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命改変プログラム  作者: 上松
第一章 眠り姫
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無力な自分

 やっぱり何かしらと縁がある。割りとどうでも良い筈のこの場所が、結局は見逃せない場所になる。不思議な空気が漂ってる。隣の建物を見ると、最初にここに来た時につけた傷がまだあった。本の数日前のはずなのに、随分懐かしい物に見える不思議。

 最初にここから見た景色は新鮮だったけど、街の息吹を感じたものだ。けど、今はもうそれらは感じれない。カラフルに光るせいでどこか夢のようにも感じる。僕は今、第四研究所の屋上に居る。ロウ副局長が言うには、ここが円環してる力に影響を与えるに効率いい場所らしい。


「第四研究所ってなんだか皮肉だな。何かと縁深い場所だ」

「確かに……私達からしたら鼻にも掛けたくない目障りな場所だったが……無視も出来なかった。それはやはり何かあったんだろう」


 そう言うロウ副局長は僕に法の書を返してくる。それを受け取って僕は遠くに見える一際大きな三本の光を見据える。多分はあれは三つの研究所だろう。第一•第二•第三……三種の神器を模す三つの建物。


「ん? ……おいあれ」


 遠くに見える街の端の方……確かグルっと囲む防壁みたいな壁があったはずだけど……無くなってないか? いや、この光のせいで見えないだけなのかも知れないけど……でもなんだか気付いたら少し狭まってるような。

 最初に見た景色と違うと感じたのは、この光のせいだけじゃない? 


「人が消えるのなら、街が消えてもおかしくはないのかも知れないな」

「おいおい、第一の連中は何がしたいんだよ。本当に魔鏡強啓の零項を開ければそれでいいのか? 自分達の居場所を自分達で潰してる様なものだろ。人を消して、更に街までって……」


 やり過ぎだ。人を消す時点で相当だけど、全部消すって何か恨みでもあるのかってレベルだろ。まあ実際研究者とかは、恨みとかなくともやっちゃうのが問題というか……そんな所ある気がするな。


「何をしたいかなんかわかりきってるだろう。突き詰めたいんだ。それが研究者と言うものだよ」


 ロウ副局長は迷いない声でそういった。確かにそういう奴等だな。聞くだけ野暮だった。わかりきってる事だ。だからこそ守らないと行けない。僕達の手で。


「やろう。この現象を止めるんだ!」


 僕は受け取った法の書を開く。そこには白いページしか無い。更にもう一つの鍵を開いてバンドロームの箱を取り出す。この二つで、この街の力の流れとかを、こっち側で掌握する。出来るはずだ、この二つなら。


「サポート頼む」


 僕はそう言って大きく息を吸って吐く。そして法の書へ自身の力を注ぎ込む。するとその瞬間、いきなり膝が折れそうになった。一度流したら、全部を吸い取ろうとするその凶暴さ……相変わらずだな。

 だけどここで無理矢理全部を持ってかれる訳にはいかない。抵抗しつつ、命令をきかせるんだ。でもどうしていいかイマイチわからないから、ロウ副局長に視線を送る。


「それ程か……耐えろスオウ! 法の書なら完全循環の流れさえも捕らえれる筈だ。集中して検索を掛けろ」


 検索か……簡単に言うけど、これかなりキツイからな。でもやるしかない。僕は思考を手に持つ法の書へと移す。すると勝手にページがめくれそこに染みるように文字が浮き出てくる。すると次瞬間、足元がモデリングの線の様になり崩れ去った。


 落ちていく体……すると空を見上げて僕は気付く。空に続く円環の流れが見える。黒と白の世界の中に、綺麗な色をした光が絶え間なく流れて回ってる。


(これは……)


 これは多分、実際に落ちてるわけじゃない。法の書を介した事で見えてるその方向に割り振った見え方なんだろう。下に目を向けると、そこにも回る三つの円が見える。そして僕の落ちてる中層に無数に光る粒みたいなの。

 それらは光を強くした時だけその円を表して、あたかも音楽を奏でる様に楽しげに輝いてる。


「見つけた……かも」


 よくわからないがそれっぽい。自分の口はキチンと動いてただろうか? そう思ってると、どこからロウ副局長の声が聞こえる。近いような遠いようなそんな感じだ。


「見つけたのなら法の書で干渉方を探すんだ。法の書はきっと教えてくれる」

(そう言うものなのか?)


 よくわからないが、落ちてたと思ってた僕の体は宙を漂い、三百六十度を見渡せる中に居る。宇宙ってのはこんな感じか? なんだか全てのオブジェクトが透けてて、見渡せるからある意味神視点って感じもする。法の書は今自分の手に見えない。けど確かにあるはず。出来ると思え。僕は何も知らなくても、法の書はきっと全てを知ってる。

 前に伸ばした手が何か当たる。すると空間から出てきたのはバンドロームの箱だ。どういうことなんだ? これが必要だって事か。この周りの力にどうやったらたどり着けるのか……それはバンドロームに願うだけでいいのか?

 そう思ってると、より強く光ってた三箇所の光が異質な物に成ってるのが見える。黒と白だった世界に侵食するような赤いものがその三つを中心に広がってる。そして瓦解してく、白い線に成り果てたブリームスの建物たち。


(あれが、この街を崩壊させてる力か……)


 でも今ああなったワケじゃないよな? もしかしたらこれからが本番とか……三つの建物はこの巨大な循環装置の恩恵を受けてる。そしその存在を魔鏡強啓零項へと昇華させてるんだ。よくよく考えたら、この人が消えたり街が消えたりってのは、魔鏡強啓零項の悪影響とかと思ってたけど、それだけじゃおかしい。

 広がってくあの赤い侵蝕体には意思を感じる気がする。そもそもあれから第一の奴等が何も言わずに引きこもってるのが怪しいしな。あれから何もしてないわけがあるか? 無いだろ。この状況は第一の連中がその意思で作り上げた物と考えたほうがしっくり来る。


(問い詰めたり、口を割らせたい事は山ほどある。けど今は、この状況を止めるのが先決だよな。統括達は魔鏡強啓零に辿り着いたから怖いものなんて無いのかも知れないけど、イレギュラーがあったことを教えてやる)


 横に流した腕から何かを叩く。するとそこから僕の周囲に魔法陣なのかどうなのかよくわからない幾何学模様が広がってく。今まで見てきた魔法陣とは違う様に見える、だけど錬金のソレとも違うような……その模様はずっと周囲をめぐり、時々噛み合わせを変えるように動いてる。

 きっと何か意味があるんだろう……だけど僕にはさっぱりだ。取り敢えず力を全部吸い取られる前に、出来る事からやらないとだ。この手にバンドロームがあるのなら、使ってみよう。これは願いを叶える箱だ。


「バンドロームの箱よ、この地に流れる大きな力をこちらにも回してくれ!」


 僕を囲む不思議な模様の中、掲げたバンドロームの箱はその黒い姿を幾つにも分解しだす。その四面を幾重にも分けてバンドロームは願いを叶えてくれる。そう、願いを叶えて……


「ん?」


 勢い良く広がったバンドローム。だけどソレが展開すること無く、戻ってきて元の箱の姿に収まった。なん……だと? どういう事だ一体? 動き出してた筈のバンドロームの箱がその実行を止めてしまった。これってつまり……今の願いは叶えれませんって事? どうして……


 そうこうしてる間にも赤く染まった力はブリームスを消して行ってる。そして一際大きな頭上の陣から、ゴゴゴゴゴなるすり潰す様な音が……下の方はそれよりも僅かに軽い音が、周りの小さな歯車達はカラフルな音を立てだす。

 

「なんだ……この異物感」


 まるで自分だけがまったく違う音を出してるかのような……合唱コンクリートとかで、一人だけ違うキーを出した時の恥ずかしさみたいな……噛み合ってない感じを受ける。


「いや、噛み合ってないのは当たり前だろ……でも、問題はそれを感じるって事じゃないか?」


 さっきまではまだこれほど、自分を異物のようには感じなかった。それはつまり、周りも異物––って言うのとは違うだろうけど、まだどっちつかずだったのかも知れない。つまりは大きなこの円環の力達と、それを求めてる統括達第一と僕……ついさっきまではそうだったんじゃないだろうか?

 突然自分を異物の様に感じるのは、振りきれたから……僕の方にじゃなく、統括達第一の方に。


(遅かった……のか)


 響き出した音が僕に辛く当たってるように感じる。簡単に言うなら「帰れコール」とかされてるような。いや、被害妄想だよな流石に。直接何かをされてる訳じゃない。それに簡単に諦めて貯まるか!


「おい! どうした? 街の消失は止まってないぞ!」

「ロウ副局長」


 激しく揺さぶられると、目の前にロウ副局長の姿が見えた。どうやらさっきの場所から戻ってきたみたいだ。周りを見ると、随分と殺風景になってた。もう街の外側は粗方消えたかもしれない。やっぱりこれって最後には三つの建物しか残らないのだろうか? 普通に考えるとそうなるよな。


「おい、どうした? 聞いてるのか?」

「ん……ああ、何でか分かんないけど、バンドロームが動いてくれない。法の書は変な模様出してたけど、僕にはその意味はわからないし……その間に、情勢が変わったかも。第一の奴等がこの力の循環を支配したかも知れない」

「なるほど」

 苦虫を噛み潰す様な顔でそういったロウ副局長。だけど彼もまだ諦めてはいないようだ。


「バンドロームは願いを叶える……というのは語弊がある」

「どういう事ですか?」

「バンドロームには明確な目的を与えた方がその力を発揮してくれるんだ。法の書が示すべきはその目的と手段。法の書がそれを示せれば、バンドロームは自ずと願いを叶える箱に成る」

「つまりは……僕が法の書を扱えてないのが悪いと……」


 そういう事になるな。自分の不甲斐なさに腹がたって来る。


「今は自分の無知を嘆く時じゃない。法の書は何を表示してたんだ?」

「それは……」


 僕は手に持つ本に目を落とす。そこにはさっき僕の周りを囲んでた模様と、そして文字も浮かんでる。模様の横にかかれた様な文字……これはつまり図解的な? こっちの方が分かりやすくないか?

 まあどの道僕には読めないんだけど。僕はロウ副局長に見えるように本を向けた。


「これは……ふうむ」


 妖しく光る瞳。興味を引く内容って事だろうか。


「ここまで出ているのなら……あと少しだ」

「そうなのか? 良し、じゃあ指示を頼む。その通りに、やってみる」


 少し俯き加減で、そういったロウ副局長に僕はテンション上がる。あと少し……ようは少しいじれば、バンドロームを使用出来る様に出来るってことだろう。まだ終わったわけじゃない。


「貴様はこのコードに触れられるそうだな?」

「ああ」

「よし、なら後ひと踏ん張りだ。まだ倒れるなよ」

「意地でもやり遂げるさ」


 法の書は発動状態だと常に力を吸収し続ける代物だ。気を抜いたら、全て持ってかれる。だからきつい部分がある。ロウ副局長は心配してくれてるんだな。ありがたい。僕は強く法の書を抱え込んで、もう一度あの場所へ戻る。



 背景が黒く、建物や他の全てのテクスチャーが消えたモデリング状態に見える。頭上には巨大な円環の輪。下には三つの円環の輪。そして周囲には小さな歯車達。その世界。僕の周りにはさっきまでと同じように変な模様が幾重にもある。


「行くぞ、第参章六節と十二章二節を繋ぐんだ」

「……お、おう」


 心の中で僕は呟く。


(どれがどれなのかさっぱりだ!)


いや、この回ってる変な模様の中にその章とか節とかあるのか? 境目さえも僕には見えないよ。そう思ってると、模様の中で一部がまるで自己主張するかの様に色が変わる。これは……そういう事か? まさか法の書が気を効かせてくれたとか?

 僕はその色が変わった部分を指でちょこんと押してみる。すると押した部分が指にくっついてきた。


(なるほど……これで移動出来るな。で、どこに移動をすれば)


 そう心で呟くと、別の色で主張してる部分をみつけた。なるほど、あそこだろう。僕は指を移動させてその節を光ってる部分に重ね合わせる。染みこむ様にはまっていくその文字か模様かよくわからない奴。

 だけどまだ何か変化が起きる事はない。まだ始まったばかりだから……僕はそれから次々にロウ副局長の通りに模様を動かし続ける。すると疎外感を感じてたこの場所で少しづつだけど、居場所……というか自分の範囲が広がってるような……気のせいかも知れないけどそんな気がする。

 それに微妙に街を消す進行具合が鈍ってきたかも知れない。それはつまり上手くこの循環に僕達も干渉出来てるって事だよな。


(このまま行けば上手くいくかも……)


 おかしいな。ただ模様を移動させてるだけなのに……物凄く息があがって、目の前も霞んできてる。どうにか持ってくれ……法の書に盗られる力を必死に抑えるのも限界かも知れない。その前に、この完全効率を実現してるかどうかは知らないけど、ここのエネルギーを法の書に回さないと。

 体が限界を迎えてきてるからか、遠くから聞き覚えのある声が聞こえる気がする。


「スオウー! ダメー!」


 幼いそんな叫び。そんな声が何度も何度も聞こえてくる。こんなに聞こえるなんて……どれだけ悔やんでたんだよ。まあ悔やまない訳はないんだけど……


(大丈夫、もう直ぐだ。お前もこの街もまとめて連れ戻してやる!)


 僕は強くそう思って模様を移動させる。すると周りを囲んでた模様が広がっていき、赤い色が侵食してた周囲に緑色の光が広がる。そしてバンドロームが展開しだした。準備が出来た––とそういう事か。

 僕はバンドロームの展開した黒く薄い板の一つに触れて命令を出す。


「この街を円環してる力の道をここに」


 バササササと勢い良く本が靡く音が聞こえて僕は目を開ける。すると法の書から激しい光が放出されてた。街の消失は止まってる。そして自分の足元には変な模様が広がってた。溢れてくる力を感じる気がする。


「流れが変わった?」

「ああ、街の消失は止まってる。もう少しだ」


 もう少し……その言葉が嬉しい。体も若干楽になった気がする。これだけ法の書が靡いてるのにな。街を循環してた力が法の書へと流れてる証拠だろう。待ってろクリエ……もう少しだぞ!!


「スオウのバカアアアアア! アホオオオオオオオ!!」

「ん? まるでそこに居るかの様な声……」


 そう呟くと更に響いたから、僕は周囲を見渡した。すると、空を旋回する何かが居るような……あれは……ピク? そして背中に乗ってるのはやっぱりクリエ。え? あっええ? どういう事だ。しかも少し離れて旋回するだけでこっちに近づこうとしない……アイツなら直ぐにでも飛びついて来そうなものなのに。

 だけど色々な疑問もそうだけど、沸き上がってくる喜びを僕は口にする。


「クリエ! お前無事だったんだな! 良かった。じゃあもしかしたらまだどこかに生き残りが––」

「スオウのバアアアアアアアアカアアアアアアアアア!!」


 いっぱい空気を吸い込んで、一際大きくそういったクリエ。その瞳から涙が溢れてる。するとクリエの胸から黒い何かが出てくる。


「お前はどんだけ唐変木やねん!! 生き残りなんて自分等意外おらへん! 全てはそいつが、その男がやったんや! そいつは敵なんや!!」


 その男……誰だよそれ? インテグの言葉で僕は周囲を見回す。だけどここには僕以外にはロウ副局長しか居ないぞ。でも……まさか……そんな……だって……この人は一緒にこうやって力の流れさえ……すると法の書にロウ副局長の手が添えられる。


「あと少し……そうこれで‘私’の狙いは成し遂げられる。ありがとうスオウ」


 太い男の声に重なる様に聞こえる女の声。そして法の書はそのページを一斉にばら撒き始める。一体何が始まった? 法の書はバンドロームと違って僕以外でも使える。何か命令をされたんだ。


(止めないと……)


 だけど体が動かない。


「第一のおじさん達も悪役ご苦労様。貴方達は願ってた扉の向こうで、歯噛みしてるといい。この街の一片さえも、私が貰い受けてあげる」


 増す光の中で聞こえたそんな声。すると中央付近から三つの柱が……いや、離れた所からももう一本の柱が立った。周囲に散った法の書のページはその文字をめまぐるしく変えつつ輝きながら次第に灰になっていってた。


(このままじゃ……駄目だ。動け……動け……動いて……そうだ!!)


 次の瞬間、頭上から降り注ぐの大量のウニだ。自分で動けないのなら、動いてもらえば良いんだ。バンドロームは僕の願いを叶えてくれる。しかもこの程度ならお安い御用だろう。自分も巻き込んでのウニ攻撃。痛さで感覚が戻った。僕は法の書を力に任せてひったくった。

 すると激しさを増してた法の書の光は収まる。だけど……それだけだ。散らばってたページは戻らない。


「面白い事するね。だけど遅い。全てはスオウがやってくれたんだよ。そう、スオウのおかげで私達はこの世界を……マザーを蹴散らせる」


 するとロウ副局長の体から、重なる様にして奴の姿が……あのやる気ない姉妹が姿をあらわす


「驚いた? 気付かなかったでしょ? うんうん、だって彼も出してたから。そして彼自身さえ私に操られてるなんて気付いてないもの」


 ロウ副局長はその場に倒れる。一体……いつから? 僕達はこいつの手のひらの上で踊らされてたってことかよ。くそ……頭が吹き飛びそうな程に混乱してる。だけど一つだけわかってるのは、守らなきゃいけないって事だ。

 この法の書だけは……


「ふあ〜、それもういらないよ。今、新しいのが出来るから」

「何?」

「知ってるでしょ? 私達の狙いは最初からそれ。でも、取り合いなんて面倒でしょ。だから、模倣するの。コピーって奴。その為の準備をスオウはしてくれた」

「どういう事だ?」

「それはね––」


 必死に目の前の女だけ見てたせいか、気付かなかった。空から弾丸みたいに飛んできた黒い奴に。第四研究所は一瞬で吹き飛ぶ。瓦礫が舞う。それが全てあの黒い奴へと吸い込まれてく。そして一気に街の景色が無くなって、僕が背中から落ちた地面は、何もない場所だった。ただ遠くに三つの建物が見える場所。


「さあ、生み出しなさい。それもあんたの役目なんだから」


 黒い奴は体が異常に膨張してる。そして変な声を上げまくってた。残ってた三つの建物も光をなくし、消えていく。すると奴の背中から別の光が広がる。手を突っ込み、そこから取り出したそれは……


「黒い法の書……」

「ふう、これでやっとで寝れるよ。それじゃあね」


 そう言って軽く手を振って去ろうとする寝間着女。僕はその背中を呼び止める。


「待て! このまま帰すなんて……出来るか!」


 僕はセラ・シルフィングを抜き去り奴に向ける。どう考えても無謀だ。だけど……アレを持ち帰らせるのは不味い。


「止めたほういいよ。わかってるでしょ? 君は勝てない。それでも一パーセントでも可能性があるのならスオウは向かってくるんだっけ? じゃあ教えて上げる。ゼロパーセントだよ」


 眠たい目をこすりながら気怠そうにそう言われた。ゼロパーセント……限りなくそうかも知れない。けど……完全な零なんてありはしない。


「あるよ。今だからじゃない。私に勝つなんて不可能なんだよ。いつだって勝率ゼロパーセント。だって私の力『確率変動』だもの。私は全ての確率を操れる。だからごめんね。私が最強なんだ」


 そう言って奴は黒い法の書を開く。消えてしまう……目の前から……そうなったらもう届かない。何が最強だ……そんなのハッタリだろ。確かに強いのはわかってる。でも……立ち向かうこともしないで諦めるなんて出来るか!!


「それが…………どうしたああああああああああああああ!!」


 僕は背後から寝間着女に向かって斬りかかる。だけどその時、側面から激しい衝撃が伝わって来て、僕は吹っ飛んだ。


「はぁはぁ……力が……力が溢れてくる! 殺させろ! 殺させろ!」


 黒い奴が正気を取り戻しやがった。しかもどうやらブリームスで循環してた力の余りをその身に宿したようだ。


「勝率マイナス三百%だった。相手はそいつがやってくれるよ。私は帰って寝るから。ああ、そうだ。名前……名乗って無かったね。私は『レシア』以後お見知り置きを。以後はもうないかもしれないけどね」

「レシ––」


 視界がぶっ飛ぶ。何が起きたか分からない。気付いたら地面に倒れて血だらけだ。胸糞悪い奴の笑い声が響いてたから、多分攻撃を受けたんだろう事は分かる。僕はボロボロのままの法の書とバンドロームの箱を鍵に納めてもう一方の剣も抜く。

 だけど––


「こいつっ……」


 全く持って歯がたたない。黒い奴は手を対象者に向けるだけで、錬金を操れる様になってた。そして元々持ってた力は強化されてる。奴が手を向ける度に、何かしらの錬金が発動して勢いを止められる。その隙に奴の鎌に僕の体が切り刻まれる。

 HPがどうなってるのか……見るのが怖い。血だらけで地面に倒れてると奴の黒い足が近づいて来るのが見えた。だけど……もう動くことすら出来ない。


(殺されるのか……ここで)


「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 聞こえた叫び。それと同時に大きな爆発が起こった。吹き飛ばされる僕。するとそこに煙を出してるクリエがピクと共にやってきた。



「スオウ……」

「全くなんて様やねん! これから一体どうするんや!」


 どう……すればいいんだろうな。もうホント絶望しかない。このメンツじゃどうしようもない。


「逃げろ……クリエ」


 そう言うので精一杯だ。ピクも居るんだ。奴の標的は僕だし、逃げれるだろう。だけどクリエは僕の手に自分の手を重ねて首を振るう。


「ううん、逃げるのはスオウだよ。クリエには聞こえる。スオウを助けようとしてる人がそこまで来てる。それにシャナが、その道を開いてくれるって」


シャナ……それって成仏したはずのお前の友達だろ。その子はもうここには居ない……だけど手をゆっくりと離すとそこからは淡く輝く二本の鍵が目を刺激する。それは三種の神器以外の二本の鍵。


「スオウは生きてね」


 そう言ってクリエは背中を向ける。アイツ……まさか奴と戦う気か? そんな無茶な!! 


「無茶でもなんでもやる子やろ。大切な物の為にはの。自分もやるで、あの子のためやから。自分のデータ移しといたから役立てや」


 そう言ってインテグも最後にイケメン風にそういった。ピクも一つ鳴いて頬をすり寄せてくる。するとそこに幾何学模様の陣が出て来てクリエ達を吹き飛ばす。一気に僕は無防備状態。そしてそこに黒い奴が狂気を向けて向かって来る。


「止めだあああああああああああああああああああああああああ!!」


 振り下ろされる凶悪な鎌。だけど僕にはその痛みはない。目の前には二つの足に、白い布が見えてた。所長……じゃない。ここに居るのは……まさか


「ロウ副局長……」

「私の……私達の錬金術を愚弄するなあああああああああ!!」


 一歩を踏み出した瞬間、見えない刃がロウ副局長を切り刻む。血まみれになって倒れいく彼。するとそこに再びクリエが無茶苦茶に力を開放させる。


(止めろ……このままじゃ皆……)


 僕のそんな思いを無視してクリエは叫ぶ。


「シャナアアアアアアアアアアアアア!! お願い!!」


 すると鍵の一つが輝きをました。導かれる一筋の光。手を引かれる様に僕の体がその光に乗った。そして現れるのはウインドウだ。そこにはなくなってた筈の『ログアウト』がある。そして何故かそのログアウト向こうからアギトの奴の声が……


『スオウ!! こい! 手を伸ばせ!! 頑張ったんだ! 全員で頑張ってお前を引き上げに来たんだ! だからここを開け!』


 今、ログアウトをおせばリアルに戻れる? だけどそれをしたら……クリエ達が。下を見るとクリエが大きな結界みたいなのを張って持ちこたえてる。でもそれも長くはないだろう……そしたらきっとアイツに殺される。

 それを見逃すのか……僕だけ……ここから逃げ出すのか? 


『それでも逃げなさい』


 頭に響いてきたその声は、久しぶりに聞いた声だ。これは……


「サクヤ?」

『この世界に入り過ぎたらダメ。貴方の命に変えは無いのだから。だから……帰って』


 するとログアウトを表示させた鍵とは違うもう一方の方からサクヤの手が伸びてきた。そしてそれがログアウトを押す。その瞬間、どこかからか扉が空いた音が聞こえて、僕の体が一気に光によって駆け昇ってく。意識がどんどん遠のく。

 

【良かった。流石秋徒だね】


 そんな声とすれ違った気がした。そしてその直後僕の意識はLROから消えたんだ。僕は色んな意思によって、LROから引っ張りあげられた。


 第六百十八話です。


 なんとか上げれました。それになんとか今回に収まってよかったです。まあ絶望ばっかりでしたけど。これからも頑張ります。


 てな訳で次回は日曜日に上げます。ではでは。

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