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命改変プログラム  作者: 上松
第一章 眠り姫
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ジェスチャーコード

「意味は知らないけど」


 そんな前置きと共に磯部さんは俺達にジェスチャーコードを教えてくれる。右手の薬指を突き出してそこに左手の突き刺し指をちょこんと当てる。そして次に左手の中指を伸ばした状態にして右の薬指を当てる。

 その次に左手の薬指を出してそこに右手の親指を当てて、更にもう一度左手の中指を出して右の薬指を当てた。そして最後に左手で開いてない状態のチョキを作ってそれを右手の人差し指で開く。それが当夜さんと摂理の秘密のおまじないらしい。


「や•く•そ•く……」


 そうポツリと呟くのは天道さんだ。そう言えば彼女はジェスチャーコードの原点を知ってる。だからこそ解読出来る。


「約束……ですか?」

「ええ、まあ私の知ってる物と同じならだけど」

「約束––って事なら違和感ない様な気がするかな」


 確かに。約束って言葉なら、その当時の摂理とかの状況を考えれば使いそうだよな。当夜さんとの間に大切な約束をしてたとしてもおかしくない。


「だけど最後の動作はよく分からないわね」

「意味なんて実際どうでもいいと思うけどな。必要なのは今の動作じゃないっすか?」


 思案する天道さんに俺はそう言うよ。だって意味までをリーフィアは汲みとらないだろう? ジェスチャーコードという今の一連の流れが必要なだけで、そこに込められた思いはぶっちゃけ必要ではないよな。


「確かにそうかも知れないけど……人の思いは行動の元になる。セツリちゃんの事を諦めない限り、私達は考える事を理解しようとすることをやめちゃいけないんだよ秋徒」

「だけどそれに時間をとられる訳にはいかない。そうだろ?」

「そうだね。まあなんとなくは分かるよ。チョキを作るって事はハサミじゃないかな? ハサミは切断、断絶とかそんな感じだからこれこそただのジェスチャーで意味としては『約束破ったら縁切っちゃう』とかじゃない?」

「まあ……考えられるな」


 確かにハサミっぽかったな。だけど、それじゃあ動作として逆じゃないか? 俺的には閉じてた物を開くように見えたけどな。けどここでそんな議論しても答えなんて結局分からないからな。取り敢えず必要な物は得たんだ。次の行動に移るべきだろ。


「そうだね。多分ジェスチャーコードはこれでいいと思う。後は運転手さんを救出してタンちゃんの所に戻ってLROへだね」

「救出? う〜〜ん」


 なんだか磯部さんがメガネをクイッと上げる動作をしてこっちを見てくる。そして探るようにこう言ってきた。


「貴方達……昨日来た奴等と協力してるわけよね?」


 ギクギクって感じだ。日鞠がそこら辺曖昧にしてたのに……よく気付いたな。さてどうするか? もうジェスチャーコードは手にした訳だし、ちゃんと言っても良さそうだが、この人も俺達に託してくれた訳だからな……やっぱり俺達の現状を言うと失望させてしまうかも知れない。

 多少なりとも、国の後ろ盾がある組織と組んでるのであれば……て部分はあったかもだしな。どうしようか悩んでると長い三つ編みが揺れるのが見えた。


「ごめんなさい。私達は昨日の人達とは関係ないです」


 言っちゃったよ。いいのかそれで? 欲しいものは手に入ったからって事か?


「つまりは騙したと……そういう事?」


 メガネの奥の瞳が鋭くなってるのがわかる。ちょっとは打ち解けたと思ったのに……そんな鋭い視線をなだめる様に頑張ってくれてるのが小太りの医師だ。そういや居たな。視界からいつの間にか脳が除外してたよ。

 色々と世話に成ったのにね。でも彼の宥めるような言葉を磯部さんは聞いちゃいない。上司の言葉も効果はゼロだ。


「騙した? それは違います。私は初めからそんな事一言も言ってませんよ」


 日鞠の奴がさも当然の様にそう言った。確かに一度もこっちからんな事言ってはない。言うなれば勝手にそう磯部さんが思っただけだ。だけどそれは屁理屈と言うものでもある。相手を逆撫でとかしちゃうよな。

 磯部さんも例外じゃないようで、目にメラメラと燃える何かが見えるようだ。でもどうやら日鞠は小馬鹿にするために言ったわけじゃないみたい。


「磯部さん、私達は確かに国の大きな後ろ盾も、国内の有数な技術者も、最新鋭の設備もありません。私達は数十人程度の小さな集団です。だけど……これだけは言えます。私達が一番、LROに囚われてる人達を救いたい……そう思ってると。

 だから磯部さんが私達に託してくれた物を生かして見せます。間違いなんかじゃなかったと信じさせてみせます」


 その言葉を受けて磯部さんのメガネがズリッとズレた。どうしてだよ––って言いたいが、多分彼女なりに驚いたりしたんだろう。殆ど反応見えなかったけど、僅かだけど、体が動いたから、きっとメガネがズレたんだ。

 そしてそのズレたメガネから覗く瞳には既にさっきまでの鋭さは無くなってる。まったく……こいつは、一瞬で呑んだな。敵意とか怒りとかを向けられると人間誰でも硬くなって、自然なんて出せなくなるものだ。

 逃げ出したく成ったり、顔色伺ったりして自分を曲げたりとかさ……そんな風に成ってしまうのが人だろう。けど日鞠は違う。こいつは逃げたりしない。食いしばってそれでも進む事が出来る奴だ。だからこそ色んな人がこいつを支持するんだろう。

 きっと、進み続ける事が出来る奴ってのは、それだけで価値があるんだろう。結構な期間逃げてた俺が言うんだ。間違いない。するとポケーとしたままの磯辺の反応を見て、隣に居た小太りの医師が多く笑ってこういった。


「くわっはは! あの子は中々強いじゃないか。君の眼光に怯まないとは大した物だ」

「え?」

「……あ、うん。それそれ」


 小太りの医師メッチャ怯んでる怯んでる! ホントどっちが偉いのかわからなくなる光景だな。医師なんだからもっと自信持っていいんじゃないかな? 一応医師を威嚇して調子を取り戻したのか、磯部さんはズレたメガネを直してこちらに再び視線を向けた。

 やっぱり鋭い眼光してるよこの人。なんか無意識下で責められてる様な気がする。ゴクリと思わず唾飲み込んでしまう。すると今度は天道さんが言葉を紡いだ。


「信じれないのもわかる。向こうの資金力や環境に私達じゃ足元にも及ばないのも事実だもの。けど、可能性と言うものは多くあったほうがいいでしょ?」

「思いだけの貴方達に可能性を感じろと……」


 眉間を押さえてそう呟く磯部さん。そんな脆弱に見えるか俺達? まあ確かに高校生二人に女性一人だし、脆弱っちゃ脆弱か。今世間を賑わしてる問題に立ち向かうには余りにも非力に見えても仕方ないかも。

 だけどそうやって苦悩してる磯部さんに天道さんは微笑んでこう言うよ。


「可能性、感じなかった?」


 すると磯部さんの視線が俺を華麗にスルーして日鞠で止まる。お〜い、なんかちょっと悲しいぞ。いや、いいけどね。わかってたし。


「私はそんな不確定な要素信じる気はないですけど……貴方達が本気なのは見て来ました。それにきっとあの子を助け出す機会は今しかなくて、次はもうない……そんな気がする」


 淡々と紡ぐその言葉が静かな廊下に広がっては消えていく。確かにこの人が言うように次はない……そんな気はするな。セツリの体はもう限界に近づいてる。俺達が……と言うか、スオウの奴が出来なければきっと彼女は眠ったまま、本当に眠った様に死んでいくんだろう。

 それはやっぱり僅かながも関わった身としては気分いい物じゃない。この人だってその筈だ。どこからか足音が響いいて、そして消えてく。扉が開いた音がすると、カタンと閉じる音もする。


「私からしたら、助けてくれるのなら誰でもいいわ。あの子はそれじゃあ嫌でしょうけど、あんなイタズラワガママ姫にはお灸も必要でしょう。だからまっ、最後の時に誰もが必死に成るのなら、成ってくれるのならそれはありがたい事なのでしょう。

 そう思うようにします。ですので騙したのは見逃しましょう」

「ありがとうございます!」


 ぱあっと明るい空気を出して日鞠の奴が頭を下げる。納得もしてもらった事だし、これで万事okだな。騙しちゃった……みたいな変な後ろ髪引かれる感じもこれで無いだろう。


「あの磯部さん」

「何かしら? 用がすんだのなら早く出て行って貰えると嬉しいのだけど? 私の患者はあの子だけじゃないのよ」


 ちょっとは丸く成ったのかと思いきや……全然そんなことはなかった。寧ろなんか更にチクチク刺さる感じだな。「さっさと帰れば?」と暗にじゃなく、堂々と感じれるって凄いんですけど。

 てか日鞠の奴は何を言おうとしてたんだ? もう何もないような気がするんだが……


「はは、最後に一つだけです。もしかしたら私達が帰った後に同じ事を聞きに調査委員会の人達が来るかも知れないですけど、ジェスチャーコードの事は言わないでくれると助かるかな〜って」

「どうしてだ……ぃ」


 横から入ってきた小太りの医師に冷たい視線が降り注ぐ。そのせいで彼の声がみるみる内に萎んでいってしまう。なんて悲しい光景だ。こういう光景見てると本当に男尊女卑なんてあるのか? と思うよな。

 家庭でも母親の方が権威あったり昨今はするしな。はぁ、俺の彼女は優しく美人で思いやりもある子で良かった。そう思ってると肩身の狭くなってしまった医師を無視して磯部さんが同じ言葉を放った。


「どうして?」

「私達は監視されてるみたいなので、きっと来ちゃうかなって思うんです」

「監視……ね。それだけ貴方達を危険視……というのはおかしいかもだけど、無視できてないって事かしら? たった数十人の脆弱な貴方達を?」

「どうでしょう? あはは」


 日鞠はおどけた風に笑う。まあ傍目から見たら可笑しいことだよな。普通は逆の筈だし……俺達みたいな弱小はなんとか大手の動向を伺おうとするし、出来れば内部情報が欲しい所だ。

 けど今はそれとは逆の状況になってる。俺達なんて無視してくれて構わないのにな……ホント無駄に人員がいるんだろうなって思う。しかも統制の取れてないというオマケ付き。反乱分子をのさばらせてるしな……


「まあ言うか言わないかは私が決めることよ。伝える価値があると思えば伝えるわ。そうじゃないのなら言わない。それだけ」

「そうですね。それでいいです」

「だけどそれも、私が私で入れればの話だけど」


 どういう事だ? 何? もしかして二重人格か何かなのこの人? 確かに心病んでそうだもんな。鬱とかとは違うけどさ、こういう人って往々にして生きづらそうだからな。ストレス溜まって別人格を生み出すとか有り得なくもないかも。

 そう思って俺が一人でウンウン頷いてると、キッと厳しい視線が向けられた。ヤバイ……何か感じられた? ニュータイプかあいつ。


「そこの唐変木んが何を考えてるのか知ら無いけど、つまりは上に介入されたら私もまたこの病院という組織の一部って事よ。そこに私の感情はない。つまりはそういう事」


 なるほどね。組織人の悲しい所って奴ね。でも待ってくれ。あのさ……唐変木んってなんだよ。天道さんはまあしょうがない。この人は社長令嬢みたいな物らしい、俺達よりもここには通いつめてるし……けど日鞠でさえ、一目ちょっと置かれてる感じなのに、なんで俺が唐変木なんだよ。確かに何もしてないけど……しかも名前みたいに君まで付けられるし……


「病院や医療機関は悲しいくらいに組織的な部分が強いからね。イメージあまりないけど、そうなんだよね」


 そういうのは小さく成ってた小太りの医師。そういう物なんだな。まあ大なり小なりそう云うのはどこもあるよな。


「睨むだけで日和ってくれる人達は楽だけど、上の奴等はつるむのも上手だから。それに国の後ろ盾のある組織にはいい顔をしておきたいだろうしね。そう言う部分から攻めこまれたら、私は私じゃ無く成るわ。

 この仕事止める気ないのであしからず」

「そこまでして貰う事は出来ないですから。それはしょうがないです」


 流石に路頭に迷うような事をさせるわけにはいかないよな。でも案外仕事がなくなればもう少し柔らかくなりそうな気もするよな。今のままだと嫁の貰い手とか現れなさそうだし……早くしないと手遅れに……

 そんな事を思ってると再びギラッと光った瞳で睨まれた。やっぱ心読まれてる? スッゲー苦手なタイプだな。俺も医師と一緒に小さく成ってると、コホンと咳払いを一つして磯部さんはこういう。


「まあ……そのなに……健闘を祈るわ」

「はい!」


 初めて照れた姿を見た。なんかあんまり得した気分にも成らないけどな。


(はっ!)


 待てよ。俺はもしかしたらとんでもない事に気付いてしまったかも知れないぞ。どうしてこんなに俺や医師に磯部さんが冷たいのか……そして比較的日鞠や天道さんには甘い……その理由。

 もしかしたらもしかしたらだけど……磯辺さんって……百合なんじゃね? 男を毛嫌いしてるように感じるのもそれなら納得と言うか。しかも二人にだけデレてるし……しかも行き遅れ……それも焦ってない感じ。

 普通はもっともっと焦っていい顔するものじゃないか? それなのに磯部さんは既にそういうのの排除に向かってる気がする。「近寄るなゲスい男共!」と思ってるのかは知らないが、なんとなくそんな感じを受ける気がしないでもない。

 だから結論として彼女は百合なんじゃ……と至れるわけですよ。どうだろうか? 全然意味ない考察だけどやってみた。


「お二方ありがとうございます! 行こう秋徒、天道さん」

「ええ」

「お……おう」


 変な想像してたせいで出遅れた。俺は慌てて日鞠の背中を追いかけようとする。


「ようやく解放……されるかな」


 俺はその声に後ろを振り返る。小太りの医師は既に歩き出してる。立ち止まってるのは磯部さんだけ。今のは一体どういう……そういう感じて見てると、彼女と目があった。これは絶対にまた睨まれる! ––と思って身構えた俺。けどそんな予想とは裏腹に普通に無視されて彼女は歩き去る。

 これはこれで中々に堪えるものがあるな……無視って心を抉るよな。まあその背中に声を掛ける勇気も無いから、俺も足早に日鞠の後を追いかける。



 再び物静かな外来の方に戻ってくると、一箇所キャイキャイと賑わしい部分が。なんだかフラッシュがパチパチたかれてて眩しい。何が起こってるんだ? そう思いつつ近づくと、看護師の方達が集まって何やら撮影会をしてた。

 中央でポーズ取ってるのはナース服に身を包んだメカブだ。マジで何やってるのあいつ? てかここの人達はどんだけ暇なんだよ。これを磯部さんが見たら絶対に死ぬまで睨まれるぞ。


「あっ! お〜い!」


 俺達を見つけたメカブがこちらに手を振る。すると一斉にカメラを持ったままこちらに振り向く集団が……こえーよ。


「何やってるのメカブちゃん?」

「コスプレだよコスプレ。本物を着れる機会なんかそうそう無いからね!」


 ムスーと鼻息を荒くしつつそう言うメカブ。お前、何しにここに来たんだよ。頭痛くなるわ。


「どうでした? 嫌いに成ったでしょ?」


 一人椅子に腰掛けてケーキを口に運んでる奴がそう言ってきた。本当にこの人は……言葉のチョイス可笑しいよな? 今の嫌いに成ったでしょ? ってのは磯部さんをってことか? 自分が嫌いだからって教養しないでほしい。どっちかって言うと苦手に成ったわ。


「嫌いって事は無いですよ。患者さんの事を考えてる良い看護師だと思いましたけど」

「そんな被り物に騙されないで。あれは人として問題なのよ」


 おいおい……と思ったけど、何故か周りの看護師さん達もウンウン頷いてる。厳しいそうだったからここら辺の人達はいびられてるのかもね。


「あはは」

「それよりもどうだったの? ジェスチャーコードは?」

「それは勿論バッチリだよ」

「じゃあ撮影会はここまでだね」


 そう言うと何故か周りから「ええ〜」やら「そんな〜」の声が多数。どういうことなんだ? どうしてメカブみたいな痛い奴が受け入れられてるんだ? 何があったんだよ。俺はケーキを頬張ってる新人ナースを見る。

 こいつしか居ないんだが……この人はこの人で掴みどころがないからな。そう思ってるといつの間にかメカブが元の格好で戻ってきた。うわっ……目がチカチカする。やっぱ痛いなこいつ。


「じゃあね〜〜」


 そう言って手を振るメカブ。俺達は一礼して病院の外へ。すると誰よりも重く息を吐いたメカブ。なんで一人遊んでたこいつが一番仕事したって態度を取ってるんだろう? 謎だ。燦々と照りつける陽の下を進んで俺達は車を目指す。

 その時日鞠のスマホにメールが届いたようだった。

 第五百八十七話です。


 ようやく手にしたジェスチャーコードです。これは左右の手に「アカサタナハマヤラワ」を振り割ってます。左手にあ〜なまでで、右手には〜わですね。人差し指が始まりです。だからアは人差し指で、その左の人差し指に右手のそれぞれの指を合わせる事で、あ行になります。

 そんな感じです。

 てな訳で次回は月曜日に上げます。ではでは。

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