失われた輪廻
再び訪れたブリームスの街の地下。第二から第一へと続いてた道は、使ってるからだろうか、一応整備とかされてたんだなってのがここを見ればわかる。真っ暗なのは当然として、そこら辺風化しかかってるくらいに見える。第二から第一への通路には足をとられる様な物はなかったけど、こっちには瓦礫やら植物の根やらよく分からない物やらが見える。
よく分からない物ってのは、文字通りよく分からないんだ。なんて言うか言葉にし辛い代物なんだ。床から大量に伸びてる棒だったり、明らかに罠だったよね? と思わせる仕掛けの後とか……色々だよ。
かなり年月が経ってるみたいでそれらが動くことはもう無さそうだけど、だけど全部が全部そうとは限らないよな。もしかしたらまだ動く罠が残ってる可能性はゼロじゃない。それにやっぱりなんか妙な寒気も感じるし、気を引き締めて行ったほうがよさそうだ。
「またここ……」
ん? 治安部の彼が「また」とか言ったか? 確かにそう聞こえた様な気がしたぞ。僕はその真意を確かめる為に彼に問いかける。
「ねぇねぇ、今言ったのってどういう意味なの?」
「ちょっと、無駄話してる暇ないわよ。とにかくまずは奥に進まないと直ぐに捕まるわ。喋るよりも足動かしなさい」
「む〜」
僕は頬を膨らませて不満な顔を演出するよ。するとそんな膨らませた頬を孫ちゃんは容赦なく引っ張ってきやがった。
「何かしらそのこの美味しそうな大福は? 食べてやるから渡しなさいよ」
「いたたただだだ! 止めろよバカ!」
僕は孫ちゃんの手を弾いてやった。まったくいきなり何しやがるんだ。借り物の体なんだから乱暴な事するなよな。まあ孫ちゃんは元からクリエの事嫌いそうだったし、中身がどうだろうと知ったこっちゃないのかもな。
マジ孫ちゃん最低。
「君……」
「あっ」
頬をスリスリ擦りながら視線を戻すとこっちを凝視してる彼が居た。不味い? まさかさっきので疑われた? だけどこの外側クリエで中身が僕なんて普通はそんな考えには至らない筈……そう思ってると大きな手が迫ってきた。
きっと自分が小さすぎるからそう見えるだけで、多分普通サイズなんだろうとは思うけど……思わずビクッと成って目を閉じる。するとなんだか爽やかな匂いが鼻腔を擽って、孫ちゃんに引っ張られてジンジンしてた頬に触れるちょっと冷たい手の感触。
そこは暖かくしておけよってちょっと思ったけど、案外そのヒンヤリ感が良かった。しかもグローブだったからこれは仕方ない事だった。結果的にちょっとストンとどこかに心が落ち着くような変な感じがしてる。
「大丈夫かい? かなり赤く成ってるけど」
「だ……大丈夫。孫ちゃん高飛車で乱暴者だけど、慣れてるから」
「なにそれ。まるで私が虐待の常習犯みたいな言い方やめてよね。いつものそいつには暴力なんて振るってないでしょ」
(おまっ––バカ!)
僕は声に出さずに口だけ動かしてそう言った。だって無闇に意味深な風に言うんだもん。気付かれたらどうするんだ。だけどどうやらその心配は無さそうだ。
「いつもはそうなのかも知れないけど、この子はまだ子供ですよ。周りが暴力を振るえばその内この子も暴力で返すように成るかもしれない。実際今もそうなってました。貴女はもう少し自重してください」
「私が悪いって言うの? しがない組織の団長の分際でこのシスカ教総本山元老院長老の孫娘にそんな口をきいていいのかしら? 天罰当たるわよ」
「神が真に平等に世界を見てるのなら、今の光景でどちらが悪いかはわかると思います。神とは決して私達にとって都合の良い存在ではない。その筈です」
「うっ……」
おいおい神のお膝元の筈の奴が、神から一番遠い街の奴に真理突かれてるぞ。てか、ハッキリ言って元老院共は神を都合良く使いすぎだったからな。しょうがない。孫ちゃんはあおこまで腐ってないだろうけど、ときどきやっぱりそっち系等の娘なんだなって思う言動が出てくるよな。
ここは仕返してばかりに笑っといてやろうかな? そう思ってると、直ぐに彼がこっちに向いたから引っ張ろうとして頬に置いた指の行き場が……取り敢えずそっと下ろすことに。
「君も––クリエちゃんだっけ? 暴力は意図せず他人を傷つけるかもしれないものだよ。ちゃんと制御できる様に成るまでは振るうものじゃない」
「それは……」
それは確かに同意見ではあるけど……やられっぱなしってのはどうだろうか? 孫ちゃんは中身が僕だったからやっただけで、そこまでクズじゃないから別に今回はその理屈でも良いけど、世の中にはし返さないと図に乗るクズは居るからな。
力が無いからやられっぱなしに成るんじゃない、全部を耐え忍ぶから結局相手には何も伝わらない。痛さも辛さも、そして悔しさも情けなさもだ。暴力は確かに悪かもしれない……だけど、拳で伝わる事があったりも……まあするかも知れない。
「クリエは……クリエはただ暴力なんて振るわないよ。伝えるためにクリエは力を振るうもん。届いてほしいから、嫌って気持ちは嫌って––そう伝えたい時にはクリエは躊躇わないよ」
「………」
真っ直ぐ見つめる自分よりもずっと小さな存在の、そのハッキリとした言葉に彼は目をパチクリしてる。実際、クリエの振りして言うことでもなかったかも知れないな。別に、そんなものかな〜と適当に流しても良かった。
こんな子供がんな事を言うのは流石にね……おかしいだろうし。だけどそう思ってる僕の頭に、彼は手を乗ってきた。髪の毛を掻き分けるかの様なその行為に、何故か理由は分からないけどトクントクンとする。
なんだこれ? さっきからなんかちょっと可笑しいな。確かにこの人はかなりイケメンだ。この青い制服もビシっと決まってるし、性格も優しげ。芯が一本通ってそうな所も評価高いな。
所長みたいな小汚い馬面では太刀打ち出来そうもない物を持ってる。きっと万人がそう思うだろう。まあ男女問わずそのはずだ。だから別におかしくないのかも知れないけど、なんだか変に……というか変な部分が刺激されてる様な気がしないでもない。
なんか落ち着くようで落ち着かないと言うか……僕は男なんだけど……なんかこれって考えちゃ不味い事かな? 体がクリエだから、そっちに変に引っ張られてるとかかも……体に心が引っ張られるって事もあるらしいし……きっと一時的な心と体の誤差というか挙動不良なのかも。
「クリエちゃん、君は小さいのに凄いね」
(なんかキラキラ見えるーーーーーーー!!)
いやマジ、LRO変な仕事するなよ。僕がまるでそっちに目覚めてしまったみたいじゃないか。なんで彼がニコッと笑った瞬間に少女漫画チックに背景に花を咲かせるんだ。過剰演出なんだよ。
(なんや顔赤いで嬢ちゃん)
僕の背後でモゾモゾしてる目玉がそんな事を言ってきた。止めろよな。誰が赤いんだ。気のせいだろ。そうだ、花が突然散ったのにビックリしたせいに決まってる。
(花なんて無いで。こんな日も当たらない場所じゃあ花なんて咲かんでそりゃあ)
(な……に?)
待て待て待て待て待て……ちょっ〜〜〜〜〜〜と待て。演出……だろ? LROのいつもの奴だろこれ? 僕の深層風景が僕だけの世界に現れましたって事じゃないよね? そうだと言ってください、マジお願いします。
「どうしたんだいクリエちゃん? やっぱり痛いのかい?」
ボッ!! っと僕の顔が火を吹いた気がした。だっていきなり顔を近づけてくるんだもん!! 僕は変な声「はわ〜はわ〜」とか叫んでた。
「大丈夫かい?」
「だだだだだだ大丈夫だから! クリエはいつだって大丈夫––って心配されるくらいに元気一杯だよ!」
「それは大丈夫? なのかな」
なんだか可哀想な物を見る目を向けられてる気がするけど、取り敢えず離れられてよかった良かった。ホント、なんか可笑しいなこの体。僕自身じゃなくて、きっとこの体がね!
「大丈夫だから! さあ、早く進もうよ。クリエはじっとしてられない子なのだ!」
「そうだね。危険だろうけど、奥に進むしかツッ……」
立ち上がろうとした彼が肩の方を抱えるようにした。あそこは攻撃を受けた場所だ。やっぱり完全回復はしてないのか。てか回復薬位持ってないのだろうか? 危険な仕事してるんだよね? 備えあれば憂いなしだと思うんだけど……
「この街には外みたいにモンスターが居ないからね。命の危機が差し迫ると言った状況は稀なんだよ。その前にどうにかする様な対策は沢山あるしね。それに錬金の場合は治療という概念は食い違う。
治すんじゃなく、直すんだ。元に戻れとは願わない。より良い物に変えるんだ」
「それって……え?」
どういうことっすか? 錬金には治療魔法は無いってことか? いや、あったとしてもそれ程効果が高くないとか。相性問題かなにかか? より良い物に変えるって……まるでパーツ換装の様に言うなよ。
そう思ってると孫ちゃんがこう言ってきた。
「なるほどね。この街の人間達から感じる気持ち悪さ––というか、変な歪さの原因が分かったわ。私達モブリは神に愛され、どの種族よりもこの世界の力と相性がいい。魔法を得意とするのもその為。
だから私達にはわかる。この世界の力から外れた者達が」
世界の力から外れた……なんか大層な言い方だな。まるでそれじゃあシクラ達みたいじゃないか? まああいつらは完全に別世界の住人というかなんかだけどさ、でもこのブリームスの人達は元はちゃんとこのLROの住人だろ。
外れたとか言い過ぎじゃね? そんな人じゃ無くなってる訳でもあるまいし……
「ここに来て魔法の制御が難しくなってる。最初は錬金の街だし、そこら中に錬金が充満してるからかとも思ってたけど、どうやらそれだけじゃない。錬金と魔法は確かに相性悪いけど、錬金はその物の中で完結してる物の筈で、外に力を漏らすって事はないでしょう。
だってそうじゃないと、私達が触った瞬間に壊れたりしちゃうかもだし」
なるほど……錬金アイテムはその物の中で駆動と開放を簡潔に行うからこそ、誰もが平等に同じ力を振るう事が出来るんだもんな。でも僕メッチャ干渉されてたような……やっぱりクリエって存在がもっと特別だったって事か?
「私は昨晩魔法の種を撒いたわ。力の循環を探るためにこの地に根を張る種をね。普通なら一晩でこの街くらいはカバー出来る筈なんだけど……どういう訳か、なかなか育ってくれない。種は世界に溢れる魔法の力を吸って育つから、暗黒大陸でもない限りその成長が遅れるなんてありえないんだけど、この街では暗黒大陸程では無いにしろ世界樹の力が届いてない? 隔離されてるらしいし、それもありえるわよね。
だけどまた朝に成って歩いて、夜とは違う活気付いた街をもう一度見て感じたわ。モブリは普通の種族に比べて魔法特化してる分、その内に世界の力を取り込み安いし溜め込んでる。
そんな私達の力がこの街の人達とすれ違ったり接触する度に妙に震える。拡散して消えてくみたいな……そんな感じ。わかる? 世界に溢れてる筈の力が、貴方達を拒絶してるこの意味が」
孫ちゃんの声が……言葉が、今までにない重みを持って聞こえる気がする。どうしたんだ? こんなキャラだったっけ? こんな重要な事を突いてく奴だったか? なんか怖いくらいだぞ。それに言ってることは正真正銘怖いしな。
それにこの地下の空気も相まって余計にそう感じるし……しかもかなり喋ってるのに、彼が何も言い返さないってのがまたなんとも……
「わからないなら教えてあげる。私達のこの体も例外なく世界の力の一部。だからこそ、魔法という技術で力を収束させて命令を与える事によって回復できる。だけど錬金は肉体を強化する事で怪我や命の危機とかに対処する方向に行ったんでしょう。
だからこそ、見た目は外の人間達と変わらなくても中身が違うものに成ってる。どんな魔改造してきたか分からないけど、やっぱり貴方達は神に……世界に逆らってる」
冷たい風がその時吹いた気がした。だけどその直後に更に上方の穴から荒々しい音と風が吹き荒れれる。そしてその向こうからこんな声が聞こえた。
「ひゃっはあああああああ! さあ殺してやるぜええええ!」
ノリッノリだな。完全にイッちゃってるよ。まあ元からだけど……だけどタイミング悪すぎだろ。もうちょっと苦戦してくれてれば良い物を……なんでこんな重要な場面で来るかな? ホントまさに悪役だよ。
「くっ、せっかく乗ってたのに……逃げるわよ!」
そう言って何故か僧兵の背に乗る孫ちゃん。笑いどころですかそれ?
「気にするな! クリエの事は頼む!」
「へ?」
そんな声を出してるとヒョイッと優しく抱えられた僕。なんてこった! また鼓動が爆速に!!
「しっかり捕まってるんだよ」
僕は顔を彼の体の方に埋めて頷くよ。あれ? そういえば目玉は? そう思ってると服の中から変態が顔を出した。
(もうなんやびっくりやで。思わずこんな場所に避難してもうた。不可抗力やな!)
「……」
なに不可抗力を強調してるんだ。そう言えば許されるとでも……いや、逆か。こいつの目、なんか輝いてる。「さあ、今直ぐ折檻して」って顔してる。このままこいつにお仕置きしてたら思う壺だったって事だな。危ない危ない。
取り敢えず今はそんな状況でもないし、スルーで行こう。
「ねえ孫ちゃん! さっきの。魔法もう一度使えないの?」
確かLROの魔法にはMPなんて物はなかったはずだ。それならもう一度今度は開いた穴を塞ぐ用に使えば効果的じゃないか? そう考えて見た。
「無理ね。言ったでしょ、ここでは調子悪いのよ。軽い魔法ならまだいけるけど、今のはもう無理。世界に溢れる力が足りないわ」
「そんな……」
まさかこのブリームス限定で制限付きに成ってるのか? そうだとしたら厄介だな。今のは良い足止めに出来たのに……そう思ってると今度はこっちに無茶な要求してきた。
「アンタも魔法使いでしょ! それに特別なね。一発派手なのぶちかましなさいよ!」
「そんな事出来ないよ!」
これ本音だから。こっちだってやれるものならやりたいよ。だけどドキドキする以外に何も力感じないっていうか……待てよ。
「ねぇ孫ちゃん! ここの人達と接触すると、変な感じに成るんだよね?」
「そうよ。私達の魔法の力がここの改造人間共を拒否ってるんでしょうね」
その言い方は止めろよ。別に改造って程でもないだろ。だけどこれで証明されたな。僕が別に恋してる訳じゃないってさ。つまりこのドキドキはきっとクリエの中にある、力が反応してるんだろう。それが汎用的な物なのか、それとも神の力の方かは定かじゃないけど、流石に僕如きに神の力を自由に使えると思えない。
多分この感覚はモブリって言う媒体に元々備わってる部分の微弱な魔法の力が反応してるんだろう。幾らクリエが神の力で生まれた産物だからってモブリをベースにしてるんだし、その特性位あるはず。
まあ普通の魔法はクリエは苦手だって言ってたけど……ここは一つ挑戦してみるべきかも知れない。この異様にモゾモゾする物が魔法に出来る力なら、風を操る物の応用とかでなんとか……出来るか知らないけど、やってみるべきだろう。
僕はクリエになってずっと足手まといだよ。役に立つことやりたい。だから意を決して僕は彼の腕を登って肩から後ろに顔をだす。
「止めるんだ! 君の様な子供が出る幕じゃない!」
「そうかも知れないけど、クリエだって役に立ちたいから! それにクリエはただの子供じゃないもん!」
僕はそう言って両手を後ろに突き出す。両手を話すと体が不安定になるけど、そこは目玉に頑張ってもらう事にしたよ。なるべく一つの事に集中したいからね。掴まったままでやるよりも、もういっそ離してそれだけに集中したほうがなんか良い気がしたんだ。
このLROに来ても、全然魔法なんて使ったこと無い僕だけど……やってやれないことはない! この世界は心を汲み取ってくれるんだ。そして今、僕の心の力は手に取る様に分る。そうこの揺れる全てを、両手から何も考えずに放てばいい。
どんな効果も期待しない、詠唱なんて覚えたこともない……だからただ、力を力として出すだけだ。地面を揺らして地下に降り立つ黒い奴。その赤く光る瞳が直ぐ様こちらを捕らえる。汚らしく笑って、足を地面に食い込ませてく奴。そして次の瞬間、爆発したような衝撃と共に真っ直ぐにこちらに向かってきた。
(嬢ちゃん! やったれえええええええええええええ!!)
「出ろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
伸ばした両腕から放たれた光。ただガムシャラに放ったそれは、クリエという体のお陰なのか異様に巨大な砲撃と成って奴を吹き飛ばした。
「やっ……やっ……あれ?」
ズルっと肩からずれ落ちた僕を目玉が必死に支えてくれる。助かったけど……これで目玉の存在はバレてしまったかな……急いでどうにかしたいけど、なんでかな……力が入らないよ。そう思ってると、大きくて温かい温もりにもう一度包まれた。
すると再び体がトクンと言ったような気がして、そのまま僕はその温もりの中に誘われた。
第五百八十三話です。
ちょっと遅れてしまいました。だけどまだ許容範囲内ですよね。ようし、次も頑張るぞ!
ってな訳で次回は土曜日に上げますね。ではでは。