舞い降りる
聞こえた声、触れる温もり。それは全てを任せれると思える程に力強くは無いけど、だけど自分を引き戻すには十分な声だった。僕はわずかな体力を振り絞りその手を握り返す。
「よっしゃっす!!」
その意思を受け取ってくれたのか、そう言ってくれたノウイ。実際僕は水の中でその顔をキチンと窺い知る事は出来ない、でもきっとノウイだと思えるんだ。その喋り方とかから察してね。これでノウイじゃなかったら驚愕ものだよ。
するといきなり身体が引っ張られる様な感覚と共に、小さな舟の上に放り出される。
「ガハッ! ハァハァ……」
「取り敢えずありったけの回復薬っす! 一気に飲んでくださいっす!」
「うっ! うぅ!?」
そう言ってノウイは次々と僕の口に回復薬の入った瓶を突っ込んでくる。口いっぱいに満たされる炭酸のシュワシュワした感じ。血よりはマシな味だけど、いくらなんでもこの量は飲めない。弱ってて流し込めないんだよ。
吐きそうに成ってる僕。だけどそんな僕を見て、ノウイの奴は荒療治に出た。
「ダメっすよ。無理にでも飲まないと治る物も治らないっす--よ!!」
ドスン! と見事な一撃が僕の腹に炸裂した。その瞬間ゴクンと一気に喉を通る大量の回復薬。そして外見に見える傷が一気に癒されてく。僕は恐る恐る心臓に手を当てる。だってここの傷は実際出来た瞬間に致命傷物だ。
前はその瞬間に死にかけたし、こっちの傷は治ってもリアルの方では同時に危ない所まで行ってたんだ。だから回復出来たからって実は安心出来たりしない。けど何だろう……聞こえる鼓動は安定してる?
前はリアルと妙に身体が連動してた筈だけど……もしかして落ち切ったのが原因なのかも。前は中途半端な位置に僕は居た。リアルとLROの境界線上というのか、だからこそこっちでのダメージを僕はリアルにまで持ち越してたわけだけど、落ち切った事でそれがなくなったのかもしれない。
実際、セツリとかはこっちで受けた傷がリアルで反映されるなんて事はなかった。僕も今は完全にこっちに落ちてしまってる。だからこそ、身体と意思が完全に別れてしまってるのかも。喜ばしい事じゃないけど、嬉しい誤算……なのか?
「大丈夫っすか?」
「なんとか……助かったよノウイ」
ほんと毎度毎度、大事な場面で命を救ってくれるよね。ミラージュコロイドはやっぱり存在感デカイよ。この場面じゃ役に立たないとか思ってごめんなさい。まああれは水中にローレが居た時なんだけど……するとノウイが僕を見ながらこういうよ。
「それにしても何が起こったんすか? いきなりあんな盛大に血が噴き出すなんて……」
「僕にもよくわからないけど、メノウは時を操る召喚獣で、その直前に言った言葉を考えると……多分新規でダメージを与えられたわけじゃない。出来た傷はどこも見覚えのある所ばかり……きっと過去の傷を掘り起こしたんだ」
「ええ!? なんすかそれ? じゃあそれじゃ回復しても意味ないんじゃ? だってまた同じ事をされたら傷は復活するっすよね?」
「……だな」
しかも僕の場合はギリギリでいつもやってきた。そのギリギリの傷が何度も何度も一斉に開くとなれば、最悪精神が崩壊してもおかしくないかも。余裕を持てない勝負ばっかりしてた弊害だな。僕にとっては相性最悪の攻撃だ。
新たな傷を作られるよりも厄介。ただ落ちきってる事が唯一の救いか……何一つ笑えない。
「そんな事されたら、リアルの方のスオウ君の身体がヤバイっすよね? いや、既にもう……どうなんすかそこら辺は?」
う……まだこの事実はみんなには知らせたくないんだよね。だってこれをいうと、余計な心配が増えるだけ。それにノウイだけならまだしも、ノウイに言ったら絶対にセラに伝わると思うんだ。そうなると色々と厄介だろ。
人の口に蓋は出来ないっていうし、一人に伝わるとみんなに広がると思ってた方がいい。それは……嫌なんだ。
「きっとなんかとなってるだろ。大丈夫だよ」
「あ、アバウトっすね」
「馴れてるからな」
今は無理にでもこれで通す。実際、リアルの身体が本当の所どうなってるかなんてわかんないんだけど、自分自身が消えてないのなら、まだ生きてる筈だ。その確信だけはある。実際はリアルの身体もさっきの傷の復活でボロボロになってるかもしれないけど、戻れない僕はどうしようもない。
だから色々と考えて今まで自分が得てきた情報で心の均整をとるんだ。不安なんて考え出したら、落ち切ったその瞬間から、前になんて進めない。
だけど、自分でもわかってはいるんだ。いつまでもこの事実から目を逸らしてる訳にはいかないってさ。でも今は、自分の事よりも優先したい奴がいる。だから前を見る。
遠くになってしまったローレ達。だけどオルカの影響はここまでも伝わってくる。あいつが身体を動かすだけで、この湖は大きく揺れるからな。僕が消えた事で、セラが戦う羽目になってるみたいだけど、オルカもメノウも味方なんて意識はとうに持ってないから、互いに目障りな相手を攻撃しながら、ちょこまかしてるローレにも行ってるって感じだな。
だけど不自然なのは比較的近くにいる筈のローレやリルフィンに意識が向かない事だ。契約は切れたけど、無意識下で避けてるのか?
「ノウイ、協力してくれるか?」
「勿論っすよ。そのために自分はここに来たんっす。運ぶ場所はローレ様の所っすね」
「ああ」
ミラージュコロイドがあれば厄介な奴らを素通り出来る。これは大きい。実際今のメノウやオルカを相手にしても勝てる気がしない。そもそも相手にしてる暇もないしな。小人達が現界してるのにも時間制限があるし、さっさとあいつの障壁を崩さないと。
ノウイはミラージュコロイドの鏡を広く展開してく。僕はただ真っ直ぐにやれば最短では? っておもうんだけど、ミラージュコロイドを一番理解してるのはノウイだろうからね。これにも理由があるんだろう。
それにミラージュコロイドの場合は真っ直ぐでも横から回ってもそこまで到達時間に差はないのかも。準備が出来たノウイはこちらに手を差し伸べてくる。
「じゃあ行くっすか。準備は……ってあれ? 確かイクシード3は発動条件にHPがレッドゾーンでないといけないんじゃなかったすか?」
「そうだけど、それがどうした?」
何を今更だよ。そんなの僕が一番良く知ってるっての。だけど続くノウイの言葉に自分自身で驚いた。
「いや、今スオウ君レッドゾーンじゃないっすよ。さっき回復薬飲んだから余裕で安全圏っす。でも背中のウネリ小さいながらもあるっすよね? それにそこのセラ・シルフィングも何か回ってるっす」
そういえば水中で落とした筈のセラ・シルフィングが舟にある。ノウイが僕を引き上げる時に一緒に回収してくれたのかな? それにしても言われてみたら僕のHPはレッドゾーンじゃない。いや、そもそも考えてみたらここに来てテトラとやりあった時はまだ全快だった様な……設定無視か。
僕も随分なチートキャラになってたのかな? いや~考えてみたらあの時は強敵テトラを前にして、しかも腕には満身創痍のクリエ……ただのイクシードで相手に出来る訳ないからって勢いで--というか完全にイクシード3しか使う気がなくてそう叫んだんだよね。
そしたら出来ちゃってて、今考えると深く考えてなかった。おかしいなこれ……どういう事だ? 僕はセラ・シルフィングを拾って問いかける。
「どういう事なんだ?」
だけど当然セラ・シルフィングが何かを語るわけない。武器だからな。まあこの世界には喋る武器があっても別段驚かないけど、セラ・シルフィングにはそんな機能はついてない。よって自分で考えて答えを導き出さないと……
「あれ……かな? 条件が緩くなってるとか?」
「そんな事、聞いた事ないっすよ」
「だろうな。僕もない」
でも考えれる事と言ったら、そのくらいしかなくないか? そんな事があり得るのかどうか知らないけど、でもそう考えないと、今の状態でイクシード3を発動出来てるのはおかしい。でも実際、そうだとしたら、ただのイクシードと同じ条件で使えるんなら、普通のイクシードの存在意義が薄れてしまうよね。
これはシステム的にみてもおかしいというか、バグ? 上位の技を下位の技と同じ条件で使えるのなら、そりゃあ誰だって上位の技を使っちゃう筈だ。まあただのイクシードにも下位の方にしか無い物とかもあるわけだけど、現状それを使いこなせてないからね。結局同じ条件で使えるなら、やっぱり僕もイクシード3に流れるのは避けられない。
後は上位よりも下位を選ぶ可能性があるのなら……反動とかかな? ただのイクシードには身体への負担は無い。だけどイクシード3には其れなりの負担が発生してる。
(でもそれも良く考えると、使う度に技の反動や負担は減ってたのかもしれないな)
今思えばだけどさ、最初に使用した時よりも確実に体は耐えられる様になって行ってたよな。馴れか? だからこそ……
「まあもしかしたら制限さえも成長によってってのはなくは無いのかもしれないっす。そもそもセラ・シルフィングは今まで誰もやった事の無い方法で進化をしてるわけっすからね。謎部分はいっぱいっすよ」
ノウイはそう言って無理矢理にでも納得しようとしてるみたいだ。まあだけど、その可能性も多いにあるよな。今までこんな事がなかったからって、この世界のシステムにこんな事が組み込まれてないなんて誰にもわからない。
今までそれをただ確認出来なかっただけかもしれない。だからそれでも十分に無理矢理納得は出来る。だけど僕にはノウイ達には伝えてない情報が一つある。それもかなり重要な事で、僕にとっては大きな事。ようはそれだけの事なら、こんな事が起きてもおかしくは無いのかも知れないと思える程の事だ。
「これも本当に進化なのかな……」
「どういう事っすか? 制限なく強いスキルが発動出来るってのはどう考えても進化っすよ」
確かにそれはそうだ。普通に見たら良い事で終わる。でももしもこの制限解除が僕が落ち切ったからだったら進化と読んで良いのか疑問が湧く。まあ一つの可能性としてしか結局考えれない訳だけどさ……進化ってよりもなんとなくそんな気がするんだよな。
落ち切ってしまったから、なにか何処かが狂ってしまってる……みたいな。そう思ってると前方で激しい音がした。
やばいな、考え込んでる場合じゃ無い!
「ノウイ、取り敢えずこの事は保留だ! 移動を頼む!」
「そうっすね。今はバトル前で考えてるよりも、取り敢えず参戦する方が大事っすよね! それに別に悪い事じゃ無いっすし、ありがたく使わせて貰えば良いんすよ!!」
「そうだな」
ありがたい。確かにそうだよ。イクシード3が使えなくなる事の方が怖い。すると水中に黒い影が……そしてそれは水面と共に舟もせりあげる。
「うおっ!?」
「ちょっ--なんすかあああああ!?」
ゴゴゴゴと盛り上がって舟に亀裂が走る。そしてそのまま空に跳ねあげられると、その反動で船は全壊した。眼下に見えるは虹色に輝く尾ビレに、白い鱗に覆われた体……デカくなったオルカの尻尾が狙ってかどうか知らないけど、丁度直撃したっぽい。
「くっそ……ノウイ!」
「大丈夫っす! この位でミラージュコロイドは終わらないっすよ!!」
そんな言葉と共にノウイの姿が消える。すると次の瞬間、自分の身体が引っ張られて、鏡の中へ引っ張られる。そして気づくとローレやリルフィンの頭上に現れてた。流石、凄い速さだミラージュコロイド。
「お前!」
「スオウ?」
それぞれ僕の存在に気付く二人。そして小人達も「加勢ですか?」「増援ですよ」「フレーフレー」と盛り上がってる。
「こじ開けるぞリルフィン!!」
「--ふん、当然だ!!」
僕は風を纏わせたセラ・シルフィングを振り下ろす。だけど案の定、風はローレの障壁に触れた瞬間に拡散されてしまう。なんて厄介な障壁だ。風を纏ってないと攻撃力はダダ下がりだよ。だけどだからって諦める訳にはいかない。僕は振り下ろした片方のセラ・シルフィングで出来るだけ深くを抉る。
そしてもう片方の風を纏ったセラ・シルフィングをその抉った部分に真っ直ぐに突き刺して、更に深い場所を目指すんだ! 先の剣が開いてくれてた道を通らせる事でより深くまで風の助力を得られる!
「うおおおおおおお!!」
「二刀流の利点を活かしてきたわね」
「このまま今度は押し広げてぶっ壊してやるよ!!」
深くに入った二つの剣を今度は外側に向ければ、斬り割ける。そんな思惑が僕にはあった。実際ローレの奴も「ちょっと不味いかも」ってな顔をしてる。風はもう纏ってないけど、これだけ深くに突き刺さただけで十分だ。後は背中のウネリを利用して勢いを作って、身体ごと回転させて破壊を試みる。
流石に腕の力だけじゃ厳しいからな。リルフィンみたいに元が召喚獣って化け物ならまだしも、僕は普通の人間だからね。絶対的な筋力には差があるよ。
「あんまり派手にそんな目立つ物を動かしてると、目をつけられるわよ」
「何?」
背中のウネリが勢いを増して行ってるとそんな事を言われた。言葉での揺さぶり。こいつの得意分野だけど、今回はどうやらマジだったようだ。大きな音ともに水面が弾けて水飛沫が飛んでくる。その音の方をみると、なんとオルカの野郎がこっちに大口開けて迫ってきてた。
こいつ完全にローレごと僕達を腹に収める気だ。やっぱり既にローレの事なんか全然なんとも思ってない……というか、完全に暴走状態に入ってる。
「スオウ君もリルフィン君も一旦離脱するっすよ!」
「「ダメだ!!」」
僕とリルフィンが同時に叫ぶ。ローレの障壁は壊れかかってる。流石に二箇所から同時に攻撃されるのは痛いらしい。これならあと一押しで道が開く。ここで逃げたらその芽がなくなるんだ。それに小人達のタイムリミットも近い。
なんだかみんな眠そうにし出してるし、ここで引いたらきっと消えてしまうだろう。そうなったら一回限りしか出来ないこの魔法が無駄になる。そうなるとローレを無力化する術はなくなってしまう。
逃げれない……どうしても。それが僕とリルフィン共通の意思。でもノウイはそこまで事情を知ってる訳でもないから、その提案はしょうがない。するとその時おかしな現象が起きる。
「どうしてぇぇぇえっすぅぅぅかぁぁぁ!?」
「こぉれぇはぁ!」
「やぁつぅのぅ!」
呂律が回らなくなったわけでは無く、僕達の時が遅延させられてる。こんな事が出来るのはこの場ではたった一人しかいない。メノウ--どうやら奴も動いてる様だ。僕達と同時に、オルカも遅延の影響を受けてる。てかもしかしたらオルカに向けて打った時魔法の範囲が僕達にまで影響を及ぼしてるのかも。
メノウはまだオルカよりも理性を保ってるぽかったからな。でもそれだとローレを守られるかも……けどローレも一緒に遅延を食らってる? くそ、思考だけ回ってもなんの解決にもならないな。
時間は引き伸ばせるけど、これじゃあ意味が無い。時魔法に一度囚われると厄介だ。時間を支配された空間でフルボッコって事になりかねない。これはまだ完全に時が止められたわけじゃ無いから、どうにか出来る余地はあるのかも。
そう思ってると、微細な振動が空気を伝って伝わってくる。なんだ? そう思って視線をオルカに向けると目を蘭々と輝かせて僅かにだけど激しく震えてる? しかもそれは次第に激しくなって行ってる様な? この時間が遅らせられてる空間でどういう事だよ?
同じ召喚獣だから何か対策があるのか? オルカの振動はこの遅延の空間に拡大してく、するとその影響は僕達にまで来てると気付く。近くのリルフィンの奴が大きく口を開けて何かを発する準備をしてる。声……を貯めてるみたいな。
きっと狙いはアレだな。それなら僕も狙おうじゃないか! 僕はウネリに意識を集中させる。回転は確かに遅くなってる。だけど伝えられる意思の速度は変わってない。そしてオルカの振動で亀裂が入りつつある空間。僅かだけど、自身の中に制御装置を取り戻せてる様な感じがある。
イレギュラーな動きを出来たら破壊につながるかもと思って、僕は背中のウネリの回転を逆方向に回す様に意識を集中する。そして僕とリルフィンとオルカの気持ちはきっとここで重なってる。
「「「砕けろ!!」」」
てね。オルカの振動が僅かだけど時を刺激して、僕の風の逆回転が既存の流れを変えて亀裂を生んだ。そして最後にリルフィンのスキルを吹き飛ばす力を込めたその声が音速を取り戻す。遅延の空間が砕かれたその瞬間、オルカの姿も確認出来た。
今この一箇所にそれぞれがぶつかり合う様に迫って来てる。元に戻った時間の流れ。そして僕達には逃げるなんて選択肢は無い。それならもうやる事は一つだけ。僕の専売特許は誰よりも速く動くこと。それは召喚獣よりも誰よりも--この場で速くだ!!
「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
僕とリルフィンは力を解き放つかの様に叫ぶ。激しく唸る風に、輝く障壁を押し広げる腕。唸る風の勢いを利用して、凪いだ剣が障壁に穴を開ける。だけどその時、オルカとメノウそれぞれの力も加わって来て、激しい爆発が起こった。
真っ白になる視界。抗えない大きな力の流動。爆発の衝撃で大波が周囲に被害をもたらす。そして煙と共に僕達は水面に叩きつけられる。水面を渡る投げ石みたいに数回跳ねると、ズボッと水中に潜り込む。だけどそんな僕達を助けてくれる二つの手。
「スオウ!」
「大丈夫っすか?」
水を吐きながら上をみるとセラが僕を引き上げてくれてた。リルフィンの奴はノウイが担当してる様だ。
「大丈夫だ」
「ああ、なんとかね」
その言葉にホッと一息ついてくれるセラとノウイ。聖典に引き上げられた僕達はそれぞれ爆発の方をみる。どうやらノウイにもセラが土台として聖典を貸してる様だな。そして僕達にもそれぞれ二台の聖典を下にしてくれる。
ありがたい……今は風を操れそうにないからね。足場を手に入れてなんとか立ち上がると、クリエの奴が僕の方に腕を伸ばしてくる。
「スオウ……」
「クリエ……心配かけたな。だけどなんとか、なったかな?」
「そもそも何してたのよあんた達?」
僕はセラからクリエを渡してもらい、含み笑いを見せる。
「それは、まあああいう事だよ」
そう言って見据える先の煙の中から、二つの光が空に登ってく。青い光と紫の光。そして煙が晴れるとそこにはバシャバシャと無様に足掻くローレが一人。
「召喚獣がいないっすね」
「ギリギリで間に合ったからな。俺達が狙ったのは擬似契約解除だ。これで一定時間召喚は使えない」
そう間に合った。超ギリギリ間一髪だったけど、切り裂いた隙間から小人達が障壁に侵入して、ローレの杖を封印したんだ。今の杖には文字が描かれた布が全体を覆ってる。あれが覆ってる間はきっと大丈夫ってことだろう。
「それにしてもいい気味ね」
必死に足掻いてる様を見てそう呟くセラ。いや、気持ちはわかるけどね。ウンディーネ達もオルカにやられたみたいだし、ローレを助ける奴はもういない。今まで好き勝手にやって来た代償か……あいつも泳ぎスキルは持ってないのか? いや、そもそも泳ぎ辛そうな服だしな。水を吸うと重そうだ。
そして終には沈んでくローレ。哀れな最後……でもなさそうで、あいつ最後に笑ってた様に見えた。まだ何かあるのか? それともただの強がりか? 淡く光る水中に沈んでくローレを見つめてるとクリエが僕の服を引っ張って見つめてくる。
その目を見ると何を言いたいのか、わかった様な気がする。
「セラ、あそこまで聖典を飛ばしてくれないか?」
「ちょ! あんた何を言ってるのよ? あのタイプの女に同情なんて損するだけよ」
はは、凄い言われよう。だけどまあ反論は出来ないかな。けどさ、このまま見殺しになんか出来ないよ。
「なんだかあいつってさ、最後まで完全に敵って感じじゃなかったんだよな。だからさ」
「なによそれ? ふん、気に入らないわね」
だけどそう言って聖典を動かそうとしてくれるセラ。でもそこでリルフィンがこう言ってくる。
「待ってくれ。その役目は俺に譲れスオウ」
真剣な瞳。確かに考えてみれば僕よりもリルフィンが適任かもね。僕は納得してその役目を譲るよ。ローレの沈んだ場所に近づくリルフィン。これであいつは王子様にでもなれるかな? そう思ってると水中から黒い靄と共に手が湧き上がって来た。
「いらんよ。手を貸す必要なんてない」
響き渡るそんな声。水中から現れたのはテトラだ。放心状態だったはずなのに……いや、流石にこれだけ時間を掛けちゃ復活するか。なんてたって神だからな。水中から出てきたテトラはその腕でローレをお姫様抱っこしてる。
リルフィンの役目は完全に奪われた感じだ。
「意外ね……あんたが私を助けるなんて」
「これでも一応感謝してるからな。随分迷惑をかけた」
「本当に……って言いたい所だけど、実はそうでもないわ。これ以上の奇跡を願ったのは私だもの。だから今は結構嬉しいわよ」
「ふん、やはりお前は面白い。何をしようと今更なのに、それでもお前は楽しませてくれる。だが結局俺は邪神。お前達の願う奇跡や希望を打ち崩すのが俺だ。済まないなローレ。奴等はここで潰す」
その瞬間、激しいプレッシャーが僕達を襲う。今度は流石に動揺もないだろう。本気の神とのやりあい……
「勝手にどうぞ。私はどっちに転んでも良いんだもの。後は見守らせて貰うわ」
「そうしておけ」
そう言ってテトラはローレを黒い膜で包む。まあ黒いと言っても半透明だから外の状況を見えるようにわざわざしてる。そしてとうのテトラはこちらを真っ直ぐに見つめて一歩を踏み出す。だけどその時、夜空に輝く光がこの場を照らす。
「ぬっ、これは?」
『やめてテトラ。これ以上傷つけないで--」
「この声はまさか……」
テトラの声が震えてる。その可能性にやはり真っ先に気付いたか。そして周囲の種族もセラもノウイも空に目を奪われてる。そんな空から光を纏って降りてくる一人の女性。彼女はゆっくりと地上に舞い降りて来て、その手をテトラに差し出す。
そしてその手をテトラは優しくとった。
「--周りを、そして貴方自身を」
「シス……カ」
紡がれたのはもう一人の創世の神の名前。それはまさに認められた瞬間。この場に二人の神が邂逅したんだ。
第四百六十八話です。
一つの決着だけじゃ勝利は得られない。再び動きだした神の前に現れるのは別の神。待ちに待ったこの瞬間なので、彼には活躍して欲しいですね。
てな訳で次回は木曜日にあげます。ではでは。