世界のかくれんぼ
幾重にも伸びる白い手が地面からそびえ立ち、気持ち悪いさまを晒してる。よく見ると関節が逆に曲がってたりと、なんか歪でしかも長さもまちまちだ。一つ一つが勝手に動いてるようで、あっっちに行こうとしたりこっちに行こうとしたりで、その場をくるくる回ってる。
「なんなんだコレは……」
「複数の……いや、大量の思念みたいなのを感じる」
ロウ副局長の言葉に、弱ってるテトラがそう答えた。思念……確かに僕もそれは感じた。あの腕一本一本がまるで意思を持ってるような……そんな感じをうけたんだ。
「あれってまさか……奴にコードを喰われた者達の成れの果てとかじゃないか?」
コードを喰われて、そして存在さえも奪われてしまった者達。つまりは、リアルに戻れなくなった魂達がああやって縛られてるのだとしたら……そう考えると更におぞましく見える気がする。それならあの「助けて」も理解できる。
その前の言葉はよくわからないけど、掴まれた時に感じた大多数の声は苦しみに助けを乞う声だった。
「よくわからんが、こんな化け物を放っておくことも出来ないだろう」
「……そうだな」
一応そう答えはしたけど……けど一体どうすれば? 倒すとかすればいいのか? だけどそれをして(出来ればだけど)、この囚われた人達は無事でいれるのかってのも疑問だ。あの黒い奴のHPをゼロに出来たとして、その時にちゃんと彼等は自分の体に戻るのか?
一緒に消滅とかされたらたまったものじゃないぞ。そんなことになったら人殺しだしな。するとその時再び御札から音が……そう言えば取り忘れてたな。多分向こうもこの状況は見えてるだろうから、今なら大丈夫と判断してもう一度鳴らしてるんだろう。僕は握りしてた拳を開いて、親指で縦に線を引くようにしようとする。
「来るぞ! 構え!!」
ロウ副局長の声が響く。どうやら御札の音に反応した様だ。複数の腕がこちらに向かって伸びてきてる。そこにロウ副局長が引き連れてきた人達が銃を構えて再び水の塊を発射する。あの腕自体にはそこまで特殊な何かは無いのか、水の塊だけでそれなりに勢いが折れる。
物理的に明らかにポキっと逝ってる様な腕もあったしな。だけど如何せん、数が多い。そんなに大量に弾幕を張れる訳でも無いからか、一斉に来られると水弾をかいくぐるのが出てくる。そしてそんな腕に銃を持ってた一人が掴まった。
「うわああああああああああああ!」
そんな声と共に高く持ち上げられるその人。すると次々とその人に群がってく手達。一塊になった手は人一人を覆い隠しただけの大きさがある。だけど……中から聞こえる贖罪の声が次第に小さくなってくのと呼応するようにその塊自体も小さくなって行くんだ。
そして解かれた腕の中から落ちてきたのは指輪ただ一つで……その人の姿は綺麗サッパリ消えてた。
「「「………」」」
誰かが叫んだり、驚いたり、そんな声が聞こえない。多分ここにいる誰もが同じだったんだろう。言葉を発する筈だった。だけどその言葉さえ、喉の奥で詰まって出てこない。それだけ僕達はきっと驚いてたんだ。
「か、換装だ! タイプ2に切り替えろ!!」
なんとか声を出したロウ副局長が銃を持つ皆さんにそう指示を出す。その言葉を受けた人達は普通なら弾倉を込める所から小さな何かを取り出して、そして別の色の何かを入れてた。間に合うのか? そう思ってると、慌てた一人がその何かを手から零してしまう。
「あぁ……」
急いで地面を転がるコインを拾おうと背を丸めるその人。だけどそこには既に白い手が迫ってる。
「撃てええええ!」
ロウ副局長はその号令を掛ける。その瞬間、トリガーが引かれた銃の先端から拡散した水が一斉に広がるように放たれた。さっきまでは一つの水弾をドブンドブンと発射してたのに、これもあのコインを変えたから?
拡散した水はそれぞれが結合しあって透明な壁へと変貌する。そこへ白い手が勢い良くぶつかって来ては弾かれてく。だけどそんな中、足りなかった部分へと手は伸びる。
「あっ……ひっ!?」
白い手がコインを落としたその人の目の前に……思わず尻餅を付いた彼。するとその手は彼の足元に落ちてたコインを拾ってその人の前えと持っていく。思わず手を出してそれを受け取ったその人。
「えっと……どうも––ぐっ!? –––––––––––––––––––––!!」
コインを受け取った瞬間、お礼まで零してたのに、そんな一瞬の心の交わりは全て計算だったのかの様に白い手は彼の口を鷲掴みにして持ち上げた。口を塞がれたせいで言葉に出来ない呻き声の様な物だけが痛ましく聞こえてた。
このままじゃさっきと同じ事が……だけどどうやらロウ副局長は一人を助けるよりも、防壁を強固にする事を選んだようだ。
「今のうちに囲むように張り巡らせるんだ! 奴等が侵入できない様に!」
その選択を非難することは出来ない。今この防壁を疎かにしたら、全員終わりだ。一人を犠牲に皆が助かる……実際彼を見捨てても、僕達が助かる保証はどこにもないけどな。だけどここで無茶をしたら、全員がきっと同じようにあの手に喰われてしまう確率は高い。
そんな最悪を選択することはロウ副局長には出来ない。彼はそんなバカじゃない。だけど僕はバカだから、助けなくちゃ––とその思いが捨てきれない。さっきは突然の事で動けなかったけど、同じような事を二度も見過ごすなんて……
「テトラ……悪い。自分で立てるか?」
「貴様の事だからな……そう言うと思ったよ」
テトラの奴は不安定ながらも自身の足で立とうとする。これで自由に動ける。そう思ってると、後方から飛び上がった誰かの姿が太陽と重なった。逆光で真っ黒く見えるその誰かは腰から細長い剣を取り出すと、それを勢い良く振りぬいた。
それと同時に刀身から放たれた液体は白い腕にかかり変な焦げ臭い匂いと、湯気を沸き立たせる。
(これって……)
そう思ってると、湯気が出てる腕がボトッとグロテスクに落ちてくる。やっぱりこれは前にこの黒い奴相手にやった攻撃……って事はこの人物は––
「大丈夫ですか?」
腕から開放された人を抱きかかえながら降りてきた彼の姿を確認する。間違いない。
「セスさん」
「君達も大丈夫かい? 我々も加勢するよ」
我々……その言葉にハッとすると、横の方から青い服の方たちが現れて、同様の攻撃を白い手に浴びせていく。援軍か……こっちの方が比較的戦い慣れしてる様だし、頼りになるな。なんとか白い手と一旦距離を置くことが出来た。その間に、治安部の皆さんと協力しあって、防壁を展開させる。これで一応の安心は得れるかな? そう思ってると、また後ろから声がした。しかも結構脳天気な声だ。
「お〜いスオウ〜」
「クリエ?」
直ぐに分かる。だけどどうしてアイツが危険なここに来るんだ? 誰か止めろよ。てか、なんでわざわざリルフィンの奴が背負ってきてる訳? 連れてくるなよな。そもそも大丈夫なのかこいつ? 結構ゴーレムにダメージ負わされた筈だけど……
「リルフィンどうして?」
「不満そうな面だな。俺の事は心配入らないぞ。錬金では無理だったが、アンダーソンに回復魔法を受けたからな」
そっちじゃない––というのも案外失礼か。取り敢えずその言葉は飲み込んで、クリエまで連れてきてる理由を聞こうか。
「まあ怪我が治ってるのならいいよ。だけどなんで……」
僕の視線で察したのか、リルフィンはこう言うよ。
「こいつがうるさくてな。それに何か出来る事があるとかないとか」
どういう事だよ。クリエに出来る事? 想像がつかない。まあこいつも神の力を宿してるからな。しかも使うすべを殆ど分かってないから結構そっちの力は余力が残ってそうではある。普通の力の方は僕が使い切ったからな……頼れるとすれば二人の神の力の方だけだ。
「クリエ、どういう事だ?」
「えっとね、それは––」
「それは自分から説明するで!」
「げっ……」
僕はあからさまに嫌そうな顔をする。てかどこから出てきてんだよこの変態目玉。もうクリエは僕じゃないんだから、こいつのドM心は満たされない筈だろうに、なんでくっついてるんだよ。
「なにやってんだよ? まだ廃棄処分されてなかったのか? たく、第二の連中は処分位ちゃんとしとけよな」
もうデータ抜き取った抜け殻だろ? いらんだろこの変態。
「おいおい兄ちゃん、んな事言ってええんかいな? 今の自分には零区画のデータもあるんやで」
「ちっ、そう言えばそうだったな」
「そうだよスオウ。タマタマは役に立ってくれるよ」
「……おい、なんだその卑猥なアダ名は?」
「え? だってタマタマって名乗ったよ」
「おい」
僕は目玉の奴を鋭い視線で睨んだ。お前確かインテグって名前じゃなかったか? どこで改名なんてしたんだよ? クリエの奴が元の子供に戻ったからって、自分の趣味を押し付けるのは止めろよな変態。
「何やねんホンマ……せやかて幼女の口からタマタマ聞きたいやんけ! その為なら自分は喜んでこの身に汚名を着せれるんや!!」
なに格好良く、しかも上手く言おうとしてるんだよこの変態は。その存在が汚名だってのに、今更汚名を過剰してもお前の変態性は疑いようないっての。寧ろこいつにとっては名誉だろ。
「ん? 思ったけど、お前の声物理的に聞こえてないか?」
ふとそんな疑問に気付く。こいつの声を聞けたのはクリエの特殊な力のお陰だったはずだ。その証拠にクリエに成ってた僕以外、目玉の声は聞こえてなかった。だけど今は多分そうじゃない。皆さっきの目玉の言葉に少々引いてる感じがある。
それに耳から入ってきてるような気もするしな。音––になってるよな? すると目玉の奴は自分の体につけてある蝶ネクタイっぽいのを見せつけてきた。
「これやこれ。コレのおかげで自分の声が伝わるようになったんや」
「その蝶ネクタイも錬金アイテムなのか?」
蝶ネクタイから声って……コナン君かよ。「そやで」と得意気に答える目玉に対して僕は内心そう思ってた。そんな無駄な事をやってると、白い手の怪物に成り下がった奴が、その手で激しく防壁を突いてくる。
そしてその度にボキボキ、ボキボキと変な方向に指や腕が曲がるものだから見てて痛々しい。この手自体にはそれ程の力があるわけでも無いっぽいから突破されるって事は無さそうだな。
「––で、何の為にお前達来たんだよ?」
「全く、人を足手まといみたいにいいよって……自分が来たことにこれから感謝感激雨霰やで」
「そんなんいいから早く言え。切羽詰まってるんだぞ」
感謝するときはちゃんとするさ。ただ、こいつの言動とかがそれを打ち消すから悪い。もうちょっとマトモなら、もっとマシな扱いするんだけどな。まあ期待は出来ないけど。取り敢えず、色んな事に対して何か打つ手があるのなら、早く言ってくれないと……この街の人達は今もどこかで神隠しにあってる筈だ。
「最初からオチを求めるとは分かっとらんのう」
「オチなんていらない。求めてるのはこれからだ」
僕はその一つ目の不気味な目玉を見つめる。真っ直ぐに。こいつに求めてるのはオチじゃないんだよ。お前はその小さな体に、詰まってる沢山の情報だ。それはきっと、これからを切り開く為の力になる。だから––さっさと言え。
「しょうがないの、単純に言えばこの状況を打破するには主導権をこっちが握るしか無いんや。今、そこら中で人が消えだしとる」
「そうなんだろうな……だけどなんで消える?」
消える必要があるんだろうか? って思う。何かが起こるときに、そこには何らかの原因があるはずだろう。まあこの場合の神隠しは、不可抗力みたいな物だったんだけど……今回もそうなのか? だけど何か違うような気も……
「それはようわからん。だけど間違いなくこの街の変化と、目覚めようとしとる魔境強啓零項は関係しとるやろ。それならやりようはある」
「どうすれば良いんだ?」
僕がそう言って内容を確認しようとした時、周囲が少しざわめく。
「なんだ?」
「攻撃が止まった?」
「諦めたのか?」
そんな声が聞こえる。確かにさっきまでバシバシ響いてた音が消えてるな。そちら側に視線を向けると何やらグルグルとその場を回ってた。
「何かを探してる? いや、感じてるような……」
セスさんがそんな事をポツリと呟く。確かにそう見えなくもない……けど、だとしたらアレが狙う物と言ったら……
「まさか––」
僕がそう思った瞬間、あの怪物は大きく地面を蹴って空へ飛び出した。そしてその方向は間違いなく、街の中央方面だ。やっぱりそうなるか! 嫌な予感があたった。目の前の獲物であったであろう僕達を食らうことが出来ないと判断したんだろう。
だから別のところへ獲物を求めるのはごく自然な流れだ。そして奴等は感じたんだろう。人が集まってる場所を。腕だけの癖にどうやったかは分からないが、多分確実に目指してる。
「くっそ! やっとここまで引っ張ってきたのに、戻してたまるか!」
僕は防壁を飛び出て奴を追う。するとその後ろに二人付いてきた。
「僕も行こう。この街の人を守るのが我等の役目だからね」
「お前達はどうやってあそこまで行く気だ? 全く体が動いてから考える奴等ばかりだな」
やれやれ感を出しながらも来てくれたリルフィンには感謝するよ。流石は自分の役目をわかってる。テトラの奴が万全ならあんな距離一瞬で詰めて叩き落としてくれるんだろうけど、今はそんな事が出来る状態じゃないからな。立ってるのもやっとだ。
だから奴に追い付くにはリルフィンが必要。
「スオウ!」
「お前はそこで待ってろクリエ!」
僕達を追いかけようとするクリエを止めて一瞬でフィンリルへと姿を変えたリルフィンの背へ。白い手を伸ばして建物を掴んでは進んでいくあの化け物を僕達は追いかける。大量の腕でそれなりに重そうに見える割には奴はぐんぐんと進んでく。
取り敢えず奴の足を……いや手を止めないとな。僕はウネリを伸ばして奴の建物を掴む腕を切り裂く。すると勢いを失って地面に勢い良く落ちた。
「良し」
そうつぶやくと、奴の巨体で巻き起こった煙の中からこちらに向かって白い腕が伸びてくる。追いすがってくる白い腕を風を切ってリルフィンが避ける。だけど大量の腕は腕から更に腕を伸ばして迫り続ける。
『くっ……不味いぞ』
白い腕は全方位を固めるように動き出してる。このままじゃ確かに不味い。そしてそう思ってると正面に回り込んだ腕からぐったりしてる黒い奴の本体と腕の中心部分が現れた。この距離は不味い。逃げるスペースも既に埋められてる。こうなったら一か八かしかない!
「突っ込めリルフィン! 多分この腕はあの黒い奴が寝てるから出てきてるんだ。気は進まないけど、叩き起こす!」
『この数の中でか?』
その言葉を聞いて僕はセスさんをみる。彼が居てよかった。
「僕がイクシードで捌けるだけ捌く。だからセスさん、あいつに一発叩き込んでください」
「確かに……自分にはそれくらいしか出来そうに無いかもしれない。やってみよう。奴には借りもあるしね」
「頼みます!」
僕はウネリを刀身に収束させる。そして雷撃も併用して、二対の剣で迫り来る腕を切りまくる。この腕事態は凄く脆い。だから感触も殆ど無くスパスパと切れていく。だけどその数は圧倒的だ。だけどそれらの腕を周囲にも出来た風の流れで、まとめて僕の方に引き寄せては切って行くんだ。二刀流はその手数の多さが最大の武器。この役は僕だからこそ出来る!
だから今の内に、セスさ––––––
「っ!!」
––僕は自分の目を疑った。だって……だってそこには彼が居ない。残ってるのは、無機質な指輪だけ……まさかだけど、それしか考えられなかった。なんて事だ……これじゃあ……
「くっ……」
そう思うと、途端に勢いが削がれる。大量の腕が風を握りつぶし、セラ・シルフィングを掴み、その体にまとわりついて来る。そして流れこんで来るのは腕達の悲願の叫び。体から何かが剥がされてく様な……変な感覚の中、力がどんどん抜けていく。
(振り払えない……)
このまま僕もこいつらに一部になってしまうんだろうか? そうなったら……もう全てが終わり……結局何も救えないままで、終わるのか?
(こんな所で……)
するとその時、いきなり視界が開けた。飛び込んできた光は、不自然な色の街の輝き。そこへ僕達は転がり落ちる。一体何が起こったのか……体を起こすと、大量の腕の上へ立つ長い黒髪の流れが見えた。
「テトラ?」
「貴様は……全く……もう少し……踏ん張れ。貴様が希望なんだ。だから……俺が言うのも変かもしれないが……まあ、とにかく足掻け。ふん……神である俺にまで手を伸ばすか––」
その言葉と共に、テトラの姿もフッと消えた。真新しい指輪が宙を回る。まさか……テトラまで? そんなアイツ神様だぞ!
「リルフィン! このままじゃ不味い! テトラまで––っ!!」
きっと近くに居たはずリルフィンの姿はない。近くにはやっぱり指輪が一つあった。どうなってるんだ一体? この街の人達だけじゃないのか……それとも、この指輪をしてたから?
「こんな物!!」
僕は自身の指にも嵌ってるそれを抜こうとするけど、ピッタシはまってるのか取れる気はしない。僕達にこの指輪を与えたのは第一の奴等……ここまで計算してたって事か? クリエ達は大丈夫なんだろうか? 戻るか? けど……今動こうとしない白い腕達を見るとチャンスと思える気も……するとその時、後方から足音が聞こえる。
激しくなってる街の光のせいで誰かは認識できない。僕は警戒しながら、その姿が見えるのを待つ。一体それは……
第六百十六話です。
またまた遅くなりました。ごめんなさい。実はわかってました。環境を変えても、やる気が必要だと。でも……環境を変わると自分も変わると思ってたんです。いや、思いたかった。
だけどそんな簡単に人は変わらないのです。自分が怠け者なのはなかなか変わらないのです。
でもでも、なんとか戻したいんですよね。今のペースじゃ一体、いつまでかかるのかだし。
完結はさせたいですからね。
てな訳で次回は出来たら金曜日に上げます。ではでは。