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命改変プログラム  作者: 上松
第一章 眠り姫
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しゃがんだ心に二つの添え木

 僕達は遊園地を駆け巡る羽目になった。だけど日鞠のおかげで秋徒はいつもの調子を取り戻している。これはこれで良いのかな? そんな風に思って過ぎた時間の矢先、日鞠は食事終わりに秋徒に言葉を投げかける。

 それは今日だけは忘れていようと思ってた事。けれど言葉を投げるのは自由だったのかも知れない。それを秋徒がどう受け取るかは別としてさ。

 だから僕も、最後に心の言葉を秋徒に渡したんだ。


 首都の冠を被りながら実は首都にはない、日本一のテーマパークに僕達は来た。ほらあれだよ、世界一有名なネズミが看板張ってる所。

 他にもアヒルとか犬とか熊とかエイリアンとかが居るね。日鞠は案外子供っぽいからこういう所大好きなんだ。恥ずかし気もなくネズミの耳つけるし。

 まあ、まだ中ならいいよ。みんなそんなのつけてるし。だけど日鞠の場合はなかなか抜けないからイヤになる。絶対帰りの電車でも着けてるよコイツ。

 なんで入って最初に耳を買うんだよ。そして僕達にもそれを強要してくるし……言っとくけどここでだけだから! 似合う奴はいいよ。もっと言えば可愛い女の子なら良いけど、男がしたって痛いだけだ。

 日鞠は麦わら帽子を背中側に回して、晒された黒髪にチョコンと二つの丸い耳をつけてご機嫌上機嫌。

 不覚にもその姿はハマってる。別段違和感が無い。あれだな、いつも頭にお花が咲いてる奴だからそれが具現化しただけな感じなんだ。


「スオウ! 秋徒! ほら、二人とももっと楽しく! 遊園地に来たら笑顔にならなきゃダメなの!」


 そんな事を言う日鞠が僕と秋徒の手を引いて、一年で一番輝いてる時期の太陽を霞ませる程に微笑んでいる。そんな日鞠に僕らは逆らえない。

 てか、ここまで楽しそうな日鞠の気分を削ごうとは思わないってのが正解。日鞠の笑顔を見てると本当に心が無駄に持ち上がる。

 まあ今はその効果に期待でもしようと思った。一緒に手を引かれる秋徒と目が合う。僕達はその時、心が通じた様に溜息が出た。


(しょうがねぇか)


 そんな事を共通認識として僕達は思い浮かべたんだろう。重かった足取りに力を込める。それも本当に秋徒と同時だった。

 そしていつもの笑顔をコイツも見せる。振り切っては居ないだろう。だけどここでだけはそれを忘れて楽しむのもいい。そんな風に割り切ったからの笑顔。

 それでも良いかと僕は思ったよ。いっぱい笑えば暗い気持ちなんて吹き飛ぶしね。それを提供するのも僕らの役目かな。

 だから僕も笑おう。いつも通り、三人で居るときと変わらずさ。気兼ねを忘れた心は軽くなった気がする。力強く踏み込んだ足には風が後押ししてくれる様だ。

 すると僕達の気持ちの変化でも繋いだ手から伝わったのか日鞠が嬉しそうにニヤニヤしてる。


「なんだよその顔?」

「ううん、何でもないよ。ようし二人ともやる気が出てきたみたいだし、まずはあれ行こう!」


 なんだかコイツから光が出てる気がするな。周りには人が一杯いるのに、その光が周りを見えなくさせる。

 細く僅かに日に焼けた腕を伝い見える日鞠の笑顔。バッと振り向き秋徒の方へ。きっと同じ様な光景を見てると思う。

 この引っ張られる感覚に僕達はあらがえない。だけどとても心地良くて、この手を離す気にはなれない。今日だけ今日だけ今日だけだ! そう言い聞かせて僕は声を張り上げる。


「おおー!」


 すると秋徒も同じように声を出した。


「あああああ! 今日は遊びまくってやるー!」


 三人じゃなかったら出来ない奇行。だけど仲良し三人組だからやってしまった痛い事。いつの間にか再び認知出来る様になった周りからの奇異の視線を乗り越えて、僕達は青春の一ページに新たな出来事を加える事が出来た筈だ。



 高いところから真下へズギューン! 水しぶきズヒャー! ゴンドラに乗ってはドキドキで、ただ歩くだけでもワクワクキャッハーな時間は過ぎるのも早いものだ。

 上に書いた擬音は日鞠が発したり、その脳内から飛び出していたのを感じとった物です。意味が不明瞭でもご容赦を。

 日差しも頂点を越えたあたりで今が一日で一番暑くなる時。僕達はオープンテラスの一角でバスケットを開き日鞠の弁当を摘んでいる。

 大きな傘が陰を作って熱気の中にも少しだけのすごし安さを作ってくれて良い感じだ。そよぐ風は暑さを乗せてるから鬱陶しいけど、それはドリンクを旨くするためのスパイスと思おう。

 幾ら文句言っても代わりはしないからね。


「どう、スオウおいしい?」


 横に座る日鞠が少し気恥ずかしそうに僕に視線を送ってくる。今更それを聞くのか、と思う。僕は日々の日鞠の料理を残した事ないんだしさ。

 だけど、期待する様な目を向ける日鞠にはちゃんと言ってあげなくちゃいけないんだろう。う~ん、今更だから恥ずかしい。改まるとさ、言いづらいじゃん。


「うわ旨! お前こんなのいつも食ってんのか!? かぁ~贅沢な奴だな。それ寄越せ!」


 正面からテーブルを乗り越す様に箸を伸ばす秋徒。僕の皿からつまみ上げたのは唐揚げだ。弁当の概ねはサンドイッチだったけどおかずも日鞠は豊富に作ってた。

 それは二人では絶対に食べきれなかったであろう量だ。テンション上がりすぎて作りすぎたのか、それとも……と妙な勘ぐりが入る前に日鞠の注意が秋徒に入る。


「コラー! 秋徒、行儀が悪い。人の物を横から盗むなんて、そんな子に育てた覚えはありません!」

「いや、育てて貰ってないし。寧ろそれはスオウだろ」

「ああ!?」


 どういう意味だそれは。真っ当な事を言った後に急にこっちに振るなよな。別に唐揚げの一個や二個、見逃してやろうと思ってた気持ちが去るだろうが。

 僕は曲芸じみた箸さばきで取られた唐揚げを掴む。二人で唐揚げの引っ張りあいだ。


「取り消せよ秋徒。僕は別に日鞠に育てられてねーよ」

「はっ、良く言うなそんなこと。食事も弁当も作って貰って家の事まで日鞠任せだろ? 十分育てて貰ってるじゃねーか!」

「ふん、今の僕は自立に向けて動き出し取るわ!」


 過去の事が否定できない自分が居た。成る程、僕は日鞠に育てて貰ってたらしい。道理で頭が上がらない訳だ。……いや、気付いてたけどさ。認めたく無かっただけです。


「コラー! スオウまで箸渡しはいけないんだー!」


 二人で火花を散らす間に、横からは日鞠のそんな声が聞こえていて僕達の席は一際賑わっていた。それは本当にLROでの戦いを忘れる位に平凡で楽しい時間だ。

 僕達は僕達の世界でこんなにも楽しく過ごせるという事実。だけど心の奥の方では小さな怖さがあったりする。それはきっと秋徒も同じ筈。

 それさえも無くしたわけじゃないと思いたい。向こうを知ったからここの暖かさを知れる。そしてここの平凡は、向こうでの苦しみを本当に幻にしかねない・・そう感じる怖さがある。

 人はきっと世界を一つ無くしたって生きられる。時間が経てばまた笑えるようになる。僕達にとっての世界はそんな大きくなくていいから……趣味が一つ増えて、一つ無くす。それも世界を無くすって事だ。

 興味が無くなれば目を逸らせばいい。すると今まで見てきた物が見えなくなるだけだ。それはテレビの向こう側と同じ。分かってても実感なんて無い。

 シャッターを閉めて元の鞘に収まるだけ。けれど別に自分の世界が狭くなる訳じゃないからね。切り捨てる事は簡単だ。

 秋徒にとってのLROはどうなのか? 所詮LROはゲーム。割り切ってしまえば去るのは簡単なのかも知れない。

 そしてそれは僕だってそうだ。命を懸ける事に周りのみんなが疑問を投げかけてくる。実際死んだと思ったことも何度もあった。

 それでも戦い続けてたのはセツリの為? 僕もまだ、切り離せる位置に居る。LROは意地悪く猶予をくれてるからね。

 ここで臆病風に吹かれれば僕は二度とLROの地に足を踏み入れる事は無いのかも……なんて思う。僕はどうしてこうも秋徒を連れ戻したいと思ってるのだろう。

 それは信じる仲間の為? アイリの為? もしかしたら自分の為が一番強いのかも知れない。僕をLROに引っ張り込んだこいつが消えたら、僕もいつかそんな風になる気がするとかさ。少なくともそんな逃げ道を見せつけられると迷惑なのは確かだな。

 別にアイリやセツリを助けるのに絶対的に秋徒が必要か? と言われれば首を捻る。三日あるのならこちらも数を集めれるだろうし、軍ほどじゃないにしても一人分位どうにかなるだろう。

 だけど誰もそんな事は言わなかった。みんな秋徒もといアギトを必要としてる。その理由は……


「はぁ~食った食った~」


 バスケットの中身はほぼ空になり、秋徒は腹をさすりながら満足気にそういった。目の前の奴に思いを聞いてみたい気はある。だけど今日はそれを忘れさせてやろうと思ってたから自分からは切り出せない。

 もう秋徒の顔に生気の無さや暗い所は見えない。本当におもいっきり楽しんでる感じだ。今日はこれで良いんだ。そう自分に言い聞かせる。

 心の奥に生まれてるだろう怖さにコイツは負けないと信じるしかない。墓穴を掘った? いいや、戦士に休息は必要だ。そう、ただちょっと秋徒は休んでるだけなんだ。


「スオウ」


 ジ~~~~~と、日鞠の視線が頬に当たる。言葉を出さなくても何を訴えているか分かる。先の答えを求めてるみたいだ。

 ウヤムヤになったと思ってたけど、ただ先延ばしになってるだけだった様だ。食事がつつがなく終了した今が聞き時と計ったんだな。


「あ~あ~……旨かったよ。本当にさ。美味しかった」

「うん! えへへー」


 根負けした。てか、ここで言わなきゃずっと見つめてきそうなんだもんコイツ。出した箸とか数枚のお皿を綺麗に手早く片づけると、日鞠は「さてと」と前置きして僕が触れないと決めた場所にあっさり踏み込んだ。

 それは今の時期に蝉がうるさく鳴くのが当たり前な位、当然で普通と言わんばかりの口調。


「じゃあ秋徒。何があったか話しなさい」

「は?」


 秋徒の意表を突かれたかの様な間抜けな声が漏れた。実際僕もそう言いかけてた。まあ、日鞠が友達の事をちゃんと心配してた事は嬉しいけどさ、いきなり過ぎだろ! 


「なんの事だよ。俺は別に……」


 秋徒の言葉が不意に途切れた。それは日鞠の視線に秋徒が睨まれたから。ピンクの線が入ったストローを唇に添えて食後のドリンクを堪能してた奴の目とは思えない鋭さがそこにはある。

 凄い変わり身の早さ。さっきまでの周りまでも煽るような愉快な雰囲気から一転、周囲の喧噪を遠ざけるみたいな空間にここだけがなっている。


「秋徒、スオウも心配してたんだよ」

「……ん……」


 蚊帳の外からいきなり名指しされてそんな事言われると恥ずかしいじゃないか。秋徒の視線から僕は逃げるように顔を背ける。くっそ、微妙な立ち位置になった。ここで一気に日鞠と共に秋徒を問いつめた方がいいのだろうか?

 だけどさっき新たに決意を固めた事だしやりづらい。たく、ことごとく予想外な奴だ。


「それに秋徒、お弁当食べたでしょ? 話さないなら一万円頂戴」

「「……」」


 おいおい恐喝しだしたぞ。一万円ってそれ――


「た……高過ぎると思うんですけど!」


 秋徒は叫んだ。当然の抗議の声だな。一体あの弁当に使われた食材のどこにそんな高価な物が入ってたのだろうか? 気付かなかった。


「せめて五千円にしてください!」

「それでも高いだろ! 正気を保て秋徒! てか払うな!」


 思わず立ち上がってしまった。いびつな音を立ててイスが地面を擦る。なんで五千円で妥協しようとしてるんだ。秋徒も日鞠には弱い……てか、良くこき使われてるから普段の主従関係が出てきたみたいだ。


「別に高くなんてないよ。私が込めた気持ち分の値段だもん」


 成る程……とは言えない。日鞠がそんな事を言って僕に視線を投げるからなんだか妙にソワソワして勢いが削がれた。そして大人しく着席。


「さあ話しなさい秋徒。五千円払ってね」


 あ、妥協……してないな。なんか相談料っぽくなってるし。なんて臨機応変な奴、お前は大層な占い師か何かかと言いたい。ちゃっかり五千円せしめようとしてるもん。


「お~い、オカシナ事に気づけ秋徒」


 疑いも持たずに今や財布の紐を緩めかけてる奴に僕は釘を刺す。流石に親友が詐欺にあうのは見逃せない。いつの間にここまで懐柔されてたんだ? ビックリだよ。


「あ……ああ、おかしいか? おかしいな」

「むー、スオウのアホー」


 正常な判断を下した秋徒に不服気な日鞠。いやいや、友達から金を取ろうとするなよな。どっちが目的だったか分からなくなるじゃないか。

 結局日鞠は心配してるんだよな?


「勿論秋徒が心配だよ。だから心を鬼にしてでも話を引き出そうとしたのに~」

「そうか? 途中から金が出汁に成ってなかったけどな」


 確実に利益を求めてた様に見えたんだけど。そこはあくまで否定する様だ。頬を膨らませながら日鞠は、財布を閉じて俯く秋徒に目を向ける。


「ほら秋徒、吐露しちゃいなさい。もうお金は要求しないから。遠慮なんてしなくていいよ」

「なんでお前はそんな上から目線なんだ?」


 今はもう僕達もここの喧噪に再び紛れてる。真剣モードは取りやめたらしい日鞠の言葉に秋徒はなかなか反応しない。見つけた時の状態に戻ったようだ。


「良いじゃない。スオウもちゃんと秋徒の口から聞きたいんでしょ?」

「まあ、それは……」


 僕はどっちと答えれば良いんだ? どっちを望んでる? さっき決めたのは秋徒を信じるって事だった。ならそうするべきなんだろうと思う。まだ今は違うんじゃないかってさ。だから……


「いや、いいんだ日鞠。秋徒がまだ話したくないなら強要なんてしない。親友なんだよ僕達はさ。なら、ちゃんと話してくれる。そう信じて、それまで楽しく待つさ……だろ?」

「う~、スオウはそれで本当にいいの? それに結局、私蚊帳の外じゃない。役立たずだよ~」


 日鞠は面白くなさそうに歯噛みして僕に聞き返す。その時秋徒は何かに反応するように肩を揺らした様に僕には見えた。一体何に秋徒は反応したのだろう。届いてたメールの内容から考えるとそれは・・『役立たず』かな?

 そんな風に考える事が一番しっくり来る気がするな。アイリを助けれなかったこととセツリを守れなかったことを相当秋徒は気にしてたらしいからね。

 だから日鞠が何気に発した言葉にも反応した。別にもういい……とは、言わないけどまだチャンスはあるんだ。今更責める気も無いのに、気にしすぎだこのバカ。

 だから大きく何でも無い風で僕は言う。


「いいんだよ。それでいいの、分かったか日鞠。それにお前は別の所で役立ってるよ。心配するな。お前はいつも通り楽しく笑っとけ。それだけで充分だからさ」

「…………うん!」


 日鞠の顔に満開の笑みが咲き誇る。太陽を目指す向日葵じゃ無く、太陽という花の笑み。そんなに嬉しがる事、僕は言ったかな? と首を捻る所だけど、それで日鞠が納得してくれてるなら水差す事じゃない。


「秋徒ねえ聞いた? 私は傍に居るだけで良いんだって。それってつまり……キャッハ☆」

「おい! なんか行き過ぎた解釈してないか!?」


 もう既に聞いちゃいいない。ふさぎ込んだ格好の秋徒の背中を容赦なくバシバシ何度も叩いては、その周りでハシャいでる。きっと秋徒にとっては迷惑極まり無いだろう。

 流石に周りからも浮いてるぞ。あ~他人のフリしてぇ。今更遅いけどさ。もう僕たち三人ワンセットだ。するとその時「パン!」という音が響いた。それは日鞠が両手を弾いて光の粒をまき散らした音。


「スオウ……」

「よし! この話終わり!」


 あれ? なんだかか細い声が聞こえた気がするけど、その声は後ろから響いた日鞠の良く通る声にかき消された。そして日鞠は言われたことを早速実行。秋徒を無理矢理椅子から引っ張り出すと元気一杯にその笑顔を近づけた。


「こら、秋徒! いつまでもフテッてない! 立ち上がって背を伸ばす。顔上げたらニコッと笑顔。ほら、元気元気!」

「!!」


 日鞠の、多分励ましてるだろう言葉が秋徒に掛けられる。結構大雑把に聞こえるけど本人は至って真剣だ。それに何故か秋徒が反応した。それも異常な程に。

 無反応だった秋徒が勢い良く頭を上げて目を丸くしている。てか近い……近すぎだ。日鞠は秋徒を引っ張ったから手も二人繋いでるしで、それを見てるとなんだかモヤッと


「「あああああああああああああああああああああ」」


 この絶叫は僕と日鞠のそれだ。僕は思考を断ち切るために、日鞠は顔を上げた秋徒なんか気にも止めず秋徒の後ろを見つめてそう叫んでいた。そして走り出す。勢い良く、傷心中の秋徒を振り回しながら。


「うああああああああああああああああああ」

「きゃー! ミッキーとミニーちゃんだぁ!!」


 日鞠の視線の先に居たのはこの遊園地の看板マスコットのネズミ二匹。日鞠は周りの子供と気さくに遊んでるその二匹にタックルかました。いいや、抱きついたの間違いね。

 だけど興奮し過ぎて火事場のバカ力を意味ない所で発揮してたらしい日鞠は半ば秋徒をもう一方、確かミニーちゃんにこっちはちゃんとぶつけてた。

 なんだか小さく「ぐえっ!」って聞こえたのは夢の国の為に記憶というフォルダから消しておこう。そう思っていると日鞠の声が前から飛んできた。


「ほらほらースオウ見て見てよ! ミッキーだよ。ミッキー!」


 花びらを周りにまき散らせる様な笑顔で押し倒したミッキーを抱き抱える日鞠。いきなりの出来事でも子供達の夢を壊さないように振る舞う二匹は流石だと思った。秋徒はそこまで出来てなかったけどね。

 起き上がり様に日鞠に元気良く文句言ってたよ。だけどそれで調子が戻ったみたいでもあった。三人と二匹(+子供多数)で写真を撮って、僕達は再び日鞠に引かれて夢の国を歩き回る。

 厳しい日差しが僕達の肌を焼く。だけどそれに負けない熱さがきっと僕達にもあったんだ。



 歩き回ること早数時間。日は傾き、暑さも少し和らいだ時間帯に僕達は隣接するシーの方の湖の場所に集まっている。僕達の他にも見学者多数。今からショーが始まるんだ。

 今か今かと待ちわびる事数分でそれは始まった。オレンジ色の空を目指す水の柱が打ちあがり、黄昏の日差しを受けて目映い光を反射するそれは真夏のダイヤモンドダストのようだ。

 観客は一斉に沸いて次々と歓声が飛び交う。登場する人気キャラクターの面々はそれぞれ普段と違う衣装に着飾ってなんだか新鮮だ。

 水の舞台は進み、空はオレンジから藍色を称えそして黒に近づく。すると今度は湖が全面光りだした。興奮が募る会場で不意に日鞠が口を開く。


「ねえ秋徒。今辛い? 悲しい? 情けない? やりきれない? 表面じゃないずっとずっと心の奥の方ね。私は何も知らないから大雑把な事しか言えないけど、そのしこりは今逃げたら一生そこにあるよ。

 でもね、きっと今ならまだ大丈夫なの。こっち見て――ね? 頼りになる親友が居る」


 そう言われて何だか話の続きを託されたみたいな感じだ。今度は粋なり真面目モードか。だけどここは間違いじゃない気がする。きっと今日一番の場面だ。

 今度は夏の空に魚が飛んでいる。海になった様な舞台のクライマックスに合わせよう。


「なあ秋徒。僕はさ、向こうじゃセツリで手一杯なんだよ。知ってるだろ? 僕にしかセツリは救えない。それと同じようにきっとアイリはお前にしか救えない。

 だから、みんなで待ってるよ」

「……」


 秋徒は何も答えない。前方では浮き上がる3D映像の魚群が銀のうねりを作り敵の親玉のポセイドンみたいなのを貫いていた。

 そして囚われのミニーちゃんを助けてエンドロール。水のカーテンの向こうに消えていく。それはハッピーエンドの物語。

 周囲に巻き散る水しぶきが肌の熱を奪う。去りゆく熱は今日の暑さその物の様な気がしてた。

第五十八話です。

 なんだか風邪引いたみたいで頭がボーとしてる時に書いたから、また異常に時間が掛かりました。でもちゃんと次も上げます。

 次の更新は水曜日ですね。頑張ります!

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