花の二番手
「ここですかね?」
そう言って止まった苦十。そこは別に何か特別で特徴的な物がある––って訳でもない場所だ。森のなかでここだけ開けてる……訳でもなし、何か刻まれた石碑みたいな物があるわけでもない。本当に、ただ森の一部ってだけの場所。
だけどこいつが言うのならここなんだろう。僕は二つの鍵を握り、イメージをする。一つは法の書、そして一つはバンドロームの箱だ。
(ここにはある。僅かな漏れ……重なりあう空間の差異……それを教えてくれ法の書よ)
風も無しに、頭に映る法の書のページがめくれてく。それと同時に襲い来る疲労感。精神力をガシガシと喰らうのが法の書だ。相変わらずページを埋めていく文字を読む事は出来ない。けど……何故だろう……なんとなくだけど、分かるような気がする。
頭を酷使してるせいか、変な脂汗が流れ出る。そして紡ごうとして開く口はブルブルと震え、声はどこかかすれてる。
「空間座標2√α未満に介入。空式反転を命ずる」
鍵の先端から出た光がもう一方の鍵の光と結合する。そして二つの合わさった光が一定まで伸びて空間の中に消えてる。僕はチラリと苦十を見る。
【上出来ですよ。私が居ることで理解力が上がったようですね】
なるほど……どうして僅かでも理解出来た様な気がしたのか。その答えはこいつか。僕のリーフィアの中に苦十の奴は居る。リーフィアは脳に深く繋がってる。僕の考えが苦十に筒抜けなのは、そう言う事だ。
だけどこいつの考えは分からない。それは不公平だけど、僕達はリーフィアを通して一つの脳を共有してる……ってのはおかしいか。こいつが勝手に僕の中に割り込んで来てる……ってのが正しいような気がする。
そして間借りさせてるから、苦十が持ってる知識みたいな物が僕の脳にも流れてるのかも知れない。でも向こうは勝手に押しかけてきた割に、こっちの事は全部知れるんだから、プラマイゼロには成り得ないけどな。
当夜さんみたいに、記憶や知識を分割? 出来るのなら、全てを知られずにすむんだろうけど、そんな器用な芸当が僕に出来るはずもない。
【そんな悠長にしてると、喰われますよ】
「既にお前に喰われてる様な気がするけどな」
【ふふ、私はこの周りの汚い奴等と違って味を楽しむ事が出来ますので。そんな直ぐに食べつくしません。味わってる最中ですよ】
味合われてるのかよ。なんか嫌な想像しちゃったよ。こいつの舌の上で転がされてる様な想像。これ以上味が出てくるかは自分でもわかんないけど、まあまだ味あわせておいてやろう。
「行くぞ!」
【どうぞ】
僕は手首を捻って鍵を回す。するとガチャリ––と耳じゃなく、頭から響いた様な音が聞こえた。すると空間に伸びてた光が糸の様に解けていく。そして次の瞬間、僕に襲いかかろうとしてたモンスター達は森と言う表の空間に置き去りにされる。
板がひっくり返り、僕が見る……僕が立つ空間が裏へと反転する。そこは消え去った筈の街『ブリームス』だ。しかも中央通り。背の高い建物が立ち並ぶ、どこかリアルと似通って発展して他のLROの街とは異質さを放つ街。錬金の街だ。
「なんとか上手く行ったようだな」
【そうですね。ですが……やはり出てきたようですよ】
その言葉が何を意味するのか、察するのは簡単だった。この街には生活感が何も無くなってる。まさにデータとしてだけ、存在するかのようなゴーストタウン。けど、そこに異彩を放つ空間を構築してる奴が居た。
「かかっ! 待っていたぞスオウ」
そう言ったそいつは、腰を下ろしてた地面から立ち上がる。後頭部の高い位置で結んだポニーテールの髪は、ちょんまげのようで……羽織った薄紅色の流しの下は、その胸を無理矢理押し込めるようなさらしで巻いてる。そして下半身は袴で、草履……リアルで居たら行き過ぎた侍マニアか何かかと思える様な風体だ。
だけど……アイツが何者か……僕は知ってる。予想はしてた。最悪の予想として想定してたさ。けど、ここまで早く出てくるなんて。いや、寧ろまだ一人だからラッキーだと思うべきなのだろうか? けど……思えないなやっぱ。
「お前は確か––」
「いや、待たれよ!」
ズルっと、ズッコケそうになった。なんだよその言葉使い。前はそこまで露骨じゃなかっただろ。普通に女子らしく喋ってた筈のような気がするぞ。確かに口調は厳し目だったけど、こんな時代錯誤な喋り方じゃなかった。一体何があったんだろうか?
あれか? シクラの奴の入れ知恵か? なんの意味があるのかは分からないけど……
「まあ既に互いに面は割れてる訳だが……」
面識があることを面が割れてるというのか? なんか刑事と犯人みたいじゃね? 突っ込む気には成れないけど。なんかやけにピリピリとした雰囲気をあいつは作ってるからな。取り敢えず静かに聞くよ。
この場所には僕達以外、動く生き物なんていない。空を飛ぶ鳥も、地面を這う虫もいやしない。だから僕達が行動を起こさない限り、この場所はどこまでも静かなんだ。
「いや何、そこまで緊張しないでいい。確かに我等はこれから殺しあう訳だが、まだチャンスはある」
殺しあう……ね。普通に言ったな。まあ既に遠慮なんてする訳無いか。チャンス……ってのは––
「それは僕がお前ら側に付くって事だろ?」
「作用。やはりセツリはどこかで君……貴方……いやいや、そうだ! コホン、貴殿を必要としててな」
「いや、無理しなくていいよ」
どう考えてもまだ定着してないじゃん! なんだよその取ってつけた様な特徴。絶対、何か言われたんだろう。だからこんな無理して個性を出そうと……格好だけ見れば十分個性的なんだから、いいだろうに。それじゃあ本人が納得出来ないのかもしれない。
僕の優しい言葉に、顔を赤くしながらもやめようとはしないからな。
「無理? はて、なんの事やら。私……自分ははじめからこうぞ」
耳まで真っ赤になってきた。なんだろう、少し可愛く思えてきたぞ。いや、んな事思ってる場合じゃないんだけど……僕は苦十の奴は小声で話しかける。
「苦十、例の場所は分かるか?」
「魔鏡強啓零項へ辿り着くための真の場所ですよね? 彼等が消えた場所に行ってみればいいじゃないですか」
「だけど、第一の連中は離れてた仲間も回収してたりしてたからな……」
「大元は大体分かるはずでは?」
「それは……まあ」
心当たりはある。やっぱりあの中央図書館が怪しい。そして僕達の仮説が正しければ、その空間に行った第一の人達は多分……
「またか……また、別の女を連れ回してるとは……セツリと言う伴侶がいながら。その浮気癖は見逃せぬな」
「人を手が早いナンパ野郎みたいに言うな。そんなんじゃねーよ」
取り敢えず軽く否定して見たけど、どうやら彼女は相当に怒ってるようだ。元々堅物そうだったからな。寧ろゆるゆるのあの姉妹の中では唯一と言ってもいいほどの堅物だろうし、なんか厄介な事になりそうだ。
まあどう転んでもどうせ厄介な事にしかならないんだろうけどね。だけど無駄に本気を出されると困る。そんな事になったら、こっちが木っ端微塵になる。こいつらチートだからな。
「そんなんじゃないのなら、その不気味な女はなんなのか聞きたいものだな」
「それは……」
「だがしか〜し! 言い訳など聞きたくもない」
ええ〜、なんだそれ。てか今更だけど……
「あいつお前の事が見えるのか……」
【向こうも外側の存在ですからね。目が違うんでしょう】
「目?」
【この世界を見てる目の違いです】
「よくわからん」
ホント、どういう事だよ目って。でもどのみち、アイツに見えてるのはどうしようもない。奴には苦十が見えてる。それはつまり、他の姉妹にだって見えるって事なんだろうな。まあどのみち、三種の神器を使うには僕だし、元から誰にも頼れない状況なのは一緒だ。ただ一人で居るか二人で居るかで心の持ちようが変わるってだけ。
実際、一人だったら即効で逃げてたかもしれない。だってこいつらと出会った時の対処方はまさに逃げの一点しかないと結論付けてたからな。でもそもそもその結論には穴あった。出会ってしまった時点でどのみち逃げることは不可能なんだよな。
だからって万に一つも勝てる見込みもない。だからここで僕が取る行動は、自分のやるべき使命を全うすることだ。今のこの【世界】のままでは勝ち目はないんだ。
「こそこそと魅せつけてくれる。我が主は今も叶わぬ思いに身を焦がしてるというのに……その手足もぎ取ってでも、連れて帰ってやろうか?」
鋭い視線が向けられる。その瞬間、周囲の建物や地面にヒビが入った。なん……だと、だろ。何を発したんだよあいつ。やばいな、このままでは確実に手足、もぎ取られる。でも流石にそんな僕を持って帰ったら、セツリの奴白目向いて倒れると思う。
「おい……ちょっと落ち着け。だから僕とこいつは全然そんなんじゃないから。セツリが心配するような事は何も……」
「笑止! セツリが知る前に、我がその事実を断ち切る。今腹を立ててるのはセツリではなく我だからな。知らせはしない、有ってはならない……あの子が悲しむ世界など!!」
中腰に構えた奴の腰に、一本の刀が現れる。そして空気が重く伸し掛かる様に感じる。頭の中にアラームが鳴り響く。不味い……これは不味すぎる。
「聞けスオウ。我はあの娘の悲しみを断ち切る刃、花の二番手【凛】。推して参る!!」
一歩を踏み出したと同時に鞘から抜かれる刃。それはまさに居合。僕達は一歩も動く事が出来なかった。気付いた時には僕達の後ろの建物がその切り口を綺麗に残して崩れ落ちてた。建物がまるでバターのように……だけど僕達には傷ひとつない。
「わざと……外した?」
「今のはただ抜いただけだから。少し気合を入れて抜きすぎてしまった。運が良かったな」
【何、あいつアホなんですか?】
ほんと、苦十に同意するよ。今の居合ですら無かったのかよ。すっげぇ構えてたけど……でもこいつの力は見せつけられた。今のスピードで攻撃なんかされたら、気付いた時にはあの世だろ。前にも対峙した事はあるけどさ……あの時とは全然違う。
今度ばかりは本気の本気か。
「さて、この【天叢雲剣】をまともに受ければどうなるか、わかっただろう。二撃目行くぞ」
そう言って凛は音もなく間合いを詰めてくる。しかもその動作が何かおかしい。僕達は数メートル離れてた。それを詰める為にも走るとか跳ぶとかは分かる。まあこいつらなら瞬間移動位つかってもおかしくはないだろう。
だけどそれら想定してた動きをしないのがこの姉妹か。激しく動き出しもせずに、一瞬で消えたわけでもでもない。ただ認識として移動してきたとわかる。分かるんだけど、何故か残像がすっげぇ見えた。
しかもその残像のせいなのか、まるで滑って来たのかの様に思えて、感覚が狂う。ただ……目の前に居る––のなら避けるのが正解だ。
「天叢雲剣は避けることを許さない。ぶつかれええええええ!!」
「っつ!?」
体は避けようと確かにしてた。けど、何故かセラ・シルフィングがそれに反した。何が起こったのか、考える暇はなかった。だってぶつかりに行ったセラ・シルフィングは次の瞬間にはうねり事一刀両断されて、天叢雲剣の刃は僕の体にめり込んでたからだ。
(終わった)
––そう思わずには居られない。なんてあっけない終幕。このまま天叢雲剣は僕の体までも一刀両断してそれで終わり……おわ……終われるかああああああ!!
「ざああああああああ!!」
僕は体を咄嗟に食い込む刃と同じ方向に動かす。体を捻り、体の根幹を切り裂こうとするその刃から逃れる。逃れる……事が出来るかは賭けだ。だけどなんとか地面を転がった僕はまだ生きてる。けど……腕が一本地面に落ちてるのが見える。そしてセラ・シルフィングは二本とも刀身を切断されてしまってる。
「があっ……ああああああああああああああ!!」
脳に直接つきささる様な痛みが走ってくる。腕に……それに体の半分を来らてるからだろう。血がやばい。このままじゃ出血多量で死にそうだ。
「やはり天叢雲剣と対峙するとそうなるか。だが、命一つ繋ぎ止めたのは褒めてやろう。本当なら、今ので終わってた。その反応速度は称賛に値するよ」
そう言いながら歩いてくる凛。けど今の僕にはその姿を全部拝む事は出来ない。体が半分位斬られてるからか、体を起こせないんだ。見えるのは奴の足元だけ。ヒューヒューと小刻みに息をするので精一杯。大きく息をしようとすると血が溢れてくるんだ。
頭がクラクラする。でも傷が深すぎて麻痺してるのか、痛みはある意味どっかいったかも知れない。むしろどこかに誘われてる様な気もするけど……だけどそれは考えない。僕は虚ろになりゆく視界で、凛の奴の足だけ見てた。
「けど、これで終わりってのもあっけない。でも仕方ないか。そもそも今の私達と対等に戦える存在など居ないのだからな。強くなり過ぎると言うのも考えものだ。そう思わないかスオウ」
こいつは今の僕の状況を見て話を振るか普通? 死にかけてるんだよ!! 溢れ出る血が、水たまりの様に広がってる。きっとLROじゃなかったら死んでただろうな。既に僕のウインドウにはログアウトの文字はなくなってた。だから多分、リアルの体にはこの傷の影響は無いだろう。落ちきってれば、リアルへのフィードバックはないんだ。
だけどきっと少しずつ死に近づいてるのはわかると思う。色々と計器をくっつけてたしな。結局の所、ここの僕が死ねば、肉体だって死ぬんだ。僕は残った方の手で鍵を握る。
「はは……そう思うのなら……少しは手加減しろよ……」
「手加減ならしてたさ。だがそれでも壊してしまう。それが強すぎるということじゃないか? 取り敢えず死にかけの今なら、考えも変わったんじゃないか?」
考え……ね。悪いけど、今はそんなに色々と考えれる状況じゃないんだ。凛の足の向こう側に、苦十の奴の姿が見える。そして頭に響く声。
【取り敢えず再構成したらしいデータを送りますね。どうやら前のデータと代わりはなさそうです。このまま死ぬ人にはいらない情報でしたか?】
(ぬかせ……)
同じ……それならアレも使えるか。データはある。今のじゃなく、インテグの奴が渡してきた中に……僕は必死に体を持ち上げようとする。刀身を無くしたセラ・シルフィングを地面に押し付けて片腕で体を起こす。
「その体で動こうとするなんて。半分しか繋がってないんだから千切れるぞ」
「ぐはっ……づううううう」
口の中から溢れる血。ホント、体が千切れそうだ。いきなり死にかけるって……ホント嫌になる。だけど、直ぐそこに死が迫ってようとも……変わらない意志があるんだよ。
「ごめん……だけど……セツリの所へは行けない。行った所で……僕の考えは変わらない。あいつの逃げ込んだ世界になんか……一緒に行ってやらないよ」
「そう……か。なら、やはりここで殺していいだろう。それで全ての杞憂は消える」
掲げられる刀。次はもうない。あの刃が突き刺さったら、終わりだろう。こいつらにもう容赦はないからな。ここで死ぬのなら、所詮その程度……もうそんな思いで統一してやがる。まあ敵に変な容赦賭けられるのも癪だし、そこはいいんだ。
こっちだってあのバカ助けるまでは死ぬ気はない。そして誰も道連れにさせる気もないんだ!
(頼む!!)
僕は地面にさした鍵を回す。その瞬間、ブリームスが一気に光った。ブリームスに飽和してた力……それは実際はもう無い。けど、再構築された時に、一回分、いや、一瞬分位ならあった。それにこの機能自体も完全に再構成されてた。
違うのはあの日あの時あの時間の条件くらいだ。だから勿論––
「くっ––小賢しい真似––をっ!?」
眩しくて何が起こってるのか凛はわかってないだろう。だけど状況は感じては居るだろう。自身の足場が無くなったこととか……ブリームスには地下が広がってる。それは迷宮だ。だから奴から逃げるにはこの地下を利用するのが最善だろう。
地下に落ちた僕はウインドウを出して回復薬を口に突っ込む。今僕ののアイテム覧は裏ワザっぽい事で拡張されてる。元から持ってたアイテムに加えて、佐々木さん達運営側からの入れ知恵で、いじれるところは弄ったんだ。
出来る事は全部しないと勝てるわけないからな。HPの回復と共に、傷も塞がる。腕だって戻ってきた。だけどセラ・シルフィングは回復薬では直らない。こればっかりはどうにも……それに片方は地上の道を崩落させた影響でどこにあるか分からない。
だけど探してる場合じゃない。僕は踵を返して奥へ進む。セラ・シルフィングは切断されたけど、完全に壊れた訳じゃない。僕の手に残ってる一振りは、その身に僅かな風を吹かせてた。
第六百三十五話です。
いきなり大ピンチでしたね。てかずっとピンチですけど。それにセラ・シルフィングガラクタにされたし……絶望しか無いっす。どうなるのか……
てな訳で次回は月曜日に上げます。ではでは。