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命改変プログラム  作者: 上松
第一章 眠り姫
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帰る場所

「ただいま〜」


 誰も居ない家の中へ虚しく響くその言葉。だけど「あれ?」と僕は気付く。玄関には見慣れない靴がある。日鞠の奴が何足か置いてるのあるけど、それとは違う。だれ? 泥棒か? 盗むものなんて無いはずだけど……だけど女物なんだよな。

 泥棒が一人で……って女泥棒だっているか。そう思って音を立てずに家へ上がる。


「なんかいい匂いがする」


 朝食を用意してくれる泥棒とかなんて斬新なんだ。あれか、物を盗っちゃった代わりにこれで許してね––的な? んなアホな。僕は僅かに空いてるリビングの扉から中を覗く。リビングの奥にキッチンはある。いつもはそこで揺れてるのは長い三つ編みなんだけど……今見えるのは小さめのポニーテールを大きなリボンで止めてる後ろ姿。

 しかも泥棒にしては随分とラフな格好をしてる。上はタンクトップだし、下はお尻に食い込んでるみたいなホットパンツだけ。日鞠のお気にのスリッパを履いてる脚は生足丸出しだ。


(なんとなくわかったぞ)


 僕は舐める様に観察しつつ得心を得る。全然似てないんだけど、どこか日鞠と重なるその後姿はまず間違いない。あいつだろう。だけどどうして家に? ハッキリ言って嫌われてると思ってたからどう接していいのかわからないな。

 何々? 何やってるんだ? アイツが家に居ること事態が異常事態。それなら僕の為に朝食を用意してるなんて訳はないだろう。ってことは……何を? 考えられることってなんだろうか? なんだか鼻歌交じりでごきげんみたいだし、良いことでもあったのか? 


(いや待てよ)


 良いことが有ったんじゃなく、これから良いことがあり得たりするのかも。あの年の女子がキッチンに立つ理由を考えれば自ずと答えは見てくるはず。日鞠と違って普段料理なんかはたぶんしなかった筈。そんな奴がご機嫌にキッチンに立つ理由は一つしかない。


(誰かへプレゼントするための料理をつくってる!?)


 にわかには信じれないが、それ意外に一体何が……


(でも待てよ)


 僕はここで重要な事に気付いた。もしも……もしも仮にプレゼント用に何かを作ってるのだとしたらそれはきっと菓子類だと思うんだ。クッキーとかさ。そこら辺が定番の筈。でも漂ってくる匂いは甘くない。少なくともお菓子作りで漂う感じの匂いじゃない。バニラエッセンスとかクッキーの焼けた香ばしい匂いとか、そんなのは匂わなくて鼻孔擽るのは朝食らしい匂いと言うか……そんな感じだ。

 味噌汁の匂い。炊飯器から吹き荒れる蒸気の香り、おかずはなにか分からないけど、ジュクジュクなんか言ってるから目玉焼きとかか? まさに定番って感じしかしない。それになんと言っても衝撃は、テーブルに並べられた食器類。あからさまに二セットずつある様に見える。


(僕用? いや、おかしいだろ)


 僕がLROに落ちてる間、この家には帰ってないはず。入院してたとしたら、流石にそれを日鞠から聞いてると思う。いつ僕が戻ってくるかまでは知らないとしたら、こうやって僕用の朝食を作るのはおかしい。

 じゃあ一体誰の為の食器なんだ? なんだろう……怖くなってきたぞ。冷や汗が額から首筋へと流れてく。


(誰かが……居るのか? 僕の知らない誰かが……この家に?)


  リビングから視線を外して、廊下の先、そして階段の上を見る。どっちも薄暗く、なんだか不気味に見える。薄暗い影が動いてる様な……そんな訳無いんだけど……そう思うと、そう見えるというか。


「よし。うん、いい感じかな。へへ」


 カチャカチャと完成した食事を手際よく盛り付けていく。あんな事が出来たとは……いや、まあ腐っても女子だしな。


「ビックリするかな? ビックリするよね」


 そう言って嬉しそうに微笑むあれ。顔は日鞠よりも派手っぽいというか、華やかなんだけど、存在がな……姉が強烈過ぎるから、その存在が希薄に成っちゃってる可哀想な奴なんだ。僕も昔から知ってる筈だけど、少し油断すると忘れたりする。

 だからか、仲が深まるって事が無かったな。あんな笑顔は初めて見た気がする。その笑顔が向けられてる相手は一体……


(ん、待てよ。誰かを待ってるのなら、ここにいるのは不味いよな)


 こんな所に居たら鉢会うぞ。それはとっても不味い。気まずいことこの上ない。だけど誰か––が居るのだとしたら、家主としてそれを知っておくべきだとも思うわけだ。一体誰を飼ってるんだろうか? そう思ってると、中の方から「ちょっとトイレに」とか聞こえきた。ヤバイ。こっちに来る。どっかに隠れないと。だけど一体どこに? 手近な所でクローゼットか二階……で二階からもしもその誰かが来るかも知れない。


(それならクローゼットが正解か! ––いや待てよ)


 もしもこの家に誰かが居て、そいつはまともに部屋を使うだろうか? まあアイツが使わせてるかも知れないけど(部屋は沢山余ってるし)––けど、他人の家で勝手に居座って、それで堂々としてられる物か? 

 そんな神経な奴も中には居るだろうけど、極力自分の形跡とかは残したくないのでは? それなら普段余り使ってない所を寝床にしてるってのは十分に考えられる。つまりは……このクローゼット!? 

 じゃあ一体どこに? てかなんで自分の家なのに隠れようとしてるんだろう。そんな必要実は無いんじゃないかとも思うんだけど、ハッキリ言ってその誰かもそうだけど、いきなりあいつに会うってのもなんかって感じ何だ。

 色々と整理してこっちから出向こうと思ってたのに、不意打ちみたいにいるから、今はまだ心の準備が出来てない。


(こうなったら地下室に……)


 僕は自分の足元を見る。日鞠の奴は地下室の事を知ってるけど、妹は知らないはず。だからそこが侵略されてる事はないだろうと思う。けど……


「いや、やっぱダメだ」

「何が駄目なの?」

「むぎゃああああああああ!?」

「きゃああああああああああ!?」


 二人の叫びが家中に響き渡った。だけど大丈夫、外には漏れてない筈だ。この家、案外防音性能高いからな。朝っぱらからこんな派手な悲鳴上げてたら近所迷惑だし、騒ぎに成っても困る。取り敢えず大きな声を出して、二人して喉を押さえて「ケホケホ」してる、妹が言ってきた。


「いきなりなんて声だしてるのよ」

「お前もだろ」

「私はスオウに驚いただけだもん」

「まあそれは……」


 沈黙が訪れる。なんかどっちも久方ぶりに会ったせいで、言葉が続かない。そもそも高校に入ってからは一回も会ってなかったような。こっちからわざわざ日鞠の家には行かないからな。日鞠の奴は毎日来るから行く必要もないしで、近くにいるのによくすれ違う間柄なんだよな。

 だから何を喋ればいいのか……向こうもこっちをチラチラ見ては目を逸らしてばかり。きっと僕と同じ心境なんだろう。ここは一応年上の僕が何か言ったほうがいいのかな。でもこれって完全に「ちょっ、不味い」って感じの空気に感じる。

 僕が居ることを知られた今、居るかもしれない得体の知れない誰かはきっと姿を表さないだろう。だけどそれはそれで気持ち悪い。自分の他に知らない誰かが……そもそも知らない奴が一つ屋根の下に居るなんて怖いだろ。

 ここは踏み入るしか無いよな。気持ち悪い状態のままで居るのはゴメンだ。僕は意を決して聞いてみる。


「なあ花月かつき、正直に言えよ。何か隠してる事あるだろ?」

「えっ……それは……」


 この反応、やっぱり……居るのか? 僕はグルっと周囲を見回す。なんだろう……視線を感じる––様な気がする。


「なんでそんな事……思うの?」


 やっぱりそう簡単には白状しないか。当たり前だよな。花月はしきりに僕と目を合わそうとしないし、その仕草にどこかやましい事があるように見て取れる。そりゃそうだ、家主に断りもなく他人を招き入れてるとしたらそれは大問題。出る所に出たら大事だ。

 まあそこまでする気はないけどさ。だから今の内に白状してもらいたい。


「だって花月が料理なんて……いや、そもそも家に来ないじゃん。喧嘩した時だって飛び出して家に来るのは日鞠だったし。寄り付こうともしなかった花月がここに居るのは相当な事だ。さあ、怒らないから話してみろ。

 何か事情があるんだろ?」

「べ、別に寄り付こうともしなかったわけじゃ……だってヒマの奴が––」


 そう言って最後の方はなんかゴニョゴニョ言ってた。う〜ん、なかなか確信へは踏み込めないな。昔から知ってるけど、どうにも距離が縮まってる気がしないのが花月だからな。


「やっぱりヒマの方がいいんだ。あいつが珍しくお願いしてきたからこうやって代わりに来たのに……お呼びじゃないって事」

「何? おい、今なんて?」

「だからヒマが多分今日返ってくるから代わりにお世話してあげてってメールしてきたの」


 そう言って見せられた画面にはハートで囲まれた中にきらびやかな文字が輝いてた。おいおい、スッゲー軽いな。てか見辛い。


「目が痛い」

「ヒマはこういうのセンスないから」

「あいつに無いセンスなんかあったのかよ」


 全部を持ち合わせてる反則超人が日鞠だろ。あいつに出来ない事なんか無いんじゃないかと思える程の奴だ。


「ヒマは結構不器用な所あるよ。完璧な人間なんていない。ただ誰も気付いてないだけでね。それにセンスもズレてるじゃん。何よあの髪型。今どきあり得ないでしょ。昭和かっての」

「まあそれに関しては同意出来るけど……」


 確かに三つ編みにメガネって……そう言われても仕方ない気はする。制服のスカートも膝丈位あるし、周りから見たら浮いてるよな。だけど日鞠の場合は、それ以前に行動と存在感で突出してるからか、服装のことは誰も余り触れないんだよな。

 てか周りからしたら、あの古臭さが特徴的でいいのかも。分かりやすいっちゃ分かりやすいしな。でも私服は普通なんだよな。メガネも制服の時だけ古臭いの使ってるし、何か意図があるのかも。


「別に流行に疎いって訳でもないだろうにな。髪型は……まあ仕方ないとして、服装は普段は割りとまともだろ」

「あれは私の服を真似て買うから」

「ああ、だから似たような服装の時あるのか」

「言っとくけど、似せてるのはヒマだからね! わ・た・し・の服装をヒマが真似てるの!」


 何故か妙にそこを強調する花月。いや、なんと無く察せれるけどな。すると花月の奴は目を伏せてプルプルと震え出す。


「いつも……いっつも……私がヒマのお下がり着てるみたいな風潮、どうにかしてよ!」

「出来るか!?」


 やっぱりそういう事か。だと思った。妹だもんな。同じような服着てたら、そりゃあお下がりだと思われても仕方ない。


「やめてって言ってるのにあのバカ笑顔で『花月の服かぁいいもん!』とか言ってくるんだもん」


 だから嫌なのに、最終的には押し負けてると……なかなかに良い姉妹なんじゃね? まあ日鞠の奴は花月の事大好きだしな。花月だって普段は鬱陶しく思ってても実は姉思いな所ある。昔はよく日鞠の後ろを必死になって追いかけてたもんな。

 成長するごとにどんどん小生意気になって距離も置くようになったけど……そう言えば、なにがキッカケだったんだろうな。いつからだったっけ、明確に後ろを追いかけてこなく成ったのは?


「ねえスオウ……えっと……あの」


 なんだろう、花月にスオウって呼ばれるのは実はなかなかにむず痒い物がある。いや、昔からそう呼ばれてた訳だけどさ、なんだろう……久々だからかな? それにやけにもじもじしてるからこっちも変に意識するというか。


「私だってヒマに勝ってる所あるからね。女の子の部分とかきっと!」


 そう言って何故か真っ赤になる花月。女の子の部分ね……僕は視線を下に落とす。確かに足長いよな。スラっとしてて綺麗だし、胸だって中学生なのに姉よりもありそうだ。てか思ったけど……僕も顔を赤くしながら視線を外す。


「お前……その格好でんな事言うなよ。なんかやらしいぞ」


 布が少ない。露出されてる肌が瑞々しくて、こう……なんかムラムラと来る。タンクトップだから胸の谷間も見えるし、そもそもブラつけてないんじゃないかこいつ? なんか色々とヤバイ。


「ちょっ––スオウは無い方がいいんでしょ? こんなの邪魔だもん」

「いや、それは日鞠が勝手に言ってるだけだから。別に無くてもあってもいいからな」

「そう……なんだ。でも! やらしい目で見ちゃ駄目!」


 体を必死に小さくしようと腕で胸を覆う花月。だけどそうしたら、そこまで大きくない育ち盛りの胸でも、むにゅっとした柔らかさが強調されてるというか……余計やらしいぞおい。それにやらしい目で見ちゃ駄目って、胸を他にどういう目で見るんだよ。

 その膨らんだ物の中には男の夢が詰まってるって秋徒が言ってたぞ。だからどうしても……な。男なら無意識に目がいっちゃう物なんだ。


「で、でも……」

「ん?」


 顔を赤く染めてる花月は、何故かグッと押さえてた腕を開放して、左右に広げる。そしてプルプル震えながらこういった。


「スオウなら……みちぇてあげてもいい!」

「みちぇ?」


 噛んだろ今。絶対噛んだよね? すると花月はますます赤くなって顔の火照りが全身にまで広がってく。


「あ、あほぅぅぅ! 噛んだら悪いかバカぁ!」


力いっぱい言ったかと思うと、軽い力でポカポカと叩いてくる。まったく……


「花月はすぐ赤くなるよな」

「うぅ……ああ、誰が茹でダコよぉ!」

「言ってねぇよ」


 まさかそんな風に言われてからかわれてるのか? 日鞠なんて「世界に愛された子」とか「天才」とか称賛する声が殆どなのに、妹の方は茹でダコか……色々と気にしちゃってるんだろうな。そう思ってるとピタッと手が止まって、俯いたままポツリとこういった。


「どうせスオウもヒマ派だもんね。てか寧ろ一番のそれだし……もういい帰る」

「どうしたんだ一体?」


 いきなり怒ったり赤くなったり落ち込んだり、まったく忙しない奴だ。ベクトルがマイナス方面に振れるのが花月なんだよな。これが日鞠ならプラス方面にしか向かないからな。そそくさと玄関の方に向かう花月。スリッパだからカコカコという音が鳴る。

 そして取っ手に手を掛けようとしたその時、先に取っ手が先んじて動いてくれた––ってんな訳あってたまるか。だけど確かに取っ手は動いてた。その証拠にガチャっと玄関のドアが開く。こんな朝早くにそう何度も人が訪れる家でも無いんだけど……一体誰が今度は来たんだ。

 そう訝しんでると、脳天気そうな声が聞こえてきた。


「おじゃましま〜す」

「ママ! なんで?」


 花月の言ったようにそれは確かに花月の母親、つまりは日鞠のお母さんだ。本当に二人の子供を産んだの? って位に若々しい人で、なんかちょっと抜けてる人だ。てか、昔は日鞠達もちっちゃっかったから母親に見えてたんだけど、最近は身長も変わらなくなってきて、ますます若く見えてくるというか……何? 後退してるのこの人。ハッキリ言って凄いよ。

 不老を確率してるんじゃね? まあそう思うくらいには若々しい。女子大生と言っても通じるだろう。けど実際女子大生って年齢幾つでもなるけどね。


「なんでってそれは〜花月ちゃんが心配だったからよ。だってだって〜珍しいから〜。あれ? 今帰る所なの? 一緒に食べないの?」

「な、なんで私がスオウとなんかと朝食まで食べなきゃいけないの。朝ごはん作ってあげただけで十分でしょ。そこまでサービス精神旺盛じゃないから」

「でも〜行く時に朝ごはんいらないって、てっきりこっちで食べるのかな〜って思ったんだけど」

「それは……」


 グニニ––と歯がゆい顔をしてる花月。やっぱこっちで食べる気だったのか。まあ食器二組ずつ用意してたしな。だと思った。


「せっかく二人っきりなのに勿体無い。久しぶりにお兄ちゃんに甘えればいいのに〜」

「甘えるとか、そんなの無いし! 本当は御飯作るのだって面倒だし!」

「まあまあ、そんな事言って。スオウくん本当はね、昨日から何を作るか考えてたからね」


 ウインクしてそう言ってくるお母さん。それを聞いて僕はどう反応すればいいんだ? 実はそれ程嫌われて無かったことを喜ぶべきなのかな? 素直にお礼を言うか?


「花月」

「な…なに?」

「え〜と」


 なんか改めて言おうとすると恥ずかしい物だな。それに花月のお母さんニコニコしてるし。変なプレッシャーを感じる。本人はそんな気持ち無いだろうけど、感じる物は感じるんだ。それに花月自身、まだ顔赤いからなんかちょっとな……


「せ、せっかくだし、食べていけよ。まあ僕が言うのもおかしいけど、作ったのは花月なんだしさ」

「だけど……なんか今更だし……」


 ぶつぶつと帰る理由を探してる花月。するとその時パチンと軽い音を立ててお母さんが言う。


「もう花月ちゃんは仕方ないわね〜。ここは三人でご飯を食べましょう」

「なんでそうなるの?」

「だって〜お母さんだけ仲間外れなんて嫌だもん! 日鞠ちゃんはそもそもスオウ君とべったりだし〜これで花月ちゃんまでスオウ君に取られたらお母さん泣いちゃう!」


 何言ってるんだこの人。いやマジで。日鞠は……まあそこまで否定出来ないけど、花月までって……


「もうママ何言ってるのよ! わわわわ、私がこんなヒマLOVEな奴に取られる訳ないじゃない! 私この世でヒマを好きな奴が大嫌いだから! 一番嫌いなのはヒマだけど!!」

「あらあら、恥ずかしがっちゃって。こうやって子供って巣立っていくのね」


 ハンカチ片手に出てもない涙を拭く動作をしてる。この人は全く……自分の娘をからかって遊んでるのか? そう思ってるとこっちに一歩踏み出して来てにっこり笑ってこう言われた。


「娘と一緒に渡しも貰ってください」

「お父さんどうするんすか!?」

「あの人はほら、追っかけてるのが好きな人だから。今でも夢を追いかけてるでしょ」


 一生自分を追わせるつもりっすか。鬼ですね。まあ世間から見たら辿りつけてるんだろうけど……女ばっかりで居場所無いから、なかなか帰ってこないんじゃ。いや、あの人娘の事もこの人の事も溺愛してるからな。それもいいのかも。結婚したはずなのに、まだ追っかけなきゃいけないとか、普通なら嫌だけどあの人の場合はご褒美かも知れない。


「さあさあ、お母さんはお腹が空きました」


 そう言って勝手に家に上がり込むお母さん。この人は日鞠でもなかなか止められないからな。僕達がどうにか出来る訳がない。二人きりになった玄関で、僕達の視線が一回重なる。だけど直ぐに外された。それから顔を合わせないようにしながら、花月も再びリビングへ。で、結局三人で食卓を囲む事に。


「「「頂きます」」」


 三人でそう言って、花月の作った朝食に舌鼓を打つ。別に突出した何かがあるわけでもない、普通の味だから、黙々と食べ進める事が出来る。だけど流石に何も言われないのが気になるのか、花月がこっちをチラチラ見てるのは感じてた。

 まあ不味くはないし、普通の感想は言うべきだよな。


「うん、美味しいぞ」

「普通ね。振り幅が足りないわ花月ちゃん。普通に美味い料理を難なく作る日鞠ちゃんに挑むには普通に普通の料理を作ってもダメよ。これなら不味い方がまだインパクトあったわね」

「あんた娘になんて事言ってんだよ」


 いいじゃん! 不味いよりこっちがいいよ! ほら、そんな事言うから花月の奴が今にも泣きそうだ。小生意気な所があるけど、涙もろい奴なんだ。昔はほんと良く泣いてたもんな。


「ひぐっ……ヒマが全部悪い。私の努力なんて無視して軽々先に行くんだもん。あんなの反則。家族になんて欲しくなかった。あんなのがお姉ちゃんなんてやだよ」


 なんか切実な心の叫びが漏れてるな。色々と妹である花月は大変そうではあるもんな。するとバン! とテーブルを叩いてお母さんが立ち上がってた。おお、普段は温厚なこの人でも流石に今の発言は怒るのか? やっぱり今の発言は親としてビシっと言うべきだもんな。


「花月ちゃん––」

「何よ……説教なんて聞きたくない」

「––出涸らしちゃってごめんね。てへ」

「私はどうせオカラだよ!」


 それも言われてたのか? だけどオカラって案外食物繊維とかが豊富だった様な……まあ出涸らしに違いはないけど。


「でもね花月ちゃん。花月ちゃんは花月ちゃんなんだよ。花月ちゃんは花月ちゃんってだけでいいの。それを忘れないで。例え何をやっても日鞠ちゃんに勝てなくても、花月ちゃんは花月ちゃんでいいの」

「…………あの、全くフォローになってませんが」


 花月の奴、テーブルに突っ伏して泣いてるよ。まああれだけ言われたらな。流石にこれは可哀想。


「花月、あのさ別に勝ち負けなんかないだろ。花月は十分可愛いし、ほら、胸なら日鞠に勝ってるぞ」

「それじゃあ……私を選んでくれる?」

「は?」


 何を言うんだこいつは? だけど涙で濡れた瞳は真剣に見える。捨てられた子犬のようにも見えるけど……


「それとこれとは……」

「ほら、やっぱりその程度じゃ誰も私を見てくれないんだよ」


 誰もってなんだよ。今のは僕の個人的な意見であって世間一般とは違うぞ。花月なら選んでくれる人は沢山居ると思うけどな。可愛いのは本当だしさ。日鞠よりも流行追ってる分、モテるだろ。


「可愛い私だけを見てもらうなんて簡単だよ。でも私自身の前には常にヒマがいるの」

「だから日鞠の事嫌いか?」

「嫌い……あんな奴大嫌い! もう戻って来なくていいのに」

「本当にか? 本当にそう思ってるのか?」


 僕は花月を見つめてそう言った。すると向こうも今度はしっかりと見つめてくる。何か感じ取ったのかも知れない。味噌汁から立ち上る湯気が弱々しく揺らいでる。


「そういえば……ヒマの奴は何してるわけ?」

「それは……」


 出ない言葉。でも二人は家族なんだ。知らせておくべき。それにそう思って戻ってきた筈だ。二人にまで隠しておくべきじゃない。


「日鞠のやつは、僕の––」

「日鞠ちゃんの事だからどうせ誰かの為に走り回ってるんでしょう。だから心配なんてしてませんよ。それにスオウくんがちゃんと居ます。いつだってあの子を連れ戻すのは君だったから、君が居れば、あの子は帰ってくるんです。ふふ」


 優しい笑顔が咲いた。その声には迷いなんて無い。確信を持って言ってるようだった。そしてその瞳はなんだかすべてを見透かしてるようにも感じだ。何かを察した上でそう言ってるのだろうか?


「それも気に入らない。いつだって誰かの為に……私だって嫌いだって言ってるのに向こうは『大好き大好き』言ってくるし。そんなの……知ってるっての。それにヒマが帰らなかったら毎日早起きするはめに成るのは嫌だしね。

 スオウの世話はヒマの役目でしょ。さっさと帰ってくる様に言っておいて。––フン」


 ツンデレかこいつは。だけどなんだか心が軽くなった気がする。僕は自分の家族なんか知らない。知ってるけど、今ならあれが家族だったなんて思えない。だから、僕に取ってのか家族は日鞠達なんだ。

 そんな家族を曇らせたくはしたくない。だから僕はこう言うよ。


「伝えとくよ。花月も日鞠の事が『大好き』だってさ。そして直ぐに連れ帰る」

「はい」

「誰が大好きなのよ! そんなの言ってない!」


 微笑ましい光景。陽だまりの様な時間。ここは暖かな場所だ。お前が帰ってくるべき場所だ。それを実感してると、再び家に響くチャイムの音。なんて来客の多い一日なんだ。そう思って僕は椅子から立ち上がる。するとその時、頭の隅にピリッと何かが走った。チャイムがもう一度成る。その音に混じって僕の目には何かが見える。


 第六百二十五話です。

 またまた遅くなりました。もう一週間後って言ったほうがいいかもしれないですね。だけどそれじゃあ遅いんですよね。もっとバンバン進めたい! ––その気持だけはあります。

 行動が追いつかないだけです。


 てな訳で取り敢えず次回は金曜日にあります。

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