とラプラスと化したバンドローム。条件は整ってる筈だ。図らずしもブリームスもその姿を元の場所に表してるし、世界との隔絶は無くなってる。
実際アギト達数人を招いて何がどうなるか……だけど、開かれた扉には可能性がある。
『苦十、外の様子はどうなんだ? リアルな、リアル』
『そうですね、知らないほうがいいですよ』
『それだけでなんとなく察しはつくけどな』
要はリアルの反応は芳しくないんだろう。当たり前だな……リスクは死––まで行かなくても意識不明は十分にあり得る。そして状況は劣勢で、敵は途方も無いと来てる。まあ元からプレイヤーは賭けでしか無い。でも可能性を広げておくことは重要だろ。
僕達が狙うのは 当夜さんが示した方。この世界で奴等に勝つことは出来ない。そう言われた。それならやることは一つしか無いじゃないか。僕達の狙いは……
「五月蝿いハエね。ハエにしては大きいけど、取り敢えず邪魔」
煙の中から天扇を振るって出てきた柊の奴は無傷だ。そしてゆっくりとその腕を優雅に振ると、体を輝かせて蘭とヒマワリが煙を吹き飛ばして出てきた。どうやら肉体強化されてるみたいだ。そういえば柊の奴は基本後衛だったな。
「ヒマ、蘭姐」
「仕方がないな。確かにあの機動性は厄介だ」
「よくわかんないけど、あれをぶっ壊せば僕にも羽が付くよね!!」
ヒマワリの奴はただ単にあの翼が欲しいからその場でジャンプして空へ飛び上がってる。飛んでるんじゃない跳躍だ。それさえアイツ規格外過ぎる。蘭の奴は天叢雲剣をグリンフィードへ向けてる。あれは不味いな。
「テトラ! リルフィン!!」
「クソ!」
「間に合わん!!」
蘭に向かう二人だけど、爆発の影響を受けないように離れてたせいで、蘭の抜刀に間に合わない。するとその時細かな魔法陣……というか、それに良く似た陣が蘭の体に現れる。だけど蘭の奴はそんな些細な事を気にしない。グリンフィードを見つめて動作に入った所でその異常に気付く。それは明らかにスピードが遅い。
いや、遅いなんて物じゃなく、遅すぎるというくらいだ。まるで蘭の周囲だけその時間の進みが遅くなったような……
「はっははは、魔鏡強啓零の成せる技の一つ。そして俺のアイテムのおかげ! 感謝してもらおうか先代よ」
「五月蝿いわい! 儂のアイデアパクっとる癖に。それに遅いんじゃ!!」
「いやはや、第一事態が色々とバグっててな。たどり着くのに苦労したんだ」
いつの間にか屋根の上にはぽっちゃり系の先代統括まで居た。つまりはこれは彼等の仕業って事か。歴代の統括だけあってここぞと言う時にはやってくれるようだ。
「「うおおおおおおおおおおおおおお!!」」
リルフィンとテトラが遅くなった蘭に攻撃を叩き込む。なんとかグリンフィードの危機の第一波は防げた。でもまだヒマワリの奴が……
「ちょっ!! 何やってんだ!! 邪魔だよ!!」
そんな声にヒマワリの方を見ると、ヒマワリの足に光る縄が括り着いてた……あれはスレイプニールか? 確かにアレならヒマワリでもそうそう切れないかも……けどセスさんと所長とフランさんの三人じゃ、ヒマワリの勢いを止めるには心許ない。
今はどうにかこうにか地面の四方にスレイプニールを埋め込ませて体を固定させてるようだけど、ヒマワリが空気を蹴る度に地面ごと盛り上がってる。三人ともアレじゃ、スレイプニールが体に食い込んで死ぬぞ。
グリンフィードも援護するようにミサイルを発射するけど、そんなの気にするヒマワリではない。
「あの羽根を手に入れるんだから離せよ〜〜〜!」
もう一度ズドンと空中を踏みしめるヒマワリ。その瞬間とうとう地面にめり込んでたスレイプニールが外れて三人の体が宙に浮く。だけど所長は歯を食いしばって叫ぶ。
「まだまだ逃さん!! 巨山内積!!」
腕輪が光ったと思ったら三人が人とは思えない音を出して地面に落ちた。
「んなっ!? 超重! おっもおっもだああああ!!」
ヒマワリが顔を真赤にしてそう言ってる。つまり所長は自身の体重を重くしたのか? いや、この場合三人の重さを増やしたんだろう。そのせいか、三人とも地面に倒れて動けない様子だけど、ヒマワリを開放するよりも自身が重しに成ることを選んだって事か。
それでも連続で空中を蹴って何とか踏ん張ってるヒマワリ。そこに柊の奴が向かってる。柊は飛べるから空中でも自由自在だ。あいつならスレイプニールさえ切れるかも……
「スオウ! 貴様はあの氷の奴を止めろ。こっちはなんとかする! 奴等を一箇所に集めるんだ!」
「一箇所に? けど今の僕には攻撃なんて……」
「貴様も魔鏡強啓零を有してるんだろう? それに法の書もある。誰よりも世界を自由に描けるのは貴様の筈だ!!」
所長の言葉が胸を打つ。確かにセラ・シルフィングは無くなったけど、僕の手元に残ってるアイテムはどれも超弩級の代物ばかりだ。やれることは勿論ある。世界の前に試す価値はあるかも知れない。
「ヒマワリの事任せて大丈夫なのか?」
「杞憂だな。力を合わせればあんな奴どうってこと無い」
所長の癖に格好良い事を言いやがる。取り敢えずここは所長に任せよう。
「クリエ、お前の力、僕に流せるか?」
「う、うん! やってみる!!」
クリエは僕の手を掴んで必死に「うーうー」唸る。すると僅かだけど、繊細なその力の流れを感じる。前に一度クリエに成ってた時にその力を感じてたからか、感じやすく成ってるのかも。
『何やる気や?』
「そうだな……神の力をこの身に宿して、神の真理に頭を突っ込んで……出来る事は『改変』だ!」
僕は蘭の奴が落ちて埃が立ってる場所へ走る。そっちにはテトラが居るからな。どうやら蘭の奴はまだ大人しいけど、直ぐに暴れだすのは明白だ。倒せたなんて誰も思ってないだろうしな。僕達が何か動き出したのはグリンフィードに居る孫ちゃんやミセス・アンダーソンも気付いてる筈。声を掛け合うなんて出来ないけど……通じあってると信じるよ。この数秒で一矢報いる。目的はその後だ。
「テトラ! 柊の所までのルートを頼む!」
「貴様何す––行って来い」
僕の表情を見てそう言ったテトラは直ぐに黒い靄を作り出してくれた。そこに僕は飛び込むよ。
次の瞬間、僕は空の上に居た。しかも柊の斜め上。武器も無いから攻撃なんか出来ない……けどそのまま僕は柊の背中に飛びついた。
「きゃっ!? セクハラで殺すわよ!!」
「うるせぇ、まだガキだろうが!!」
「私はもう立派なレディなのよ!!」
ドスドスドス––と背中に伝わる衝撃。それは冷たくてでも直ぐに熱い何かが流れ出るのを感じる。柊の氷の翼……それが背中に突き刺さってるようだ。
「押し倒すならベッドにしてよね」
「子供が何を……言ってんだ」
「でないと、こんな風に死んじゃうって事よスオウ」
「どこで押し倒したって……殺されるんだろ?」
「そうかもね。けど、私に伝わる何かがあると別かも」
そう言う柊の周囲に冷たい冷気が集まってきてデカイ氷柱が作られる。とどめ刺す気だな。しかも真上って僕の頭が無残に潰れちゃうよ。可愛いくせに可愛げない。これは相当嫌われてるな。まあでも仕方ない。まぐれ勝ちしちゃったからな……だけど、今度も勝ってみせる。
「何か……か。それが何かは分からないけど……伝える事はあるんだ」
「ふうん、聞いてあげなくもないかもね」
「いや、もうずっと伝えてる。お前に触れた瞬間からな」
その瞬間柊の翼が砕けた。勿論向かって来てた氷柱も砕け散る。そして羽を失った柊は落ちだした。
「ヒイちゃん!!」
ヒマワリのそんな叫びが聞こえたけど、あいつも何も出来なかった。何故なら、大きく揺さぶられ始めたからだ。下を見るとどういう訳か、四方八方から所長のスレイプニールに伸ばされる同系統の光の縄が見える。そして集った縄は強度を高め、団結した人の力はあのヒマワリさえも振り回す。
「やれるんだ! 俺達が手にした力は魔鏡強啓零。俺達が信じるのは巨大な敵の恐怖や言葉などじゃない! 錬金術……それを俺たちが信じなくてどうする!! やれるんだ。環を結び、手を掲げろ! 零は意思を汲んでくれる!!」
所長の言葉でまたひとつ、また一つと縄が増える。恐る恐る手を掲げて、そして繋がる縄が人々の心を結んでく。所長は誰よりも錬金の……そして自分の可能性を信じてたやつだったな。普段は煙たがられるそんな性格も、ヒマワリや蘭にぶつかって行ってた姿は彼の評価を引き上げただろう。
口だけじゃないと……
「スオウ、一体何をした? それだけ出血しといてなんで……」
「もうどれだけ血を流したとか興味もない。ここでは流れ出る血が命の量じゃないんだよ。だから僕は最初からお前に伝えてたんだ。お前の体に、僕の命令を!!」
体をぶっ刺されないでもきっと目や鼻、耳から血は流れてたさ。頭が壊れる様に痛いし、法の書は体力バリバリ持ってくよ。でもお前の体には無茶する価値がある。
「お前達を倒すために、僕はお前達を知る。だから教えてもらうぞ。お前のコードを貰う!!」
右手のアイテムがヒマワリの背中に陣を書く。そこに僕は腕を突っ込んだ。その瞬間柊が叫びを上げた。
「やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ! 入ってくるな!! なんでこんな!!」
「神の力で世界への親和性を高めた。テトラ達の力はこの世界の創造の力だ。しかもお前達は最強に成るためにこっちのコードを相当喰ったんだろ。外の存在といっても、混じった力が付け込む隙を生み出す。
後は法の書とラプラス、魔鏡強啓零の強引な介入だ!!」
僕は突っ込んだ腕を思いっきり引き抜く。すると何かの文字がグルグルと回る長い線が出てきた。これがコード……自分の中からも出てきた事あったけど、あれはもっとシンプルだったような……
いや、考えてる場合じゃないな。
(法の書に……コードを!)
すると僕の腕からコードが消えていき、頭の中の法の書にその情報が刻まれていく。それと同時に、沢山の断片的な記憶や意味不明な情報も頭にどんどん入って来る。頭がおかしくなりそうだ……
「返せ……スオウオオオオオオオオオ!!」
柊の奴が天扇に力を蓄えて振るってくるのが見える。その瞳には今までにない必死が見える。ヤバイ……コレを喰らうのは不味い。
「そいつから離れろスオウ!!」
聞こえた声に僕は咄嗟に柊を蹴ってその体から離れた。ジャンプとかそんな体力使うことは出来なかったから、ただ単に体を強引に引き剥がして落ちただけ。コードを抜いたからか柊の体にも多少のガタが出てきてたようだ。柊の奴はそれでも天扇で僕を狙ってたけど、直後その姿が視界から消えた。一体何が? ––と思ったけど直ぐに分かった。どうやら振り回されたヒマワリが柊にぶつかったようだ。そしてそのまま二人揃って、蘭が落ちてた場所にたたきつけられる。
大きく高く立ち上る埃、だけどそれで終わりじゃない。高く昇った埃の更に上空から三人を狙う光が一つ。グリンフィードの主砲がエネルギーを溜めきって狙ってた。猛スピードで滑空してくるグリンフィード。そしてそのエネルギーを解放して、野太い光の柱がブリームスの街に聳え立ったんだ。
第六百四十九話です。
超遅くなってしまいましたね。自分でもなんでこんな事に成ったのか謎です。でも今回は色々と悩ませました。本当はもっと前で区切るか……とか思ったけど流石にそれはこれだけ待たせて無いかなと……ちょっと長く成ったけど、遅れた分です。
てな訳で次回は金曜日に上げます。ではでは。