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命改変プログラム  作者: 上松
第一章 眠り姫
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風を超えて

ゲーム内に戻った僕を待っていたのは憔悴したアギトだった。セツリを連れ去ったのはたちの悪い犯罪ギルドの一つ? そんな奴らにセツリを利用されてたまるかと僕たちは再び走りだす。

 広大なフールドを駆けなんとか追いついた僕たちを迎えたのは犯罪者ギルドの一団ではなく異形の悪魔!? そのあまりの強さに初めて感じたゲーム内での死。だけど逃げる事なんて出来ない。

 セツリの死は何を意味するか分からない! 僕はHP0の瞬間を駆ける!

「何が起こったんだ?」

 ゲーム内に戻った僕がアギトと合流して事の顛末を聞いたのはあのメールから二時間以上経ってからの事だ。

 自宅に戻って幼なじみに無闇に付き合わされたのは痛い。でも逆らえないんだよねアイツには。流されやすい僕にとって日鞠の強引差は鬼門だよ。両親もそれを解ってアイツに僕を任せてる訳だし……親と組みやがって!

 そんなわけで再びゲームに入った時には既に日が傾いていた。街には夕の帳が降りて黄昏に染まっている。一発アギトを殴ってやろうかと思ったけどその姿を見てその気は失せた。

 いつもは無駄に元気を振りまく奴が壁を背にうなだれているんだ。そんな姿見せられちゃ何も出来ない。

「くっそ油断してた。セツリがこのクエストのキーだって知ってるのは俺達だけと思ってたからな……イヤこれは言い訳だ。取りあえず簡潔に言うと街を見たいと言うセツリと外に出たのが不味かった。

 このクエストが始まった時から多分、全プレイヤーにはそれを確認する方法が有ったんだ。見落としてたウインドウポップにはそれがあったよ。後は達成報酬狙いのゴロツキプレイヤーの襲撃の嵐だ。町中であんな露骨に犯罪めいた事をするって事はきっとそっち方面にばかり熱を入れてるギルドの奴らだったんだ」

 話を全部聞いてこみ上げてくる感情は何とも言い表せない物だ。もしかしたら僕は少し安心してるのかも知れない。

 だって彼女のあの真っ直ぐな目に見据えられたら僕は全部を話してしまいそうだったから……彼女の兄は君を救おうとして眠っている。そんな辛いことをまた一つ彼女に背負わせたくなんかなかった。

「なるほどね。セツリの兄ちゃん……そっか。だけどきっとあの子はお前を待ってるぞスオウ。何度もお前の名前呼んでたからな。辛いんなら一緒に背負ってやろうぜ。それが仲間ってもんだろ。連れ去った奴らはセツリを道具としか見てないぞ」

 アギトの言葉に歯を喰い締める。犯罪者ギルド――そいつ等はPKを無意味にやり、圧倒的多数で一人を襲う。誰かが苦労してとったアイテムを横から奪う腐ったやつら。

 このゲーム内にはおもいっきり犯罪をやりたくて入る奴も少なからず居るんだ。ただただPK=人殺しを楽しむ奴だってマジで居るらしい。

 そんな奴らに彼女は連れ去られた。そうだ、ほっとくなんて出来ない。助けなきゃ行けない。初心者でまともな装備なんて持っていない自分に何が出来るかは分からないけど動かない訳には行かなかった。

「連れ去った奴らの事分かってるのか?」

「そこら辺はぬかりない。奴ら揃いの蜘蛛の入れ墨を入れてやがった。蜘蛛を象徴にしてる犯罪者ギルド『ノムディラス』だ。拠点はここから南西の街『セイムタウン』犯罪者ギルドでも中間ぐらいのギルドだ」

「セイムタウンか……僕の装備で行けるか?」

「行くしかないだろ? もたもたしててもっと上位の犯罪者ギルドが横やり入れてきたら面倒だ。知り合いに声も掛けてるし急ぐぞ!」

 僕たちは再び走り出す。一応今買える最高の武器と防具に回復薬は高価だからアギトから貰う。最高の武器と防具と言っても鍋の蓋が革の盾になったぐらいで超心もとないけど贅沢は言えない。

 だってクエスト一個しかやってないからね。普通は最初の街の周りで有る程度まで装備を整えて別の街に向かうらしいけどそんな悠長な事はやってられない。

 もう殆ど僕の中ではこのゲーム、走り続けなきゃ行けないような感じだ。

 

 街の南に広がった森に入って日はすっかり落ちてしまった。ぎらつく複数の目に囲まれながらもアギトの強さのおかげで結構難なく進めている。だけどいきなりこんな広い森って……おかしいだろと言いたくなる。この森を抜けるのが初心者プレイヤーの最初の関門らしい。

 だけど経験豊富なアギトのおかげで僕は反則的に進めている。後でいろいろ苦労しそうだけどそんな事考えてられない。

 森を抜けると平原だった。沢山の風車が回る牧草地。なんだか羊に似たモンスターが沢山居る。羊は攻撃しないと襲ってこないらしいから安心だ。

 ここは余裕で抜けれると安心していた所でアギトが制止を促した。

「どうした?」

「何か聞こえないか?」

 そう言われて耳を澄ます。確かに何か悲鳴めいた物と地面を抉る様な音が徐々に近づいているような気がする。すると直ぐに視界に移った。二人組のパーテーがとてつもなく大きな羊に襲われてこちらに後退してきていた。

「なんじゃありゃ!?」

「羊のグレートモンスターだ。たまに不意に現れて森を抜けれたプレイヤーに絶望を味わわせるイヤな奴」

 アギトのその口調はなんだか酸っぱい感じ。自分もアイツに襲われたんだろうか? だけどエルフは始まる街が違った様な気がするけど。

 そんな事を考えてる間にもデカ羊は迫ってきてる。隠れてやり過ごす手も有るけどこちらは既に向こうのプレイヤーに知られていた。

「助けて~~イヤだ~~死にたくない~!」

「ヘルプミーヘルプミー お助けアレ~」

 なんだか間抜けな二人組ぽいなアレ。二等身の体のモブリと言う所属と僕と同じ普通の人型の少女……それが何故か彼女と重なった。急がなきゃ行けない・・・だけど見捨てる事も出来ない。

 二対の剣を抜き取って駆け出す。だけど僕の剣が届くより速くアギトの槍がデカ羊を貫いた。でもさすがに今度は一撃では倒れない。しかしアギトは今まで拾得してきたスキルを華麗に使い波打つ様な連続攻撃を放つ。

 赤い軌跡が幾重にも重なり弾けたと思うとデカ羊は消え去った。スゴい……これがライフリヴァルオンラインの醍醐味。素直にアギトを誉めれる日が来るなんて想像もしなかったよ。

 逃げていた二人からも拍手を貰いアギトは大仰に礼をしていた。

「ありがとうございました。助かりました。お強いんですね」

「ふん、まぁまぁだったよ。エルフにしてはだけどね」

 少女は礼儀正しいけどモブリの方はなんだか鼻に突く言い方だな。するとポカッと少女に小突かれるモブリ。

「ダメだよエイル。助けて貰ったんだからちゃんとお礼言わなきゃメッ!」

「なんでエルフなんかに! リルレットだって僕たちモブリとエルフが仲悪いのしってるだろ!」

 男モブリはどうやらエイルと言うらしい。少女はリルレット。なるほど種族間の対立もこのゲームにはあるのか。だけど少女は大きく言った。

「そんなの関係ありません! 助けて貰ったらお礼を言うのは当然です!」

 その迫力に押されてエイルは渋々頭を下げる。リルレット達は同じ日にこのゲームを始めた友達同士らしい。なるほど、どうりで仲が良い訳だ。二人は初めて話す熟練プレイヤーのアギトに興味津々。僕の存在は無かったことにされてる。

 いやいいよ。分かってるし……きっと僕はこのゲーム中最弱だよ。

「落ち込むなよスオウ。今日始めたばっかりなんだから最弱当然だろ」

「ええ! 今日始めたばかりでもう別の街に行くんですか? なんで?」

「リルレット……愚かな奴は自分の愚かさに気づかないから愚かなんだよ」

 おい、なんだその納得したような頷きは。

「おい雑魚」

 雑魚? 僕の事かそれ? 僕の事だよな当然?

「僕はスオウだ! それに別の街に行く理由はとてつもなく重い理由が有るんだよ!」

 僕の言葉に興味を持ったようにリルレットが顔を近づけて聞いてくる。

「理由って何ですか? 助けて貰ったお礼に手伝える事なら手伝います!」

「面倒だよリルレット」

「エイル恩は返すものだよ」

 ブツブツふてくされるエイルを余所にリルレットは詰め寄ってくる。長いポニーテールが元気一杯に跳ねている様だ。だけどどうだろう。話して良いものか迷う。

 だって今の僕たちの状況は明らかに異常事態だ。関係ない人達をあんまり巻き込みたくは無い。だけどここでエイルがぽつりととんでもないことを言った。

「どうせ今日の謎クエストがらみなんじゃ無いの? さっきも柄悪そうな奴らが女の子抱えて通って行ったしね。まあ僕らの様な初心者には関係ないけどね」

 巷では既に僕達が発生させたクエストは謎クエと呼ばれているらしい。だけど今なんて言ったこの小動物!

「謎クエがらみなんですか? アギトさんはそれを追うのは分かりますけど……」

 何その目? お門違いだって言いたいのか! そんなこと自分でも分かってるよ! だけど行かなきゃ行けないんだ!

「それじゃやっぱりあの人達を追ってるんですね? それならあの人達セイムタウンの方には行かなかった様ですよ」

「「え?」」

 二人同時に間抜けな声を出した。どういう事だ。拠点に戻らずどこに?

「確証は無いですけど『マビラタウン』の方に向かったんじゃ無いでしょうか?」

「マビラだって!?」

 いきなりアギトが大声をだした。なんだマビラタウンって?

「マビラタウンってのは犯罪者ギルドの巣窟になってる街だよ。もしかしたらノムディラスはただの運び役なのかも知れないな」

「ただのパシリって事か?」

 その問いにアギトは頷く。ルート変更だ。

「セイムに集まって貰ったみんなマビラも向かって貰おう。スオウ言いにくいけどマビラのルートはセイムの三倍は過酷だぞ。お前の装備じゃ一撃でも直撃すれば即あの世行きだ」

 なんてこった。どんどん状況は悪くなる一方だ。どうにかしてマビラにたどり着く前に追いつけないのか?

「それなら最近実装された船使えば良いんじゃ無いの?」

 今まで黙って話を聞いていたエイムが唐突に口を開いた。それに併せてアギトはマップを開く。

「ああ、そうか! 確かにそれなら追いつけるかも知れない」

「本当か?」

「上手く行けばだけど、このままじゃ確実にマビラに入られるのは確実だ。そうなったら手が出せない。それよりこっちに賭けようぜ」

 アギトの力強い声につられて頷く。確かにこれしかなさそうだしやるしかない!

 僕達はリルレットとエイムにお礼を行って走り出した。目指すは再び森だ。あの森の別ルートに川が流れていてそこから船が出ている。

 左右の腰には再びグレードアップした剣が刺さっている。彼らは餞別代わりに剣をそれぞれくれた。

「これ、私使わないから使ってください。きっとお姫様を助けてね。それは勇者の役目だからね」

 リルレットは優しい微笑みをくれて言った。

「ふん、そんな枝と変わらない剣よりは大分マシな代物だから大事に使えよ雑魚」

 エイムは渋々と言う感じで細身の剣をくれた。殆どリルレットに押し切られてだった。

 二人の剣の重さを確かめて目の前に出てきたモンスターを切り伏せる!

 

  船――というには余りにも簡素などちからと言うとイカダに乗り込み僕達は川を渡っている。船頭さんは無駄に美男子だった。なんで? 誰の趣味だよ一体。こういうののは船頭は年いったお爺さんが相場だろう。

 笑顔がカワイイ美男子は似合ってないよ! 船の旅は安全と思いきやイカダの上にいきなりモンスターが飛び出して来て結構危ない。森の敵より数段強いし苦戦した。だけど武器を変えて攻撃力があがった僕は何とか倒すことが出来る。

 毎回ギリギリの戦闘をこなして居るうちに目が良くなったのか敵の攻撃がちゃんと見えるんだ。一回でもやられて街になんて戻ってられないからな。自然と受け流すような剣技になって極力ダメージを避ける。

 たどり着いた深い森は街の近くと違って明らかに幹の太さが違う。空気もひんやりとしてピリピリしてる感じだ。美男子の船頭が手を振って別れの挨拶をしてくれる間にも僕達は既に走り出していた。ここからは極力戦闘を避ける様に行動しなければ行けない。

 僕はただ経験豊富なアギトの後ろに付いていくしか出来ない。だけどどうしても避けられない戦闘ってのがある。その時僕は初めて死の恐怖を感じた。圧力っていうのか、それをここのモンスター達からは感じる。

 闇にうごめく全ての生き物が僕の命を食らおうと狙っているかの様に思う。

 なんて堅いんだ。亀が二足歩行してるような二メートル位の獣人モンスターは魔法まで使うのか! 手に持っている斧だけに注意していては感覚が違う魔法にやられそうになった。

 それでもなんとかアギトが止めを刺して勝つことが出来た。まさに僕達は冒険をしていた。


 そして森を抜けたら高低差があるフィールドにでた。随分入り組んだ道だ。マビラはあと二つフィールドを越えた先らしい。自然の城塞――そうアギトは言っていたけどここからそうって事か?

 迷路の様に入り組んだ道。これで奴らに追いつけるのか?

「大丈夫だよ。言ったろ、プレイヤーにはセツリの場所が分かるシステムが配給されてるってな」

「あ、なるほどね」

 つまりは今度はこっちがそれを上手く利用するわけだな。

「近いぞ」

 そう言われて耳を澄ますとゲスな笑い声が下の方から聞こえて来た。目を凝らすと視界補正が入って浚った奴らの顔が見える。そして自衛隊の人達が持っている様な縦長のバックがモゾモゾと動いている。きっとあの中にセツリはいる。

「どうするんだ? やつら十人はいるぞ。二人じゃ勝てないだろ?」

「そうだな。ここが絶好の襲撃ポイントなんだけど仲間は間に合いそうもない」

 僕はいても立っても入られなくて飛び出そうする。だけどそれをアギトは必死に止めた。

「バカ! 今入ったって返り討ちだ!」

「今行かなきゃチャンスはないんだろ! なら僕が真っ正面から奴らの前に立つからその隙に担いでる奴を吹っ飛ばしてアギトは逃げてくれ。それでなんとかなるだろ」

「おまえはどうすんだよ! やられるぞ!」

「それでも! 彼女は助けれる。他に方法があるのかよ!」

 僕はアギトの腕をふりほどき駆けだした。ここで使わない命なんていらない! 観念したようにアギトも後ろから付いてくる。

「上手く行く保証なんてないぞ!」

「はっ、そんなもの自分の中だけでやるものだろアギト」

 僕達はその会話を最後に前方と後方に分かれた。そして今まさに飛び出そうとしたとき不意にフィールドに絶叫が轟いた。

 ノムディラスのメンバーは何かを見つめておののいている。そして一斉に武器を構えた。

「何だ? 一体何がそこにいるんだ?」

 僕は身を乗り出して彼らの視線の先を追った。すると不意に肺が凍り付く感覚と共に手足が痺れてきた。それは簡単なまでに分かりやすい恐怖だった。後方の草むらに待機してるアギトも顔を出して固まっている。

 彼らの目の前に行るのは一言で言うなら悪魔だ。黒い陰を落とす大きな悪魔。山羊の顔に巨大な角を生やし筋骨隆々の体に馬の下半身をした悪魔。その手には巨大なメイス。全長は三メートルを超える巨体だ。

 武器を構えたノムディラスの奴らは震えている。そして次の瞬間一瞬で前にいた前衛の三人が消え去った。

 グチャ……という不気味な音を響かせて更に二人消え去る。まさに圧倒的な恐怖がそこにはあった。

 一気に半分になってしまった彼らは恐怖に支配されていた。闇雲に武器を振り回す者や逃げだそうとする者様々だ。だけど悪魔は一匹も逃がす気は無いらしく次々とプレイヤーをほふっていく。

 そして最後の彼女の袋を背負っていた奴を潰して動きを止めた。獲物を探しているのか左右に三つずつある目をひきりに動かしている。

 僕は動くなと祈っていた。だけど状況がわからない彼女は地面に落ちた袋から顔を出してしまった。間違いない、彼女の栗色の髪が月明かりに照らされて美しい程にその存在を主張していた。

 そして当然悪魔は彼女に気付いた。巨大なメイスを頭上に掲げる。もう何も考えられなかった。僕はその最悪の光景が頭をよぎった瞬間・・・絶叫と共に剣を抜いて駆けだしていたんだ。

 赤い閃光が飛び散った。両腕の剣がただの破片となる様が目にはっきりと写っていた。たった一撃――一撃で僕の剣は砕け散った。ほんの少しだけ軌道をズラすだけで破片となった。デタラメだこんなの……剣と一緒に魂まで折られた様な感覚が走り立ち尽くす僕に後ろから声が聞こえた。

「スオウ! 危ない!」

 グイッと後ろに引っ張られて尻餅を付いてその鼻先を悪魔のメイスがかすめていった。振り向くと彼女が顔が至近距離にある。その顔には涙があふれている。

「来てくれた……もうダメかと思ったよ」

 その言葉で魂がもう一度形作られて行くみたいだ。彼女の言葉一つ一つが僕を救ってくれる。僕は彼女の涙を一度拭い言った。

「何度だって助けにくるよ。そして何度だって助けて見せる。頼りないかも知れないけど精一杯……命を懸けて。それが勇者の役目だろ」

 僕は彼女の手を引いて悪魔の攻撃を交わす。もうそれしか出来ない。デカい癖に異様に早いからやばい、かするだけで目に見えてHPが減る。

 だけど悪魔の攻撃手段はメイスだけじゃなかった。奴は口から火を噴いた。更にメイスでの多重攻撃……これはやばい。そしてとうとうメイスに追いつかれる。重心移動してるとき――これは避けられない! 

 その時飛び出してきた影が赤いエフェクトを帯びた槍でメイスを弾いた。響く爆音と飛び散った火花が目の前を染め上げる。

「無事かスオウ!?」

「アギト!!」 

 それは見馴れた顔のアギトだ。ここ一番で魅せてくれる奴だ。

「遅くなって悪い・・・・さすがにこのクラスの敵を前にしたらな、腰が引ける」

 どうやらアギトでも厳しいらしい。当然か。この悪魔は今まで僕が見てきたモンスターとは格というか次元が違う。逃げるなんて選択しはない。逃げきれるとも思えないし……なら戦うしかない。僕は更に弱い武器を装備し直した。

 彼女を草むらに押しやってアギトに加勢する。最近覚えた戦闘技法スイッチで押し切る! 二人で交互にスキルを発動していく技法で技の硬直時間を片方で埋めるんだ。だけど明らかにスキルの数に差がある。それはスキルを連続させるのには致命的だ。僕は通常攻撃を織り交ぜて後は気合で武器を振った。

 だけど効いているのか分からない。攻撃は通っているけど減っているのか? それはアギトも感じているようで。無限に倒れないじゃないかという絶望が背筋を這う。そしてそんな一瞬の迷いが二人のスイッチに穴を開けた。

 空気が弾ける感覚と共に僕達は宙を舞う。そして地面に叩きつけられて肺の中の空気が一気に吐き出される。

 動けない……骨が全部折られたみたいな感じだ。軟体動物はこんな感じなのかと遠のく意識で考えていた。近くには同じ様に地面に伏しているアギトの姿。彼のHPもレッドゾーンだ。本当に死が間近にある。

 でも街に戻るだけ……結局僕に勇者なんて、と思っていると草むらから飛び出す白い陰が見えた。そして暖かい温もりに包まれた。なんでこんな事……頬に落ちる涙はとてつもなく優しい光だ。

 このまま目を閉じれば天国に行ける気がした。だけど彼女の顔の横から見えたのは悪魔がメイスを降りかぶる光景。その時思った。

(彼女は一体どうなるんだ? ログアウト出来ない彼女がゲーム内で死ぬって事、それは……まさか)

 最悪の想像をした僕は目を見開いて再び両手に力を込めた。あんな攻撃を受けても武器をはなさなかった自分を誉めたい。

「うおぉぉぉぉぉ!」

 雄叫びを上げて僕は交差させた剣で今度こそゲームバランスを壊す攻撃を受け止めた。その瞬間にHPは0になった。だけど構わず奴の剣を押し戻し左右の剣でラッシュを駆ける。二刀を変速的に使い僕は自分の体が消え去るその時まで全霊を込めて剣を振る。

 視界は白に染め上げられて僕の目は姿じゃなく存在を映していた。その一番巨大な物に向かって無我夢中で剣を振り続ける。身体のいたるところから青白い光がドット化して宙に消えていく。

 その時、悪魔が一際大きな悲鳴を上げた。その瞬間全ての力が抜けていく。これは自分の攻撃じゃないと分かっていた。振り替えると複数の存在が悪魔に立ち向かっているのが分かるんだ。きっとそれはアギトが呼んでいた救援だろう。

 これで大丈夫……システムの光が僕の身体を分解していく。

「君! ひぐっ……スオウ! ……スッ……オウ! スオ……ウゥゥゥゥ!」

 嗚咽交じりの涙声。視線の先には確かに見える彼女の姿。綺麗な顔を涙でグシャグシャにしながら必死に僕に向かってその細い腕を伸ばしている。だけど何か引かれるように彼女の姿は少しづつ離れていく。それは多分アギトの仲間が彼女を守ろうとしてくれているんだろう。だから……

「あんまり迷惑かけんなよ」

 そう言ったはずだけど既に声は出なかった。そして思わず遠のく彼女に向かって腕を伸ばそうとしている自分がいた。だけど気付いてそれは止めた。だってすぐにまた会える……本当に死ぬわけじゃないんだから。

 だからそんなに泣く事なんかないんだよ。そう伝えたかった……だけどその手段はない。だから心配させない為に精一杯の笑顔を作った。これで一体何が伝わるんだろう? 言葉を紡げないもどかしさを知った。その時胸を刺した痛みは自分でも分からない。

 もしもこの時喋れたらなんて自分は言うのだろう。そう思い彼女の言葉で気付いた。

(ああ……なら良かったのかも。くだらない)

 そう感じながらも僕は声にならない口を動かした。伝わらなくていい……だけど今、言いたいこと。

「初めて、名前呼んでくれた」

 その瞬間、僕の身体は飛散してシステムにデータとして引っ張られる。暗点した意識はどこまでも深く落ちていく気がした。

                    

 三話目です。POMERAで一ファイル分なんで中途半端だけどそれは毎日更新で埋めます。誰かが読んでくれているの事を願ってまだまだ続けたいです。

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