思考の先の力
迫る力の波動。放たれた天叢雲剣の一撃は僕という存在を消し去るには十分過ぎる威力を有してる。だけど、こんな所で消される訳にはいかない。頭の中でめくられるページは僕の力を吸って文字が現れてる。
いつもならそれに意味を見出せない僕だけど……けど、今は違う。僕の頭には苦十が得た理解がある。
(分かる。理解できる。バンドローム!!)
その瞬間、自分の足元が大きくはじけた。空中に押し上げられる僕の体。その刹那のタイミングで、僕の居た場所も凛の攻撃で消え去った。普通の攻撃なら、消え去る……なんてあり得ない。そのダメージを反映して崩壊するだけだ。
けど天叢雲剣の威力は規格外なんだろう。そういう処理を諸々ぶっ壊してるのかも知れない。破壊された建物や道路……そんな物全てが、オブジェクト化して、モンスターが消えるときみたいに青い光と共に消えていってるんだ。幸い、僕の後方は既に消えてたから被害は最小限だな。
僕は空中に着地する。法の書とバンドロームを使えれば、周囲の空気を操ったりするのは造作も無い。いつもは自身の小さな風を伸ばして掴み増幅していくところだけど、法の書というアイテムがあれば世界全体の風だって操れそうだ。
でもきっとそんな事をしたら、僕の力は尽きるだろうけどね。そう思ってるとカタガタと握り締めるセラ・シルフィングがざわめきだした。来たか。
「上手く逃げたようだが、言っただろ。天叢雲剣は確実に対象を斬れると。来いスオウ」
引力––それに引き寄せられる様にセラ・シルフィングに僕の体は引っ張られる。今のもコレを使っとけば避けるなんて出来なかったかもしれない。けど、時々弱い時があるのか……それともただ単純に強弱を設定してるのか……そこら辺はまだ分からない。
でももしも前者なら、付け入る隙が出来るかも知れない。
「これで終わりだ!」
再び振り下ろされる天叢雲剣。その斬撃が空間を切り裂き、そのせいで空中なのにデータがオブジェクト化して青い光が散っていた。なんでもかんでも破壊しやがってからに––引力に引っ張られてる以上、避ける事は不可能。それなら……
「空間補強、力場圧縮––耐えろ!!」
目の前の空間がどこか溶けこむように折り重なるのが見えた。その瞬間、斬撃がそこへぶち当たる。空間全体の振動と共に、青い光が周囲に散った。
「ぐわっ…っうぅ」
吹き飛ばされて建物の屋根に落ちた僕。かなり強引な命令だったけど、上手くは行ったようだ。でも楽観は出来ない。僕が無理をさせた空間に、破壊の一撃が衝突したんだ。その結果がアレ……空と町並みの中間の空間にポッカリと空いた穴……早く凛の奴の行動を止めないと、街中ああなることになる。
しかもアレ……なんだかポロポロと空間の崩壊が続いてる様に見える。多分だけど、アレが広がってくと、この空間その物が崩壊しちゃったりするんだろう。そしてあんな事を各所でやってたら尚更それは早まるのは明白。時間はない。
この場所は大切なキーパーソン。壊すわけには行かないんだ。すると凛の奴も屋根に一飛びで上がってきた。そして鋭い目を向けてこういった。
「おかしいな、既に貴様は三回は死んでるはずだが? ゾンビなのか?」
「誰がゾンビだ」
そんな不気味な物になった覚えはない。まあ慣れるのなら拒否はしないかも知れないけどな。だってゾンビならHP無くなっても大丈夫だろうし、そう言うスキルがあるのなら是非とも欲しいね。今の状況、目的を達せれるのなら何にでも成ってやるさ。選り好みなんて出来る身分でもないしな。
「ゾンビじゃないか……少し派手にやり過ぎたかもしれん」
そう言った凛は短く息を吐いたと思ったら、激しく屋根を踏みつけて向かってきた。どうやら接近戦で、僕が何をやってるのか見極めるつもりのようだな。それかこれで殺せるのならそれまでって感じでもあるんだろう。
よくよく考えたら凛の奴って僕が法の書やバンドロームを使ってるって気付いてないんだな。まあ物が見える訳じゃないからな……鍵の姿に成ってるメリットか。それに接近戦なら、チャンスかも知れない。
遠くから接近して一撃は手順が多いけど、そっちから近づいてくれるのなら、チャンスが増える。まあ向こうはこっちが反撃を伺ってるなんて思っても無さそうだけどな。でもそれもチャンスだ。僕は確かに絶対に勝てない。それを僕も凛もわかってる。だからこその油断……慢心。それこそ、僕の付け入る事が出来る場所だ。
「ふっ! はっ! だっ!」」
息に合わせて振られる天叢雲剣。振りぬかれる度に空間に空く黒い穴と、消滅の青い光。それはとてもおっかない。一撃でも当たれば、僕の体も破壊される事は明白だ。けど慢心のせいか、凛の攻撃は単純だ。大振りが続いてる。
これならそこまで避ける事自体は難しくない。結構な速さがあるけど、僕だって速さは自慢だ。それに良く見える––そんな気がする。けどちょっと単純過ぎる気もする。凛の奴は確かに一撃必殺的な技を好んでる印象があるけど、ヒマワリの奴と違ってちゃんと考えて戦ってる。大振りが当たらない相手とわかると、臨機応変に対応できる筈。
でもそれをしないのはやっぱりただの慢心なのか……それとも––
(誘ってる?)
一撃位は貰ってやろうという武士の情けか? いや、それも慢心かな。一撃位、どうでもないと凛は思ってる。寧ろその一撃をケロリと耐えれば、更なる絶望を味合わせれると考えてるのかも知れない。
ついでにその一撃で僕が何をどうやってるのかも見極める算段なんだろう。
(こいつ––っつ!?)
今一瞬目が合った。その瞬間、奴の口元に笑みが零れたのを僕は見逃さない。今の僕の目がそれを見逃す訳がない。確かに笑ったんだ。その笑みは確かにこう言ってた。
【やってみるがいい】
テレパシーなんてものは持ちあわせちゃ居ないけど、分かるときには分かるものだ。以心伝心や、アイコンタクトなるものは確かに存在する。言われてやるのは癪だけど……でもこれはチャンスだ。どの道倒すなんて考えてない。けど、衝撃は与えないと行けない。物理的な衝撃じゃない、凛の思考を停止させるかのようなインパクトだ。
だけど身構えてる分だけ、それは難しく成ってる訳でもある。でもこれが最大のチャンスだ! 頭の中でめくられるページ。どうすれば凛の奴に最大級のインパクトを与えれるか……それを模索する。
「はぁはぁ……」
「どうした? 動きが鈍ってきてるぞ!!」
「くっ!」
ページを捲る度に、そこに一文字が浮かぶだけで、一体どれだけの力が奪われてるんだろうか? 苦十の奴も今多分僕と同じように法の書を活用してる筈……だからどんどん吸い取られて行ってる実感がある。そんな時、ガクっと膝が落ちた。
そんな……何の前触れもなくギブアップするなよ。責めて笑って知らせてくれれば……とか思ってる場合じゃない。僕は咄嗟に一回転して凛の攻撃を避けた。けど次の瞬間、腕が……セラ・シルフィングが引っ張れてる感覚と共に強制的に体が持ち上がる。これは引力か!?
「さあ、その態勢でどうする!?」
確かに今の態勢は最悪だ。一回転して背中を向けた状態になってて、そこで両手に握るセラ・シルフィングが引っ張られたから凛の方向にイナバウアー状態だ。既に変な態勢だから無理矢理体を捻って避ける事も……いや、引力のせいでどう動いても引き寄せられるか。
それならまた空間を操って––するとその時頭にいつかの声が響いた。
【それでは駄目だな。死ぬぞ貴様。ここは俺に譲れ】
「誰だ……おまっ––ぁっく……バンドロームとの連携をレベル2にシフト。ラプラスへの変形を許……可……っつ」
なんだこれ? 口が勝手に言葉を紡ぐ。誰だ……誰が苦十の他に居るんだ!? なんとかしようともがくけど、紡がれる言葉は止まらない。
「空間は視界範囲に限定。逆位相を前へ」
その瞬間僕の顔に天叢雲剣が突き刺さる。突き刺さった……筈だった。だけど痛みなんて無く。衝撃もない。ただ直後に僕達が居た建物が破壊された。僕はその破壊に巻き込まれて地面へ……凛の奴は巻き込まれる前に別の屋根へと跳んでいた。
「何が?」
傷はどこにもない? ダメージは? 死んでないって事はそういう事か? そう思ってるとポタポタと赤い水が地面に落ちてた。
(鼻血?)
まさかコレがさっきの凛によるダメージなわけがないよな。って事は……これはきっと僕自身が法の書とバンドロームを使い過ぎた影響か……そういえば、なんか頭もやけにズキズキ痛む。それに気付くとHPも半分以上減ってた。
バカ食いしてるな……でもまだだ。まだ何もやれてない。取り敢えず凛の奴が離れてくれてる間に回復を……そう思ってウインドウを開こうとすると、頭に激痛が走る。
「いっづうううううううう!!」
思わずその場で悶絶してしまった。なんだこれ? 何が原因か理解出来ない。すると視界に変なメッセージが現れた。
【ユーザー権限を放棄した状態です。ラプラス起動によって貴方の存在はシフトされています。ユーザー回帰を求めるのなら、ラプラスの停止をお願いします】
どういうことだ? ラプラスって……そういえばさっき自分の口がそんなことを言ってたな。僕は鍵の一つを見て目を凝らす。するとその鍵に宿ってるアイテムの姿が見えてくる。それは何の変哲もない四角い箱だった筈。それがバンドロームだった。
使用してる時は色々と形変えて展開してたけど……今の状態は初めて見る。なんだか菱形になって、周りには離れたパーツがクルクルと回ってる。そしてなんだかボワ〜と一定の感覚で中央が光ってる。これがラプラスモードか?
バンドロームだった時と何が違うのかわからない。けど、なんだか見た目的にこっちの方が強力そうな気がする。自分ではきっとこの状態には出来ない。物理的には僕がしたように見えるけど、実際やったのは僕じゃないからな。僕の意識に介入してきた誰か……がこれをやった。法の書を使うときに時々出てくる何か……その存在は謎だけど、今コレを解くのは得策じゃない様な気がする。
ユーザーじゃない何かに僕の存在がシフトしてるのなら、わずかだけど凛達に近づいてるのかも。それなら僅かでも渡り合える可能性が増えた気がするじゃないか。リスクもあるけど……今の僕達にリスクを取らないで得られる物はない。
そう思ってると、消滅しつつある建物の破片が落ちて、それが一気にオブジェクト化して消えていった。昇っていく青い光を追うと、その屋根には凛の姿がある。
「どうして斬れてないか……何を貴様がやってるのか……大体分かる。法の書だな」
やっぱりヒマワリのバカとは違うな。同じ直情型でも、凛は頭を使える奴だ。こんな簡単に看破されるとは……大したものだ。僕はその質問には答えない。沈黙を貫く。
「レシアの奴は新たなる法の書を持ち帰ったが、貴様のを焼き払った訳ではないんだろう。得心がいったぞ。どうして再びここに舞い戻れたのか。それは法の書を再生出来たからだろう。法の書があれば対抗できると、そう考えた訳だ。違うか?」
「…………」
僕はやはり喋らない。喋った所で何がどうなるわけでもないからな。認めたら、確信になる。そこに欺瞞は生まれない。まあ完全に信用するかはわからないけどさ、そういうことが出来るのが法の書だとはわかってるんだし、下手に認めて安心させてやる必要もないだろう。
「だんまりか。どうやって法の書を再生させたのかは知らんが、それだけで対抗出来ると思われるのも癪だな。貴様の法の書に一体どれだけの価値があるのか……わかってるか?」
なんだか調子良く喋り出す凛。よくわからんが、これはアレか? 人は追い詰められる程によく喋るみたいな……まあ別段何も追い詰めては居ないんだけど……少しだけさっきまでとは凛の口調に苛立ち? というか恐れ? 確信は出来ないけど、得体のしれない何かを向こうが感じてるのは多分たしかだ。得体の知れない物は怖いもんな。だからああやって自分に言い聞かせてるのかも知れない。法の書だと。
実際その通りだけど、僕はそれを認めちゃいない。凛は認めさせたいんだろうけど、不安を拭わせる事なんかするか。僕は凛から視線を外す。そして態勢を立てなおして、静かに目を閉じた。それが更に衝撃的だったのか、こんな声が聞こえた。
「余裕のつもりか? 貴様の法の書に既に価値などないぞ。我等が得てる法の書は貴様の持つ古いバージョンの物じゃない。既にこの世界の改変を行ってる法の書だ。この世界に新たなるルールをしき、理を作り、更新してる。
貴様の法の書に出来る事など、随時少なく成ってると知れ!」
「––––範囲を指定––––コード732を––––過程仮想に置換––––」
ブツブツと僕は呟く。頭の中に翻る法の書で、僕はその準備を進める。凛の話は聞こえてたけど、反応さえももうしない。すると自分の視界に法の書警告が入る。
【次元振動を感知。エネルギーの収束が危険域です。コード不可が二十三箇所発生しています】
僕はそれを受けて少しだけ顔を上げた。するとそこには渦巻く黒雲が発生して、その下に光に包まれてる凛の姿があった。
「どれだけ小手先を駆使しようと、どうにも成らない力––踏み潰せる力を見せてやる!!」
掲げられる天叢雲剣。すると今度はその形が明確に変わる。明確に……確かに明確に……変わったと言うか……消えた。天叢雲剣の刀身は綺麗に消えた。だけど凛の武装の範囲は広がってる。篭手だけだった範囲が、両腕全体に広がり、顔の側面と側頭部を覆う様な防具が現れてる。
かなり腕はゴツイ感じになってる。けど腹とか胸は結構無防備なままだ。頭居るかそれ––とか思ったけど、突っ込んでる余裕はない。こっちはこっちで集中だ。天叢雲剣は更にその力を開放したんだろう。今までの感覚でやると駄目だ。その上をあの武器は叩き割って来るだろう。それなら、こっちは更に上へ……けどどういう風に繋げる? 幾重にもあるコードをどうしたら良い? そう思ってると再びあの声が頭に響く。
【俺に変われ。そしたら簡単だ。やってやるよお前の代わりに。全てを喰らう力を使ってな】
「五月蝿い。引っ込め。これは僕がやらないと行けないことだ」
謎の声に僕はそう言った。そして僕は自分が信じる……思い描くそのビジョンに向かって法の書のページを捲る。バンドロームも法の書も答えてくれてる……僕が、僕自身でやるんだ。
「天叢雲剣・天鳳 ここまで見せることは無いと思ってたが、流石と言っておこう。だがこれで終わりだ。この一撃を防ぐ術は、貴様の法の書には載ってはいない!!」
屋根を蹴って向かってくる凛。其の刀身はやはり見えない。だけどもう覚悟は決まってる。僕は握ってたセラ・シルフィングを鞘に戻す。そして身構える事もなく、その一瞬の為に息を整える。そして静かに呟いた。
「一点集中……点鎖反転をカウントファイブで実行。五……四……三……二……一」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
静かに構える僕と、魂から絞り出す様な声を響かせる凛。振りかぶるその動作は分かる。だからそれに合わせて僕は左手を上げた。そして拳を向けた人差し指と中指で僕はその刀を受け止める。静かに……でも確かにだ。
「なっ……に?」
どんな痛みよりも大きな衝撃を受けたかのように、凛の目が見開いてる。辛うじて出た声は、掠れてた。だけど無理はない。だってこれは凛には有りえない事なんだから。理解なんて出来ない、そしてどれだけ考えても納得なんて出来ない事。
今この瞬間、凛の中では静かにだけど、確かな恐怖が芽生えた筈だ。さっきまでの凛の勢いは完全に止まって、渦巻いてた黒い雲も無くなってる。周囲は不自然な程に静かで、そんな中、光が差し込んでくる。
僕は髪の隙間から瞳を覗かせて凛を見る。そして開いてる方の手を伸ばす。
「っつ!? ––やめろ!!」
凛の奴は咄嗟に僕から距離を取るように離れた。だけどその行動を自分がしたことに驚いてる。それはそうだ……だってそれって、僕を恐れたって事なんだ。一撃は決まった。これ以上ないという一撃だ。肉体にダメージを与える……それだけが牽制の一撃じゃない。僕は見えないダメージを凛の心に与えたんだ。
唇を噛みしめるような表情をしてる凛。今のは自慢の一撃だったはずだ。パワーを上げての一撃。これまで圧倒してた攻撃の更に上……止められる筈なんて無いと確信してた一撃。だけどそれは片手一本……更に言うと二本の指で摘まれた。それに衝撃と恐怖を覚えない奴は居ないだろう。
自分の力に絶対の自信を持つ奴ほど、そんなの信じれない筈だ。凛の奴の瞳に見える一筋の不安と恐怖。僕はそれを見据えて余計な事はせずに、路地に入った。凛の奴は一瞬動こうとしたようだけど、結局は動けなかったようだ。それこそ牽制。僕は路地に入った所で走り出す。いや、そうしようとしてふらついて壁により掛かる。
視界が霞んで、鼻が痛い。地面に落ちる血は瞬く間に広がってく。
(まだだ……まだ……倒れれるか!)
僕は壁に寄りかかったまま進みだす。凛のやつだってずっとあのままな訳がない。急がないと……目指すは第四研究所だ。
第六百四十話です。
なんとかどうにか出来た? かな。まあ倒した訳じゃないし、本番は先送りですけど、どうにかはなりましたね。でも既にスオウはボロボロ、苦十の奴の状況はどうなってるのか……
てな訳で次回は日曜日に上げます。ではでは。