境界線上へ捧ぐ
「はっ、過去の災厄が再現されると? その根拠はなんだ?」
なんとか息を整えたロウ副局長様が聞き捨てならないとばかりに声を尖らせてそう言った。でも確かに根拠は必要だな。簡単に真に受けるのは危険だ。
「おい、どういう事なんだよ? この街を消し去ってどうなる?」
「街なんてどうでも良いんだ。あの人が……いや、あの人達が欲しがってるのは全てだ。絶えない探究心が狂気に走ってるんだよ。前々から危険な実験の申請はしてたんだ。だけど第一には前科がある。だからその認可は下りなかった。
だけど今は違う。今や俺達が頼りだからな。なんだって出来る。それにお前達のおかげで錬金は今再び大きく動き出してるしな。このままいけば、昔と同じ悲劇がきっと起きる」
確かに今や第一はこの街の希望だと言っていい。止める……いや止めれる奴なんて居ないだろう。既に大義名分は得てるしな。でもそれならなんで、止めれる奴にそれを言わないんだよ。止められなくなる前に行動だって出来ただろう。
「行動ならしたじゃないか。お前達が不甲斐ないのが悪い」
「あの目玉のデータだけで察せれるか! 気づいて欲しかったら、気づける様にしろよ。それに外者の僕達じゃなく、もっとこの街のさ、トップに直談判するとかさ。あったろ?」
「誰が信じるんだ。それにここまでの事態になったのは、この状況になってしまったからだ。お前達が来て、あの変な存在が襲来して……まあその前から変な動きはあったんだんだけどな。だけど今ほどの材料は手に入ってなかった。
それでも無理な実験しようとしてたから、前々からインテグにデータをあつめてたんだ。けど事態は一気に進んだ。統括は魔鏡強啓第零への鍵を見つけてしまった。しかも最高のタイミングで。少し前はきっと誰も信じなかった。今は信じてくれるかも知れない。でも、今の状況じゃ誰も統括を止める事は出来ない。だから……」
だからもうどうしようも無くなって、暴走したのか。自分で行動するしかないと……そう判断したと。
「お前達が簡単に統括に使われるからだ。インテグを託したのに、こうも役に立たないなんて……」
くっそこまで言われることか? 確かになんかこいつの期待には尽く答えられてないっぽいけどさ……仕方ないっていうか。そもそもあの目玉にそこんとこ伝えてくれてれば、もっと色々と考えれた筈だぞ。
「ちょっと待ってくれ」
「ロウ副局長?」
割って入ってきたその人は、厳しい視線をまだ向けてる。
「私にはにわかには信じれない事だ。確かに第一へは良くない感情もあるが……尊敬はしてる。彼等はこの街へ多大な貢献をしてる。今の統括も、見た目はアレだが、あれで意外としっかりした人だぞ。この街の事をどうでもいいと思ってるとは思えん」
「アンタがどう思おうが、俺の言ったことは事実だ。確かにどうでもいいとは思ってはないかもしれない。錬金の発展を願う奥底の気持ちは、この街のためなのかも知れない。だが、その為にの犠牲は厭わないぞ」
その言葉を受けて、何も言えず顔をしかめるロウ副局長。そもそも研究者ってのも因果な職業だよな。大きな成果を上げないと、誰からも認めてなんか貰えない。でも成果は常に求められる訳で……それを突破しようとする行動には制限がある。
上からも下からも突っつかれてる様なものじゃなかろうか? 大変だな。
「それじゃあ君にはあるのか? 今やってる事以外で、この街を守れる方法が? どの道もう一度あの化け物共が暴れたらこの街は滅ぼされる。もうないんだ……痛みを伴わない勝利など。我々はずっと錬金に守られてきたが……それも限界に来たのだよ」
「……俺だって、理想論を言う気なんてない。だけど捨てるものを選ぶ権利はそれぞれにあるはずだ。一方的に捨てられていいものじゃない……」
子供の癖になんか難しい事を言ってるな。多分年齢的に十二〜三位の筈だろうに……頭いいって色々と生きづらいのかな? 日鞠ほど器用そうじゃないもんな。
「思ったけど、お前は錬金の真理とかに興味ないのか? 第一は全員統括に付いてってるのってそれが見れるかも知れないからだろ?」
研究者として目指してるはずだろう。魔鏡強啓零が終着点とは言わないけど、ずっとここの研究者達が目指してきた一つの到達点であるのは間違いない筈だろう。それが今、手が届く所にある。興味ない訳無い。
「興味はある。だけど、皆で揃って行く気はない。自分の力で俺は行くんだ。まあ統括はもう歳だし、急ぐ気持ちは分かるけどね」
歳か……確かに統括の今に賭ける思いみたいなのはそれも関係あるのかもな。そしてこいつのこの余裕もだ。時間がある……と僕達はまだまだ思える。まあ自分的には最近そうも思えないな〜って思うんだけど、こいつはそうじゃないだろう。
きっとまだまだずっと続く時間があるって思ってるはずだ。そして統括は逆にどんどん時間が削れられて言ってるのを感じてるんだろう。ロウソクが短くなって行く様が見えてるのかも知れない。
「結局どうするんだ? こいつを運ぶのか?」
今まで黙ってたテトラがゴーレムを揺らしながらそう言った。確かにいつまでも止まってる訳にも行かない。統括達は見てる筈だしな。既にこれだけ止まってたら何か不信感を抱いててもおかしくない。
けど……どうする?
「選択肢は無い。今この街を守るためには魔鏡強啓の扉を開くしか無いはずだ」
確かに……ロウ副局長の言うとおりではある。背中のこいつも妨害はしてたけど、代案があるわけじゃないようだしな。僕達も奴等に勝てるとは思ってないしな……撃破できる可能性があるのなら、それに賭けてもいいかも知れないけど……多分五十%もない。四十もないな……二十五位あればいいかも知れない。
可能性を考えればゼロって事はあり得ないんだろうけど、限りなく低いからな。奴等はコードを奪いまくってアルテミナスの時よりもずっと強くなってる。
静かになってる街の空気が鼻から入ってくる。だけど静かだけど、それは静寂って感じじゃない。ざわざわとどこか空気は震えてる。
どうしたら最善なのか……どれが正解なのかなんか僕には分からない。有効な打開策がポンポン出てきたりしない。だけど……考えることを放棄しても行けないんだ。何か手が残ってるとしたらそれは……
(これしかきっと無いよな)
僕は自身の右手を見つめる。誰にも見えないらしいけど、僕には見えるし感じる。ここにある鍵が……きっと何かの役に立つはずだ。
「なあ、とんでもない事言っていいか?」
取り敢えず前置きは必要だろう。ロウ副局長には言ったっけ? いや、言ってないよな確か。それならきっとビックリするはず……自分でハードルを上げて、だけどソレさえもラクラクに飛び越えられると確信してる。
だって流石にこれは予想できないだろう。所長達には話したけど、信じてもらうのが大変だ……った……
(あれ?)
待てよ。信じてもらえたっけ? 昨日の事なんだし、良く思い出してみるんだ自分。
(え〜と確か……)
頭の中で高速で逆再生されてく昨日の場面。確かに所長とフランさんには伝えたんだ。だけどそうだった……何故か分からないけど、その時この鍵は反応してくれなかったんだ。
(うわまじどうしよう……)
めっちゃもったいつけたのにこれは不味いぞ。証拠を見せれないんじゃ二人だってきっと信じない。だけど待てよ、そもそも見せる行為自体が危ないような。声に出す分には問題ないけど、現したら不味い。
こっちの様子は見えてるんだ。物を映すのは駄目だろ。それにどこにカメラがあるのかよくわからんし、気をつける向きさえわからないんじゃ、無闇に三種の神器を具象化は出来ない。そもそも出来るかもわからないんだけどな。
「とんでもない……事?」
「一体それって……」
ヤバイ、二人の期待値が俺の沈黙の分だけ上がってる。このままじゃ肩透かし感パないぞ。エベレスト飛び越させる筈が、逆に深海まで沈みそうだ。ど……どうすればいい? 俺は縋る気持ちでテトラに視線を向ける。
「遠慮する事はない。さっさと言ってやれ。こいつらの度肝を抜くんだろう」
全然伝わってない! 僕のこの危機感を全然察してくれてないよこいつ。神ならちょっとした機微にも敏感になって貰いたいな。いや、ただのわがままだけどさ……自業自得だし。くっ、二人の……というか三人の期待が膨らんでる様な気がする。
今だけ僕には他人の期待が見えるスキルが宿ったみたいだ。もっと無神経でいたい……昔は案外そんな奴だったんだけどな。てか心……なんて物を全くわかってなかったしな。時間は何もしなくとも経っていく。吹いてくる風を肌に感じた瞬間の刹那にも止まることなんかない。
目を閉じて耳を塞ぎ、息さえ止めたって、無慈悲に流れるのが時だ。誰にも平等。それは残酷な程に。
逃げたってどの道無駄か。肩透かしさせようが、仕方ない……か。信じてくれるか分からないけど、辺に適当な事を言ったって意味は無いよな。これは多分伝えておくべき事だと思うから。僕は誰にも見えないだろうけど、鍵があるその右手を前に突き出す。するとその手に視線が集中する。
こうなったら、実物を見せなくても信じさせるしかない。
「いきなりだけど……僕は既に三種の神器を揃えてる」
「はあ?」
背中のちびっこい子供が訳わからない感じでそう言った。ロウ副局長はなんか眉毛をピクッと動かした。もうちょっとインパクトを与える様に言うべきだったか? でもロウ副局長の反応は思ってたよりもかなり控えめだ。
色々と言いたいことあるだろうに……あれかな? 確信が持てないからか。取り敢えず続けるか。
「二人の反応はまあ当然だ。突然過ぎてそうなるよな。だけどこれは事実なんだ。考えてみてくれ。 今は冗談言ってる場合じゃないだろ?」
「それはそうだけど……にわかには信じ難い。はいそうですか……とは言えないぞ」
ご尤もだな。だけど実物を見せるわけには……見せれるかも分からない状況では言葉で納得いただかなくちゃいけない。するとロウ副局長がこう言ってきた。
「右手を差し出してるのは、そこに既にアイテムがある––と言うことか?」
「そうです。ここにある。『法の書』に『バンドロームの箱』に『愚者の祭典』……それぞれのアイテムが鍵の形となって僕の腕にあるんだ」
「鍵……」
なんだか、ロウ副局長は案外簡単に信じてるのか? それなら結構助かるけど、どうだろうか。
「おい、本当に三種の神器を持ってるなら、なんで使わない? おかしいだろ」
背中の奴が至極当然の事を聞いてくる。まあそうくるよな。あるのなら使えと言いたく成るのは当たり前の事だ。だけど凄い事が出来るからってのがあるんだよ。そこら辺を言う事にする。
「三種の神器だからこそだろ。僕達は説明書まではもらってない。何が出来るのかイマイチわかってない。だけど凄い事が出来るってのはわかってる。そうなると気安くは使えないんだ」
「………だから錬金の事を探ってたと。バトルシップを直すためだけではなかったということか」
「まあそういう事だね」
ロウ副局長は再び考えてポツリとこういう。
「……では、直ぐに使えるのか? 今ここで」
その言葉に、背中に背負ってる奴が僅かに反応したのが分かった。それもまた共通して気になる部分ではあるだろうしな。僕にはそこにあって変わらない様に見える鍵。使おうと思えば使えるのか? 昨日は無理だったけど、今日も無理とは限らない。でもこれは素直に言うしか無いよな。
「いや、それは分からない。本当なら、直ぐに使える筈だけど……ブリームス入ってから一度所長達に見せようとしたけど無理だった」
「なんだそれ? じゃあ意味ないだろ。やっぱ嘘か。無駄な時間取らせるなよな」
(はぁ)
僕は心の中で小さな息を吐く。この流れできたら絶対にそう言われるな。いや、分かるんだけどさ。ここで見せることが出来ないとか使えないと言うのは、相手側からしたら明らかに都合が悪くなって逃げてるように見えるもんな。
だけど昨日と今日とじゃ状況が全然違う。この切羽詰まった中でわざわざ邪魔するような嘘はつかないぞ。だから僕はもう一度強く言うよ。
「嘘じゃない。こんな嘘、何のメリットもないしな。僕が今これを打ち明けたのは、伝えてた方がいいと思ったからだ。僕達は結局付け焼刃でしか錬金を知れないからな。二人には遠く及ばない。だけど二人が欲しくてたまらないアイテムがある。
今はまだ使えるかも分からないけど、このことを知ってるのと知ってないとじゃ違うと思った」
「……確かに、それはそうだけど」
「状況を考えたら確かに嘘だとは思えないな。だけどやはり一概には信じれない。それに使えないともなるとな……」
大前提はそこだよな。けど望みはあると思う。僕達は新しい扉を開いたはずだろ。
「希望はある。真の零区画になら、多分三種の神器の資料だってあるんじゃないか?」
あそこはかなり特別な場所だろう。それに三種の神器と関係も深いはず。それなら、なにかしらはあるだろう。アソコの設備使ってごちゃごちゃやろうとしてるのが今なんだし、出来る事はきっとある。
「なるほど。確かにあの場所にはありそうだな」
「だけど時間も無い中で見つけれる物かな? もうそのゴーレムを持っていけばこの地に施された錬金が発動する。時間がなさすぎるぞ」
「なら、これをもって逃げるか」
テトラの奴が軽い感じで最後に言った。だけど逃げるって言ったってな……この地からは出れないしそれに統括の傍にはクリエが居る。下手な行動は取れない。それに––
「そもそもこいつの言葉を全部信じた訳でもないからな。どういう風にこれからなるのか……誰にも分からない」
未来を知る術なんてないんだ。統括はもしかしたら、安全に魔鏡強啓の扉を開くかも知れない。真に錬金の全てを欲してるのはこの背負ってる奴の方かも……いくら考えたった今の僕達には答えは出せない。けど色んなことの境界線上にきっと居るのは分かる。
全ての可能性を考慮して、出来る事を……出来る限りやるしか無い。
「そのゴーレムを台座に納めたら手遅れだ」
「そうはならない。させない」
根拠なんてないけど、今は一方方向に一気に突き進むことは出来ない。まだ見極めきれてないからな。
「話にならないな。これだからバカは……」
「だけどこうするしか無いだろ。お前に結局あの化け物共を撃退する代案はないし、統括の考え以外で出来るとしたら、やっぱり三種の神器を使うしか無い。そのためには零区画での作業が必要。だからこそ安易に奴等の敵にまわるなんて出来ない」
ここでこいつと共に反旗を翻すと、零区画に居るクリエや所長達があぶないし、そこまで行くのも大変になる。気をつけながら、ギリギリを見極めるしかない。
「だけど、俺にはきっと監視が着く。自由には動けなくなる。そこの第二の奴は統括の腰巾着に戻るんだろ? お前達だって零区画へ戻れるのか怪しい。どうやって調べる気だ?」
確かにこいつの言うことは最もだな。まあ腰巾着は酷いけど……でもこの二人は色々と自由では居られないのは確かだ。特に背中のこいつは、これからを考えると可哀想でもある。でも、連れてくしか無い。
それにそこら辺はまあ、どうにかなるだろう。
「大丈夫だよ。零区画には錬金に詳しくて、どこにも縛られてない二人がいる」
「あのアホと女のコンビか」
テトラの言葉に僕は頷く。てかテトラの認識の仕方が酷いな。でもテトラはついさっき見知った位だから仕方ないんだけどさ。第四研究所の所長とフランさん……ここ彼等しかいない。
「第四の奴等になんて……」
この街の住人だからこそ、こいつはそう言うんだろう。確かに第四は結局四番目……かも怪しいくらいだ。だけど、信じるしか無い。それにきっとやってくれると思える。負けてなんかきっとない。あの二人の錬金に対する情熱。そしてこの街を思える行動力とかさ……前に見てきたから、僕は信じれる。
二人は別人だけど、でもずっと受け継がれてきてるんだろう。その意思は……だから僕は背中の奴を抱え直す様に一度持ち上げて言うよ。
「大丈夫。やってくれるよ」
僕は再び走りだす。お先真っ暗かもしれない拙い境界線上を……それでも力強く、好転する未来を信じて。
第六百十一話です。
さてどうなっていくのでしょうか。頭がこんがらがりそうです。取り敢えず一歩一歩確実に進めて行きます。
てな訳で次回は日曜日に上げますね。ではでは。