睡蓮花
二つの色の違う光に導かれて僕は暗闇を進む。なんだろう……思うんだけど、クリエの奴ってもしかして空っぽなのだろうか? あいつの中の筈のここはホント何もない。案外つまんない奴なのかもしれないな。
まあただ余計な描写を省いてるだけなのかもしれないけどさ。あいつが空っぽな存在ってのはね……あんまり考えられない。色んな物をどんどん吸収する年代だろうし、なんだって新鮮に移る時期だろ。それにここ最近はあいつに取って刺激的な出来事目白押しだったし、とっても濃ゆい時期だったのは間違いないからな。
きっとこの場所はクリエの中でも特殊なんだろう。ただその為に存在するみたいな……そう考えながら進んでると、どこからか水の音の様な物が聞こえてきた気がした。左右を見ると、いつの間にかせせらぎがある。二つのせせらぎだ。それらがそれぞれ黒くて白い。
多分これが女神と邪神の力の流れなんだろう。更に進むと、そのせせらぎの合流地点が見えてきた。それは妖しく光って、白と黒が入り混じってる。だけど溶ける事はしてないのか、ハッキリと白と黒とで分かれてる。
普通は灰色に成るはずだろうに……混ざり合わない様にしてるのか? でもよくよく考えたらこれは都合がいいかも。
「今はテトラに力を流したいんだからな。黒い小川の力をテトラに流せばこの中央の危なそうな所に手を突っ込まないでいいかも知れない」
下手に手を突っ込んで書き混ぜた瞬間ドカンとかなったら困るからな。でもこれでも多分絶妙なバランスで混ざってるって事なんだろうな。クリエはそもそも相反する筈の女神と邪神の力が混ざり合って生み出された存在だから、こいつの体が一番いい塩梅を知ってるはず。
もうちょっと上手く出来れば、クリエは女神と邪神の力を従えた最強の魔法使いに成れるんだろうな。
「良し、取り敢えず目的地にはこれたから……」
僕はそう呟きつつ、目の前の合流地点を無視して、黒い小川へ。そしてその小川を見つめる。
「なんか汚水っぽいな……」
まあリアルの汚い川みたいにゴミとかがあるわけでもないし、微妙に濁ってるってレベルじゃないから、こういう水と割り切れる気もする。でも黒い絵の具とか墨汁とか流しまくればこんな感じに成っちゃうのかな? って思うとやっぱり汚水か。でも白は白で不気味ではあるよね。でも向こうは女神の力だからな。慈愛の女神の力を宿した水と思うと非常識に白くても神秘的に見える不思議。
隣の芝生は青いみたいな現象か。こっちは邪神の力が宿る黒い水だからな……余計にそう見えるのかも知れない。だって邪神の力が宿った物に喜んで触れる奴いないだろ。力を追い求める異常者でも、それなりに身構えるのが普通。なんせ邪神だからな。
まあ僕的にはあんまりテトラは邪神って感じでも無いけど、このゲームの設定的にそうだし、もしかしたら触れた瞬間に呪いがかかったり……大丈夫だよね? そんな不安を感じてるとピンク色の光がこう言うよ。
「さっさとしなさい。時間は無いわよ。ここだっていつまで無事かわからないんだからね。それに第一に取り残されてる連中なんて既にどうなってるか……」
「嫌な事言うなよ」
でも確かにそうだな。臆してる暇はない。僕は両手を黒い水に突っ込む。すると案外ねっとりとした感触が……見た目はサラサラに見えるんだけどな。しかも微妙にパチパチした感触も……小さい頃に駄菓子屋のお菓子で口の中で弾ける奴があったけど、そんな感じが手の周りで弾けてる。
さて……次はこれをどうやってテトラに送るかだけど……
「ん?」
「どうしたの?」
「いや、……これなんだか––」
なんだかパチパチした感触が腕を上がってきてる様な……体に侵食してきて––
「がはっ!?」
吐血……したのかわからないがなんだかそんな感覚が襲ってきた。不味いかも……もしかして異物とか判断されてる?
「不味いわ。スオウは元々クリエじゃない。アンタには神の力への耐性がないのよ!」
そうかもな……だけど、ここで手を引く訳には行かないだろ! 今は僕がクリエなんだよ。そして今僕のクリエはきっと第一の方で頑張ってるだろう。それなら……僕だけが逃げる事なんか出来ない!
「上等だよ。テトラの力、耐えてみせる」
体中に回れば、触れてる部分を通してテトラ自身が吸収してくれるかもしれないしな。だからここは我慢だ。腕を通して這い上がって来てるからか……黒い水が血管に侵入でもしてるようで血管が黒く浮き上がって来てる。
しかも所々、破裂してるのか内出血気味になったり、皮膚さえも突き破ってる始末。これは中々にヤバそうだ。だけどHPが減ってる訳じゃない。てかこの空間ではそれらが見えない。HPとかいうシステムは肉体依存なのかもね。そもそも魔法は使い放題でも精神力を消費するとか言われてる。けどそこに数値はない。精神面は数値化しないのがLROだから、肉体内の出来事は全て精神の問題って事なんだろう。
「ありがたい……」
僕はぼそっとそう言うよ。それなら、死ぬことはないんだ。痛いけど……苦しいけど……死なないのなら耐えられる。だから……さっさと侵食してみろよ。僕はそう口を動かしながら口元を吊り上げた。
するとその言葉に応えたのか、心臓の脈動が一際大きくなった。突然の負担にフル稼働するかの様にポンプとしての役目を果たす。だけどそれで送り出してるのは多分この邪神の力が入った液体。全身が破裂しそうだ。首筋にも血管が浮いて、それは頬を登り目や脳にまで……僕は真っ黒な天井を見上げる。
ポタポタと、地面に水滴が落ちる。両の瞳から流れ出る涙も当然の様に黒かった。漂ってる二つの光から聞こえる声がどこか遠い。視界もボヤけて来てる。
これ……マジで死なないのかな? テトラの奴、何やってるんだよ。こんな近くに同種の力があるんだぞ。気付けよ……届けアホ! 僕は半開きに成ってた口を閉じ、歯を噛み合わせて、力を貯める。そしてその叫んだ。
「「テトラアアアアアアアアアアアアアアアア!!」」
暗闇でのその叫びは、体とも連携してたのか、クリエの声と重なって聞こえた。すると今度はぼやけてた視界がどこからか開いていく。そして気づくとさっきまでの暗闇とは違う場所に僕は居た。
「ここは?」
草原? 青々とした草が優しい風によって流れる様に揺れてる。優しい陽の光に満ちて、周囲には白く淡い光が昇ってた。そして遠くには色を変える海が見える。そしていくつかの島……そう言えば陽の光って言ったけど、空は青じゃない。その光が一杯に広がってる感じだ。
ホントなんだここ? そう思ってるとどこかから聞き覚えのある旋律が耳に入ってきた。僕はそれを辿って道なき道を進む。すると草の上に寝っ転がって鼻歌歌ってるテトラが居た。
「なにやってんだよお前?」
「貴様か……こんな所まで来るとは、もしや俺の事好きなのか?」
「嫌いだな」
「はっは! はっはっははは……」
おい、なんだかどんどん声が萎んで行って最後には背中向けやがったよ。ええ? 案外ショックでも受けたのか? てか好む理由なくない? まあ嫌いは言いすぎたけどね。しょうがないから言い直してやろう。
「ごめんごめん。別に普通だって」
「まあ俺は貴様など嫌いだがな。俺よりもクリエに懐かれてるし」
そこに嫉妬してたのかよ。いつの間にそんなお父さんに成ったんだお前。最初は糞ガキとか言ってたろ。しかも一度クリエを消滅させた張本人の癖に……
「過去を水に流せんとは心の狭い奴め」
「過去って程経ってないけどな」
つい最近だよ。クリエの奴が物事深く考えないからなんか流れてるけどな。けど、どこかクリエも抵抗はしてるよな。色々とあいつも実は複雑な心情なのかも。
「それより、ここは?」
「ここはまだ初期の頃の世界とでも言える場所だ」
初期の頃……つまりは出来立ての世界ってことね。どうりで色々とおかしな部分があるわけだ。でも実際こいつは自分をゲームの世界の住人と分かってる。それってどういう感覚なのだろう? 邪神と忌み嫌われる事も全ては設定……貧乏クジ引いたって感じか? でも中々聞きづらいよな。ゲームの住人と分かってる奴に、それを「どう思う」なんて。夢や希望とかさ……こいつの中ではどうなってるんだろうか?
ハッキリ言って想像できない。まあそもそも邪神に夢や希望を語られてもって所でもあるけど。
「なんだ? そうそわそわするな。状況は貴様がここに来たことで大体把握してる。いつまでも寝てられる状況でも無くなった訳だ。奴等の好き勝手に世界を作り替えられるのは困るからな。
貴様には約束を果たして貰わないと行けない。必ずシスカの元へ俺を連れて行け」
「わーってるよ」
どうすればいいかはわかんないけど、もしもマザーの所まで行けたらその方法も聞けたりするかもしれないな。てか実は同じ場所に居るとか。神の国成るものがあるとしたら、そこがマザーの居場所ってのはありえる。
なんたってLROの根幹なんだからな。
「なあテトラ……」
「なんだ?」
「……やっぱいいや」
僕は紡ごうとしてた言葉を飲み込む。やっぱり今このタイミングで聞くべき事でもない。僕達が今見つめなきゃいけないのは今だよ。問題がどんどん積み重なって消化不良気味になりつつあるからな。
それを解消しないと……
「気になるぞ。いいのか?」
「いいんだ。今はそんな時じゃない。それよりももう目覚めれるんなら早くそうしよう。お前の大切なクリエが危ないぞ」
「誰があんな糞ガキ……まあ保護者としての責任は果たすがな」
保護者だったんだな。やっぱマジでお父さんに目覚めてる。いや、別にいいんだけどさ。クリエの奴も最初こそ拒否感示してたけど、やっぱ何か感じる物があるのか、最近は歩み寄ろうとしてるしな。
「そうだ。一つ俺も貴様に聞いておきたい事があったんだ」
「なんだよ?」
「お前はこの場所をどう思う?」
なんだその質問? どう思うって、こいつはどんな言葉を期待してるんだ? それにまだ僕はここに来て数分程度だぞ。それでどう思う言われても……見たまんまの事しか言えないぞ。
取り敢えず見たまんまの事をいうことに。
「そうだな、別にちょっとおかしな所があってもいいんじゃないか? 空が無くても、海が色変えても、この中なら、僕は大抵の事受け入れられるぞ」
「そうか」
そう言ってテトラの奴は先に消えてく。おいおい、何なんだよ一体? どういう事なの? 全く意味不明なんだけど。てか置いてくなよ。僕も連れて行け! そう思ってると、一陣の風が強く吹いた。
草花がザワザワと騒ぎ出す。するとなんだかどこか嗅ぎ覚えのあるような香りが鼻孔をくすぐった。優しくて、どこか安心するそんな匂い。僕はその匂いに誘われる様に振り返るよ。
するとそこには一人の女性が立ってた。黒いドレスに金の刺繍が美しく施されてて、白よりももっと透明感のある髪が、肩口でユラユラと揺れてる。
「女神さ……ま」
間違いないよな。彼女は女神シスカだろう。なんでここに? いや、それよりも居るんならテトラに会ってくれればいいのに。突然の女神の降臨に、僕は何を言えばいいのか慌てる。
色々と言いたいことあるんだけど、真っ先に何を言うべきかで口が動かない。すると彼女はそのしなやかな指を一本立てて口元に持ってく。それは「内緒」って事かな? なんか彼女が動くと、キラキラとした何かが出てるような……流石女神はどこぞの邪神と違って神々しいな。
でも内緒って……テトラの前に出れない理由でもあるんだろうか? 僕が色々と考えてると、僕の体もこの場から消えようとし始める。やばい、このままじゃ何も言えずじまいだ。折角会えたんだぞ……何か……何か一言くらいは……
「えっと、あの……ああああ、何かクリエ宛の伝言ととかあれば伝えますよ」
そう言うと何故か目玉をパチクリさせる女神様。意外な事だったのかな? でももうなんでもいいよ。すると彼女は口元に持ってった指で顎を抑えながらちょっと考えた。てかなんか一気に人間味が出たな。
ちょっと緊張が解けたかも。すると彼女は決めたのか、こっちを見据えて口を動かす。だけどその口からは何も聞こえない。だけど不思議な事に彼女の言葉は僕の胸に刻まれる。驚いたけど、彼女も神様だ。驚くことが出来るのは別段不思議な事じゃない。だから僕は胸に手を当てて頷いた。
すると彼女はテトラがゾッコンラブに成ってる笑顔を向けてくれる。テトラの奴が何よりも優先する女神シスカ……そうさせるのだけの物があるのかもなって僕は思った。そして僕もまたこの場所から姿を消した。
はっ! とすると目の前に長い黒髪を垂らしたテトラの奴が起き上がってた。そしてこっちを見ながらその腕を向けてきたと思ったらデコピン一発かまされた。後ろに倒れそうに成った僕を孫ちゃんとアンダーソンが支えてくれてなんとか後ろに倒れずには済んだ。
だけどこれはどういう事だよ。僕は反動を利用して勢い良く元の位置に戻る。
「いきなり何するんだテトラ!! いってーだろうが!!」
文句を言うと、それを見てようやく理解したようにテトラは頷く。
「ホントにその姿でスオウなんだな。不愉快だな」
「悪かったな」
不愉快なのはこっちだよ。なんでデコピンされた上に、ちょっと引かれてるんだよ。状況理解してたんだろうが。
「それはそうだが、この目で見るとな……くく、なんかウケるな」
「ぶん殴るぞ」
「ふん、クリエの攻撃など俺には効きはしない」
確かにこいつアホみたいな耐久力してるからな……クリエの攻撃なんて豆鉄砲みたいなものだろう。ん? 待てよ。僕はふと悪どく微笑む。そして思いっきりクリエを作ってこういった。
「クリエ、やっぱりテトラ大っ嫌いかも。てか嫌いだね。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い」
「うう……止めろ! お前は俺を殺す気か!!」
そう言うテトラはちょっと涙目だった。全然邪神に見えないな。でもやっぱり効果は絶大だったな。クリエでいる間の有効な手段だな。これは使える。まあ効果あるのはテトラだけだけどな。
「何やってるのよ……ば、バッカじゃない」
そう言ったのは孫ちゃんだ。だけど彼女はまだそこまでテトラを受け入れてないからな。ちょっと腰が引き気味だ。まあ仕方ないことだけどね。
「邪神、なんだか貴方、いつもと違わないですか?」
「そうなの?」
アンダーソンの言葉に僕はテトラを見回す。別段かわりなく見えるけど……
「気付くか。まあモブリだしな。今俺は、シスカの力も多少取り入れてる。クリエの体から、俺だけの力を抜くわけにも行かないからな。そいつは二つの力で存在を維持してるんだ」
「なるほど。で、女神の力の分だけ強くなってるのか?」
「貴様は俺とシスカの力の相性をもう忘れたか?」
そう言えばそうだったな。こいつと女神の力は相性悪かった。だから良く爆発するんだもんな。
「まさか爆発しないよな?」
「クリエと一緒にするな。キチンと隔離してる。俺にはどう足掻いてもシスカの力は扱えないからな」
「それなら安心だな。おい、僧兵向こうの様子は?」
僕がそう呼びかけると、扉の所に居る僧兵がこう言うよ。
「なんだか盛り上がってるようだぞ。期待していいんじゃないか?」
「よし、なら一度彼等の所に行こう。目玉の中の情報の事も聞きたいし、これからの行動を決める為にも彼等の意見は必要だ」
「そうね。それがいい」
「ちゃんと戦えるんでしょうね邪神?」
「貴様を葬って証明してやろうか?」
「そそそそそそれだけのでかい口叩けるのなら安心ね」
孫ちゃんメッチャ口絡まってるじゃん。それに急いで離れて僧兵の元まで行ってるし。なんだかんだ言いながら、僧兵も頼りにされてるじゃん。そう思ってたけど、なんか身代わりにされてる感じかも……はは、あの二人が純粋に付き合える日は来るのだろうか?
まあLROが元の姿のままで続けばその可能性もあるよな。この世界には既に沢山の日常があるんだ。プレイヤーだけじゃなく、NPCも意思を持ってしまった。それをやったのはシクラの奴。
あいつが管理されただけの世界、プレイヤーが冒険する為の舞台だったこの世界を、皮肉にも独立させたみたいな感じだよな。この世界は既に多くの意思が生まれつつある独立した世界なんだ。
まだ完全にそうでは無いにしても、沢山の人達が泣いて笑って日々を生活してる……そんな世界をたった一人の思うとおりに作り変えていいはずがない。それもただ逃げるためだけに……そして棺桶にするためだけにだ。
そんな我儘でこの世界を終わらせたくなんかない。だから僕達はまだまだ抗おう。その瞬間まで。
第五百九十話です。
これでテトラも復活ですね。さあ、反撃は始まるのか?
てな訳で次回は月曜日に上げます。ではでは。